第45話 純朴な少年が僕の弟子ですと?
「ちょっと、ちょっといいだろうか」
アーランの外にある野原で、コゲタと遊んでいた僕に声を掛ける者がいる。
なんだなんだと思ったら、質素だが仕立ての良い服に身を包んだ大柄な男ではないか。
見覚えがある気がする……。
「俺だ。騎士ボータブルだ」
「ああ、ボータブルさん! お久しぶりです」
「ああ久しぶりだ。シルバー級に上がったそうではないか。おめでとう。……なぜ苦虫を噛み潰したような顔をしているのだ? もしやお主、進級が嬉しくない……?」
お分かりいただけましたか。
コゲタは知らない人がいるので、僕の後ろに隠れながらこそっとボータブルを覗いている。
見た目がでかくて怖いもんな。
気付いたら、ボータブルの後ろにも誰かいるではないか。
「ビータ! 俺の後ろに隠れているのではない。兄がこうして親しい冒険者に頼みに来ているのだぞ。お前も一言頼むのだ」
「は、はい兄上!」
ハイトーンな声がした、女かと思ったが男である。
まだ声変わりをしていないくらいの年齢だろうか?
灰色の髪の、儚そうな美少年が出てきた。
ほうほう、ボータブルの弟のビータ……。
この美少年が……こんなむくつけき巨漢になってしまうのか……?
世の中は無情だな……。
「ナザル、何を考えたか俺にはよく分かる。皆、俺とビータを見比べると同じ顔をするのだ……。俺は母の血が濃い。ビータは父の血が濃いのだ。将来は色男になるぞ」
むくつけき母上なのですな。
「あっ、兄上!」
ビータが恥ずかしがって、ボータブルの太ももをぺちぺち叩いた。
なるほど、少年だと分かっていてもグッと来る可愛さだ。
「それで、僕への頼みというのは?」
「は、はい!!」
ビータが慌てて返事をした。
そしてもじもじする。
ボータブルが彼の背中をパーンと叩いた。
「うわーっ」
「何をもじもじしているのだ。良い。俺が言ってしまおう。ナザルよ。我が弟は冒険者に憧れているのだ。確かに、我が家は代々兵士の家系。その中から騎士に取り立てられた俺ではあるが、この地位も一代限りのものだ。ビータは己の力で将来の道を切り開かねばならぬ」
「ふむふむ、確かに……」
騎士は貴族ではない。
平民からも登用されるし、貴族の傍系の子女もいるが、基本的には領土を持たず、一代限りでその地位は失われる。
「その将来の道として冒険者を考えていると……?」
「はい!」
「やめておいた方がいい……」
「ええ……」
「なんと陰鬱な顔をするのだナザル」
だって、冒険者なんかその日暮らしだし、長く続けられるものじゃないぞ。
体が動くうちにある程度昇級して、シルバー級以上の仕事でツテを作り、そこから就職するためのもんだ。
リップルみたいに年を取らない奴はいつまでも冒険者やってるけどな。
「俺が集計した冒険者の平均寿命は三十歳だぞ」
「そ、そんなになのか!!」
ボータブルが驚愕した。
なお、この世界の平均寿命は五十代後半くらい。
子どもの死亡率が高いのと、長生きしても医療が中途半端なんでそこまで高齢にならないのだ。
七十代の人とかいたらびっくりするレベルだな。
長老だよ長老。
「そんなんでも冒険者やる?」
「や、やりたいです! その、英雄物語に出てくる冒険者たちみたいに活躍して、たくさんの人を救いたい……」
「あー」
憧れから発したものだったか。
ボータブルが目で何か訴えかけてくる。
これはつまり、ビータが持っている淡い希望みたいなのを打ち砕き現実を見せてやってくれ、ということだな。
よし来た。
任せてくれ。
僕が冒険者の現実というものを見せつけてやり、彼が思うほどキラキラ仕事ではないことを思い知らせてやる。
僕はこのボータブルからの頼みを快諾したのだった。
さて翌日。
商業地区の入口で待ち合わせする。
ビータのような美少年が下町に来たら、むらっと来た危険なお姉様やおじさんにさらわれてしまうかも知れない。
商業地区であれば、いるのはスリやひったくり、泥棒程度なのでまだ安全だ。
「あっ、ナザルさん!」
「やあビータ、お待たせ」
灰色の髪の美少年が僕を見つけて手を振った。
僕の外見も、金髪に褐色の肌に緑の瞳なのでたいへん目立つのだが。
二人並ぶと、それはもう本当に目立つ。
並んでギルドを訪れたら、注目されてしまった。
「あらナザルさん、そちらが依頼の少年ですか? ……可愛い……」
お下げの受付嬢の目がポワンとなった。
いかんいかん。
ビータには人の欲を掻き立てるパワーがあるかも知れない。
面白いからリップルにも見せてみよう。
「おーいリップル。こちら、今回の僕の依頼者」
「リップル!? あ、あの英雄の!? は、は、は、はじめまして!!」
「おー!」
ボーっとしていたハーフエルフが、挨拶をされて振り返った。
そして。
「まだ子供だな。だけど人間はすぐに大きくなるからね。たくさん食べて大きくなるんだぞ。だが、大きくなってもナザルみたいにはなるなよ」
「なんだとう」
おっと、思わず反応してしまった。
だが、リップルは別にビータを見てポッとなる……みたいなことがない。
この安楽椅子冒険者は、人間なんかみんな年下だから、同じような可愛いものとして見えているのかも知れないな……。
「ということで、早速仕事を受けてみようビータ」
「はい!」
「まずは、アイアン級が一般的に受けるような仕事をこなして、冒険者の日常を体験するんだ」
「はい! その仕事というのは……!」
期待に目をキラキラ輝かせるビータ。
なるほど、これは可愛さにクラっと来てしまう者の気持ちも分かる。
実際、他の冒険者は男女の区別なく、ビータを見てデレッとしているではないか。
……これ、何かのギフトが発現してないか?
いや、その解明は後にしておこう。
今は仕事のことが大事だ。
「仕事は……道のゴミ拾いだ!」
「道の……ゴミ拾い……!?」
アイアン級にまともな冒険者らしい仕事があると思うなよ……!
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