第94話 VS.呪転磨崖竜ダ・モラドガイア - 4th WAVE
「壁が破られたっ!!」
「急げえっ!!」
「モンスターが入ってくるぞっ!!」
「ポータルがやられるぞおおおおっ!!!」
フェンコール・ホールに続く壁が破られたのが確認されるにつけ、温泉街はにわかに騒然となった。
これまで見物客気分だった観光プレイヤーたちが、古参プレイヤーに煽り立てられ、もみくちゃになりながら温泉街を駆け下りていく。
「怖い思いをしたくなければ逃げろ!!」
「すぐにモンスターが流れ込んでくるぞっ!!」
「宿からアイテムを引き上げろおーっ!! ロストするぞ!!」
そんな騒乱はどこ吹く風で、白衣の欠片作家・ブランクは高台からダ・モラドガイアの威容を望んでいた。
側にいるケージの妹・レナが、不思議そうに彼女の顔を見上げる。
「ブランクさんは逃げないんですか?」
「デスペナルティの1回や2回、惜しくはないさ。このイベントを肌で取材するのに比べればな」
「というか、なんでみんな、あんなに焦ってるんですかねー? あのおっきいボスが来るまではまだありそうなのに」
「それはですねー!」
小学生ほどの騎士少女・ウェルダが嬉しそうに説明する。
「あのボスさんのすぐ手前に、おっきい穴がありますよねー? あの中に《ポータル》があるんです! レナさんもここに来るとき使われたんじゃないですか?」
「ポータルって、あのワープするやつ? 確かに使ったけどー……それがどしたの?」
「ポータルはエリアの核なんだよ」
ブランクが説明を引き継いだ。
「このナインサウス・エリアが人類圏でいられるのは、ポータルがあったればこそ――ポータルがモンスターに破壊されると、そのエリアは人類圏外に逆戻りし、さらに」
ブランクの口元が、面白そうに歪む。
「一定時間、ポータルを復旧できなかったら、エリアボスが復活する」
レナはしばらくの間、頭の中で説明を整理した。
「ええーっと……エリアボス? ってことは……あのでっかいのみたいなのがもう1体出てくるってことですか!?」
「《神造炭成獣フェンコール》……ケージ君やチェリーちゃんたちが総出でかかってようやく倒せたバケモノさ。
もしダ・モラドガイアに加えてフェンコールの復活をも許せば、最前線は大幅に後退することになるだろう。
ナイン山脈は言うに及ばず、その手前にあるフロンティア・シティやプリンセス・ランドにも危険が及ぶ……。こんな小さな温泉街は、きっと跡形も残るまい」
「ふあー! すっごい危ないじゃないですか! やっぱりあたしたちも逃げた方がいいんじゃ?」
「君は別に逃げたっていいとも。ただ……そうだな、その場合は、彼女も連れていってあげるといい。もしかすると嫌がるかもしれないが」
そう言ってブランクが見上げたのは、すぐ横に立つ恋狐亭だった。
そこにいる『彼女』といえば、一人しかいない。
「女将さん――六衣さんですか?」
「うむ。……ああ、そうか。君は知らないのか。ならば話しておかなければな」
そして作家の声に乗るのは、真剣な響き。
ただのゲームらしからぬ――
――まるで、本物の物語であるかのような。
「――クロニクル・クエストで死んだNPCは、決して復活しないんだよ」
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#MAO
ダ・モラドガイア
恋狐
陥落
フェンコール
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「フェンコール・ホールを守れええっ!!」
「呪竜を圏内に入れるなっ!!!」
「ヘイトを稼げッ!! 引きつけろおッ!!!」
馬を駆ったプレイヤーたちが、たった一撃で焼き尽くされた防壁の代わりとなるように展開し、押し寄せる呪竜たちの前に立ちふさがる。
数人ずつのパーティとなって呪竜に立ち向かうが、それじゃあ竜どもに数で負けてしまう。
俺やチェリー、ジンケなど、単騎でも呪竜に対抗しうる面子は、馬を降りて手分けをし、呪竜の攻勢を押さえにかかった。
ここを抜かせるわけにはいかない。
ポータルを壊されれば、モンスターの排出率やレベルが飛躍的にアップするし、最悪、設定されたエリアから出てくることだってある。
最寄りのダンジョンであるナイン坑道からゴブリンどもが溢れ出したりしたら、呪竜だらけのこんな状態じゃとても相手できない!
ましてやポータルの復旧なんて、こいつらを排除しなけりゃ……!!
呪竜を2匹片づけ、マナポーションを飲みながら走っていると、側にジンケが来た。
「オイ、MAO最強!」
「なんだよ、第六闘神!」
「経験豊富なあんたから教えてくれ! もしここでポータルを破壊されてエリアボスが復活したら、どうなると思う!?」
「…………ダ・モラドガイアもそうだが、フェンコールってボスも相当のバケモンだった。あんなレベルのエリアボスが2体も揃っちまうような最悪な状況には、さすがに俺も遭遇したことがない」
「つまり?」
「もし。最悪の場合。ダ・モラドガイアとフェンコールが、2体揃ってナイン山脈から外に出たりした場合には―――
……めちゃくちゃだよ、何もかも。すべての街と国が破壊されるのが早いか。俺たちが奇跡的に攻略法を見つけ出すのが早いか」
「……もしそうなった場合、運営はサーバーを巻き戻すと思うか?」
「サーバーの巻き戻しなんて、ベータからやってる俺だってほとんど記憶にない。
このゲームじゃ、何が起ころうと『歴史』でしかないんだ。そこには善も悪もない。そういうことだよ」
MAOの運営体である《NANO》は、とにかくゲーム内で起こったことをなかったことにするのが大嫌いなんだ。
奴らはこのゲームを一つの世界として運営しているところがある。
すべてをなすがままあるがままに任せているようなところがあるのだ。
何が壊されようと。
誰が殺されようと。
そのすべては、MAOという歴史に刻まれた現実でしかない。
国が滅ぼうと文明が終わろうと、『歴史』はバッドエンドにしてくれない!
