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第96話 VS.呪転太陽竜ダ・フレドメイア - 1st WAVE


 太陽竜の燦然たる輝きが、世界を埋め尽くした。


 ――チリチリチリチリ――


 四方から聞こえるのは、空気中の塵が焼ける音。

 ダ・フレドメイアの放つ熱が、大気すらも焼いている。


 体表にプロミネンスを走らせる真紅の巨竜を、俺たちは呆然と見上げていた。

 三段に渡って連なるHPゲージ。

 ダ・モラドガイアと呪竜どもに散々消耗させられたこの状態で、アレを全部削れと……!?


「ほんッと、バカばっかりかよ、MAOの運営は……!!」


「公式アカへのクソリプが捗っちゃうね~……」


 側にいるUO姫が、少しひきつった顔で言った。

 昔のシューティングゲームじゃあるまいし、クリアできるかどうかもわかんねえようなクエスト出すなよな……!!


「……絶対クリアしてやる」


 俺を衝き動かしたのは、反感めいた意地だった。

 これは挑戦状だ。

 運営から俺たちへの、『クリアしてみろ』という果たし状……!!


 受けねえわけにはいかねえよ。

『なんだ、この程度もクリアできないのか』なんて開発者に言われるのかと思うと、すっげえ腹立つからな!!


「距離を取ってくださいっ!!」


 チェリーが少し離れた場所で、全員に届くように叫んでいた。


「もうすぐ補給が来ます! それまで無理をせずに持ちこたえるんですっ!!」


 いい加減ポーションも空っ欠。

 アイテムを補給しなけりゃ、満足に戦うこともできないだろう。

 だが、ただ耐えるってのも芸がない。

 呪転太陽竜ダ・フレドメイア――

 ヤツの行動パターンを見極める!


「――――ッ――――ァァァァアァアアアAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――――――ッッッッ!!!!」


 どこか壮麗な響きすらある甲高い咆哮が、赤竜の口から放たれた。

 ボボウッ、と幾条ものプロミネンスが体表で弾け、直後――!!


「ッ!?」


 火の粉が散る。

 炎が走る!

 太陽竜の巨体が、猛然と突っ込んでくる……!!


 速ッ――!?


「ひっ、避難っ! 避難して―――っ!!」


 UO姫が悲鳴めいた声で騎士たちに叫んだ。

 蜘蛛の子を散らすように逃げ散る騎士たちと共に、俺もUO姫の小柄な身体を抱えて走る。


「ひあーっ!? ちっ、近い近い近いこれすごい! ドキドキするよケージ君! チェリーちゃんっていつもこんなことしてもらってたの!? ずるいずるいずるい!!」


「黙って抱えられてろ!!」


 緊張感って言葉と無縁すぎるだろ!!


 ゴウッ! と空気が唸る。

 迫るダ・フレドメイアの周囲は、著しい温度差によって風景が歪んでいた。

 チリッ、と髪が焼ける音がするなり、俺はUO姫ごと地面に身を投げる。


 膨大な熱が、草と言わず地面と言わず、平等に燃え上がらせた。

 リアルであれば火傷では済まなかったろうが、できる限り身体を丸めたおかげか、少しHPを減らすだけで済ますことができた。


「あぅぅケージ君に押し倒されてるぅぅぅ……!!」


「……いや、もう諦めたわ」


 ダメだコイツ。

 さっさと離れないといつまでも集中してくれねえ。


 もじもじくねくねするUO姫を背中で庇いながら、俺は背後の様子を窺う。

 通り過ぎたダ・フレドメイアは速度を緩め、そのまま俺たちを無視してズンズンと歩いてゆく。

 その先にあるのは――


「チッ……! フェンコール・ホールか!」


 巨大な縦穴に作られた街、フェンコール・ホール。

 その底にはこのナインサウス・エリアのポータルがある。

 ポータルが破壊されれば、このエリアは人類圏外に逆戻りし、ひいてはNPCショップを始めとした施設が失効、補給線が断たれることに……!!


