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第88話 通じるときもあればさっぱり通じてないときもある


「PKと傭兵団の連中を分離したい! なんか考えてくれ、チェリー!」


「ええーっ!? ムチャ振りやめてくださいよ先輩! えーとえーとえーと……」


 チェリーは背後を追いかけてくる赤い鎧の集団をしきりに振り返り、


「……とりあえず散開です! 数にたのんでくる相手に固まってても仕方がありません!」


「そりゃそうだ。聞いたか全員! ちょうどいいから三手に分かれる!」


 ジンケがサムズアップで答え、リリィさんが頷き、


「えーっ!? ミミはケージ君と一緒がいいなー?」


 この期に及んでオタ姫っているUO姫は無視して、無言でうなずいた火紹に任せる。


「何かあったらジンケさんとこの配信コメントで指示を出します! できればチェックしておいてください!」


「来たぞ、十字路だ!」


GL(グッドラック)!」


「まったねー! ケージくぅーん!」


 俺たちは十字路をそれぞれ違う方向に曲がる。

 俺とチェリーは右へ。

 ジンケとリリィさんは前へ。

 UO姫と火紹は左へ。


「あっ!? ばらけるとは卑怯な……! 逃がすなっ、者共ー!」


《殺人妃》とやらの声が聞こえて、赤鎧も三組に分かれ、俺たちを追いかけてきた。


「さぁて……どう料理する?」


「ひとつ思いつきましたよ」


「なんだ?」


「せっかくあれだけお越しなんですから、とびっきりのご馳走(・・・)で歓待してあげましょう」


 ご馳走?

 ……はっはーん。


「お前、最高に性格悪いな!」


「失礼な! 可愛くて頭もよくて性格もいいと評判の私を捕まえて!」


「それ自分で言う時点で性格悪いんだよ!」


 迷宮をがむしゃらに走り回る。

 当然、道順なんて覚えていられないが、1階でセツナがモニターしてくれているから安心だ。


「……あっ、いましたよ先輩!」


「ぃよし……!」


 目に付いたのは、ズシンズシンと重々しく歩いているゴーレム型のモンスター。

 そいつがいる部屋に入り――すぎることなく。

 入口横の壁に背中をつけて、そろりそろりと隅っこに向かう。


 ゴーレムは俺たちに気付かない。

 功性化範囲のギリギリ外なのだ。

 そのまま、俺たちは部屋の隅に辿り着いた。

 ここに身体を押し込んでおけば、室内を歩き回るゴーレムにタゲられることもないだろう。


「(も、もうちょっと詰めてください、先輩!)」


「(無理無理! これ以上は見つか――うわ、来た来た来た!)」


「ひあっ!?」


 ゴーレムが近付いてきたので、俺は反射的にそいつに背を向けて、壁に手をついた。

 結果、隣にいたチェリーを、壁の隅に追いつめるような格好になる。


「(……悪いな。ちょっと我慢しててくれ)」


 チェリーは俺の顔をじっと見つめたあと、


「(し……仕方ない、ですね)」


 胸を隠すように押さえて、俺から離れるように背中を壁の隅に押し込んだ。


「(あんまりくっつかないでくださいよ?)」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「(……悪いな、チェリー。もうちょっと我慢しててくれ)」


 あぁあぁああああああぁ近い近い近い先輩が近い息かかるしっていうかこれ壁ドン壁ドンだよね噂に聞くあの壁ドン壁ドン壁ドン壁ドン!!


「(し……仕方ない、ですね)」


 心臓バクバク鳴ってるバレてないバレてないバレてない?


「(あんまりくっつかないでくださいよ?)」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ……なんか警戒されてるんだけど。

 胸を隠すようにしたチェリーに地味にショックを受けたとき。

 赤い鎧の集団が、部屋になだれ込んできた。


「どこ行ったあーっ!!」

「こっちに来たはずだ!!」

「探せ――って」


 俺とチェリーは、同時ににやりと笑う。

 そんなに勢いよくなだれ込んできたら――

 当然、モンスターに気付かれるだろ?


