第68話 鳥南蛮の誕生
鳥肉、産みたての卵、そして粉。
下味をちょちょいとつけて、これを僕が作り出した油に投入する。
熱された油の中で、衣を纏った鳥肉が踊る。
「な、な、なんだいこれは!! いや、揚げ物ってのは分かるけど、何もないところから油を出した……!?」
「僕はこういう変わった魔法を使える人間でして。さあおばさま、あなたもさっきの寒天でできた調味ソースを作ってください!」
「あ、ああ、分かったよ!!」
多めに作られていた寒天を、彼女はまたみじん切りにする。
さっくりと揚がった鶏天……。いや、鳥のフライ。
これに、冷えた寒天ソースを掛けるのだ!
うおおおお……!!
金色の衣を、オレンジに輝く寒天のソースが覆っている……。
美しい。
「た、た、食べてもいいかい!? こりゃあとんでもない! とんでもないよ! こんなのを前にして、少しも我慢なんかしていられないよ!!」
おばさまはたいへん切羽詰まった感じになった。
気持ちはよく分かる。
「お上がりなさい」
「ほ、豊穣神よ、日々の糧を感謝します! あーん!!」
豊穣神の信者だったか。
他分、ファイブショーナン全土が豊穣神を信じてるんじゃないかな。
島の豊かな実りは、まさに奇跡みたいなもんだしな。
「ふ、ふ、ふまああああああい」
口に含んだまま、おばさまが叫んだ。
「声が大きい! 僕らの秘密が外にバレてしまう」
おばさまは慌てて声を抑えて、必死になってもぐもぐやってる。
ようやく飲み下したところで、はあはあと荒い息を吐いた。
「とんでもない味だったよ……。この揚げ物はなんだい……!? サクサクしてて、でも中はもちもちで、衣にも風味があって……だけど、ともすれば油を吸った衣でくどくなるところを、あたしが作った調味料がいい感じで相殺してた……」
「そう、まさしく! じゃあ僕もいただきます」
寒天ソースが掛かった鳥のフライをかじる。
うん、素晴らしい歯ごたえ。
そして肉はバッチリ、揚げすぎず、足りないこともない。
今回、わざと衣にちょっと油を残したのだが、これは正解だった。
寒天ソースの辛くて酸っぱい味が、この油っこさを包みこんで旨味に変えてくれる。
プチプチと弾ける寒天の食感。ピーカラの強烈な香り、辛さと酸味を超えた先に、この果実の本当の良さが隠れていた。
「これは……幾らでも食べられちゃうなあ……!」
おばさまはもう、無言で食べ続けている。
「粉はじきに、ファイブショーナンでも手に入りやすくなると思います。これにこの寒天ソースを掛けて、みんなに食べさせてあげてください。いやあ、色々ありがとうございます」
僕は立ち上がった。
おばさまは鳥フライを口に詰め込みながら、何かもぐもぐ言ってる。
もう行ってしまうのか、とか、こんな凄いものを食べさせてくれたのに、礼も受け取らずに行くのかい、みたいなことを言っているのかも知れない。
「寒天ソース、レシピを盗ませてもらいますよ! アーランでこいつを披露して、僕の揚げ物を何倍にも強化します! おばさまはここで、様々な揚げ物に寒天ソースを掛けてみんなを驚かせてください!」
「ふんふん!!」
よし、同意は取れた。
レシピは僕のものだ!
まあ、ファイブショーナンでは隠しておくことにしよう。彼女の楽しみを取ってはいけない。
「よし、コゲタ、帰るぞ」
「コゲタも食べる!」
「あのソースはコゲタには辛いなあ……」
ということで。
鳥のフライだけあげておくことにした。
ニコニコしながらフライを食べつつ、僕の後ろをついてくるコゲタ。
彼が食べられるような、刺激の少ないソースも考えておかなくちゃな。
僕が揚げ物の香りを纏って帰還したので、女王が激しく反応した。
「なんということじゃ!! そなた、わらわが知らぬところで揚げ物を作ったな!? ええい、わらわを呼べと言うのに!! ……い、いやいや、これからはあの粉がファイブショーナンに仕入れられる故、美味い揚げ物は食えるようになるのじゃったな……」
「陛下、揚げ物をさらに美味しくするとっておきの方法がもうすぐ生まれますよ。楽しみにしておいてください」
僕が囁くと、彼女は目を剥いた。
「な、な、何を知っておるのじゃナザル!? そなた、わらわに秘密で何を企んでいるというのじゃー!? 気になる……! 気になるが、嬉しいサプライズを受けて幸せな悲鳴を上げたい……!!」
女王陛下は夢見心地な目つきになって、フラフラと宮殿の外へ出ていってしまった。
存分に想像されるがいい。
だが、鳥フライと寒天ソースのマリアージュは、あなたの想像を遥かに凌駕するぞ。
ふと思う。似たようなメニューを前世でも知っていたような……。
これは……そう、鳥南蛮だ!
鶏が存在しない世界だから、チキンとは行かないけれど。
どうやら僕は、様々な巡り合わせの果てに、鳥南蛮を再発明することになったらしい。
異世界パルメディア、なかなか様々な可能性が潜んでいるじゃないか。
食材はすでにある。
たくさんの人々がそれを利用し、彼らなりの調理方法で楽しんでいる。
だが、異なる地域の食材と食材を組み合わせるやり方は生み出されていなかった。
正しく、未開拓の広大な大地が広がっている。
食の大地だ!
今僕は、そこに新たな一歩を記したと言えよう。
ありがとう、おばさま!
ありがとう、ファイブショーナン!
さっさと帰って、寒天からソースを作ってみなくちゃだ。
これ、絶対内容によってはスイーツにも使えるよな。
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