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第70話 暗殺者を殺さないで捕らえよ!

「大体どういう状況だか教えてもらえます?」


「ああ。向こうはツーテイカーの腕利き暗殺者というところだろう。かの都市国家は、アーラン盗賊ギルドと戦うために選りすぐりのメンバーを寄越したと予想されるな」


 だが、とアーガイルさんは続ける。


「頭数が違う。構成員の多さは、頂点の高さに比例する。アーランの盗賊ギルドは所属メンバー数が多い。詳しいことは言えんがな。裾野が広いからこそ、それを統括する実力者たちも多い。ツーテイカーがいかに頑張ろうが、たかが都市国家の盗賊ギルドだ。力ある者と言えどたかが知れているということだ」


 どうやら、交戦の末、アーガイルさんは敵の暗殺者を数名倒したらしい。

 バンダナにスカーフを纏っていて、顔があまり見えないことが多い御仁だが、今はニヤリと笑っているのが分かる。


「それじゃあ僕にも殺しを? あまり得意じゃないんですけどねえ」


「いや、それはこちらで手が足りている。お前には生け捕りを頼みたい」


「よしきた、得意ジャンルです」


 この言葉に、アーガイルさんが不思議そうな顔をした。


「こちらを殺しに来る相手だ。殺し返すよりもよほど難易度が高いだろうに、そっちの方が得意とは本当に変わった男だなあ……」


「まあ色々あって、殺しは寝覚めが悪いんですよ」


 僕はなんだかんだ、あの時代の日本の価値観を持ってるからね。

 みだりに殺しはやりたくない。

 アーランはこの世界では、比較的人間の生存権みたいなのが認められている国だ。

 だが、それでもあの時代の日本と比べると、ポコポコ人は死ぬ。


 ちなみに、こんな会話をしながら、僕とアーガイルさんはどんどん目的地に向かって歩いている。

 目指すは下水道。

 この下水は遺跡の一部に流れていき、やはり肥料として利用されているんだそうだ。


「暗殺者たちが遺跡内部に逃げ込む可能性があるんじゃないですか?」


「いや、それはないだろう。奴らは対人戦のプロだ。そんな奴らが、明らかにモンスターが出てきそうな遺跡のダンジョンに逃げ込むと思うか? まだ森や山に逃げたほうが生存確率が高いと考えるだろう。奴らは部外者だ。まさかアーランの遺跡の第三層までが開拓されているとは夢にも思うまい」


「ははあ。つまり、開拓されてて安全だよって情報を持ち帰られたらヤバい?」


「そういうことだ」


 確かにヤバい!

 野菜や家畜のピンチである。

 僕の悠々自適な生活が脅かされているぞ。


 ちょっと本気を出す気になったのだった。


「俺とお前のタッグで行くぞ。明かりは持て。どうせお前、武器を手にしないだろ」


「その通りでございます」


 油を使うためには、身振り手振りすら不要なんだよね。

 なので、ホイホイと明かりを担当することにした。


 これ、懐中電灯みたいに明かりを絞ったりビーム状にできるランタン。

 便利なものがあるもんだ。


 下水に踏み入ると、たいへん臭い。

 鼻が曲がりそうだ。


 なるほど、ここなら追跡は難しいだろう。

 盗賊ギルドにも、その鼻を買われて所属するコボルドたちがいる。

 彼らの追跡から逃れるのは困難だが、下水道ならば完璧に逃げ切ることができる。


 あまりの臭さでコボルドの鼻が利かなくなるからだ。


「どうやって探しますかね」


「目と指先だな。下水管理者ではない人間が入り込んでるんだ。必ず痕跡が残る」


 明かりで照らした部分を、じっくりと調べていくアーガイルさん。

 ゴールド級に到達した次元の盗賊である。

 その能力も一級品であろう。


「見ろ、土だ。地表のものだな。乾いていない。まだ落ちてから時間は経っていないだろう。向こう岸を照らしてくれ」


「はいはい」


 言われるままにランタンの明かりに指向性を持たせ、流れる下水の向こう側を照らす。

 そこには、歩けるスペースにべったりと汚れがこびりついていた。

 ちょうど人が下水から這い上がった跡のような。


「俺たちを撒くために、下水を渡ったらしい。無茶をするもんだ」


 アーガイルさんは鼻で笑うと、僕を連れて曲がり角に差し掛かる。


「頼むぞナザル!」


「よしきた。油を」


 つるりと、アーガイルさんを油が包み込む。

 次の瞬間、曲がり角の先から飛んできたナイフが、アーガイルさんの肌の上をつるりと滑って下水に落ちた。


「ちっ!!」


 声がする。

 僕は油を回収した。

 それと同時に、アーガイルさんが走り出す。


 襲撃してきた相手を追いかけていくのだ。

 相手の一手先、二手先を読んでいる人だ。

 流石だなあ。


「向こう岸に一人! そいつを捕まえろ!」


「かしこまり」


 僕は言われた通り、下水を挟んだ先の通路を目指す。

 足元に油を敷いて、助走からつるーっと滑って……ジャンプ!


 空中で、大量の油を足裏に生み出し、油のアーチを作った。

 その上をつるーっと滑りながら向こう岸に着地。

 油はすぐさま、魔力に回収だ。


「一瞬なら体重も支えられるな。優秀優秀」


 少しずつ、油使いの能力の可能性を探っていくようにしている。

 今のはその一環だ。

 これを活かせば、今後は短時間なら空中を走れるはず!


 いや、怖いからやらないけどね。


「げげえっ!?」


 奥から声が聞こえる。

 相手は夜目が利くようだ。

 僕はランタンを照らして……。


 おっと、ランタンめがけてダガーが飛んできた!

 だが、こんなこともあろうかと油でコーティング済みですよ。


 ダガーはつるりと滑って下水に落ちた。


 もったいない。


「無駄な抵抗はやめよう。大人しく僕に捕まるといい。盗賊ギルドに差し出されるまでは君は生きていることだろう」


「誰が従うかよ!」


 都市国家のなまりのある共通語が聞こえた。

 闇に紛れているようだが、無駄なこと。


 僕は今、明かりを使って目に頼った索敵をしていると思わせつつ……。

 実は足元から油を伸ばし、接触するものを探知しているのだ。

 油サーチ!

 僕の最強の知覚は、触覚だぞ。


「あ、いた」


 油が発見したのは、下水の奥まった通路に移動しようとする人物の姿。

 明かりが無いのによくやるものだ。

 夜目が利くと言うよりは、闇を見通す魔法の道具か何かを使っているに違いない。


「はっはっは、どこへ行こうと言うのだね」


 僕はまったりと彼を追うことにした。

 なに、こんなのは時間の問題です。



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