「うわっ! やべっ!」

「戦闘準備! 護衛対象を下げろ!」


 傭兵たちが剣や槍を手に取ってモンスターに向かっていく。

 反対に――

 モンスターから離れるように動いた赤鎧が、3人ほどいた。


「(行くぞ)」


「(はい!)」


 俺たちは弾かれたように走る。

 モンスターとの戦闘に参加する気を見せない赤鎧に接近し、キャラネームを確認した。

 血みたいに真っ赤だ。

 ビンゴ!


「え?」


 俺はそのPKを一刀のもとに斬り伏せる。

 同様に火球が走り、他のレッドネームたちを焼き払った。


「あ゛っ!」


 モンスターの相手をしていた傭兵団が振り返ったのはその直後だ。


「くっそおーっ!」

「やられたーっ!!」


「護衛お疲れ様でーす♪」


 勝ち誇るように言うチェリー。

 俺は人魂になったPKたちを見下ろして、


「ちなみに、こいつらを蘇生させるつもりは?」


「ない!」

「契約範囲外!」

「貴重な蘇生アイテムを使うほど仲良くねえ!」


「世知辛いなあ……」


 まあ、そこまで契約に含めなかったPKどものミスだな。


「じゃ、私たちはこれでー! そのゴーレムは皆さんへのプレゼントです!」


「いらねー!」

「まあ頑張れや!」

「ありがたくいただきます!」


 ゴーレムにタゲられた傭兵たちを残して、俺たちは部屋を後にする。

 さて、これで俺たちのほうは片付いた。

 他の連中はどうだ?

 俺はジンケの配信を開いた。


『ふれーふれージンケー。がんばれがんばれジンケー』


〈がんばれ❤がんばれ❤〉

〈がんばれ❤がんばれ❤〉

〈がんばれ❤がんばれ❤〉


 まったく応援感のないリリィさんの平坦な声と、コメント欄を埋め尽くすハートマークとが、俺の耳と目に同時に飛び込んできた。


「……なんじゃこりゃ」


「公式配信にあるまじき状態じゃないですか?」


 歩きながら肩を寄せて画面を覗き込んでくるチェリー。

 それはもう今更って感じもするが。


 肝心の画面では、赤鎧集団を相手に、槍を持ったジンケが大立ち回りを演じている。

 案の定というか、小細工という言葉を知らねえんだな、こいつ。

 馬鹿正直に傭兵たちの中に突っ込んで、PKだけを正確に攻撃している。


「こっちも心配なさそうですね」


「だな。……UO姫のほうはどうだ?」


「くたばったらくたばったで好都合です」


「そう言うなよ」


「……先輩? 私に黙ってあの女と会っていた件を、まだ説明してもらってないんですけど?」


「あーそうだー!! 今のうちにボス倒しちまえば一番乗りだー!! 早く行こうー!!」


「あっ! こら! 先輩! 説明ーっ!!」


 俺は迷宮内を全力でダッシュした。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




『は? ケージたちがボス部屋に向かってる? ぶははっ! あの野郎ぉ……!』


 あ。

 バレた。


「まあ、一時休戦してPKを先に片付けるって言っただけだし、抜け駆けしないなんて言ってないし」


「先輩も大概いい性格してますね」


「心外な。まるでラブコメ漫画の主人公のごとき人畜無害さだぞ、俺は」


「『人畜無害』って『鈍感さを盾にして女の子を何人もキープする最低男』って意味でしたっけ?」


 なんだろう。

 チェリーの声に、単なるツッコミの域を越えた、怨念めいたものが宿っているような気がするんだけど。


「それにしてもさ」


「なんですか? そろそろあの女との件を説明する気になりましたか?」


「……それにしてもさ」


「勝手にテイク2にしないでください」


「あの《殺人妃》とかいうのはどこ行ったんだ?」


 20年くらい前のネーミングセンスの童女の声。

 俺たちが三組に分かれる前は、確かにいたはずなんだが。


「私たちのほうにはいませんでしたし、配信を見る限り、ジンケさんたちのほうにもいませんでしたよね。だったら……」


「UO姫んとこか……?」


 そもそも俺は、《殺人妃》とやらの姿すら見ていない。

 声からして女なのはわかっているが、実際、実力はどの程度なのか……。

 曲がりなりにもPKクランを束ねているような奴だから、まったくの素人とも思えないけど。


「ちょっと心配だな……」


「……先輩は、さっきからあの女のことばっかりですね」


「は?」


 隣を見たら、チェリーはふいっと顔を逸らした。


「そりゃあ嬉しいでしょうよ。見てくれだけなら一級品ですもんね? あんな女の子に迫られたら、ぐらりと来ることもあるかもしれません。男の人に媚びるのだけは究極にうまいですし、あの女!」


