第93話 VS.呪転磨崖竜ダ・モラドガイア - 3rd WAVE
無数の影が草原に落ち、緑を黒に染めていく。
空から舞い降りてくるのは、長い首と大きな胴体を持つドラゴンたち――
遺跡を根城としていたはずの《呪竜》だった。
すぐ近くに重々しく着地したその1体を見上げ、俺は苦々しく顔を歪める。
投入してくるのかよ、こいつらまで……!
「――――ッガァアァアッアアアァアァアアアアアァァアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
間近から迸った咆哮は、もはや衝撃と呼ぶのがふさわしい強さで俺の全身を打った。
その背後で、伏していたダ・モラドガイアがゆっくりと立ち上がり、前進を再開する。
「ええーっ!? こいつらも相手しなきゃいけないのぉー!? めんどくさぁーい!!」
UO姫が不満そうな声を上げるが、MAOが難易度を下降修正したためしはない。
「チェリー! 手綱貸せ!」
「んにゃっ!?」
俺は馬の前に座るチェリーにさらに身を寄せ、前に腕を伸ばして手綱を取った。
「せっ、先輩先輩先輩! 息がくすぐったいです先輩ってばっ!」
「言ってる場合か! 来るぞっ!!」
正面に立つ呪竜の口腔内が、カッと赤く輝く。
その寸前、馬を走らせ始めていたおかげで、迸った火炎の息からからくも逃れることができた。
「無視するのはたぶん危ない……! かと言っていちいち片づけてる時間もない!」
「避雷針戦法ですか!?」
「そうだ! 麻痺らせて無力化していく!」
呪竜の身体に槍を突き立て、それを避雷針として、呪竜の体内に直接電撃魔法を通す。
避雷針に使える槍はまだあるはずだ。
数は少ないが、節約すれば……!
「まず腹を出させるぞ!」
「はいっ!」
呪竜の背中側は硬い鱗に覆われていて、槍の穂先が通らない。
だからまず、奴を空に飛ばす必要がある……!
俺は馬を呪竜の横に回り込ませながら、間合いを詰めていく。
確か、前は近付いたときに……!
俺は片手で馬を操りながら、ストレージから槍を取り出した。
「降りる! 合わせろよ!」
「誰に!」
言ってるんですか、とまでは口にする必要もなかった。
俺は一人で馬を飛び降り、自分の足で草原を駆ける。
バカみたいにAGIにポイント振ってるのは伊達じゃない。
炎の息で迎撃される前に、鼻先まで接近する……!
「ガアッ!」
だが、俺が攻撃するよりも、呪竜の足が地面を離れる方が早かった。
ヘリコプターが飛び立つときのような風が吹き荒れる。
呪竜は翼を羽ばたかせて空へと逃れながら、ほぼ真下にいる俺に向かってアギトを開けた。
予想通り……!
吹き下ろされるファイアブレスを駆け抜けるようにしてかわし、すぐに手に持った槍を構える。
狙うは腹。
的が大きくて助かる!
矢のように飛んだ槍は、空飛ぶ呪竜の腹に深々と突き刺さった。
直後。
「《ギガデンダー》ッ!!」
雷撃が走る。
チェリーの《聖杖エンマ》から放たれたそれは、呪竜に突き立った槍に吸い込まれ、その強靱な肉体の内部に易々と侵入した。
呪竜の巨体が帯電し、墜落する。
麻痺った……!
よし、今のうちだ!
俺はチェリーに馬で拾ってもらい、麻痺った呪竜から素早く離れていく。
――つもりだった。
「――――ォォォォオオオォォォオオォオオオオオォォオオオオオオォォォォンンン――――」
地の底から沸き起こる風のようなそれは、ダ・モラドガイアが天高く響かせた咆哮。
しかしそれは、今までのどの咆哮とも違っていた。
咆哮と同時、ダ・モラドガイアの岩石の巨躯を、光の輪が囲った。
それは波のように直径を拡大して、俺たちの頭上を通り過ぎて消える。
「なんだ?」
嫌な予感がした。
それは、ほんの3秒後に現実となった。
馬で走る俺とチェリーを。
巨大な影が覆う。
「なっ」
「え?」
振り返り。
振り仰ぎ。
そこにあった偉容に、俺たちは唖然とする。
呪竜だった。
さっき、俺たちが麻痺させたばかりの呪竜だった。
瞬間、さっきの咆哮と光の輪の意味を悟る。
……状態異常回復……!
「ガァアアッ!!!」
馬を急がせたが、今更間に合うはずもなかった。
俺たちのすぐ背後で、呪竜の口腔が赤く輝き―――
「―――第四ショートカット発動!!」
横合いから、流星が現れた。
紫電を纏ったそれは呪竜のこめかみを正確に貫き、その巨体を地に叩き伏せる。
今のは……《雷翔戟》……!?
武器を手放す代わりに必殺の威力を持つ、槍兵系クラス専用体技魔法カテゴリ、《投擲系》のひとつ……!
