リストランテ:パレルモ
「───さぁ着いたぜ!今日はここで満足いくまで食ってくれ!」
そう言われて二人が連れてこられたのは、煤こけた煉瓦に蔦が絡まった二階建ての建物であった。どう見ても食べ物を提供する場所ではない。二人は一瞬、騙されたのでは。と顔を見合わせた。
「まっこんな成りじゃ、食事処かどうか疑うよな。俺も最初に来た時は面食らったさ。ただし!味は補償する!さっ。中に入ってくれ」
そう促され、中に入ってみると────────
「うわぁ!これは凄い!外からは考えられないくらいだ!」
「そう・・・ですね。外観と内装にこれだけの差異があるとは・・・」
二人が入った先には、暖色の明かりに照らされた清潔な店内。高い壁で仕切られた完全個室の食事スペース。なにより、鼻腔を擽る匂い。王都でもまず見られない高級店の様相に、二人は驚いた。
(宮殿の料理人の腕とそうそう変わらないかも知れない。寧ろ暖かいものを食べられるのだからこちらが上かもしれないな)
宮殿住まい。その上第一王子ともなれば、毒味役が居るのは当たり前。本人は、魔法で解毒ができると言っていても、周りはそれを許さない。そのため、外に出るとき以外は冷めた料理しか口にできなかった。
「アル様!ここはとても良い香りで満ち溢れています!本当に本当に満足いくまで食べて良いのですよね!」
「まっ・・・まぁほどほどにね」
そんな二人の様子や会話を聞いて、満足げに頷くプレズモ。
「おぅ!満足いくまで食ってくれ!」
「はい!」
紅色の瞳を輝かせて、力一杯に頷きながら返事をするカレン。
「ご無沙汰しております。プレズモ様」
「おう!何時ものを3人分とコッチの嬢ちゃんが頼むモノをよろしくな」
「畏まりました。それではお部屋までご案内いたします」
そう言ってガルソンに案内されたのは、店内の最奥の部屋。
「このお肉のとコッチの魚の香草焼きにあぁ!ボアのスペアリブも。それとデザートに────」
「おいおい。そんなに食って平気か?」
「大丈夫です。カレンは底なしなので・・・」
「そっそうか・・・うん。まぁ恩人だからな気の済むまで食ってくれればそれで良い。───ところでアル坊。お前さん、どっか良いとこのでだろう?なんで乗合馬車の発着場なんかにいたんだ?」
「あぁ───身分は明かせませんが・・・学術都市に行く前に白兎の森に行こうと思って。あまり目立ちたくなかったので」
「とかなんとか言いながら、滅茶苦茶目立ってたじゃねぇか!身分は想像に難くねぇから詮索はしねぇがよぉ・・・」
「あははは・・・あそこで動かないと多くの人が危険にさらされると思ったので───」
「アル様アル様!料理が来ましたよ!」
(このぐらいの情報なら渡しても平気だよね。なんだか長い付き合いになりそうだし───)
プレズモからの質問にのらりくらり答えようと、次の質問の準備をしていた矢先、料理が卓上に運ばれ、目を爛々と輝かせたカレンによって二人の会話は遮られた。
まだ・・・食べられないのですか。と紅色の潤んだ瞳が訴える。さすがのプレズモも根負けし、音頭を取って食事となった。
卓上に運ばれてきたのは、ふっくらに焼かれた白パンに黄金色のスープ、絵が付けられた皿に盛られる色とりどりの野菜に彩られたサラダや火食鳥のソテー。
「デザートも後ほど。あと、こちらが先程追加でご注文いただいたお食事となります。大変申し訳ありませんが、ボアのスペアリブにはもう少々お時間をいただきたく・・・」
「あっはい。時間かかるって。かれ・・・まっ・・・いっか」
カレンは運ばれてきた料理に夢中で、アルフレッドの言葉を聞いている節は見受けられなかった。
コースの他に運ばれてきたのは、5瓩はあろう巨大オラータを丸々一尾つかった香り豊かな香草焼きに、濃厚なバターが香るブルーブルの3瓩のステーキ。コースのデザートの他に注文したであろうケーキやフルーツ盛り合わせなど・・・卓上が一気に華やかとなった。
「さぁさぁ食べようぜ!熱いモノは熱いうちに。だ!」
「「はい!」」
「「「いただきます!」」」
サラダに使われている野菜はどれも口に入れた瞬間にパリッと小気味良い音を立て、火食鳥のソテーは、ナイフを入れるとスッと切れるが、口に入れると確りとした歯ごたえを感じる。
ブラックブルのステーキは、ナイフが簡単に通り、口に含んだ瞬間に濃厚なバターに負けない肉汁の旨味が口いっぱいに広がる────。
「かれん。カレン!大丈夫?」
「・・・ハッ・・・あまりにも料理ががおいしすぎて・・・つい。プレズモ様。失礼致しました」
「おっ・・・おう。アル坊。嬢ちゃんは何時もこんな感じか?」
「あぁ・・・どく・・・いやっ味見の時には大体こんな感じだと聞いたことがあります」
「そっ・・・そうか。まっ!旨いって言って食べてくれてるからな!誘ったコッチとしても鼻が高いぜ!ガハハハ」
(僕の作ったおやつでもよくこうなるからなぁ・・・毒味役としてどうなんだろうか・・・あっ・・・ブラックブルのステーキ・・・一人で食べ切っちゃった)
「しつれい!!!ゴホン。失礼致します。」
(そりゃそうだよね。吃驚するよね。卓上のお皿空だもん。カレンの分・・・細身なのにどこに入るのって感じだよね)
メイン料理最後の1皿を運んできたガルソンは、綺麗に片付いているカレンの周りにある皿を見て一瞬面を食らうも、そこはプロ。表情を変えずにボアのスペアリブを運んできた。
「こちら。当店パレルモ自慢のボアのスペアリブです。お熱いのでお気を付けてお食べください。こちらは手で持っていただき、齧りつくことがお薦めでございます」
運ばれてきたのは、唐辛子や大蒜のガツンとした香りがするボアのスペアリブ。
「いただきます!」
豪快に齧りつくカレン。
「僕もいただきます」
一口食べると広がる複雑なスパイスの香りと、暴力的な肉汁。そして唐辛子と大蒜の辛み。後から遅れてやってきて鼻腔へと抜けていく柑橘系のさっぱりとした香りがあった。
「この酸味を感じるものは?」
人一倍味覚が鋭いカレンがプレズモに聞く。
「おぉ!これはな、最近輸入されたレモングラスっていうハーブさ!」
「へぇ!まだまだ知らない植物があるんだなぁ」
「アル様!これがあれば肉料理が変わりますよ!」
「うん!有用性はあるね!プレズモさん。これはどこで買えば良い?」
「こいつに目を付けるとは!そうしたら、明日の朝、市場に出向くと良い。三街区の入り口の露天商が扱ってるぜ」
「分かりました!ありがとうございます!」
「良いって事よ!」
(一寸寄り道になっちゃうけど良いよね・・・)
朝市に行く事を心中で言い訳しながらも、明日からの計画を再構築するアルフレッド。結局、昼食から夕食まで食べ、お腹を膨らましながらリストランテの上階に宿を取り、一泊することとなった。
カレンは給仕したガルソンが驚愕するほど食べたのだが、物足りない。とボソリと溢し、彼女は若干不満げにしながらもあるの後を着いていった。
「一体、あの嬢ちゃんはどんだけ食べるんだ・・・」
プレズモの呟きに大きく頷くガルソンであった。