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第87話 男には譲れない一線がある


 それは、ジンケや火紹と先を争うようにして、チェリーと合流すべく迷宮を駆け上がっていたときのこと。


「うひょわっ!?」


「げっ……なんだよこれ」


「……………………」


 不意に出現した光景に、俺たちは顔をしかめた。

 それは――無数に散らばった人魂の群れ。

 多くのプレイヤーが散らした命の痕跡だった。


「……俺たちの前にいた、これだけの集団って言うと……もしかして、UO姫んとこの《騎士団》か?」


「それって超上級者集団じゃねーのか? こんなところにそんな強いモンスターいたっけか」


「っていうか、なんでさっさと死に戻りしないんだ……?」


 俺たちが首を傾げた、ちょうどそのときに、人魂は次々と消えていった。

 まるで示し合わせたかのように。


「不気味だなオイ」


「…………そうか」


 俺は得心した。


「ダイイングメッセージだ……」


「ん?」


「今の連中は、後から来る俺たちに一刻も早く異常を伝えるために、あえて死に戻りせず人魂状態のままでいたんだ」


 ホント、よくできた信者たちだよ、UO姫のとこの連中は。


「注意して進もう」


 さらに奥へ進むと、大勢の人間の足音が聞こえた。

 鎧を着た人間特有の、重くて硬質な響き。


「……いた」


 廊下の曲がり角からそっと覗き込んで、俺たちはその集団を発見した。

 一様に赤い鎧を身に纏ったプレイヤーたちが、迷宮を進んでいた。

 あれは……。


「《ムラームデウス傭兵団》……」


「ああ、聞いたことあるな。戦争にだけ顔を出す傭兵クラン……だっけか。それがなんで人類圏外(ここ)に?」


「どこかの国――攻略クランに雇われたんだと思う。たぶんだけど」


「へえ……。そういう連中もいるのか」


 ジンケは最前線の事情には明るくないようだ。

 逆に俺は、対人戦の事情には明るくないわけだが。


「それにしても、人数が多くねーか? こんな狭さだってのに……もう少し部隊を小分けにするもんじゃねーのか」


「そうだなあ……。ダンジョンの広さに対して、パーティ人数が多すぎる気が……あっ」


 なんとなく尾行していくと、傭兵団が他のパーティにかち合った。

 セツナやジンケの配信を見て集まってきたプレイヤーの一部だろう。


「悪いなー! ちょっと通るぞーっ!」


 どうやら立ち止まってマップを確認していたらしいパーティの側を、真紅の鎧の集団が通り抜けていく。


「――がッ!」


 え?

 なんか、今、変な声が……。


「……!?」


 傭兵団の連中がパーティの側を通り抜けた直後。

 俺たちは揃って目を剥いた。


 その場に、プレイヤーは残っていなかった。

 あったのは、数人分の人魂だけだった。


PK(ころ)された……!? 今の一瞬のうちに!?」


 俺は慌てて歩き去っていく傭兵団を注視する。

 キャラネームは――全員白い。

 PKをしたんだとしたら、その時点でキャラネームがオレンジに変わるはずだ。

 一体、何が起こった!?