「行かせるかっ!!」


 俺は立ち上がりながら指笛を吹き、馬を呼んだ。

 飛ぶようにやってきた馬の手綱を手に取ったところで、チェリーが追いついてくる。


「先輩!」


「おう! 来いッ!」


 自分が鞍に上がってから、チェリーの手を掴んで引っ張り上げた。


「あっ! ずるーい! ミミも二人乗りしたい!」


「お前はさっさと騎士団を動かせアホ! 先に行ってるぞ!」


「仕方ないにゃあ、もお!」


 足で腹を蹴って馬を走らせ、ダ・フレドメイアを追いかける。

 重々しい馬蹄の音が一つ、二つと追いついてきて、あっという間に十何騎もの騎馬隊になった。

 チェリーがダ・フレドメイアの巨体を見据えながら、


「先輩があの女にベタベタ抱きついてた件については後で話すとして……」


「流れ見てたよな!? 糾弾される謂われないよな!?」


 お前も行ってこいって言ってたじゃん!


「それよりも、あの竜が私たちを完全に無視したのが気になります。ボスに限らず、普通、モンスターってプレイヤーの方に向かってきますよね?」


「おう。それは俺も気になった。なんでいきなりフェンコール・ホールに走り出した? ポータルがタゲられるほどの距離じゃねえよな」


 あらゆる街には定期的にモンスターが襲ってくる襲撃イベントというのが発生するんだが、その時でも、ポータルを狙われるのはかなり近付かれた場合だけで、基本的にはプレイヤーを狙ってくるのだ。次点で宿屋とかの施設。


「何か特殊な設定があるとしか思えません。デフォルトで何らかの要素に対するヘイト値が高くなってるとか……」


「なるほど……」


 例えば、特定のNPCを守るクエストがあったとすると、大抵、モンスターのヘイト値は護衛対象のNPCに対してだけ高く設定されている。

 それと同じことか。


「ポータルを優先的に狙うようになってるのか……?」


「だとしたら開発者は性根が腐りきってますね! 栄養ドリンクの飲み過ぎで死ねばいいと思います!」


 確かに、それが真実だとしたら徹夜明けのテンションで設定したとしか思えないが、だとしたら……?


「いずれにせよ注意をこっちに向けないと始まりません!」


「おう……! 準備しろ!」


 ダ・フレドメイアを射程圏内に収め、チェリーが馬上で《聖杖エンマ》を高く掲げる。


「炎――は効きそうにないし、風――は逆に強くしそうだし、雷……?」


「火には水だろ!!」


「ポケモン脳でしょうそれ! でもまあ……《コール・ブック》!!」


 チェリーの左手が、呼び出したスペルブックを高速で手繰った。

 ほとんどノールックで特定のページを探し出し、高らかに詠唱する。


「《ウォルルード》ッ!!」


《聖杖エンマ》の先端から激しい水流が噴き出し、空に橋を架けた。

 ダ・フレドメイアの燃え盛る体表に激流が迫る。

 弾ける紅炎ごと押し流さんばかりの勢いで、


「――えっ?」

「はあ?」


 俺たちは唖然とした。

 激しく渦を巻いて空に弧を描いた水流が―――

 ―――ダ・フレドメイアの身体に迫った途端、炎に包まれたのだ。


「もっ……」

「燃えた――!?」


 水が燃えた。

 直感に真っ向から反する現象は、しかし現実だった。

 飛沫の一つすら、太陽竜には届かない―――


 他の騎馬からも様々な魔法が飛んだが、そのすべてが空中で燃え尽きた。

 あたかも大気圏に落ちたデブリのように。


「魔法が燃えるなんて……!」


「それほどの熱ってことかよ……!!」


 ヤツの二つ名は《太陽竜》。

 なんかの神話が語ったように、太陽に近づきすぎた者は焼き尽くされるってわけか……!!


「どうする!? 魔法まで燃えるんだ! 剣で斬りつけることだって、きっと無理だぞ!!」


 俺は手綱を操り、馬をダ・フレドメイアと並走させる。

 最初に見せたほどの敏捷性は、今は見せていない。

 しかし、ダ・モラドガイアだった時のスローペースとは雲泥の差だ。

 フェンコール・ホールに辿り着くのに、あと十数秒!


「熱……温度……太陽竜……太陽……?」


 チェリーは太陽竜の巨体を睨み上げながらぶつぶつと呟いた。


「問題は温度……それさえなければ……? 温度……太陽……太陽の温度? ―――あっ!」


 チェリーは俺の後ろから身を乗り出して、ダ・フレドメイアの首の根元辺りを指差す。


「あっち! あっちに移動してください、先輩!」


「なんだ!?」


「見えませんか!? 黒点(・・)です! 太陽にある、周囲より温度の低い場所!」


 黒点!?

