第92話 VS.呪転磨崖竜ダ・モラドガイア - 2nd WAVE
まるで火山だった。
遠く高原に山のように聳え立つ竜が、天高く炎を噴いたのだから、そう形容するのはごく自然なことだった。
「ふわー! なにあれー! すっごーっ!」
温泉旅館前の高台からその光景を見たケージの妹・レナは、パシャパシャとスクリーンショットを撮りながら跳びはねてハシャいだ。
「いやあ、VRならではだな! リアルでこんなことになったら取材どころではない!」
その隣で嬉しそうにノートにペンを走らせるのは、白衣の作家・ブランクである。
「あのう。わたしたち、こんなところで油を売っていていいんでしょうかー?」
その弟子である騎士装備の少女・ウェルダがおずおず言うと、彼女の『先生』たるブランクが諭すように答えた。
「役者はすでに出揃っている。わざわざ邪魔しに行くものでもあるまいさ。覚えておけウェルダ。物語にやたらと干渉したがる作家など、百合カップルに混ざりたがる男のようなものだ」
「おおー! メモしておきますー!」
「あーそっか。今、あそこでお兄ちゃんやチェリーさんたちが戦ってるんだよねー。なんだか信じらんないなー」
しかも、あそこで彼らが負ければ、今ここにある温泉街が壊されてしまうと言う。
「映画の登場人物になったみたい。モブっていうかエキストラっていうか」
「主役にだってなれるさ。君のお兄さんのようにな。これはそういうゲームだよ、レナちゃん」
「あ、なるほど! へー、そっか!」
「……見事に目を輝かせて。確かに兄妹だな、君たちは」
レナは欄干に身を乗り出して、遥か彼方の高原に向かって叫ぶ。
「がんばれーっ!! おにーちゃーんっ!!!」
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一瞬、空が真っ赤に染まったように見えた。
ダ・モラドガイアのアギトから噴出した炎が、傘みたいに天空を覆ったのだ。
終末めいた光景の次にやってくるのは、やはり終末めいた現象。
火の豪雨が降る。
「どぅわーっ!? 避けろ避けろ避けろっ!!」
「わかってますよっ! ……ひあっ!? あんまりしがみつかないでくださっ……!」
手綱を握るチェリーが、降り注ぐ炎を見上げながら右へ左へと馬を操る。
しかし――上を見ながら馬を走らせるのは難しいか!
「俺が肩を叩いて指示する! その通りに走らせろ!」
「……っ! はいっ!」
俺がチェリーの目になるのだ。
降り注ぐ炎の軌道を読み、曲がるべき方向を判断して、右なら右肩、左なら左肩を軽く叩く。
するとチェリーはその通りに馬を走らせ、うまく炎の雨を潜り抜けた。
「―――っし! 終わった!」
しかし、試練は終わらない。
熱が頬を焼いた。
空気が唸り、渦巻いた。
緑深い草原が、赤々と炎上している。
馬が嘶き、足を鈍らせた。
炎を恐れているのだ。
迷路のように走った燎原火が、馬の動きを著しく制限する。
「うっくっ……! ああもう! お願いだから頑張って!」
チェリーが馬を叱咤している間に、状況はさらに動いた。
ダ・モラドガイアが再び歩き始めたのだ。
やはり俺たちには見向きもしない。
フェンコール・ホールや、その先にある恋狐温泉を脇目も振らずに目指す……!
『――――逃がすな、もう一度――――!』
巫女少女の声が響いてきたかと思うと、ダ・モラドガイアの巨躯の各所に、再び紋章が輝いた。
だが距離が……!
「寄せられるか!?」
「うぐううっ……! 炎が邪魔でっ……!!」
くそっ!
近付くどころか置き去りにされかねない!
馬を乗り捨てるか!?
いや、それこそスピードが足りない……!