「オイ……! 今のは、一体……!」


 俺は考える。

 ありうる可能性は――


「――まさか?」


 俺は望遠鏡を取り出して、離れていく傭兵団を今一度きちんと観察した。

 目視できるアバターの人数と、キャラネームの数を数える。


「……()()()()()()()()()()()()()……」


「は? どういうことだよ?」


「でも匿名フードを被ってる奴はいない。つまり……はは! セコいことを考えるな……!」


「説明をしろ説明をーっ!!」


 プロゲーマー様が焦れったそうにしているので、俺は説明してさしあげる。


殺人(レッド)プレイヤーのキャラネームは、赤い文字で表示されるんだ」


「そのくらい知ってるっつの」


「そいつが真っ赤な鎧を着た連中の中に紛れてたら、どうだ? お前は見分けられるか、プロゲーマー」


「……………………」


 第六闘神は呆然とした顔をした。


「……んなバカな」


「そう思うだろ? コッスい手を考えるよな。赤くなったキャラネームを、赤い鎧の中に隠しちまおうなんてさ」


 いっそ感心してしまう。

 考えはすれど実行しねえだろ、普通。


「つまり、あの中に……PKが紛れてるってことかよ?」


「おう。たぶんどっかのPKクランに雇われたんだな。何をしたいのか知らんけど……ん?」


 ジンケが鋭い眼光で離れゆく傭兵団の背中を睨みつけていた。


「……どうしたんだ?」


「…………気にすんな。ちょっと生理的に、PKってやつが気に喰わねーだけだ」


「ふうん……」


 もしかして、PKKするつもりなのか、コイツ。

 関わっても何も得しないんだが……。


 実のところ、PKっていう人種は、言うほど無法者ってわけでもない。

 例えば、これは別のネトゲの話だが、ゲームのサービス終了が決まったときに、それを覆すためのデモをPKギルドが率先して取り仕切った――なんて話もある。

 言ってしまえばゲームはゲームなので、ゲーム内で殺人者だからってリアルでも破綻した人間だとは限らないのだ。


 むしろ人によっては、PKを殺すPK……PKKのほうをより嫌っていたりする。

 PKを殺すPKと言うとまるでダークヒーローみたいだが、実態はそんなにカッコいいもんでもないことが多いのだ。


 レッドプレイヤーを殺した場合、キャラネームがオレンジに変わることはない。

 すなわちノーペナルティ。


 だからPKKの中には、『人は殺したいけどペナルティは受けたくない』という、ものの見事に根性の腐った奴がかなりの割合で存在するのだった。


 いずれにせよ、PKもPKKもプレイスタイルの一つに過ぎない。

 俺は一人のユーザーとしてはそういう立場でいる。

 ただし、個人的な意見を言わせてもらうなら――

 そうだな、『攻略の邪魔だから圏外には出てくんな』ってところか。


「……………………」


 ……つまり、今まさにあいつら、凄まじく邪魔ってことだな。


「ジンケ。一瞬で済ませよう」


「は? ん? ……あんたもやるのかよ?」


「ついでだし。火紹はどうする?」


「……………………」


 巨人は無言で首を振った。


「おう、そっか。その図体じゃ紛れたPKをピンポイントで狙うのは無理だな」


「どうやって会話成立してんだ……?」


 通じ合うものがあるんだよ、口下手同士。


「レッドプレイヤーはたぶん、近付けば見分けられる。一人だけじゃないと思うから気を付けてくれ」


「はいよ。一撃離脱だな?」


 そして、俺たちは合図もなしに駆け出した。

 低い姿勢で廊下を走り、赤い鎧の集団に接近する。

 傭兵団はさすがの反応力で、5メートルほど手前で俺たちに気付いたが、


「――いた。真ん中辺りに3人!」


「右2人はオレがやる!」


 俺とジンケは同時に跳び上がった。

 驚愕の表情で俺たちを見上げる傭兵たちの顔を踏みつけにして、足場にする。


 どれだけ人の壁を作ったところで、跳び越えてしまえばなんてことはない。

 人垣の上を走った俺は、ネーム表記が赤く染まったプレイヤーの顔に、魔剣フレードリクを叩き込んだ。


 HPが全損し、アバターが人魂に変わる、その寸前。

 着地した俺は、力を失ったアバターを来た方向に蹴り飛ばす。

 その重さで赤い鎧の男が何人か倒れて、退路ができた。


 撤退。

 見事、一瞬で二人片付けてみせたジンケと一緒に、赤い鎧の集団の外に戻る。

 この間、わずか数秒の出来事だった。


「ケージ。あんた、慣れてないか?」


「いろいろあるんだよ。このゲーム長くやってると」


 傭兵団の連中は、自分たちの警護対象がやられてしまったことに、今更のように気付いた。


「お前らは……!」

「なんでこんな場所に!?」

「ずっと先を行っていたはずじゃあ!?」


 その件については、死ぬほど間抜けなので触れないでください。


 俺はこのまんま何事もなかったかのように帰る気満々だったが、その前に奇妙な笑い声が響いた。


「――くすくすくす」


 嘲るような、楽しむような。

 大人っぽさとあどけなさがない交ぜになった、童女の声だ。


「さすがね。さすがよ? このわたくしが考えた『緋中血隠(ひちゅうけついん)』の策を見破るなんてね……」


 女の子なんて見つからないが……。

 まだ傭兵団の中に隠れているのか?


