船渠
「ストルネ殿。乾船渠での修理は進んでいますか?」
プレズモ殿と話し合った翌日、私は艦の修理状況を話し合うために、ストルネ殿のもとに来ていた。カレンからの報告で、昨日の内に艦を入渠させたとあったからだ。
「いや・・・あまり芳しくはないのですよ。一月の間砂浜に放置していたので・・・細かなひび割れが目立つのと、機関が完全に沈黙してしまっているので・・・。それと・・・」
「えっ!機関内部に残っていた魔石は?」
「それが・・・残っていなかったのですよ」
「そう・・・ですか」
「何れにせよアルフレッド殿からお話しを伺っているので、魔石を使うと言うことは致しませんが・・・何か心当たりがありますでしょうか」
「──いえ。ただ、残っていたら研究のために少しいただけないかと思っただけですので。お気になさらず」
「研究とは?」
「いえ。我が国での魔石の取り扱いは禁じられており、輸入も禁止となっています。ただし、〖流れ着いたもの〗に関しては、役所に届をすることによって取り扱えます。そしてその統括を任されているのが」
「アルフレッド殿というわけですな」
「いえ・・・私は王族ですが、許可取りをしなければなりません」
「では一体」
「エレンがその一切の統括を行っております。ですので、彼女で・・・あぁ!」
「如何致しました?」
「魔石を持ち出したのは、多分と言うよりも確実に彼女です・・・。申し訳ありません・・・」
「いやいや!謝ることなど有りません。ですがなぜ確信できるのですか?」
「彼女の権限の一つには、流れ物の差し押さえの権利があります。そして、確実に魔石とわかる物で有る限りは、執行権が優先されます。持ち主の有無に限らず」
「と言うことは、機関にあった魔石は差し押さえられたと」
「はい・・・。申し訳ありません」
「いやいや。何度も申しますが、我々はアルフレッド殿に命を救っていただいた身。非難するいわれはありません。彼女もまたアルフレッド殿と同じ考えでしょうし・・・」
「───ありがとうございます」
「話ついででは有りますが、どうです?船渠の方で何かお知恵を拝借できませぬか」
「はい。あまり船舶に明るくはありませんが、お手伝いできることがあれば」
「あっはっは!そうお気に召すな。儂も厄介な物を引き取っていただけで感謝しているのですから」
「すみません。本当に。では、参りましょうか────」
エレン・・・。一言言ってくれ・・・。流石に冷や汗が出たよ。それにしてもよく魔石を取り出せたなぁ。まぁ彼女の技術力なら可能か。それよりも船渠での問題ってなんだろう────
「おぉ!」
船渠の内部を見たのは今日が初めてだ。艦内から取り出されたであろう部品の数々。修理もこの場で行うとのことだ。作業場としては、広くとられており、船渠の両側には大きな部品類を置いてもなお、150人の大人が腕を組んで並び歩いても余裕があるほどだ。天井には部品を吊り出す時に使ったのであろう昇降機が3機。壁側には小さい物が2機あった。正面に聳える艦は、所々の塗装が剥がれ、確かに細かなひび割れが目立つ。大きな鉄製の艦だ。船渠の外見と内部の大きさにこれだけの差があるのは、空間魔法を応用したさんちゃんの設計図によって作られた賜なのだろう。
「しかし・・・活気がないですね」
「ええ。塗装をするにも塗料が。部品を直すにも材料がなく・・・。今は内部の点検に入っています」
「・・・鉄ですね。必要なのは」
「はい。しかし、これだけのものを修理しようとすると」
「莫大な量の鉄が必要となり、鉄需給に大きな不均衡をもたらす。それが意味するのは・・・」
「そうなのです。だから皆で頭を抱えているのです。ここまで艦が痛んでいたとは・・・」
「内部の部品の傷みは仕方ないとして、やはり一番は・・・」
「お察しの通り、船底部と無理に撃ったからでしょう。砲台の殆どが使い物になっていないのが現状です」
「なるほど・・・。と言うことは、やはり鉄を仕入れるしかないのですね」
「ええ。それと持ち運びできる溶接工具ですね」
「あぁ。備え付けではどうにも「うわっ!またかっ!」・・・ならない状況みたいですね」
ストルネ殿と艦を前に話していると、艦内から落胆とも採れる叫び声が聞こえた。ストルネ殿が大きな声で何があったのか報告を求めると、負けない声で、艦内の配水管から水が漏れたと。これで10箇所以上とも。部品修理ができないため、今は配水管に試験的送水を行い、漏れ出ないかを試しているそうだが、今まで全ての箇所で亀裂が見つかっているという。これは確かに持ち運び式の溶接工具が必要なわけだ。
「しかし・・・鉄工所はこの島にないので・・・。まぁ加工なら魔法で可能ですし、この船渠内にもあまり長くはできませんが伸ばす設備はあります。ただ」
「先程も仰っていた通り、材料がない。と」
「ええ」
「───うぅい!アル坊!」
「プレズモさん!」「おぉ!プレズモ!」
「あっ・・・あんまりデカい声を出さないでくれ。頭に響く」
「ごめんなさい。でも、どうしてここに?」
「カレン嬢がアル坊がここにいるだろうと。ただ、場所がわからなくてな。館から出たらたまたまエレン嬢にも会ってな。ここに案内してもらったんだよ。んでよぅ提督。お困りのようだな」
「あぁ。鉄がなくてな」
「それなら俺の出番だな」
「本当かっ!」
「だぁから、大声を出すなって」
「すまぬ・・・」
「アル坊」
「はい?」
「王都によう手紙鳥だせるか?」
「ええ。出せますよ」
「よしっ!動く商会の本領。見せてやるぜ───っ痛てて」
「・・・その前に水を一杯飲みましょう・・・」