第56話 犬と一緒なら楽しい旅路
砂浜を眺めながら歩くと、だんだんゴツゴツした岩だらけになってくる。
この岩が多いところは、ギルマンのテリトリーではない。
彼らは海の外敵から逃れるために、平坦で砂だらけの場所にやってくるのであり、水があちこちに張り込んでいる岩礁では逃げ切れない……のだそうだ。
ギルマンが逃げるような相手ってなんだろうな。
岩礁まで入り込んでくるなら、クラーケンみたいなモンスターだろう。
海の世界も厳しいのだ。
「ご主人! しょっぱい水!」
「岩礁に当たった波がこっちに降り掛かってくるよな。気をつけろよコゲタ。落っこちたら危ないぞ」
「きゃん!」
僕に脅かされて、慌てて後ろに隠れるコゲタ。
「それはそうと、コゲタはお気に入りの貝殻は決めたのか」
「わん! これ!」
僕はコゲタ用に可愛いポーチを買ってやっているのだが、そこからゴソゴソと、ピンクの貝殻が取り出された。
なるほど、これは見事な巻き貝だ。
「よーし、じゃあ貸してみて。これをだな」
適当な岩に腰掛けて、僕はナイフを巻き貝に当てた。
ほどよく油を刃に纏わせ、貝殻が割れてしまわないようにする。
注意深く両側に穴を開けて……そこに紐を通す。
「できた! ペンダントだ。コゲタ、つけてみな」
「きゃん!」
コゲタが飛び跳ねて喜んだ。
掛けて、掛けて、とわちゃわちゃ動くので、僕は彼を膝の上に乗せて首に掛けてやった。
うんうん、可愛い。よく似合うではないか。
「コゲタ、これ好き!」
「そうかそうか。気に入ってもらえて嬉しいよ」
犬が喜んでいる姿は心を豊かにしてくれる……。
ここでお弁当にしようということになり、僕は水辺に釣り糸を垂らした。
岩礁に逃げ込んでいる魚が釣れやすいのだ。
コゲタ用の釣り糸も用意してある。
釣り竿はないので、僕は適当な棒。
コゲタは例のクァール棒。なんて豪華な釣り竿であろうか。
クァール棒は基本的に生半可なことでは折れないので、釣り竿としては理想的かも知れない。
僕はただの棒だが……。
ピクッと釣り竿が反応したところで、ツツーッと糸に油を伝わせる。
それが猛スピードで糸を通じて水の表面に広がり……。
一瞬顔を出した魚が、油に絡まれて水面にパシャーンと飛び出す。
もう潜れない。
じたばたしているが、ヒレで水をかいて推進力を生むことも出来ない。
ひょいっと僕に釣り上げられてしまった。
「よーしよし」
僕はこのパターンで、三匹釣った。
その横で、僕の真似事をしてのんびりしていたコゲタだったが。
急に釣り竿を引く者がいる。
「わんっ!」
慌てて釣り竿を必死に引っ張るコゲタ。
だが相手が強い!
「きゃーん! ご主人~!」
「よし来た! 加勢するぞコゲタ! おりゃあ!!」
僕のパワーと、油の力。
ダブルで合わせるぞ。
コゲタの後ろからクァール釣り竿を掴み、思い切り引っ張りつつ油を流し込む!
『キョキョキョキョー!』
なんかとんでもない泣き声をあげながら、1mくらいある魚がドカーンと飛び出してきた。
これはドッグバイターという、水辺に踏み込んだ小動物を食べてしまうモンスターフィッシュだ!
コゲタ、危ないところだった。
この世界は危険でいっぱいだ。
だが、ドッグバイターは美味い……。
僕はここでサッと魚を捌いた。
いや、捌き方がよく分かってないので、油で速攻窒息死させ、首を落として内蔵をざっと掻き出して、起こした火で炙る。
「いやあ、お疲れ、コゲタ!」
「ご主人すごい! 大きい魚とれた!」
「いやいや、これを当てたコゲタが凄いんだよ」
「コゲタすごい? すごい!」
ぴょんぴょん跳ねるコゲタ。
コボルドは機嫌が良くなるとなんか不思議な鼻歌を歌い始めるのだが、コゲタも似たような癖があるようだ。
彼がふにゃふにゃ歌いながら踊っているのを眺めていたら、魚がちょうど焼き上がった。
油を染み込ませていたから、火の通りも良かったのだろう。
これを二人でもりもり食べた。
新鮮な魚は塩だけでも美味いな。
これに今後、魚醤が加わると考えると、よだれが止まらなくなりそうだ……。
英気を養った僕らは、後片付けをし、魚の骨は海にポイ。
こうすると骨は分解されたり、他の魚の餌になったりする。
「さあ、もうすぐだぞコゲタ!」
「わん!」
コゲタが速歩きで僕の先を行く。
そしてちょこちょこ振り返りながら、僕が追いつくのを待つ。
うーん、犬の動きだ。
一人旅だと物思いをしながら歩くし、時間がまあまあ長く感じる。
だが、コゲタと一緒だと飽きないし、あっという間に時間が過ぎるな。
海と森の間にある丘の上にキャンプを張り、一泊した。
夜半に、周囲を哨戒していたファイブショーナンの兵士と遭遇。
「そうか、魚醤を仕入れるのか。目の付け所がいいなあ! 魚醤は最高だぞ……! ちょっと癖があるが、ファイブショーナンが生み出した最高の調味料だ」
兵士に自慢されてしまった。
くそー、羨ましい。
だが、魚醤が確かに存在する証言を得たぞ。
もうこの先には希望しかない。
「俺たちは一週間くらいかけて、ファイブショーナンの周りを巡ってるんだ。ここからだと、半日歩けば到着するぞ。気をつけて! そして素晴らしい魚醤ライフを!」
「ありがとう!」
僕は彼らと別れた。
なんと爽やかな連中だろう。
警戒心があったのが、僕が魚醤の話をした瞬間に和やかな雰囲気になってしまった。
まさに、魚醤はファイブショーナンの誇りであるらしい。
「ご主人?」
「ああコゲタ。明日は都市国家、ファイブショーナン到着だぞ。楽しみだなあ!」
「わん!」
コゲタが元気に返事をするのだった。
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