第97話 VS.呪転太陽竜ダ・フレドメイア - 2nd WAVE
「ダ・フレドメイアが――ダ・モラドガイアだった頃も含めて――ブレス攻撃で直接的に狙ったものを思い出してみてください」
チェリーに言われて、俺は記憶を掘り返してみる。
「最初のブレスは無差別攻撃だったから……直接的に狙ったのは、まず防壁か」
「そうですね」
フェンコール・ホールに押し寄せるモンスターを防ぐための防壁だ。
「次がUO姫で……」
騎士たちの指揮を執っていたUO姫が、ダ・モラドガイアに狙われた。
「そんで、今。またUO姫」
ダ・フレドメイアは不自然な挙動で矛先を変え、UO姫を狙ったのだった。
「正確には違います。ダ・フレドメイアが狙ったのは、あの媚び姫ではありません――馬車に乗った媚び姫です!」
「……って、まさか……!」
「馬車ですよ! 狙われたのは、あの女が乗っていた馬車の方です!」
馬車だって?
プレイヤーではなく、プレイヤーが乗った馬車を狙った?
「『防壁』! 『馬車』! そしていま狙われている、フェンコール・ホールという『街』! ここまで言えばわかりますよね、先輩!」
「人工物――それも、プレイヤーメイドの人工物か!」
防壁も、馬車も、そして街も。
この世界には元々なかったもの。
俺たちプレイヤーによって、後から作られたものだ……!
「あの声のことを思い出して、気付いたんです。だって言ってたじゃないですか。『滅びたまえ』って。その『滅び』が、直前の『栄えたまえ』の対義語として使われているのだとしたら、狙われているのは人類という生命体ではなく、それが生み出す『文明』―――」
チェリーは流々とした論理で、太陽竜の生態を暴く。
「―――人類が生む『文明』といえば、すなわちプレイヤーメイドのアイテムや建物!
そうしたものに特段のヘイトが設定されているのだとしたら、できることが二つあります!」
「なんだ!? アイツの足を止められるのか!?」
UO姫の馬車を塵に変えると、ダ・フレドメイアは再びフェンコール・ホールへ針路を取ってしまった。
馬でそれを追いかけながら、黒点を狙おうとしているところだが……!
「一つは、できるだけプレイヤーメイドの武器で攻撃することです……! 普通の武器よりヘイトが稼げるかもしれません!」
「っ! そうかっ……!!」
俺の《魔剣フレードリク》やチェリーの《聖杖エンマ》は、とあるNPCたちから譲り受けたもので、プレイヤーメイド品ではない。
しかし、他のプレイヤーたちは、ボスからドロップしたりクエストの報酬でもらったりしたレア素材をプレイヤー鍛冶に渡して武器を作ってもらっているはずだ。
さっきダ・フレドメイアのヘイトが一瞬こっちに向いたのは、俺たちばかりじゃなく、他の連中も一緒に攻撃したから……!
「二つ目は――フェンコール・ホールを、『街』ではなくしてしまうことです」
チェリーの声は硬かった。
「ポータルだけなら、きっと狙われません。周囲の人工物だけ撤去――いえ、破壊してしまえば」
「マジかよ……。建築職の連中が黙ってねえぞ……」
「このままじゃポータルもろとも壊されます……! どちらがマシかなんて、考えるまでもないでしょう!?」
俺は手綱を握ったまま、後ろに乗ったチェリーに振り向いた。
その顔を見て、俺はすぐに理解する。
「……やるんだな?」
「はい。憎まれ役は、気ままな私たちが買うべきです」
ゲーム配信で多くのリスナーに慕われている奴。
プロゲーマーとしての信用を飯の種にしている奴。
大勢のクランメンバーを率いて、この世界の秩序を作っている奴。
今、この戦場に集う数十人の中で、今すぐに、躊躇なく、大勢に嫌われかねない行動を取れるのは、ここにたった二人しかいなかった。
俺たちは結局、誰に嫌われようが好かれようが、どっちだって構わないのだ。
お互いが側にいる限り、外野にどう思われようと知ったことじゃない。
俺たちさえ、俺たちのことを、わかっていれば。
「……うしっ!」
俺は馬を加速させ、プレイヤーたちの集団から抜けていく。
「あれっ? ケージくぅーん! どこ行くのぉー!?」
「ケージ君!? チェリーさん!?」
「お二人ともっ! あまり突出しては……!!」
ここまで一緒に戦ってきた同胞たちに、俺たちは二人して軽く手を振った。
「ちょっと!」
「蛮族になってきます!」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
ダ・フレドメイアさえも追い抜いて、俺たちはフェンコール・ホールに先回りする。
大きく開いた縦穴の縁には、戦闘装備に身を包んだプレイヤーたちが何人も並んでいたが、迫るダ・フレドメイアを呆然と見上げるばかりだった。
街を守ろうと出てきたはいいが、敵があまりにもデカすぎてビビってるってところか。
エリアボスの相手をしたことがない奴らには、確かに荷が重いだろう。
未だかつて、圏外近くの街にこれほどの人口が集まったことはない。