「気合いを入れろよ、プロゲーマー! 闘技場と違って、ここでの戦いに『もう1回』はないぞッ!!!」
「わかったぜ、ようくなッ!!」
俺は剣を、ジンケは槍を手に、散開して呪竜に向かってゆく。
さらに1匹の呪竜を最速で片付けると、俺はポーチを開けて顔をしかめた。
「マナポーションが……!!」
MPを温存している余裕なんかありはしない。
必然、回復アイテムは尽きてしまう……!
「先輩っ!!」
手分けをしていたチェリーが走ってきた。
「人手が足りない上に陣形がぐちゃぐちゃですよ……!! 少しでいいから時間を作って陣形を整えないと、とてもじゃないですけど押さえ切れません!!」
「俺もそろそろアイテムがヤバい! いいかげん補給部隊を編成しないと話にならねえぞ!!」
「セツナさんやろねりあさんが援軍を呼んでるんですけど……!!」
横で2窓にした配信画面で、二人の声がひっきりなしに叫んでいた。
『時間がある人はすぐ来て!!』
『レベルは問いません!! とにかく人手が欲しいんです!!』
〈いま向かってます!〉
〈今から行く!!〉
〈もうすぐ着きます!!〉
〈ああああ! 出先じゃなければああああ〉
コメントを見るに、急いで駆けつけてくれているプレイヤーは少なくない。
だが、直接的な戦力になるのは一握りだろう。
残りのプレイヤーは補給担当になる。
この混乱の中、その体勢が整うまでどれだけかかるか……!
「少しでいい! 時間さえ稼げれば……!!」
巨大な火炎を吐いて以来、ダ・モラドガイアの動きは鈍い。
エネルギーを回復しているのか。
紋章も輝いていないので、こちらから手出しすることもできなさそうだった。
だから、問題は呪竜だ。
このトカゲどもを、一時的でもいいから追い返せれば……!!
「何か……何かないか……!!」
必死に頭を使いながら、戦場を見渡す。
目立つのはやっぱり、UO姫の信者である白銀の騎士たちだ。
てんでばらばらに戦いがちな俺たち最前線組の中にあって、あいつらの統率力はずば抜けていた。
ふざけた馬車の上に立つUO姫も幾度となく声を張り上げ、騎士たちの動きを采配していた。
今、ギリギリとはいえ戦線を維持できているのは、100パーセントあいつらのおかげだ。
姫を気取ってるくせに、UO姫の将としての能力には確かなものがある。
騎士たちの分隊の一つが、呪竜に群がって剣や槍を突き刺すのが見えた。
呪竜は苦鳴を上げながら飛び上がり、後退していく。
騎士たちの追撃を受けながらも、その呪竜は遙か後方へと逃げ去っていった。
「くそっ!! 逃げられた!!」
「仕方ない! 次だ!!」
俺は逃げた呪竜のことが気になった。
小さな影になっていくそれを目で追う。
何かが……何かが引っかかる。
何が引っかかってるんだ……?
逃げ去った呪竜の影は、呪竜遺跡の辺りに降りていき、見えなくなった。
呪竜遺跡……?
逃げた、というか、まるで撤退したような――
「あ」
頭の中に、閃光が走る。
よぎった記憶は、今日見たばかりのもの。
―― 生温かい風が ――
―― 背中を穏やかに規則正しく上下 ――
―― だが、それは徐々に ――
―― 呪竜の寝息に合わせるような ――
そう。
そう、そう、そう!
なんとなく気になって、頭の隅に留めておいたんだ!
「――UO姫んとこ行くぞ!!」
「えっ!? な、なんでですか!?」
「今はあいつに伝えるのが一番いい!!」
俺はチェリーを連れて、プレイヤーと呪竜たちが血みどろの戦いを繰り広げる中を駆け抜ける。
咲いた花みたいなデザインの馬車からしきりに指示を飛ばすUO姫のもとにたどり着くのに、さほどかかりはしなかった。
「あっ、ケージ君だ~! でもごめんね? 今、割と余裕ないかな~……」
「お前んとこの騎士に指示を出せ!!」
「んにゃ? ええっと……?」
焦れったい!
というか周りがうるさすぎて声がよく聞こえん!
俺は駆けよりざまにジャンプして、馬車の上に飛び乗った。
護衛の騎士たちが警戒を露わにするが、気を遣っている余裕がない。
俺はUO姫の細い両肩をガシッと掴む。
「ふぇっ?」
「先輩!?」
UO姫は顔を赤くしながら目を白黒させた。
「え、えっと……ケージ君? ミミ的には嬉しいんだけどね? 強引に来られるのも悪くないっていうか、むしろドキドキしちゃうんだけどね!? 一応ミミにも立場的なものが――」
何やらぐだぐだ言っているUO姫に、俺は急いで告げる。
「呪竜を倒す必要はないんだ」
「え、え?」
「呪竜が逃げたら深追いしなくていいって指示しろ! それだけでいい!」
泳いでいたUO姫の目がピタッと止まり、理解の色に染まり始めた。
「眠るんだよ、あいつらは! 傷ついたHPを回復させるために!!」