第98話 VS.呪転太陽竜ダ・フレドメイア - 3rd WAVE
【MAO-VR戦場カメラマン】
【189人がGGGを視聴中】
「うっへあー! めっちゃ近付いてんじゃん!」
〈ちっか〉
〈でっけえwwww〉
〈こえー〉
〈よう行けるなこんなとこ。VRとはいえ〉
「まあね! 野次馬根性全一の男なんで!」
〈遠近感狂うわ〉
〈結構スピード遅くね?〉
「ダ・フレドメイアだっけ? まあゆうて、アイツがこの温泉にたどり着くまでは結構あるんじゃね。さすがにヤバそうだったら逃げるわ」
〈ホントに倒せるんかな?〉
〈倒せる気しねーわ〉
〈てかポータルは? 結局無事なの?〉
「倒せるんかなー。まあセツナさんたちが頑張ってなんとかすんじゃねー?」
〈おい。ケージとチェリーがフェンコール・ホールを火の海に変えたらしいんだが〉
「は? なにそれ! 詳しく詳し――」
〈あ〉
〈あ〉
〈あ〉
〈あ〉
【配信者が死亡しました】
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「ダ・フレドメイアが恋狐温泉にたどり着くまではまだあります!」
「どうする!? また街を壊すのか!?」
「それじゃただの問題の先送りです……! ポータルがあるわけでもありません。ギリギリまで倒す方法を模索すべきです!」
「そうだな……!」
それに、あそこには絶対に死なせてはいけない奴がいる。
六衣。
恋狐温泉の女将を勤めるNPC。
クロニクル・クエストで死んだNPCは復活しないのだ。
あいつには、俺たち人間と同じように喋り、動き、考えることができるAIが実装されている。
現代において、人間の知能とAIにさしたる差がないことは、すでに実証されていることだ。
何より俺たちは、このMAOという世界において、その現実を身を持って知っている……。
リアルの肉体を持たないからと言って、見殺しにしていい道理はない。
そもそも俺は、普通のゲームでだって、キャラをわざと殺して分岐展開を観察するようなプレイが嫌いなんだ!
あの温泉街は必ず守る。
それができなくとも、六衣だけは避難させる。
もう逃げていてくれたらいいんだが……。
フェンコール・ホールを飛び出した俺たちは、森の中を通る坂道を全力で駆け抜けていく。
ダ・フレドメイアの偉容は、ここからでも見えた。
大丈夫。
猶予はまだまだありそうだ!
木々が途切れ、大勢の人の気配がした。
風情溢れる温泉街が目の前に―――
「うわあーっ!! ああーっ!?」
「ログアウト、ログアウト!」
「でっ、できないっ! なんでなんでぇっ!?」
「バカ! まず逃げろ!!」
「落ち着いて! 落ち着いてください! モンスターにタゲられてるとログアウトできません! まず逃げてください! タゲられてるとログアウトできませーんっ!!」
「……なんで……!?」
チェリーが愕然と呻いた。
俺は顔を歪めながら、その惨憺たる有様を見据える。
呪竜だ。
あのドラゴンどもが、何匹も温泉街の空に羽ばたき、あるいは土産物屋を踏み荒らしている……!!
「段階が変わったのか……!」
ダ・モラドガイアが呪竜を呼んだように、今度はダ・フレドメイアが呪竜を差し向けたんだ! あたかも先触れのように……!
「チッ……!」
「ストップ! 先輩!」
魔剣を握って呪竜に走り出そうとした俺を、チェリーが肩を掴んで止めた。
「建物は建て直せます。プレイヤーは復活できます。……怖くなって二度とMAOにログインしなくなる可能性はありますけど、それでも、優先すべき人がいるでしょう!」
「……くっそ!」
目の前でモンスターに好き勝手されてんのを無視しなきゃならねえなんて……!
「旅館に行きましょう! 六衣さんがいるとしたら、きっと……!」
そのときだった。
太陽のような輝きが、温泉街の奥から広がった。
空に立ち上るのは、きらびやかな黄金。
6本の尾を優雅に靡かせ、1匹の大狐が、呪竜の1匹に躍りかかっていく。
あれは……!