 ああ、そういや習ったな、地学の授業で……!!


 俺は馬の腹を蹴ってスピードを上げる。

 巨竜の首の方に近付けば、なるほど、確かにある!

 真っ赤な炎の中に、真っ黒な斑点が……!


「《ウォルルード》ッ!!」


 改めて放たれた激流が、獲物を見つけた大蛇のように黒点に食らいつく。

 ジュウアアアッ!! というそれは、激流が蒸発する音。

 だが、さっきのように燃え上がりもしなければ、燃え尽きることもない!


 HPが、減る。


 無論、俺のものでもチェリーのものでもない。

 ダ・フレドメイアが備える三段ものHPゲージ――その一段目だ!


「――――ッァアAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA―――――ッッッ!!!!」


 太陽竜が甲高い悲鳴を響かせるにつけ、他の連中も気が付いた。

 騎馬たちから激流が湧き上がり、次々とダ・フレドメイアの黒点に食らいついていく。

 激しく水が蒸発する音が重奏して、HPゲージが見る見る削られた。


 これで終わりか?

 そんなわけないよな……!


「――――ッAAAAAA―――AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA―――――ッッッ!!!!」


 ひときわ音階の高い咆哮が響き渡るや、太陽竜の身体が弾けた(・・・)

 いくつも飛び出した帯状の炎が、野放図に撒き散らされる!


「プロミネンスが……!!」

「退がれっ!」

「退がれええ―――っ!!」


 互いに叫び合いながら、俺たちは馬を操って大急ぎで巨竜から離れた。

 紅炎の軌道は無秩序で、運悪く射線上にいた何人かが衝撃に煽られて落馬する。


「ちくしょう! 往生際の悪いっ……!!」


 思わず悪態をつきながら興奮した馬を宥め、俺は遠ざかった太陽竜を見やった。


「……え? おい、あれ……」


「はい……! 黒点の数が増えてます……!」


「あんな滅茶苦茶に炎を撒き散らすからだ! エネルギーを消費しやがったな……!?」


「でも、いい加減MPが限界ですよ! そろそろ補給を―――」


 瞬間、チェリーは口を噤んだ。

 俺もまた、思わず息を呑む。


 じろり、と。

 炎の中に開いた漆黒の眼が、俺たちの方を見たのだ。


「ヘイトが……!」


「はっ。ついにお相手してくれるのか……!?」


 ズンッ……!

 と、地面が揺れた。

 それは、俺たちの方向に身体を向けるべく、巨竜の足が地を踏んだ衝撃。


 太陽竜は、深く息を吸った。


「ブレス攻撃!!」

「散開ッ!!」


 予備動作から素早く攻撃パターンを見極めた俺たちは、射線から外れるべく馬を走らせる。

 ギリギリで避けられる……!!

 そう判断した直後、


「まったくもお! みんなしてせっかちなんだからっ!」


 ガラガラガラ、と。

 騎士団を連れたUO姫が、花を模した馬車に乗ってやってきた。

 戦力が増えるのは大歓迎だ――が。

 直後に、想定外のことが起こった。


 ダ・フレドメイアが、いきなり身体の向きを変えた。


 明らかに不自然な動きで、馬車に乗ったUO姫がいる場所に――


「――ふえ?」


「ミミ様っ!!」


 さすがに2回目とあって、近衛騎士の反応が早かった。

 即座にUO姫を抱え、お荷物の馬車を捨てて、射線上から離れる。


 熱線が世界を貫いた。


 ブレスというより、もはやビーム。

 青白い光条に消えたのは、幸いにしてUO姫の馬車だけだった。

 花を模した豪奢な馬車は、木片の一つも残さず消滅する。


「ああーっ! お気に入りだったのに~!」


 お姫様が緊張感のない悲鳴を上げる。

 が、あの馬車、たぶんプレイヤーメイドの一点ものだろうし、デスペナルティより遥かに高い値段がすることは間違いない。

 悲鳴を上げたくなる気持ちも多少はわかった。


「どういうことだ……?」


 しかし、それよりも重要なのは、今のダ・フレドメイアの挙動だ。

 どうしていきなりUO姫に矛先を変えた?

 直前までは、確かに俺たちを狙っていたのに―――


「―――わかりました」


 呟いたのは、チェリーだった。


「わかりましたよ、先輩……! あのボスが何にヘイトを向けるのか!」


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