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第91話 VS.呪転磨崖竜ダ・モラドガイア - 1st WAVE


 ナインサウス・エリアに華々しく広がる温泉街。

 浴衣姿の観光客の一人が、いち早くそれに気が付いた。


「……なんだ、あれ?」


 その一言を皮切りとして、観光客たちが一人、また一人と足を止める。

 それはまるで、怪獣映画のワンシーンだった。


 ナイン山脈の峰々を背景として広がる、青々とした高原。

 その彼方に、異形の巨影が薄ぼんやりと浮かんでいた。


 観光客たちは首を傾げ、あるいはそういう習性であるかのように写真を撮る。

 あくまでVR空間の温泉街に遊びに来ただけに過ぎない彼らには、自覚が希薄だった。

 その巨影を、まるで映画館のスクリーンのように、対岸のものと考えていた。


 しかし、それは間違いである。

 このMAOという一つの世界において、壁は存在しない。


 全員が当事者であり。

 全域が戦場であった。


 彼らは、数分ののちに、ようやく気付く――

 その巨影が、少しずつ、大きくなっていることに。


「ちっ……近付いてるぞっ……!?」


 それは像だった。

 それは竜だった。

 一対の巨大な翼と、四本の屈強な足とを有した、岩石の巨竜であった。


 そのサイズが、現実のどんな動物も足元に及ばない、高層ビルにも匹敵すること悟ると――

 彼らは一斉に、その姿をネットにアップロードする。


 画像が。

 動画が。

 瞬く間に拡散し――


 戦いの始まりを、多くの人々が知った。


 こうして、クロニクル・クエストが真に開幕する。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




【15:30時点 MAO関連トレンドワード】

 #MAO

 恋狐温泉

 竜




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「ま、マジか……?」


 動き出したダ・モラドガイアが温泉街――《恋狐温泉》に向かっているのに気付いて、俺は愕然と呻いた。


「せ、せっかくできた観光地をぶっ壊すつもりか!? 金稼ぐ気なさすぎだろ! なに考えてんだ運営!」


「今に始まったことではありませんけどね……」


 チェリーが苦笑した。


「いずれにせよ捨て置けませんよ! 先輩!」


「おう……! 追いかけるぞ!」


「皆さんっ!!」


 愕然とするプレイヤーたちに、チェリーは声を張り上げる。


「地下神殿に繋がる螺旋階段は復旧するまで使えません! ()()()()()()()()()()()()! ついてこられる方は是非!」


 そうして――

 俺たちは先陣を切って、虚空に身を躍らせる。


 ごく一部を除いて、ムラームデウス島に往来を遮断する壁はない。

 オープンワールドだ。

 だから、たとえ正規ルートでなかったとしても、落下ダメージさえ何とかできるなら、これで下の森まで降りられる! 


「もちろん、僕たちも!」

「行くに、決まっていますっ!!」


 最前線に自ら身を置く、歴戦のプレイヤーたちが。

 次々と崖から飛び出し、重力に身を任せた。


 地面は遙か数十メートル下。

 リアルならとっくに失神している高さだろう。


 しかし、俺たちは怯まない。

 ゲームの中でさえ勇者になれない臆病者は――

 ――最前線(ここ)には一人も、いはしない!