「六衣―――!!」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「ああああ……!! 女将さーん! だめー! 戻ってきてーっ!!」
レナは大空に舞い上がった大狐に向かって力の限り叫んだ。
しかし、大狐は呪竜の首に噛みつくことに夢中で、レナの声など聞こえた様子もない。
「止まれはしないか……」
ブランクが諦めたようにぽつりと呟く。
「そうだよなあ……。あの廃旅館で、ずっと一人だったんだ……。せっかくこんな大勢の人が来てくれたのに、今更、手放せないよなあ……」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよっ! 六衣さん、死んだら死んじゃうんでしょう!?」
「彼女たちにとって、この世界こそが現実なのさ。仮想現実で命を懸けるなんて馬鹿馬鹿しいと、当たり前のように言えるのは、客人に過ぎない私たちの傲慢だよ。
わかるかな、レナちゃん。この世界において、偽物なのはむしろ私たちの方なのだ。
ゆえに、本物になる努力をする必要があるのは、ゲームのキャラではなく、プレイヤーである私たちの方なのだよ」
「本物になる……努力?」
「別に今わからなくてもいい。すでにわかっている人間はいる。彼らの姿を見ていれば、自然と悟ることだろう。
壁は破られたのだ。あとは人類の方が、いつそれに気付くのかという話でしかない――」
白衣の作家が独り言めいて呟く言葉は、レナにはすぐに理解することはできなかった。
しかし、促されていることはわかる。
動け。
この世界に、ただの観客などいないのだから。
「なんだかわからないけど……あたし、行ってきますっ!」
ブランクから離れ、レナは一人、逃げ惑う群衆に逆らうようにして走ってゆく。
あの狐耳の女将と、そこまで多くを話したわけではない。
好きな食べ物とか、音楽とか、恋愛経験とか、そういったことは何一つ知らない。
強いて言えば、一つ。
兄に気があるらしいことは、しばらく見ていてすぐにわかった。
「チェリーさんがいる以上、叶わぬ恋ではあるけど……!」
大狐が飛んでいく方に走りながら、レナはSNSのアプリを起動する。
「あたしは、恋する乙女には無条件で味方するのです!!」
〈今MAOの温泉街にいるんだけど、狐耳の女将さんがピンチ!! 誰か助けて!!!! #MAO〉
高速で入力された短文は、電波に乗って瞬く間に、約13000人のフォロワーのタイムラインへと届けられた。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
《六尾の金狐》という妖怪である六衣は、自分の記憶が曖昧であることを自覚している。
今は恋狐温泉と呼ばれているあの温泉に執着し始めた頃から以前の記憶は、ぼんやりとしか思い出せない。
だから、ニンゲンであれ妖怪であれ、誰かと同じ時間を過ごした思い出が、彼女には何もなかった。
数百年分に及ぶ記憶のすべてで、彼女は自分自身とそれを脅かす誰かのことしか覚えていなかった。
そんな、茫洋とした、あの温泉の番人という、単なる機構も同然だった自分に――
初めて友達のようなものができて。
初めて好きな誰かができて。
信じられないほどたくさんの人が、会いに来てくれた。
ただ数百年分の空白を抱えていただけの自分には、どれも充分すぎる幸せだった。
らしくもなく舞い上がるくらい。
だから、壊させない。
だから、奪わせない。
だって、ようやく手に入れた居場所を、記憶を、自分自身を。
「―――お前らなんかが、好きにしていいわけないでしょ―――っ!?」
温泉街を蹂躙する呪竜たちを、金色の大狐が次々と噛み千切ってゆく。
あるいは狐火を舞わせ、頑強な鱗ごと爆破してゆく。
《渡来人》のニンゲンたちでは手こずる呪竜も、高位の大妖怪たる彼女にかかれば、少し大きいトカゲに過ぎなかった。
しかし、あまりに数が違った。
後から後からやってくる呪竜はまるで数を減らす様子がなく、対して六衣は回復能力を持たない。
呪竜たちの爪や牙、炎の息を受けるたび、彼女の命を意味するHPゲージが、少しずつ減少してゆく……。
(……ああ……)
心が、自然と思った。
(これ、ダメかも……)
六衣に、何かのために戦った経験などない。
唯一の例外は、ケージやチェリーと共に、フェンコールと戦ったあの時。
