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海の上で起きたこと

ストルネの回想になります。

あれは、極北海でも特に穏やかな一日だった。演習目的で(ふね)を出した。

総勢6隻。大型戦艦に中小型戦艦だ。大型と言っても300人程度の乗組員だった。全乗組員を合わせても1300人程度だったかと思う。


娘と共に港を出たが、乗り込んだ艦は別にしていた。ワシとともに乗ると、一将官ではなく〖提督の娘〗として見られてしまうからな。まぁ・・・気が強く、指揮能力もあったからこその別艦でもあったのだが。


その日は、大砲運用訓練と陣形の訓練だった。訓練では有ったものの、休息時間には釣りを楽しむ者が少なからず居たのだ───。





「どうだ。釣れるか」


「ぼちぼち。んぁぁ!てっ提督!?これは失礼致しました」


釣りをしている者達に声をかけるたびに、立たれては敬礼をされる。休憩中だから良いとは言っても、階級差がある以上は当然の行動。しかし、どうにも窮屈で仕方なかった。


「そこまでかしこまらんで良い。・・・そうだな。諸君!」


「一番の釣果を誇ったのもに、ワシから酒を贈ろうではないかッ」


船の上で声を張り上げるのは、戦闘以外ではなかったのだが・・・縦二列に並んで停泊していた他の艦までワシの声が響いていたようで・・・。

大海原に野太い男の声。その中に一際目立つ声が・・・。


「父上の秘蔵のお酒!私が頂くぞッ!!!」


おい・・・娘よ。秘蔵の酒とは一言も言ってはおらんぞ。・・・頼む・・・娘以外が勝ってくれ・・・彼奴に飲まれたらワシのコレクションが根こそぎ無くなるッ!・・・そうだ!ワシは、一計を案じ、操舵室から拡声魔法を使って各艦に伝達をした。


「聞き取りにくかった者もおるであろうから。確りと規則を決める。まず、食べられる魚であること。小さき魚は逃がすこと。質と量を兼ね備えた者を勝者とする!今晩の食事がかかっておる!食べられない魚を釣果に加えた者は、失格と見なす!良いな!」


各艦から了解の意を込めた信号弾が打ち上げられる。一番最後に上がった信号弾を確認し、操舵室を出て甲板に向かい、威力のないファイアーボール打ち上げた。それを合図として、各艦から一斉に釣り糸が垂らされた。


「おっ酒!おっ酒!父上のお酒っ!」


おい。我が娘・・・周囲の将官が引くほどだぞ。その辺なかけ声も止めてくれ・・・流石に恥ずかしい。


「提督。お嬢様はやる気に満ち溢れておりますなぁ」


「あぁ・・・若干周囲が引いているがな・・・」


後ろから声をかけてきたのは、我が腹心であった。此奴と長い。陸軍閥だった我が家から飛び出した時、1人だけ追随してくれたのだから。感謝はしているが、音も無く近づいてこられるのは、少し心臓に悪い・・・。平静を装えたであろうか。


「大丈夫ですよ提督。ご心配なさらなくても」


ふふ。私も頑張って釣らねば。と言って離れていったが・・・。何が大丈夫なんだ!?ワシ、顔に出てたか!?それとも娘のことか!?気になる・・・が、当の本人は、何処かに行ってしまった。きっと良い場所を見つけたのであろう・・・。


時刻は昼を少し過ぎた。流石に太陽が頂点に達すると、釣果も鈍くなり、釣り糸が垂れ下がった者が多くなる。幸いにも涼しい風が吹き、水分補給もしているため、倒れる者は居ないのだが。


「それにしても・・・あれでは艦が沈むのではなかろうか・・・」


娘が乗船している二番艦の後方には、高く積まれた魚の山が。量は良いが、質がなぁ・・・。あの魚は小骨が多く食べるところが少ない。他の者は・・・量はそれほどではないが、中型の魚を釣り上げている者がいるか。質も規則上に加えて良かったわ・・・。