「わたくしは、血に魅入られた迷える子らを束ねる使命を背負った者。《殺人妃(さつじんき)》と、ただそう呼ばれているわ。

 光栄に思いなさい。このわたくしが、只人に名乗ることなんて滅多にないのだから」


「……………………」

「……………………」


 姿の見えない童女声の名乗りを聞いて、俺とジンケは思わず押し黙った。


「なあ、ケージ。PKって、こんなあからさまな中二病もいんのか?」


「そりゃお前……ゲームの中で殺人鬼ぶってイキってる奴が中二病じゃないわけないじゃん」


「ああ、なるほど」


 ぶふっ、と傭兵団の連中が噴き出した。


「…………な、なんて不敬な連中なのかしら」


 声が若干震えている。


「万死に値するわ。この《殺人妃》を、よりにもよって、ちゅ……中二病などと! 神をも恐れぬ愚かな行為と知りなさい!」


「それにしても《殺人妃》って」


「いくらなんでも安直すぎね?」


「傭兵ども! この二人を殺すのよ! こーろーすーのーっ!!」


 ほとんど駄々っ子と化した声の命令に、しかし傭兵たちは動かなかった。


「いやいや《殺人妃》様、そいつは契約に含まれてませんぜ」

「あんたとあんたのクランメンバーを護衛しつつ、キャラネームを鎧で隠すのが俺たちの仕事なんで」

「ぶっちゃけ、あんたのためにオレンジになる義理はないっす!」


 そりゃそうだ。

 極めて尤もだった。


「うっ……ううっ……」


《殺人妃》とやらが早くも涙声になってしまい、若干の罪悪感を覚えた俺だったが、


「ふっ……フンっ!」


 かろうじて平静を取り戻したらしく、声は再び居丈高な響きを取り戻した。


「いいわ。見逃してあげる。獲物は他にいくらでもいるのだものね」


「獲物?」


「今日のこのダンジョンには、特上の獲物がうようよしているわ。あなたたちを始めとして……上の階層には、《万雷巫女》のチェリーや《アルティメット・オタサー・プリンセス》、それにあのメイドもいる。これを一網打尽にすれば、我が名も天下に轟こうというも――――」




「「「は?」」」




 俺。

 ジンケ。

 そして、普段は喋らない火紹までが、声を揃えた。


「誰を」

「一網打尽に」

「するって?」


 赤い鎧を着た傭兵たちが、怯えた表情を浮かべて後ずさる。

 おいおい、答えろよ。

 今なんつった?

 チェリーをどうするって?


「……ひぅぅ……」


 非常に弱々しい声が聞こえてきたが、覆水は盆に返らない。

 聞き逃せないことを宣った以上、見逃すはずもない。


「誰か知らんが、《殺人妃》」


「遊び相手が欲しいんなら、オレたちが相手してやるよ――」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「――という感じで喧嘩を売ってみたところ、こうして追いかけられております」


「戦ってくださいよ!!」


 隣を走るチェリーが叫んだ。

 仕方ないだろ!

 その後、あの《殺人妃》とかいうのが仲間を呼び集めやがったんだよ!


「……でも、そっか、うん……」


「ん? なにニヤニヤしてんの?」


「え? べつに? してませんけど?」


「いや、してるって」


「してませんって~」


「そこーっ!! 走りながらイチャつくなーっ!! 器用かーっ!!」


 再び火紹の神輿に戻ったUO姫が叫んだ。

 こうしている間にも、後ろに真紅の傭兵団と、それに隠れたPK集団が迫っている。

 この状況、実際、四の五の言っていられはしない。


「全員聞け!」


 ゴスロリの姫と巨人に。

 プロゲーマーとメイドに。

 俺は提案した。


「一時休戦だ! 後ろの邪魔なPKどもを、まず先に排除する!」



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