第81話 闘神降臨
【ExPlayerS特別企画! 史上最強のボスを倒せ! 出演:ジンケ】
そんなタイトルの配信が、ゲーム実況配信サイト《GamersGarden》のトップページにでかでかと映っていた。
視聴者数は、現在行われている配信の中でぶっちぎりのトップだ。
『うっわ! でっけえ! ドラゴンってオレ初めて見た!』
配信を開いた瞬間、聞こえてきたのはそんな歓声だった。
画面の真ん中で、俺と同い年か少し下くらいの少年が、空を飛ぶ呪竜を見上げている。
『フロンティアプレイヤーっていつもあんなのと戦ってるのか? 普通に怖いんだが』
〈ビビんなよプロw〉
〈ドラゴンは今まで滅多に出てこなかった〉
〈ミナハとどっちが怖い?〉
『ん? なんだ? コメント読め? ああそっか。えーと……ふうん、ドラゴンは珍しいのか。は? ミナハとどっちが怖いか? そんなの決まってるだろ。ドラゴンは2フレでパンチ撃ってこねーよ』
コメントとのやり取りは、身内ネタなんかも混ざっているのか、すべてを理解することは難しかった。
しかし、カメラに向けられたその顔を、俺は知っている。
「先輩! この人って……!」
隣で一緒に画面を見ていたチェリーが俺の顔を見た。
「……ああ」
俺は、そう答えるのが精一杯。
まさか、本当にこいつが来るとは思わなかった。
プロゲーマー。
《第六闘神》と呼ばれる男。
ジンケ。
ボスモンスターも含めて、俺がMAOで唯一、完敗を喫した相手だった。
『あん? 今度はなに? さっさとボス倒せ? コメント読めって言ったのお前だろ!』
カメラの手前にいるらしい誰かと話しながら、ジンケは一本の槍を手に握った。
それは、レア度で言えばさほどでもない、言ってしまえば普通の槍だった。
『よーし! そんじゃ、とりあえず突っ込んでみるかー!』
「……こんな装備で呪竜遺跡に入るつもりか?」
自分のウインドウで同じ配信を見ているストルキンが、訝しげに呟いた。
ジンケは、まともな防具も着けていなければ、槍だってさほど強力なものじゃない。
彼が普段活動している対人戦では、人類圏外で使われるような高レア装備は使えないルールだから、当然といえば当然だ。
〈そんな装備で大丈夫か?〉
〈絶対死ぬだろ〉
〈装備整えてこいよw〉
〈チームに請求していけ〉
配信のコメントでも同じような意見が大勢を占めた。
だがジンケはそれらをさっと流し見ながら、
『いやいや、とりあえず行こうぜ、とりあえず。ダメだったらそんとき考えよう』
そんな適当な調子で言って、ずんずんと歩みを進めていく。
よほどレベルが高いのか……?
いや、普段対人戦に時間を使ってるなら、レベルなんて上げてる時間ないはずだよな……。
もはや陽動は行われていない。
正面から、1匹の呪竜がずんずんと歩いてくる。
それと同時に、コメントに様々な情報が流れた。
〈呪竜はお腹のほうが防御力低いぞ〉
〈MDF高くてぜんぜん魔法効かん〉
〈今のとこ、飛んだところに槍を投げて、それを避雷針にして雷系魔法で麻痺させるのが一番いいらしい〉
なんという便利な環境……。
頼んでもいないのに情報が集まってくる……。
セツナやろねりあはいつもこんな状態でやってるのか……。
『お腹に槍刺して避雷針? へー』
確かに、その攻略法を使えば、この装備でも戦えなくはないか。
と。
俺を含めた誰もが思った直後に。
プロゲーマーは言った。
『じゃあ、それは使わない』
え?
戸惑った瞬間、ジンケは駆け出した。
呪竜に正面から突っ込み、大した威力もない槍を振り被る。
ギィン!
繰り出された刺突は、あっさり鱗に阻まれた。
『硬って!』
ジンケは距離を取り、呪竜の前足攻撃を避ける。
〈無理だってw〉
〈硬すぎLUL〉
〈レベル足りなくね?〉
コメントはジンケのステータス不足をはやし立てるもので埋まった。
しかし――
こいつら、今のがわからなかったのか?
「先輩? どうしました?」
「今の……お前も気付かなかったのか?」
「はい? 何がですか?」
「視界の外から来た前足攻撃を初見で避けたぞ」
「……あっ」
ジンケの戦いは、プロという華やかな言葉にはおよそ似つかわしくない、泥臭いものだった。
槍で硬そうな鱗を何度も何度も叩く。
見るからに無駄な攻撃を何度でも繰り返す。
コメントも最初、その姿を揶揄するものが多かった。
だが程なくして、画面の中で起こっていることの凄まじさを認識し始める。
攻撃を、一度も喰らわない。
一度もだ。
攻撃パターンなんて何も知らないはずなのに、掠りさえしないのだ。
揶揄コメントは消え、彼を応援するものと、彼のプレイを賞賛するものが増えていった。
そして、コメントの変化に合わせるようにして、呪竜が押され始める。
正確には、押され始めたように見える。
画面越しじゃHPが見えない!
