第64話 やっぱ寒天仕入れるために僕も行くか
「ところでナザル」
「なんだいリップル」
「バルバラが話していた、寒天とやらの話はどうするんだい?」
「あっ!!」
僕はハッとした。
そうだった。
これから美味いものを作って暮らしていくために、寒天という一大ヒントを与えられたのだった。
これはリップルが知る限り、ファイブショーナンにしか存在しないものだそうだ。
では、今回の隊商について行かねば始まるまいよ。
気が変わった。
あの隊商の募集に僕も参加する!
この間、コゲタと二人で行ったばかりだけど。
「コゲタ! ファイブショーナン行くぞ!」
「あい、ご主人!」
後ろの、小柄な種族用の椅子に座っていたコゲタが、元気に両手を上げた。
隊商となれば、コゲタも連れ歩けて便利じゃないか。
しかも旅のお供をしたらお金が出るのだ。
よく考えたら失うものがない。
「お得だ。なぜ見落としていたんだ……。下手に権力から遠ざかろうとすると、本質を見失ってしまうんだな」
「君って男はこう、そういうさもしさを忘れられないんだなあ……」
「なんとでも言ってもらいたい! 綺麗事ばかりで、無責任な暮らしは成立しないのだ」
こうして、僕は隊商に応募した。
護衛の費用はごく安いものだったので、他の殆どはアイアン級だったのだが。
そこにシルバー級が来たと言うので、すぐに採用された。
コゲタ付きでもオーケーが出たほどだ。
しかもこの隊商、水と食料がタダで出るんだ。
大したものじゃないが、食べ物をもらえるのはでかい。
数日が過ぎ、隊商出発の時になった。
アイアン級冒険者たちは、護衛としての初仕事に緊張の面持ち。
僕とコゲタは散歩みたいなものなんで、隊商の一番うしろをのんびりついていく。
「ご主人、つりする?」
「隊商についていってると、釣りはできないだろうなあ」
「ざんねんー」
がっかりするコゲタなのだった。
今回のは一応仕事だからね。
だが、この道のりに危険はないことは分かっている。
つまり、のろのろ進む隊商をのろのろ追いかけて行き来するだけで、金と食事が得られる機会と言っていいだろう。
なんたるラクな仕事だろうか。
例の砂浜に踏み込むとかしない限りは安全なのだ。
「後ろのやつ、シルバー級らしいぜ」
「なんでシルバー級がこんな仕事してるんだよ!」
「ってか、コボルド連れているけど何の役に立つんだ?」
若き者たちが何かボソボソ言い合っているではないか。
気持ちは分かるぞ。
緊張しているところで、僕のような緊張感とは縁遠いやつがいるんだからな。
しかもシルバー級だ。
「安心してくれ。手柄は君たちに譲ってやろう。それから、コボルドは五感に優れているから危険なやつの接近にはすぐに気付くんだぞ」
コゲタは遊ぶのに夢中になると全然気付かなくなるけどな。
そこもかわいい。
「そ、そうなんすか」
「うす」
シルバー級に反応されると大人しくなるな……。
権威に弱いぞアイアン級……!
隊商の中央には第二王子がいる。
彼は馬車に乗っており、大事に大事に運ばれているのだ。
大変教養を持った人物らしいが、武芸には縁が無い人物だと聞く。
まあ、会うこともあるまい。
僕は、時折コゲタを肩車したりしながらまったりと旅を楽しんだ。
今回は景色を堪能することがメインだなあ。
そして昼休憩。
例の砂浜に到着した。
よせばいいのに、ぞろぞろと砂浜に降りていく隊商の護衛たち。
「あっ、やめろやめろ。降りるな降りるな! そっちは危ない! ギルマンが出る!」
僕が声を掛けたが、言葉の意味が理解できない様子。
傭兵は人間相手に戦う仕事だし、アイアン級はそもそもギルマンが何なのか分からないのだ。
当然、縄張りを荒らされて出てくるギルマン。
あーっ、わあわあと騒ぎながらバトルが始まってしまった!
「おーいみんな! 砂浜はギルマンの縄張りだ! 彼らの領域を侵してるのは僕らの方だぞ! 退け、退けー!!」
僕が大声を発したら、それなりに熟練の護衛たちはようやく理解して、慌てて砂浜から引き上げた。
残ったのはアイアン級たちだ。
こりゃあいけない。
「おーいギルマン! 僕だ! ほら、油使いの!」
油をビュッと飛ばして、ギルマンたちの意識をこちらに向ける。
いやあ、アイアン級の若人たち、今にも殺されそうなんだもの。
ギルマンの前線に立つ、いわゆる兵士クラスの連中は、実力で言えばカッパー級上位からシルバー級下位。
アイアン級では勝負にならないのだ。
そしてギルマンたちは幸い、僕の事を覚えていたようだ。
油が飛んできたら、それを見てギャアギャア騒ぐ。
アイアン級の一人はギルマンの銛で串刺しになっていたが、これは蹴られて銛を引き抜かれた。
生きてるかー?
あ、血を吐いて咳をしているから、生きてるな。
僕は油を水鉄砲のように飛ばしながら、ギルマンを威嚇した。
彼らは油に触れると、めちゃくちゃ必死にそれを払い落として、慌てて水辺まで下がっていく。
「ほら、今のうちに仲間を回収する! 撤退撤退!」
「わ、分かった!」
「助かりました!」
無茶は若者の専売特許だ。
だが、無茶はえてして、死ぬんだよなあ。
生き残った者だけがそれを教訓とできるのだ。
運が良かったなアイアン級の諸君。
全員が砂浜から引き上げたところで、ギルマンたちも水の中に消えていった。
隊商にもホッとした空気が流れる。
「えー、皆さん! 手出ししなければいらんことにならない状況はたくさんあります! アーランを一歩出た環境は、知らない人にとっては分からん殺しをしてくる魔境みたいなものです! 基本、街道から外れないでください!!」
僕は大声を張り上げて、注意喚起した。
思った以上に、この隊商のみんなは素人だぞ。
状況に対応できるだろうっていうのは、冒険者の常識、一般人の非常識だったな。
目立ちたくはないが、色々注意しながら進んでもらおう。
僕が食事と給料を貰う前に、壊滅なんかされたら堪ったものではない。
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