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第95話 VS.呪転磨崖竜ダ・モラドガイア - 5th WAVE


「深追いはしないでね! 呪竜が背中を見せたら放置!」


 花を模した馬車からUO姫が騎士たちに指示を飛ばす。


「MPの出し惜しみはナシ! 最大火力をぶつけて最速で!」


 騎士たちは主の指示を受けて淀みなく動いた。

 呪竜たちにパーティをもって当たり、攻撃の連打でこれを追い返してから、すぐさまに次に向かう。


 彼らを直接的に差配するのは前線指揮官たち。

 指揮官たちはUO姫の要求を1秒と経たずに呑み込んで、その通りの状況を戦場に演出してゆく。


「軍師班っ!! いる!?」


「ここに」

「オーダーを、ミミ様」


「パターン構築! 呪竜を撤退させるのに必要なダメージを調べて、一番効率的な攻撃手段を考えること! 10分以内!!」


「「御意」」


 UO姫を中心とした本陣に控えていた軍師たちが、騎士たちからの報告を取りまとめ、意見を交わし合い、仮説をまとめ、部下に命じて検証させる。

 考えうる限り最速でトライ&エラーが繰り返され、結論が出たのはわずか8分後のことだった。


「《エクスプロージョン・トラップ》、《雷翔戟》、《グランバニッシュ》の3手で撤退ダメージを稼げます。所要時間は平均で12秒」


「よーしっ!! 差配よろしくっ!!」


「お任せを」


 前線の騎士たちに攻略法が周知されるや、呪竜は見る見るうちにその数を減らしていった。

 そうした怒涛の展開を、俺とチェリーは自分たちでも呪竜の相手をしながら、半ば唖然として見守った。


「なんてチームワークだ――チームワークって言うのか、ああいうのも」


「ったく! 人を顎で使うことだけは上手いですね、あの女は!」


 適材を適所に配置し、適切な指示を出す。

 あいつ自身は特に何の技能も持たなくとも、自らに集った様々な才能を、あいつは自信を持って運用することができるのだ。


 戦わず、稼がず、生み出さず。

 にも拘らず、中心にいることを許され。

 にも拘らず、中心にいることを認められる。


《アルティメット・オタサー・プリンセス》。

 究極の姫プレイヤー。

 その称号は、伊達じゃない。


「ムカつきますけど、騎士団のおかげで余裕ができました! セツナさんたちを呼んで陣形を整えましょう!」


「ああ! そっから後の指揮は任せるぞ。負けてらんねえだろ!?」


「よおくお分かりで―――!」




「――――ォォオォオオオオォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ――――!!!」




 そのとき、沈黙していたダ・モラドガイアが大きく咆哮した。


 動き出す。

 岩石の巨躯が、その長大な首を持ち上げる。


 まるで砲口のように、アギトが開いた。

 向けられたのは、俺たちの陣の後方。

 騎士たちの本陣。

 その中央で指示を飛ばす、一人の少女だった。


「……まさか」


 あいつは、ダ・モラドガイアには1ダメージも与えていない。

 しかし、判断したのか。

 あのボス自身のAI(のう)が、今、誰が最も脅威なのかを……!


「逃げろぉおおおおおおおおお―――――っっっ!!!!」


「んえっ?」


 あらん限りに叫んだことで、UO姫はようやく自分が狙われていることに気が付いた。

 慌てて馬車に転進させるが、ダ・モラドガイアのエネルギー充填はすでに始まっている。

 紅蓮の炎が、巨大なアギトの中で渦巻いていた。


「――チェリー! 悪い……!」


「なんで謝るんですか。行ってきてください! それだけが能なんですから!」


 言ってくれる!

 俺は全力で地面を蹴った。


 レベル100オーバーのトッププレイヤーたちの中でも、AGIにほぼ極振りなんて狂気じみたビルドをしているのは俺くらいのもの。

 俺より足の速いプレイヤーは、きっとここにはいない。

 そして同様に、騎士団の統率を取れるプレイヤーも、あいつ以外にはいないのだ。

 ここで失うわけにはいかない。

 意地でも助けるぞ、UO姫……!


《縮地》のスイッチを入れる。

 疾風のように地面を駆ける。

 俺がUO姫の馬車に到達したのと、ダ・モラドガイアのアギトに充填した炎が臨界を迎えたのは、ほぼ同時のことだった。


「きゃっ―――!?」


 俺は最後に思いっきり地面を蹴り、馬車の上のUO姫に飛びかかって抱き締め、そのまま身を投げ出した。

 地面に落下しようとする、その寸前。

 真っ赤な壁が背後を通り過ぎる。


「うぉわっ!?」


 一瞬遅れて荒れ狂った暴風が、UO姫の小柄な身体を抱き締めた俺を、激しく地面に転がした。

 ぐるぐる回る視界がようやく止まり、自分のHPが残っていることを認識すると、俺は胸の中のUO姫に目を落とす。


「大丈夫か?」


「うぅううぅぅ……!」


 UO姫は俺の腕の中にすっぽり収まったまま、顔を赤くして俺を見上げてみた。


「あぁああぁぁもうむりむりむりしんどいしんどいしんどいどうしてそういうカッコいいことするのもぉおぉぉぉ!!」


 胸を小さな拳でぽかぽか叩かれる。

 せっかく助けたのになんで文句垂れられなきゃ―――


「んげっ!?」


 地面に転がったままでいる俺たちを黒い影が覆った。

 かと思うと、1匹の呪竜がすぐ側に着地し、獰猛な双眸で俺たちを見下ろした。


「やべっ……!」


 慌てて起き上がろうとしたが、その前に呪竜の前足が振り下ろされる。

 くっそ、せっかく避けられたのに……!