俺は急いで望遠鏡を取りだして覗いた。
画面越しではなく実際に、ジンケと戦っている呪竜の姿を捉える。
HPがポップアップした。
「半分近く減ってる……!?」
「えっ? そんな! お腹側は1回も攻撃してないですよ!?」
そうだ。
ジンケが攻撃しているのは、鱗でビッシリ覆われている背中側だけ。
槍を当てたときの音も、硬質なもので――
『――バシィッ!!』
配信から聞こえる音に意識を集中させた途端、かすかにそんな音が聞こえてきた。
『バシィッ!! バシィッ!! バシィッ!!』
それは連続している。
ジンケが呪竜に槍を叩きつけるたびに。
「クリティカル……!!」
いつの間にか。
ジンケの呪竜への攻撃は、全部クリティカルヒットになっていたのだ。
「どうして……? 首も胸も攻撃してないのに……!」
「……よく見ろ。槍の刺突は、3、4ヶ所くらいに集中してる。そこにあるんだよ、呪竜の急所が」
「呪竜の急所……って、そこには鱗しか……」
「だから、鱗があるだろ?」
チェリーはハッと俺を見た。
「逆鱗!?」
俺は頷く。
有名な伝説だ。
竜の鱗の中には逆さになっているものがあり、それに触れると竜は激昂する。
逆鱗が呪竜の急所として設定されている可能性は高かった。
「槍でひたすらぶっ叩いて、逆鱗の位置を割り出したんだ……」
「にわかには信じられん……」
眼鏡を押し上げながらストルキンは言った。
「確かに、《槍兵》系のクラスはDEXに補正がかかる。DEXはクリティカルダメージにも影響するステータスだ。下手に状態異常になどするより、急所を探し出してそこを突き続けたほうがダメージが出る……理屈はわかる。
だが、できるものなのか、実際に。どこにあるのかわかりもしない急所を戦いながら探し出し、しかも、百発百中でそれを突き続ける、などということが……」
恐るべきはそのアバター操作精度だった。
こうして見ていてもすぐにはわからないくらい、呪竜の逆鱗は小さい。
その小さな急所を、寸分違わずに攻撃し続ける……。
動かない的やサンドバッグとはわけが違うのだ。
呪竜は激しく動くし、攻撃もしてくる。
そんな中で……ジンケは一度として、急所を外さない。
クリティカルヒットを意味する効果音は、途切れず聞こえてくる。
「あ、あの……先輩?」
少し遠慮がちに、チェリーが配信画面を指さした。
「先輩も、これ……できますか?」
「できる」
「おっ、即答」
「5時間くらいかければ」
「よく自信満々で言えましたね……」
うるせえ!
俺のスタイルとは合わないだけだ!
みんな違ってみんないい!
『そろそろ……!!』
ジンケが槍を輝かせた。
体技魔法を、やはり寸分違わず、逆鱗に突き立てる。
呪竜が咆哮した。
と思うと、ぐったりと地面に倒れ伏し――
――紫色の炎に包まれて、消滅する。
『――ッしゃあ!!』
ジンケがガッツポーズをすると同時、大量のコメントが溢れ返った。
それは文字の歓声だった。
目の当たりにしたスーパープレイへの賞賛だった。
俺は、ジンケが避雷針戦法を使わなかった理由を悟る。
もし避雷針戦法で呪竜を倒したとしても、コメントがここまで盛り上がることはなかっただろう。
すぐにパクられたことからわかるように、あの戦法はやり方さえわかってしまえば誰にでもできるものなのだ。
わざわざプロゲーマーである彼がやらなくても。
誰にでもできることなのだ。
彼はプロ。
ゲームを魅せるのが仕事。
だから――
誰かの後をついていくだけのプレイには、大した価値を見いださない。
誰も歩いたことのない荒野こそが、彼らの住まう場所……。
「……プロゲーマー」
ゲームのプロフェッショナル。
その真髄、その一端が、今まさに、大量のコメントとなって現れているのだった。
「すげえなあ……」
「普通に感動しないでください先輩!」
「えー? いいじゃん別に」
「敵ですよ、敵!」
「MMORPGに敵なんていねえよ」
「また名言風に言って……」
「名言風に言ったつもりはなかったんだけど……」
ジンケはその後も、決して逃げることなく、すべての呪竜を相手取った。
対呪竜の慣れと、呪竜を倒したことによるレベルアップから、討伐時間はどんどん短くなっていく。
果たして、俺たちのところにたどり着くまで、さほどの時間はかからなかった。
祭壇の階段の下に、そいつは現れる。
傍らには一人、なぜかメイド服を着た女の子がいた。
すぐそばに妖精型カメラ・通称《ジュゲム》が飛んでいるので、配信のスタッフか何かだろう。
階段の一番上にいる俺たちを、ジンケは階段の一番下から見上げた。
かすかに目が見開かれ、口元がわずかに緩む。
えーと。
「久しぶり?」
珍しく、俺は自分から話しかけた。
相手がこっちを覚えているかわからなかったから、疑問系だ。
「ああ――久しぶりでいいぜ」
おお、覚えてくれてる。
それどころか、どこか嬉しそうでもあった。
〈誰?〉
〈ケージだ〉
〈ケージってあのケージ?〉
〈クロニクルで読んだわ。実在したのか〉
視界の端でコメントが動く。
知らんうちに有名になったもんだな。
「この機会を待っていた」
ジンケはそう言いながら、階段に足をかけた。
「MAO最強の座―――ここで降りてもらう」
……うーん。
「なあ、チェリー」
「はい? シリアスな空気なんで手短にどうぞ」
「俺ってMAO最強だったの?」
「……知らなかったんですか? 10人中7人くらいはそう言うと思いますけど」
「マジかよ」
これから積極的に名乗っていこう。
「あー……そうだな……」
俺は階段の上からジンケを見下ろしつつ、台詞を考えた。
よし。
俺はビシッとジンケを指弾する。
「俺もちょうどリベンジしたいと思ってたところだ。
―――そっちは神の座を降りろ、《第六闘神》」
瞬間、コメントが大いに湧いたので、慣れないリップサービスの甲斐があったと思った。
新作の開始に伴い、次回から3日に1回更新になります。
次回更新は5月3日。
同日にMAOを舞台とする新作の連載を開始しますので、
よろしくお願いします。
新作もイチャラブ度強めだよ。