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第86話 リアルチーター何するものぞ


 ――ターンッターンッ。

 ――シュタッ。

 ――ターンッターンッターンッ。


 ……何の擬音かと言えば、前方を走って逃げるリリィさんの足音だ。

 クラシカルなメイド服を翻して走る彼女は、身体運びから言って私たちとは根本的に違う気がした。


「こんのーっ!」


 媚び姫が走りながら放つ矢も、背中に目でも付いているように避けてしまう。

 その動きも慌てた感じじゃなくて、ぬるっというか、するっというか、とにかくスムーズなのだった。


「なによあれーっ! 普通じゃないよ~!」


「たぶん素人じゃありませんよ」


「はあ~? プロじゃないんじゃなかったの~?」


 媚び姫が若干イラついていた。


「ゲーマーとして、じゃなくて、身体能力の話ですよ」


「えっ? ……もしかして、《リアルチーター》?」


「たぶん」


 リアルチーター。

 蔑称的な意味合いもある言葉だけれど、他に言い方がない。


 つまるところ、現実での能力をゲームに持ち込んでいるプレイヤーのことだ。

 刀を使う剣道の有段者や、素手で戦う空手経験者。

 そうした、リアル能力で有利になっているプレイヤーのことを、嫉妬含みに《リアルチーター》と呼ぶのだった。


 MAOの身体能力はステータスで決まるので、現実世界でどれだけ鍛えていようと関係はない。

 ないけれど、やはり経験というのは出るものだ。

 特に身体運びとか、筋力に依存しない技術の有無は、ゲーム内でも無視できるものじゃない。


「あのスピードもそれが原因です。レベルから考えてAGIは明らか私たちのほうが勝っていますが、単純な脚力に差があっても、足運びの技術ひとつで実際の速さは逆転します。陸上選手もフォームを重要視するでしょう?」


「ずるぅ~い! チートだチートチート!」


「ド直球に負け犬の遠吠えを喚かないでください!」


 ああもうイライラする!

 考えるべきことに集中できない!


「でも、直接戦わないといけないわけじゃないんだから、何とかなるくない?」


「わかってますよ! そろそろ分岐です!」


『ここがこうなっててこうだから……チェリーさん! 次を右!』


 1階にあるマップをモニターしているセツナさんの声が配信越しに届く。

 けど、先を行くリリィさんは十字路を左に折れた。


「あれ? 左行っちゃった」


「ちょうどいいです。あなたはまっすぐ行ってください!」


「え~? チェリーちゃんの命令とか~」


「マッピング効率の問題ですよ! リリィさんにはマップをモニターしている人がいません!」


「あっ、そっか! 先に中ボスの部屋を見つけ出しちゃえばいいんだね!」


 いくらスピードが早いとはいえ、複雑怪奇なこの迷宮でまっすぐに目的地に着ける可能性は低い。

 だから、移動速度の差は人海戦術で埋められる!


「じゃあね~☆」


「できれば二度と会いたくないです!」


 媚び姫は直進。

 私は右折。

 ああ、ようやくうるさいのが消えた!


 ――まったく何なんですかアイツは私が気に入らないなら会いに来なければいいのに先輩にもちょっかいかけるし先輩を誘惑するし先輩を取ろうとするしじゃなくて別に私のじゃないけど!


 ゴーレム系のモンスターが行く手にポップし、私は風属性魔法の《エアギオン》で薙ぎ倒す。

 腰のポーチから片手でマナポーションの瓶を取りだして、呷りながら走った。


 ――先輩も先輩ですよどうしてあんなのに揺らいじゃうんですか媚び媚びだし見せかけなのバレバレで薄っぺらだしわざとらしいし白々しいし私に黙って会ってるし私に黙って私に黙って私に黙って!!!


「あぁあああああああぁもぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」


『おお! チェリーさん速くなった!』




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 中ボス部屋らしき場所の手前で、私と媚び姫は合流した。


「チェリーちゃんだ~☆ おひさ~♪

 ……あれ? なんだかイライラしてない?」


「あなたと顔を合わせてるときはいつもこうですよ!」


 なんだったら合わせてないときでも!