「――第三ショート(キャスト)カット発動(・スリー)!」

「――《エアガロス》!」


 俺は体技魔法で。

 チェリーは風属性魔法で。

 それぞれ一瞬、浮遊した。

 それによって位置エネルギーはリセットされて、俺たちは軽やかに着地する。


「フォース――!」

「サード――!」

「《エア――!」

「第二――!」


 続いた他のプレイヤーたちも、それぞれの手段で重力をいなし、数十メートルもの自由落下を無傷で終えた。

 その後に――


「はっはっは!!」


 急峻な崖を、特に何の魔法も使わず、野生動物みたいに駆け降りてくるのが二人。

 槍を手にした男と、メイド服の少女は、俺たちの前にズザザッと着地する。


「ホントに現代日本人か、あんたら。VRとはいえ、何の躊躇もなく崖飛び降りるとか」


「……お前らこそ本当に人間か?」


 普通に崖を駆け下りてくるとか。

 どうなってんだ、プロゲーマー。


「協力してくれんの、第六闘神?」


「あのデカブツを倒すのがオレの仕事さ。でも、あんたらと仲間になった覚えはねーな」


「アホ。俺らのどこが仲間だよ」


 俺はプレイヤーたちの喧噪に耳を澄ませる。


「うわっ。大騒ぎになってる」

「これはクロニクル案件ですね!」

「よーし! また載っちゃいますか!」

「う、うん……! 活躍しよう……!」

「ふふふ。上位報酬はいただきだ」

「ガハハハハ!! 腕が鳴るのう!!」

「妹がまた喜びそうだ」

「ふん……」


 それは、いつも通りのちぐはぐな喧噪。

 一体感などなく。

 団結力などなく。

 各々が好き勝手に形作る、心地のいい混沌。


「――どいつもこいつも、自分が活躍することしか考えてねえよ」


 ジンケはにやりと笑った。


「……なるほどな。そいつが、ここの流儀か」


 そして、プロゲーマーはくるりと背を向ける。


「行くぞリリィ! 誰よりも先に、あのデカブツをぶっ倒すッ!!」


「うん」


 二人は森の中へと消えた。


「私たちも行きましょう先輩! 洞窟の辺りに乗ってきた馬が繋いであるはずです!」


「おうッ!!」


 俺たちもまた走り出す。

 断続的な地響きが、森の向こうから聞こえていた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 繋いでおいた馬に二人して飛び乗り、《限りの森》を駆け抜ける。

 馬蹄の音は複数。

 俺たち以外にも馬を用意していた連中が、森の小道を全速力で駆けた。


 彼らと一緒に、緑に包まれた高原に飛び出せば、圧倒的な光景が俺たちを出迎える。


「でッ……!」

「やっばぁ……」

「あはは! 山じゃん!」


 ゆっくりと高原を進む、岩石の巨竜。

 その光景たるや、まるで神話のそれだ。

 見上げるだけで潰されそうな圧迫感が、馬上の俺に襲いかかった。


 現実離れした光景に、思わず遠近感を失ってしまうが、ダ・モラドガイアが足を踏み出すたびに起こる振動は、近付くごとに大きくなる。

 地続きなのだ、アレがいる場所は。

 行けば届く。

 手だって、剣だって。


 そして、それはヤツからしても同じこと。

 歩き続ければ、やがて届く。

 温泉街を踏み潰して、そのさらに先にだって……!


 巨大な影に飛び込む形で、ダ・モラドガイアに並走する。

 速度は左程でもない。

 だが、放置できるほどでもない……!


「……っとにかく足を止める! ヘイトを稼ぐぞッ!!」


「はい! 手綱お願いします、先輩!」


 普段と違い、俺の後ろに騎乗したチェリーが、《聖杖エンマ》を掲げた。

 俺は手綱を操り、チェリーが攻撃しやすい位置に移動する。

 ダ・モラドガイアの身体は、一分の例外もなく岩石だ。

 とはいえ、どこかに弱点はあるはず。

 なら……とりあえず、顔か……!?


 ゆっくりと前進し続けるダ・モラドガイア。

 その正面を横切るように馬を走らせた。


「《ファラゾーガ》!!」


 チェリーの杖の先から特大の火球が迸る。

 それはダ・モラドガイアの鼻先に当たって爆ぜ散るが、岩石の巨竜はこゆるぎもしなかった。

 正面を通り過ぎ、側面に回っていくが、こちらを見向きもしない。


「くそっ! 眼中にねえってか!」


 俺たちに続いて、他のプレイヤーたちも次々と巨躯に攻撃を浴びせかけるが、巨竜は悠然と進み続けた。

 ――払う価値もない。

 そう言いたげだな、この野郎……!!


「弱点ですよ、先輩! 絶対にあるはずです、どこかに……!!」


「わかってる! でも、一体どこに……!?」


 そのときだった。

 どこからともなく、声が響いた。


『――――我が封は、未だ潰えず――――』


 この声は……!

 ダ・モラドガイアの頭の中で見た、あの洋風巫女服の……!


『――――紋を撃て――――!!』


 ひときわ強い言葉と同時。

 ダ・モラドガイアの巨躯、その各所が―――

 ―――輝いた。


「あれは……あの紋章は!」


 岩石の巨体に複数輝く、光の紋章。

 それはダ・モラドガイア内部ダンジョンの階層を越えるたびに見てきたもの。


 そう。

 俺たちは、あの紋章を都合3回、()()()()()()―――!!