「――――大雨になーれっ☆」
そのとき、1本の矢が空に立ち昇った。
それは花火のように爆ぜ散ったかと思うと、大量の水飛沫となって燎原に降り注ぐ。
天をも焼かんばかりの勢いだった炎は、委縮するように火勢を弱めた。
「今の矢は……!」
「もしかして……!?」
無数の馬蹄が地面を蹴る音が聞こえた。
振り向けば、土埃を蹴り上げながら迫る集団がある。
白銀の鎧を身に纏った騎士たち。
そして、彼らの騎馬に牽かれて走る、一台の大きな花を模した馬車。
開いた花びらの真ん中で、UO姫がオモチャみたいな弓を掲げていた。
「まぁーったく! ひどいんだから! ミミだけ置いていっちゃって! ぷぅ~っ!」
わざとらしくUO姫が頬を膨らませると、「おおッ!」「怒った顔もなんと愛らしい!」と周囲の騎士たちが口々に褒めそやす。
気持ちわるっ。
「ここからはミミたちのターンだよっ! 庶民の力、見せちゃって!」
「「「イエスッ! マイ・プリンセスッ!!」」」
白銀の騎士たちが面目躍如とばかりに力強く馬を駆り、弱々しくなった炎を踏みつけていった。
綺麗に隊列を組んだ彼らは、それを崩さないまま流麗に二手に分かれ、ダ・モラドガイアの両脇に回り込んでいく。
なんて練度だ。
ここまで見事な集団行動ができるクランは、きっとMAOに二つとない。
「各自、詠唱せよッ!! 目標、ダ・モラドガイアの紋章ッ!!!」
号令一下、色とりどりの魔法が湧き上がる。
それらは1本の糸のように絡み合って矛先を揃え、それぞれに光り輝く紋章を撃ち抜いた。
「ああっ! 先を越されましたっ!」
「でもこれで……!」
ダ・モラドガイアの足が止まる。
膝がくずおれ、巨体が草原に伏し―――
「へっへ~ん!」
花を模した悪趣味な馬車が、俺たちのところに近付いてきた。
「どう? どう? 悔しい? 先越されて悔しい? チェリーちゃん! 今回ばっかりはミミたちがMVPもらっちゃうもんね~!」
「アホ! 油断すんな!」
「ふぇ?」
直後だった。
「――――ォォォォォォォォオォォオオオオオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ――――――ッッッ!!!!!」
法螺貝めいた咆哮と共に、再びダ・モラドガイアのアギトが噴火する。
さっきに比べれば小規模なそれは、しかしそれでも、草原を火の海に戻すには充分だった。
「姫、危ないッ!!」
「きゃあっ!?」
降り注ぐ炎の雨がUO姫に当たりそうになり、騎士の一人が身を挺して防ぐ。
骨のある奴だ。
「な……何よ何よぉーっ! さっきはあんなのなかったでしょ~!?」
UO姫は顔を上げて文句を垂れる。
「最初と同じパターンなわけないでしょう!? それより、さっきの雨を降らせる矢は!?」
「えー! あれ、貴重なんだけどぉ……」
「頼む! 燃えた草原を何とかできるのはお前だけだ!」
「任せて!」
「なんで先輩の言うことはすぐ聞くんですか!!」
UO姫が再び空に矢を放ち、辺りに雨を降らせる。
燎原火の勢いが弱まり、俺たちは馬を走らせた。
「行ってくる!」
充分に近付いたところで馬を飛び降り、俺は倒れ伏したダ・モラドガイアの横腹に空いた大穴に駆け込んだ。
構造は1回目と同じ。
延々まっすぐ廊下が続いて、その一番奥に……!
「あった……!」
鼓動する赤い鉱石を、全力で叩きまくる。
そのHPを削り切ると、突然の向かい風が吹いて、外へと排出された。
「先輩!」
「おう……!」
馬に乗ったチェリーに拾われて、ダ・モラドガイアの様子を見る。
巨体の内部に見えるいくつものHPゲージは順調に削られていた。
よし。
あと何回これをやればいいのか知らんが、この調子なら―――
「――――ォォォォォォォォオォォオオオオオォオオオオオオオオオオオオォォォォォォンンン――――」
突然だった。
倒れたままのダ・モラドガイアが、どこか物悲しげな咆哮を放ったのだ。
なんだ?
何の咆哮だ?
俺は警戒して岩石の巨竜を見据えたが、
「――あっ! 先輩、先輩っ! あっちです! あっち!」
「は? あっち……?」
チェリーが叫んで指差したのは、俺たちが来た方向――つまり、呪竜遺跡の方向だった。
そちらを振り向いた俺は、「うげっ!」と呻く。
影だった。
無数の影だった。
空を、翼羽ばたかせる巨影が埋め尽くしていた。
そのひとつひとつが一軒家みたいなサイズ。
長い首と大きな胴体は、サイズを除けばダ・モラドガイアに近しいそれ。
その強さを、その脅威を、すでに俺たちは知っている。
呪竜だった。
無数の呪竜が、まるでダ・モラドガイアを助けに来たかのように、群れを成してこちらに迫っていた。