「いや、別に、UO姫が心配ってわけじゃなくてだな。もしあいつがやられたりしたら、騎士団の連中が……」


「いいんですよ誤魔化さなくて。ご勝手にどうぞ! 私にどうこう言う権利ありませんし! 別に彼女とかでもないですし! 私の知らないところでよろしくやってればいいじゃないですか!」


 ああ……。

 なんか凄まじく面倒な状態になっている。

 どう宥めりゃいいんだこれは。


「うーん…………」


 今までの経験から言って、言葉は逆効果だろう。

 となると……。


 俺は自分の手のひらにしばらく視線を落とす。

 それから、その手のひらを自分の服に押しつけて、ありもしない手汗を拭った。


 そして――

 思い切って、チェリーの手を掴む。


「うえっ!?」


 ぶつぶつ垂れ流れ続けていた文句が、ピタリと止まった。

 俺は正面に向けた顔を決して動かさなかったが、横からの視線だけははっきりと感じる。


「な……なんです、か?」


「……べつに」


「い、いや、べつにって……」


「べ・つ・に!」


 それで押し切る。

 理由を説明するなんて、そんな羞恥プレイ、死んでもしてやるものか。


「は……はい」


 何に対する返事だかわからない返事をして、チェリーは少しだけ俺の手を握り返し、少しだけ肩を寄せてきた。


 ……正直に言うが。

 俺は、こういうときが、一番嬉しい。


 UO姫に蠱惑的に誘惑されたときよりも、チェリーに言葉もなく気持ちが通じたように思えたときのほうが、ずっとずっと嬉しいんだ。

 本当は、ちゃんと言葉にしたほうがいいんだろうけど。

 嬉しいものは嬉しいんだから、しょうがない。


 俺たちはそのまま、セツナの配信に映ったマップを見ながら、マッピングを進めた―――




「―――必殺! リア充切断けーんっ!!」




 シュバーッ!!

 と。

 後ろからいきなり振り下ろされた鋭いチョップが、俺とチェリーの手を引き離した。


「うおっ!?」

「わっ!?」


 俺たちが驚いている間に、


「とーうっ!」


「ぐえっ」


 俺の背中に誰かが飛びつき、腕で首を絞めてくる。


「もー……少しでも目を離したらすーぐこれなんだから。リア充ってやつは、ホントに手が負えないよね~? かぷっ❤」


「うぎゃあ!」


 耳たぶ甘噛みされた!


「あ……あなた! どうしてここにいるんですか!」


 俺の首に腕を回してぶら下がっている奴を、チェリーが指弾した。

 まさか……。

 恐る恐る首を横に回すと、息がかかるような距離にUO姫の顔があった。


「やだ、こんなところでチューするのケージ君? チェリーちゃんが見てるよぉ~❤」


「な、なんですかその言い方……! したことあるんですか!? したことあるんですか私の見てないところで!」


「あるわけあるか! 騙されんなよお前!」


 俺には散々騙されるなって言ってるくせに!


「UO姫……」


「そろそろミミって呼んでよケージ君。その変なあだ名じゃなくて」


「お前、なんでここにいるんだよ? 火紹はどうした?」


 行動を共にしていたはずの巨人の姿はどこにもなかった。

 あの忠誠心の塊みたいな奴が自分からUO姫の側を離れるわけがない。

 あいつは……どうしたんだ?


「あ~。それがね、聞いてよケージ君」


 甘ったるい声で、UO姫は愚痴るように言った。


「火紹君、やられちゃったの。あの《殺人妃》とかいうコに」


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