 歯噛みした俺の目の前を――

 次の瞬間、大きな背中が遮った。


 身長2メートル半もの巨体を持つそいつは、呪竜の前足をまさかの片手1本で受け止めてみせると、もう片方の手に持ったメイスを振るう。

 丸太のようなそれを横っ面に受け、呪竜は薙ぎ倒されてもんどり打った。


 俺は上体を起こしながら快哉を叫ぶ。


「ナイス火紹! 助かったっ!」


 聖ミミ騎士団が誇る《巨人》火紹は、肩越しに振り向いて無言で頷いた。

 うぅう、と胸の中でUO姫がうめく。


「みんなカッコいい……。ミミ幸せ……。ふへへ……」


「はいはい。よかったな」


 俺はUO姫の頭をぽんぽんと軽く叩く。

 なんか勝手にこいつの逆ハーレムの一員にされてる気がするけど、もういいよ、なんか幸せそうだから。


 俺はダ・モラドガイアの様子を見る。

 防壁を一瞬で焼き尽くした、あの超ド級のブレスを撃ったんだ。

 また動かなくなるのか?

 そう思って開かれたアギトを見やり、


「あ!」


 気付いた。

 口の奥。

 ダ・モラドガイアの喉に。



 赤い鉱石が輝いている……!!



「口の中だッ!!!」


 誰でもいい!

 気付いてくれ!

 口を閉じられる前に!


「口の中に弱点があるッ!!!」


 果たして、思いは届いた。

 直後、そこかしこで魔法が詠唱され、炎や雷がダ・モラドガイアの口に飛んだ。

 それらをまとめて呑み込まされた巨竜の口内から、バギンッ!! という音が響き渡る。

 何の音かは、自明だった。

 数瞬の沈黙の後に――ダ・モラドガイアが、痛々しく咆哮したからだ。


「――――ォォオォォォオオオオォォォォォォォォォオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォ――――」


 咆哮がどこか悲しげに響き渡るのと同時に、ダ・モラドガイアの全身にビキビキと亀裂が入っていった。

 亀裂に覆われた巨竜は、それこそ、朽ちかけた遺構のようで―――


「やったか!?」


「あ。ケージ君、それ言っちゃダメ……」


「あっ」


 しまった。

 つい。

 思いっきりフラグを立ててしまった。


『―――我は扉である―――』


 どこからともなく声が響いた。

 それは幾度となく聞いた、巫女らしき少女のもの。


『―――我は壁であり、蓋であり、蝋である。彼の者の呪いを封ぜし、ただ一個の岩くれである。我が同胞が堕せども、我が同志は未だ堕さず。最後の一体が呪転しようと、彼らの未来は侵させまい―――』


 いや……?

 違う。

 声色は同じだが……違う。

 これは、誰の声だ?


『―――嗚呼、栄えたまえ、彼女が愛した小さき共々よ。栄えたまえ、栄えたまえ、栄えたまえ―――』


 祈るような声は、しかし、瞬時。


『―――否。滅びたまえ、滅びたまえ、滅びたまえ―――』


 ()()()

 祈りから、呪い(・・)へと。


「この声……もしかして……」


 俺は亀裂に覆われたダ・モラドガイアを見やった。

 ……お前なのか?

 お前の声なのか、これは……?


『―――勇者たちよ』


 再び、声が響いた。

 声色は同じだが、その響きは、またもさっきのものとは違っていた。


『―――もはや我が魂も尽きる。今に封は潰えよう。巌と化し、呪いの蓋とした我ら(・・)の身体……しかし、彼の者の呪いを、この程度で阻めるはずがなかったのだ』


 苦渋と悔恨に満ちた少女の声は、徐々に掠れて、薄れてゆく……。


『―――心せよ、未来の勇者たちよ。微睡みの終わりは近い。そして―――』


 痛切な。

 哀切な。

 懇願に近い声音で、姿なき少女は告げた。


『―――どうか、お解きあれ。我らを、この終わりなき呪転から』 


 それっきり、声は潰えて、二度と響かない。

 そして、言葉の意味を噛み砕こうとした寸前。


 ダ・モラドガイアの全身を覆った亀裂が、一斉に赤く輝いた。


 巨体が、膨らんだ。

 ように見えた。

 襲い来たのは、爆音と閃光。

 五感のすべてが吹き飛ばされたように感じた。


 一時的に喪失された五感が戻ってきたとき――

 視界の真ん中にいたはずの岩石の怪物は、跡形も残ってはいなかった。


 代わりに。


 赤く。

 赤く。

 赤く。


 マグマのように赤く輝く、巨竜が一体。




「――――ォォッ――――――――――ッッッ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッッッ!!!!!」




 空間を震わせた咆哮を、俺は正確には聞き取れない。

 ただ、その声に。

 肌がチリッと焼けた。


 目が痛いほどに赤く輝く巨竜の体表を、巨大な紅炎(プロミネンス)が奔る。

 神々しくすら思えるその姿は、明らかに生物の領域を超えていた。

 まるで天体……。

 地上ならざる、空の上を居場所とする存在。


 俺は赤竜の頭上に、名前が表示されているのを見つけた。

 そして、その下に。

 ()()()()()()()()()


「……はは」


 思わず笑いが漏れた。

 そうだよな。

 今まで俺たちが削ってきたのは、ダ・モラドガイアの内部にある、変な赤い鉱石のHPであって――

 ヤツ自身のHPには、一度だって触れたことがなかったんだから。


 満タン状態で現れたHPゲージの上で、ダ・モラドガイアの真の名が燦然と輝く。

 それを、絶望と見るか。

 それとも、上等と見るか。

 ……試そうってか? マギックエイジ・オンライン。



 ―――《呪転太陽竜ダ・フレドメイア Lv150》。




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