言うまでもなく恋狐温泉が流行した影響だが、そのせいで今まで最前線に縁のなかった奴らまで駆り出されることになっている。
最前線の戦いを初めて目の当たりにした彼らは、あるいは将来のフロンティアプレイヤーなのかもしれない。
運営が、MAO史上最も注目されていると言っても過言じゃないこのタイミングで、こんな暴挙じみたイベントを発生させたのも、その辺りに理由があるのかもしれなかった。
「あっ……? 馬が来るぞ?」
「誰だ?」
「ケージとチェリーだ!」
ざわつく集団に向かってまっすぐ馬を走らせた。
集団が悲鳴をあげて散っていく。
フェンコール・ホールの縁まで来ると、俺たちは馬から飛び降り、巨大な縦穴の壁沿いにできつつある街を見下ろした。
「さて……まずはどうする?」
「一応警告しましょう」
「任せた。そういうのお前の方がうまいだろ」
「任されました」
チェリーはくすっと笑って、すうっと大きく息を吸い込んだ。
「―――こおおおおんにいいいいいちはああああああっ!!! 火事場破壊に来ましたあああああああっ!!!!」
小柄な身体からは想像できないような大音声が、巨大な縦穴の中に反響する。
壁沿いのキャットウォークのような道を忙しく行き交っていたプレイヤーたちが、何事かとこっちを見上げた。
「……火事場破壊ってなんだよ」
「その通りでしょう?」
「もっと他になんかなかったのか?」
「こっちの方がよかったですか? 汚物は消毒だーっ」
《聖杖エンマ》を掲げて定型文を叫ぶチェリーは、こう言っちゃなんだが可愛らしすぎて世紀末感が足りない。
まあどうでもいいか、言葉なんて文明的なものは。
まさに、その文明をこそ、これから破壊しようってんだから。
「あ、そうだ先輩。せっかくなんでタイム計りましょうよ」
「え? 村焼きRTA? 最高に野蛮な遊びでいいなそれ」
「目標タイムは1分以内で! よーい――スタート!」
そうして、楽しい焼き討ちが始まった。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
そして約1分後。
「終わり! 先輩、タイムは!?」
「59秒58! ギリッギリ!」
「目標達成! いえーい」
「いえーい」
と、ハイタッチを交わす俺たちの周囲では、瓦礫がメラメラと燃えていた。
元より溶岩の滝や川が流れているような街だから、今さら炎に包まれた程度で大して変わりやしねえかと思ってたんだが、いやあ、こうして縦穴の壁がまるっと燃え上がっているのを見ると、なかなか壮観である。
「サイコパスかお前らはぁーっ!!」
「笑顔で何もかもぶっ壊しやがって!!」
「っていうか速すぎるだろ!!」
「ボスを倒してこい、ボスを!!」
ナイン坑道方面に避難していた建築職の連中が、非常に真っ当な抗議を唱えてくる。
対し、チェリーがペコリと頭を下げて、
「お騒がせしましたぁー! 理由はそのうちわかると思いますので、これからも頑張って街を発展させてくださーい!」
と、満面の笑顔で返すのだった。
当然、「いや、お前らが壊したんだろ!」というツッコミが噴出したわけだが、当のチェリーは爽やかな笑顔である。
「その笑顔はさすがにどうなの?」
「いやー、家だの何だのぶっ壊してるうちに楽しくなってきちゃいまして……なんだか気分がスッキリしました! たまにはいいですね、街を破壊するのも!」
「ストレス溜まってたんだな」
「だとしたら誰のせいでしょうねー? うふふふふふ」
笑顔のままなのが怖い。
「ともあれ、これで―――」
丸く切り取られた空を見上げた、その瞬間。
ダ・フレドメイアの真紅に燃え上がる巨体が、空を覆った。
「う、うわーっ!」
「ついに来た!」
「ダメだ、ポータルがやられる!」
「逃げろおーっ!!」
うろたえるフェンコール・ホールの住民たちを見て、俺は思わず頬を綻ばせた。
チェリーもニヤニヤ笑っている。
いたずらを仕掛けた子供みたいに。
「……あれ? 待て!」
逃げようとした住民たちが、頭上を見上げて立ち止まった。
「ボスが……来ない?」
空に覗いたダ・フレドメイアの巨体は、こっちを一顧だにすることなく、ゆっくりと通り過ぎていく……。
「ど、どういうことだ……?」
「あのボスがここを狙ってたんじゃねえの!?」
「なんで通り過ぎた!?」
予想外の事態に狼狽える住民たちを見やり、チェリーは「ぷふくくくっ」と人の悪い笑いを漏らした。
……セツナたちが頑張ってくれたな。
誰かがダ・フレドメイアを引きつけていてくれなければ、とても間に合いはしなかった。
「さて、先輩?」
にやつきを押し殺した表情で、チェリーはいたずらっぽく言った。
「突如として街を襲った蛮族は、そろそろ去るとしましょうか。ポータルに関してはもう心配ないでしょう」
「おう。……でも、ここへのヘイトがなくなったってことは、次にヤツが狙うのは――」
ここの次に、人工物が多い場所。
プレイヤーによって作られた街。
「はい。――次に狙われるのは、恋狐温泉です」