「チェリーっ!!」


「はいっ!!」


 打てば響く返事と共に、火球が迸る。

 誰が指示したわけでもなく、馬を駆って巨竜に並走する他のプレイヤーたちからも、次々と魔法攻撃が迸った。


 光り輝く紋章、そのすべてが。

 殺到した魔法によって、瞬く間に撃ち抜かれる。


「――――ォォォォォォォォオォォオオオオオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――ッッッ!!!!!」


 轟いた陣貝のような咆哮は、空から降り注ぐかのようだった。

 ダ・モラドガイアが長い首を持ち上げ、空へ空へと叫び上げたのだ。


 足が、止まる。

 1本1本が塔のような4本脚から、力が抜けた。


 ひときわ巨大な震動に、馬から振り落とされそうになる。

 しかし、それに耐え抜いた後には、待望の光景が待っていた。


 ダ・モラドガイアが眠るように、ぐったりと草原に伏していた。

 ……ダメージが、入ったのか?

 注視しても、体力ゲージが見えない。


「いや……?」


 違う。

 ある。

 あるぞ。

 体力ゲージだ!


 竜の姿をした、巨像そのものじゃない。

 ()()()()に、満タンのゲージがいくつも見える!


 それから、俺は気付いた。

 紋章が撃ち抜かれた場所には、大きな穴が空いていた。

 その穴が。

 足を折って伏したことで、地面に近い高さまで降りてきている……!!


「―――行ってくる! 馬頼んだ!」


 チェリーに馬を任せ、俺は草原に飛び降りた。

 即座にスイッチを入れる。


第二ショート(キャスト)カット発動(・ツー)……!」


《縮地》。

 緑の草原を疾風のように駆けた。

 目指すは、ダ・モラドガイアの横腹に空いた大穴。

 その奥に見える、満タンの体力ゲージ……!!


 穴の中に飛び込めば、見覚えのある遺跡風の廊下が続いていた。

 まっすぐ伸びるそれを駆け抜ける。

 程なく最奥に見えたのは、赤く輝き、心臓のように波打つ、人間大もある鉱石だった。

 アレだ!


 俺は《魔剣フレードリク》を抜き放ち、全力の連撃を赤い鉱石に浴びせる。

 目の前に見える体力ゲージが見る見る減っていった。


「これでっ……!」


 最後に《風鳴撃》から《炎昇斬》の体技コンボを叩き込むと、

 ――バキンッ!

 赤い鉱石が砕け散る。

 破片がキラキラと散って、煙みたいに空気に溶けた。


 直後、猛然とした向かい風が俺を襲う。


「ぬおっ……!?」


 たまらず足が浮いて、俺は穴の外まで吐き出された。

 草原をごろごろ転がり、草まみれになりながら顔を上げてみれば、大きく空いていた穴は塞がっている。


「先輩! こちらへ!」


「おう……!」


 折り良く駆けつけたチェリーの手を取って、俺は馬の上に戻った。

 ひとまず距離を取りながら、ダ・モラドガイアの全身を観察する。

 巨体の中にたくさん見えるHPゲージが、見る見る削られている。

 俺以外の奴が攻撃してるんだ。

 6つほどもあったそれらは、数秒と経たないうちに全滅した。

 そして。


「――――ォォォォォォォォオォォオオオオオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ――――――ッッッ!!!!!」


 轟き渡るのは、再びの法螺貝めいた咆哮。

 巨体の各所に空いた穴から、プレイヤーたちが吐き出された。

 すべての穴が一斉に塞がり―――


 磨崖竜が立ち上がる。

 青々と生い茂る草原を、真っ黒な影が覆う。


 また進むのか?

 そう思った矢先―――


 長大な首が、高く高く持ち上げられた。


 まるで天を目指す塔……。

 自分こそが神にも及ぶ絶対者だと宣言するかのように、巨竜は空を仰ぐ。


 そんな俺の想像は、あながち間違いでもなかった。

 直後。

 ―――天罰が始まる。


 ダ・モラドガイアのアギトが、噴火した。


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