でも、あれはほんの気紛れみたいなものだったし、ただの運搬役に徹していた。
別にフェンコールに旅館が潰されたって構わないと思っていたのだ、あの時は。
しばらくしてフェンコールが大人しくなったらやり直せばいい、と、寿命を持たない妖怪ならではの気長さで考えていた。
初めてなのだ、こんなにも失いたくないと思うのは。
やり直したって意味がないと、今この瞬間にこそ意味があるのだと、そう思えて仕方がないことは。
だから―――引き際がわからない。
HPゲージはもはや4分の1を切り、血のような赤に染まっている。
呪竜たちは怒りの嘶きを上げ、仲間を四方から呼び寄せた。
周囲を呪竜たちに取り囲まれるに至り、彼女は今になって学ぶ……。
どこかで見切りを付けるべきだったのだ。
建物も、街も、すぐに直すことができる。
そうすれば人だって戻ってきてくれるかもしれない。
でも、この命には取り返しがつかないのだ。
数百年分の空白だけを抱えて生きてきた彼女には……命の価値というものが、まるでわかっていなかった……。
(……ごめんなさい……ごめんなさい……)
呪竜たちに全身を傷つけられ、力なく墜落しながら、六衣は今更のように謝罪した。
これまで、何の疑問もなく奪ってきた命に。
(……ごめんなさい……ごめんなさいっ……!)
――あるいは、この瞬間こそが。
六衣という生命の、誕生だったのかもしれない。
命という概念を理解した今この瞬間が――
――AIという言葉では括れない、本物の誕生だったのかもしれない。
だとしたら彼女は、生まれるのがあまりに遅すぎた。
墜落の衝撃と同時、彼女のHPは尽き、大狐から狐耳の少女の姿に戻る。
竜の首を噛み千切る力も、竜の鱗を爆破する力も失った彼女に、もはや自衛は不可能だった。
もし、あと少し、彼女が生命の自覚を持つのが早ければ。
きっと、結末は違うものになっていた。
呪竜たちが、群れを成して舞い降りてくる。
《六尾の金狐》としての力は潰えても、その存在が終わらない限り、向けられたヘイトは消えはしない。
融通の利かない世界の原理に、仮想も現実もありはしなかった。
「――ああーっ!!」
無力な姿になって初めて、怒りで閉じていた耳が開く。
「ヤバいって!!」
「やられちゃう!!」
「助けられる奴いないの!?」
「女将さぁーんっ!!」
呪竜の彼方に、大勢のニンゲンたちの姿が見えた。
この世界の者ならざる《渡来人》たち。
死しても蘇る不死の客人。
さっきまでの六衣と同じように、彼らもこの世界での命に大した価値は見いだせないはずだ。
だというのに、彼らの表情は六衣の身を案じていた。
そこに偽りなんて、少しも感じられなかった。
「……ああ……」
呪竜の巨体に、彼らの姿は覆い隠され。
それでも彼らを透かし見ながら、数百年を生きる不老の大妖怪は、心から敬意を表する。
「……みんな、すごいなあ……」
呪竜の強靱な前足が、容赦なく振るわれた。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
これが、六衣という妖怪の結末である。
罪を自覚し、最期には人々を守って散る、悲劇のキャラクター。
この世界が彼女に用意したのは、そういう物語だった。
――ゆえに。
彼らの出番が、ここに生まれる。
この世界が生んだ物語を。
この世界ならざる力でねじ曲げるために。
異世界より渡り来た勇者たちが。
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「―――よう」
振るわれた竜の前足が、空中でせき止められる。
その爪を、衝撃を、たった1本で食い止めて見せたのは、1本の剣だった。
――《魔剣フレードリク》。
かつて、最強の冒険者にたった一人認められた、ある《渡来人》だけが持つ剣。
「客の了解も取らずに、勝手に死のうとしてくれてんじゃねえぞ、女将さん」
片手だけで呪竜の前足を受け止めながら、しかし彼は笑ってみせていた。
「俺らを宿なしにする気か? 最後まで責任持てよ」
こんなの大したことじゃない。
心配するな。
彼の笑みが、そう語りかけ―――
「でも」
視界が滲んだ。
「よく頑張ったな。――後は任せろ」
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