「……やれやれ、困ったもんだよな、ゲーマーってのは」
横ざまに倒れ伏した呪竜のこめかみから、槍を引き抜く姿があった。
「初心者から上級者まで、どいつもこいつも目がねーんだ――『攻略法』って言葉にな」
そいつは回収した槍を肩に担ぐと、不敵な笑みを浮かべて俺を見やった。
「オレの尊敬するゲーマーが、前にこんなことを言ってたぜ――『時に、「こだわり」という言葉は思考停止の言い訳に使われる』ってな。
……ところで今、自分らが作った攻略法にこだわってなかったか?」
俺は苦笑を浮かべて言い返す。
「張り切って真っ先に飛び出してったくせに遅刻した奴が、何を偉そうにしてんだよ、第六闘神」
「馬を用意するのに手間取ったんだっつの。
――ん?」
「あ」
ジンケの側に倒れていた呪竜が、不意にむくりと起き上がった。
ジンケの頭にかじりつこうとするように口を開け、
――直後、メイドに蹴り飛ばされる。
しゅたっとジンケの側に着地したのはリリィさんだった。
クラシカルなロングスカートをぱんぱんと払って、彼女はジンケに言う。
「ちゃんとトドメ刺さないと」
「悪りぃ。いや、ちょっとビビったぜ」
ジンケは平然と会話していた。
「……え? 何あのメイドさん。ドラゴンを蹴り飛ばしたんだけど……?」
「見ての通りのリアルチーターですよ、先輩。私の見立てでは、中国四千年の流れを汲む暗殺拳の使い手ですね」
「マジで!?」
なにそれカッコいい!
チェリーはちょっと呆れた目で俺を見た。
「冗談に決まってるじゃないですか……。でも、何らかのリアルチート持ちなのは間違いないです。私と媚び媚び姫が手を組んでようやく相手になるレベルだったんですから」
「……マジで?」
MAOの女性プレイヤーの中では間違いなくトップクラスの二人をまとめて相手取れるメイド……。
やっぱりカッコいいじゃん。
「あ、見てジンケ。あの二人、仲良く二人乗りしてる」
「うわ、マジだ。いま気付いた。余念なさすぎるだろ。イチャつくことに」
「わたしもあれがいい」
「何のために馬2頭用意したんだバカ」
「うー」
リリィさんに無表情ながらも羨ましげな視線を向けられて、今更ながら恥ずかしくなってきた。
戦闘中に乗ったり降りたりすることを考えたら二人乗りの方が都合がいいんだよ!
決して密着するからとかいい匂いがするからとかじゃない!
「せ、先輩……ちょ、ちょっとだけ離れてくれますか?」
「お、おう……」
やましいことは何もないが、俺たちは少しだけ身を離した。
やましいことは何もないが(念押し)。
誤魔化すように、俺は辺りの様子に目を配った。
草原には未だ多くの呪竜が跋扈している。
UO姫が引き連れてきた騎士団が中心となって対応しているが、絶対的に人手が足りない。
案の定、肝心のダ・モラドガイアがフリーになってしまっている……!
「くそっ……! ぐだぐだやってる場合じゃねえな! おいプロゲーマー! 置いていくぞ!」
「どっちだ、置いてかれるのは!」
それぞれ馬に乗ったジンケとリリィさんと共に、ダ・モラドガイアを追いかける。
しかし、呪竜が次々と立ちふさがって、俺たちの接近を妨害した。
「ったくもう!」
状態異常で足止めしても回復される。
逐一倒していくしかない!
ジンケが弱点である逆鱗の位置を特定していたのが、幸いと言えば幸いだった。
馬を駆ってファイアブレスをかわし、チェリーが放つ魔法で正確に逆鱗を射抜いていく。
怯んだところで距離を詰めて、俺が残りのHPを削った。
悠長にヒットアンドアウェイをしている余裕がない。
反撃がいくらか掠るが、それでも強引にHPを削り取る。
「くっそ! 心臓がいくつあっても足らん! こちとら紙装甲なんだぞ!」
《魔剣フレードリク》を持つ者のみに与えられるクラス《魔剣継承者》は、STR、MATを大幅に上げる代わりに、HP、VIT、MDFといった耐久系のステータスに強烈な下降補正がかかるのだ。
呪竜の攻撃なんて、2発ももらえば余裕で死ねる。
「全部避けてしまえば耐久なんて死にステータスだっていつも言ってるじゃないですか!」
「HP以前にメンタルを守ってくれるんだよ、VITは!」
こんな泣き言めいたことを言っているのは、ここまで急いでも、ダ・モラドガイアのもとまでたどり着けないからだった。
さらには、視界の奥に、見えている。
人類圏の内と外を隔てる壁。
未だ発展途上の新しい街――フェンコール・ホールの防壁が。
「――ああっ……!?」
「モラドガイアが……!」
そして――
その防壁を前にして、ダ・モラドガイアが、立ち止まる。
岩石ブロックでできた長い首が、防壁に向けて伸ばされた。
まるで砲身。
だから、開かれたアギトは、砲口に他ならなかった。
ダ・モラドガイアの口腔に、紅蓮の炎が充填されていく。
ようやく追いついた俺たちが、身体の各所にある紋章を撃ち抜いていくが――すべてを破壊するには、あまりにも時間と人手が足りなかった。
アギトが噴火する。
マグマめいた炎が、津波のように草原に広がる。
防壁は、一瞬で紅蓮に飲み込まれた。
……俺たちがフェンコールとの死闘の末に獲得したはずの、ナインサウス・エリア。
人類の手に渡ったはずの世界が、再び怪物に侵される。