「まーまー、一時休戦ってことで、一緒に中ボス倒しちゃおうよ。まだあのリア充メイドは来てないみたいだし?」


「…………。気になってたんですけど、なんでいきなりリア充リア充言ってるんですか?」


「チェリーちゃんもわかるようになるよ。好きな男の子に勢いで自分のエッチな妄想を実況配信しちゃうくらい追いつめられたら」


「何をどう追いつめられたらそうなるんですか!」


「でもミミ、アレは発明だと思うの! 好きな人に決まった人がいても、浮気になることなく疑似的に既成事実! VR既成事実だよ!」


 意味不明すぎる……。

 昔はもうちょっとわかりやすい人だった気がするのにな……。


「……まあ、問いつめるのは後にします。さっさと片付けますよ! あなたと共闘なんてもう勘弁です!」


「あははっ! それはこっちの台詞かな~☆」


 甘ったるい声と輝くような笑顔で言う媚び姫と一緒に、私は中ボス部屋へと入った。

 瞬間、部屋の奥でゴゴゴゴンと高速でブロックが積み上がっていく。


「あ、またドラゴンゴーレムだ。使い回し?」


「いえ、今度のは……」


 さっき――第1階層の中ボスだったドラゴンゴーレムは、ずんぐりむっくりな身体と四本の足を持つ、オーソドックスな西洋風だった。

 だけど、今度のは――


 床を踏みしめる2本の太い足。

 両手に1本ずつ携えられた巨大な剣。


「――リザードマン、ですね」


 リザードマン・ゴーレムは咆哮を放って、片方の剣を振り下ろしてきた。

 私たちは散開してかわす。

 けど。


「うあー! 物理でガンガン攻めてくる系はミミちょっと! タンクやってよチェリーちゃん!」


「できるわけないでしょう! あなたが肉壁になってください!」


「ケージ君の肉奴隷にならなってもいいけど~?」


「ぶあっ……!? い、いいわけないでしょ!?」


 私も媚び姫も完全なる後衛職で、前衛でリザードマン・ゴーレムを押し留めておける人間がいなかった。


「もお~。しょうがないな~」


 媚び姫が矢を放ち、リザードマンの足下を沼に変える。

 太い足がそれに沈み、リザードマンの動きが止まった。


「はい、今! ダンシングマシンガン、ゴーっ!」


「命令は要りません!」


 ジェスチャー・ショートカットを始動させる。

 踊るみたいにして間断なくそれを繰り返し、《ファラ》の火球をマシンガンみたいに連射する。

 いつの間にか私の知らないところで《ダンシングマシンガン》なんて呼ばれていたテクニックだ。


 火球がリザードマンの全身に突き刺さる。

 私はジェスチャーを止めないまま、そのHPの減り具合を観察していた。


 どこだ?

 どこに当たったときに一番減る?


 手っ取り早く弱点を見つけたいときは、こうしてローラーしてしまうのが一番だ。


 3ヶ所ほど見つけたところで、MPが切れた。

《ダンシングマシンガン》によるMP消費は、《瞑想》スキルのMPリジェネでは賄い切れない。


「弱点は左脇腹と顎の下と右足のすねです!」


「はいはーい!」


 私が割り出した弱点に、媚び姫が次々と矢を放っていく。

 その間に私はマナポーションを呷った。


 媚び姫のくせに照準力(エイム)は正確無比で、矢は一本の例外もなく私が言った弱点に突き刺さった。

 リザードマン・ゴーレムは苦鳴を漏らして、HPをぐんぐん減らしていく。


「このまま行けたらいいんですけど……」


 と言いながら、私はスペルブックのページを繰る。


「《オール・キャスト》!」


 詠唱した直後。

 リザードマン・ゴーレムのHPが半分を切った。


 ――ガコンガコンガコンガコンガコン!


 途端、まるでルービックキューブのように、リザードマン・ゴーレムの身体を構成する石ブロックが位置を変えた。


「―――ォォ――OOOOOOッ!!!」


 咆哮が耳をつんざき、痺れが全身を走る。

 ああやっぱり!

 ブロックが位置を変えた……つまり、弱点の位置もわからなくなった!


 痺れている私たちを、リザードマンは大剣で薙ぎ払う。


「きゃっ……!」

「くうっ……!」


 この事態を見越して目一杯、防御をバフしておいたから、致命傷ではない。

 ないけれど、一度ハマったはずのパターンが崩された。

 体勢を立て直さないと……!




「―――やっと追いついた」




 部屋の入口から、メイド姿の女性が一気に駆け抜けた。

 ――リリィさん!

 彼女は剣の一本も持たないまま、大剣を振り被ったリザードマン・ゴーレムに突っ込んでいく。


 大剣が大上段に振り下ろされた。

 リリィさんはこれを、


「よいしょ」


 長いスカートを翻しながらのハイキックで、横にいなした。

 なにそれ。


 驚いている間もなく、彼女はリザードマンの懐に飛び込む。


「せえ――」


 ズンッッッ!!!