「・・・ん!?魚の山が減っている?」





「こんなものかしら」


私は何としても、父上のお酒が飲みたくて仕方が無い。釣り上げた量だけなら勝ったも同然だったのだけれど・・・質もとなると心許ない。


釣り上げた魚は、太陽の熱で若干臭いを発し始めている。周囲に居た将兵達は、すでに誰も居なくなった。でも、いいの。ここからが私の作戦なのよ。


「っと。こんなところかしら」


「アルメルおじょ・・・アルメル中将」


お嬢様と呼びそうになった1人の将官をキッと睨むと階級でこちらを呼んだ。

確かに父上と一緒に幼い頃から艦に乗ってはいたし、家族同然ではあるけれど。今は訓練中なのだから、流石に階級で呼んで欲しいわ。


「なにか」


「いえ。この魚を如何するのかとお伺いに参りました」


「ソレを聞いて何とする」


「・・・はっ。大変申し上げにくいのですが・・・」


「構わん」


「この臭いにあてられて、気分の不調を訴える兵が多く・・・」


・・・迂闊だった。だから周りから人が居なくなったのね。夢中なりすぎるのは私の悪い癖ね。


「忠告受け取った。この魚たちはこれから行うことに使う。安心せよ。艦の上からは完全に姿を消す」


「はっ!目的があってのことだったとは・・・申し訳ありません。では。よろしくお願いいたします」


敬礼して去って行く将官の顔色も若干青ざめていた。皆に申し訳ない事をしちゃったかな・・・反省反省。

さてっと。この小魚たちを餌にして・・・


「そぉぉい!」





「彼奴あの大量の小魚を撒き餌にしおった・・・」


どうやら傷んだ魚もとい、釣り上げていた魚は大物を釣るための準備だったようだ・・・。

マズイ!非常にマズイ・・・私の秘蔵の酒があのウワバミに飲まれてしまう・・・。一体誰に似たのかは分からぬが・・・。


「提督?アルメル中将は提督の娘さんですよ。当然貴方によぉく似ていますよ」


「・・・声に出ておったか?」


「えぇ。それはもぉとても大きな声で」


「・・・申し訳ない」


あぁ・・・穴があったら入りたいとはこの事か・・・恥ずかしい・・・。今の自分の顔は───ん?




「ふふふ。これでお父様のお酒は頂よ!」


これだけ匂いの強いモノを撒き餌に使えば、大物を必ず仕留めることができるわ!


「────!かかった!ひッ・・・引きが強い!」


「──!アルメル中将を助けよ!」


誰かが助けを呼んでくれ、私が海に引き込まれる心配は無くなったけれど・・・この引き・・・かなりの大物!


「絶対に釣り上げるわ!」


向かいの艦から父上の声が聞こえる気がする。待っててね父上。今日釣り上げて父上と一緒にお酒を飲むの!だって今日は父上の────。




いかんいかんいかん!彼奴は何を考えておる!艦六隻をしても尚大きい魚影。これはただ者ではない!この辺りに、この様な魔物は存在しなかったはず!況してや何故釣り糸が切れんのだ!


「どッどうやら釣り糸には強化魔法を使われているようです。しかも、艦を係留する縄にです!」


「なっ───!」


驚いて声が出なかった・・・そこまでして彼奴を突き動かすモノとは・・・それよりもまず縄を切らせなければ。いやっ艦を一先ず散開させよう!


「全艦命令!」


「はっ」


「艦下部に巨大な魔物の影を確認。直ちに散開せよ!繰り返す────」


「急ぎ各艦に伝達!」


「はっ!」


間に合ってくれ・・・。


「・・・まだ上がらぬのか!相当にデカい!艦の状況は!」


「はっ!各艦散開は完了し、影から離れた模様です。しッしかし!」


「分かっておる!縄を切らせなければ被害が拡大する!切らせるよう伝達は!」


「したのですが・・・全員が甲板に出ているようで・・・」


「何をしているのだ!あの馬鹿者どもは!」


一体感があるのは良い。ただ、非常事態に於いて連絡役を残すのは必要なことではないか!況してや退艦命令が出ているわけではないのだからな!


