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思うことと話すこと

「どうしたのカレン?昨日から表情が暗いけれど・・・」


「いえ・・・」


「ん?そうやって内に抱えていると取り返しのつかないことになる可能性もある・・・」


「・・・」


「こっちにおいで」


私は自分が今まで寝ていた寝台に腰掛け、横に座るよう軽く布団を叩いた。案外と素直にカレンは案内した場所に座り込んだ。


「うぅん・・・人はね。思っていることをあまり口に出さないよね。伝えた相手がどう感じるか。怒るかもしれない。悲しむかもしれない・・・。そんな想像をすると、相手に自分の思いを伝えることを躊躇してしまう。だけどねカレン。口を開いて思いを伝えない限り、相手には何も伝わらないんだ。自分がこんなに辛い思いをしているのだから。こんなに悲しい思いをしているのだから。と表情や仕草で他人に見えるようにしても、伝わるのは表層部だけで、本当に辛い事や悲しいことの根幹は相手には絶対伝わらない。反対に。人って言うのは、楽しいことや嬉しいことはとても詳細に相手に伝えようとする傾向がある。それは、自分の持つ明るい気持ちを相手に分け与える行動だからだ。だからこそ、心根が優しく相手のことを思う人ほど、自分の辛く悲しいことを伝えずに心に仕舞ってしまう・・・。ねぇカレン。キミが思っていることは何かな。私に伝えてくれ。どんなことがあってもキミを離すことはない。多分・・・思っていることは想像がつく。たけど、キミの言葉で私に話してはくれないかな」


「・・・私は・・・。私は、貴方様に拾われた時から支えになろうと決心しておりました。しかし、昨日のお話を伺って驚きました。幼い頃の貴方様がご自身の考えとは違う行動をし、結果として深い悲しみを背負われていたと言うことを・・・」


「うぅん・・・悲しみではなく、後悔・・・かな。今を考えるとね。幼い頃は罪悪感や悲しみと言うよりも、実行してしまった驚きに支配されていたからね・・・。分別がつく今になって・・・取り返しのつかないことをしたんだなぁって思ってさ」


「ですが・・・背にしていた少女は、灰になってしまったのですよね・・・」


「うん。でも、港街や宿場、祠に参拝していた信徒たちに何ら影響はなかったんだ・・・」


「・・・ということは・・・」


「そう・・・身を挺して守った少女も、実は人ではなかったと言うことさ。まぁ人魔大戦が続くにつれて、魔物を滅したのは良かったのかなぁと思う。特にこの島は魔素が濃いから・・・変異種が出現した可能性だって捨てきれないし・・・」


「そう・・・ですか・・・。でも良かったです。アルフレッド様が気に病んでいなくて」


そう言って顔を上げたカレン。泣いていたのか、紅の瞳が更に赤くなっていた・・・。それでも、破顔した彼女────。


「・・・どうしましたアルフレッド様?少しお顔が赤いようですが・・・」


「───!何でもないよっ!それよりも自分の顔を見てご覧」


そう言って、氷魔法で鏡を作り出し、カレンの顔が写り込む。彼女は映った自分の顔を見て、慌てて部屋を出て行き、少しもしないうちに戻ってきた。どうやら顔を洗ってきたようで、髪の端々が濡れていた。


「あはは!髪まで濡れてしまっているよ。確りと水気を取らないと」


「・・・お願いいたします」


「おっ!大分素直になったね!そうそう!思ったことは何でも相手に伝えないと。何か心配することや確認したいことがあったら、何でも言ってね。カレンの心の中はカレンにしか分からないのだから」


「はい。ですが・・・そのまま、アルフレッド様にもその言葉を返させていただきます」


「たはは・・・まぁ考えておくよ」


「むぅ・・・」


「さっ!外に行って石材を確保しないと。今回は重力操作をせずに行わないとね」


「なぜです?」


「あれだけの力自慢達だ。自分たちで何とかしたい!って気持ちでいっぱいだろうからね」


「なるほど!では、私は塩気の強い何か簡単に食べられるものを作っておきます」


「ありがとう!食材は保冷庫に入っているから、好きに使ってね」


「畏まりました」










自分が思っていることは、口に出さないと相手に伝わらない。誤解を恐れていたらいつまで経っても理解はされない。ただ、口調・表情・相手への思いやりを忘れてしまうと、決定的な溝を作る可能性もある。

中々難しいことだけど、人に助けを求めるって凄く勇気が要ること。勘の鋭い人も居るけれど、大抵は“大丈夫”と言ってしまう。何か起きてから後悔させてしまわないように。差しのばされた手は必ず掴む。辛いことを支え合う。相手から打ち明けられたら真摯に受け止める。話す方は勇気を振り絞って口を開いている。その勇気を突き放してしまうのか、受け入れ共感し支えることができるかは、聞き手次第なのかもしれない。

私も少しずつ2人に出会う前に起きたことを話していかないとね────。

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