 踏み込んだ足が轟音を弾けさせる。


「――のっ!」


 掌底が膝頭を打った。

 ビリビリッとリザードマンの全身が震える。

 HPが目に見えて減ったけど――


「あれ?」


 仰け反りもせず動き出したリザードマン・ゴーレムを見上げて、リリィさんは首を傾げた。


「外気功が足りなかったかな」


 リザードマンの反撃をひらりと距離を取って避ける。


「さっきの踏み込みって……」


 もしかして、震脚というやつだろうか。

 だとしたら彼女は、格闘技どころか武術の使い手……?


「……けど!」


 突破口は見えた。


 一つは、彼女の現実能力(リアルチート)はモンスターに対してはそこまでの力を発揮しないということ。

 現実にモンスターなんていないんだから当たり前だ。


 そしてもう一つは――


「媚び媚び姫!」


「なに~? 淫乱ピンクちゃん?」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


「ぶら下がってなーいっ! ミミのはつーんと張りのある――あ、そゆことか」


 遺憾ながら意図が伝わってしまったらしい。

 毟り取ってやりたいのも本当なんだけど!


 まずは一発、時間を作る。


「《ファラゾーガ》ッ!!」


 特大の火球が、リザードマンの右胸(・・)に着弾した。

 HPがガクンと減り。

 リザードマンの巨体が大きく仰け反った。


「えっ?」


 リリィさんが不思議そうな声を出している間に、媚び姫がオモチャみたいな弓に矢をつがえる。


「はじけろー☆」


 流星みたいに綺麗に飛んだ矢が、同じく右胸に当たって爆発を起こした。

 またHPが減る。

 急激に。


 そして、ダンシングマシンガンを開始した。


 充分に回復したMPを注ぎ込んで、右胸を撃つ、撃つ、撃つ。

 あっという間だった。

 見る見るうちにHPが減っていき、


「――ラスアタもーらいっ♪」


 あとほんの少しというところで媚び姫が矢を放つ。


「読めてますよっ!」


 タイミングを合わせてジェスチャーを変え、風属性魔法でその軌道をずらした。


「あーっ! 何するのーっ!」


「あなたのやりそうなことですから!」


 トドメの《ファラ》を放って、リザードマン・ゴーレムは積み木のように崩れ落ちた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 消えていくリザードマン・ゴーレムの残骸を見ながら、リリィさんはしきりに首を傾げていた。


「なんで弱点がわかったの?」


「はいはい。解決編だよチェリーちゃん。存分に解説してね」


「トゲがありますね! 別に私、解説したがりじゃないんですけど!」


「そうかなぁ~? 無意識に頭の良さをひけらかしてるところあると思うけどなぁ~?」


 そ、そうなの?

 そんなつもりはないんだけど……。


 今日イチのダメージを負った私だったけれど、リリィさんの目が説明を求めていたので、私は「こほんっ」と咳払いをして話した。


「別に、特別なことじゃなくて……リリィさんが掌底を打って、リザードマン・ゴーレムの身体が振動したでしょう」


「うん」


「そのときに、右胸のブロックだけ震えてなかったんです」


「………………ほんと?」


「あんな一瞬でそんなとこ見てたのチェリーちゃん? えっち~♪」


「石でできたリザードマンの右胸を見てたことのどこがエッチですか!」


 なんとなく全体をぼーっと俯瞰してたらわかるでしょう!? 普通に!


「はあ~。これだから天才は。全人類が自分と同レベルのスペックを持ってると思ってるんだから」


「……そんな風に思ってませんよ」


「ホントかなぁ? ケージ君が結構難なくついてこれちゃうから感覚麻痺してるだけなんじゃない?」


 …………そんなことない、と思う、けど。


「――――お~い……!!」


 下の階層と同じく、奥の壁に大きな紋章が輝いた頃、後ろのほうから声が聞こえてきた。


「おーい、チェリー!」

「リリィー!」


 振り向いて、私はすぐに声の主に気付く。


「先輩!」

「ジンケ!」


「あ~はいはいリア充感動の再会ね。ご勝手にどうぞ~」


 本当に今日の媚び姫はひがみ根性(ダークサイド)だ。


 廊下を走ってくる先輩たちに駆け寄ろうとした私とリリィさんだったけれど、その前に先輩たちが言った。


「――早く行け!」

「もう来てるぞ!」


 え?

 来てる?

 何が?


「後ろだ!」

「もうそこに!」


 二人の後ろには、すごい身長の火紹さんがいるだけで……。


「え?」


 どかどかどか……という、大勢の人の足音。

 火紹さんのさらに後ろに見える、無数の人影。

 媚び姫の騎士たち?

 と思ったけれど……違う。


《聖ミミ騎士団》の甲冑は白銀だ。

 先輩たちの背後に大勢見えるのは、真紅。

 真っ赤な鎧を着た人たち。


 私は、その鎧を知っていた。


「……《ムラームデウス傭兵団》……!」



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