「釣り糸を切れー!今すぐ釣り糸を───」


ワシが乗る艦全ての人間が声を出しても届かなかった・・・それ程までにアルメルのヤツは集中していた・・・そして・・・





「もう少しでッ───なっなに!この大きな影は!」


糸を引くことに夢中で気が付かなかった・・・。艦の下には巨大な影。この辺りの海域には大きな魔物はいなかった筈なのに・・・父上が叫んでいたのはこのことだったのね・・・。ごめんなさい父上・・・。


「アルメル中将!糸を切りましょう!」


「───!そうね!」





糸に掛けた強化魔法をアルメルが解こうとした時・・・海の悪魔が現れた。


「クッ・・・クラーケン!何故こやつがこの海域に!もっと北に生息している魔物ではないか!」


極北海と言えども温暖な海域であった筈なのに現れたのは巨大なクラーケン。しかも足のみが海面にでている。


「イカン!二番艦に退避信号弾を!急げ!」


「先程打ち上げました!二番艦退避行動はいります!」


「でかした!」


「我が艦も───」


「我が艦は、他艦が離脱するまで此奴を止める!お前達!すまぬがワシに命を預けてくれ!」


「「「はっ!仰せのままに!」」」


・・・この艦の装備ではもって15分あるかないかそれまでに残るアルメルの艦を退避させなければッ・・・。


「撃てぇ!撃てぇ!訓練弾でもヤツの腕を反らすには十分だ!ありったけの弾を撃てぇ!」


訓練用の弾で、威力は少ない。しかし、当たればそれなりの衝撃はある。だからこそ、ヤツの腕を二番艦から反らすことに成功している。我が艦の射手は末恐ろしい!しかし同時に味方であるからこそ心強い!


「二番艦船首転回!こちらに向かって退避行動を開始!」


「よぉし!そのままヤツの腕を反らして援護せよぉ!」


ヤツの腕は縦横無尽に動く。弾を当てるのは二番艦に直撃コースに有るモノだけ。他の関係ない腕には一切構わない。弾も無限ではないからな・・・。


「二番艦危険域を離脱!本艦左舷を通過!」


「総員敬礼!!!」


「「ハッ!」」


一糸乱れぬ敬礼を左舷を通過する二番艦に向ける。


「父上!申し訳ありません!私が功を焦ったばかりに!二番艦も残り、全艦が本水域を離れるえんご・・・」


「ならん!二番艦は新兵が多く乗っておる!あたら命を散らしてはならぬ!退けぇい!」


「しかしッ!」


「くどい!二番艦退避行動を続けよ!港まで全速前進!他艦の指揮を任せる!」


「そんなッ父上!ちちうえー!」



二番艦が速力を上げて遠ざかったと同時に艦が強く揺れる。ヤツの胴が姿を現した。


「くっ・・・」


「提督!」


「この位の揺れ。何ともないわッ!それよりもヤツの目は!」


「未だ海中であります!」


くそっ!目さえ・・・片目さえ潰せれば・・・この艦のみを狙わせることができるが・・・。


「おわぁっ!」


「どぉしたぁ!」


「クラーケンの足がスクリューに絡みついた模様です!このまま巻き付かれると船尾が砕けます!」


「くそっ!何とかして断ち切れんか!」


「やっていますが!相当に太く切れる前に艦が・・・」


「・・・そうか。よしっ。目を狙わず胴に、とっていた実弾をお見舞いしてやれ!」


「───!はっ!」


これが最後じゃ!皆すまん・・・


「&#!§☆◇♢※・‡!」


「なっなんだッ!」


声にならない声と、艦の将官の驚いた声の方に目を向けると、何か鋭利なモノで切り裂かれたかのようにヤツの胴が切り刻まれた!

奇跡・・・そう感じたのも束の間。あれだけの質量のものが海面下に落ちるとすると厄介なことになる!


「総員艦内に退避!耐衝撃!」


わっと!しかし統制の取れた動きで艦内へと退避する。襲い来る波の衝撃に耐えるためだ。案の定強い横揺れに襲われる・・・。


「皆!大丈夫か!」


「なっなんとかっ!」


「この艦は我らの技術の粋を集めて作られた最新鋭の艦!そうそう沈みはせん!」


そう皆を励ましたところまでは覚えているが、その直後に艦全体が強く揺れ、皆気を失ってしまった・・・。

文字数が多くなると使用しているスマホの処理落ちが激しくなりますね・・・


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