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第79話 疾走するゲーマーたちとドラゴン


 遠征合宿のメンバーは、昼頃におおよそ集まった。

 前線キャンプがあるドーム状の小屋の外に集まり、セツナがメンバーに向かって言う。


「基本方針はゆうべ会議した通り! まずは陽動作戦から試そうかと思うんだけど……ゼタニートさん、ジャックさん、大丈夫ですか?」


 陽動担当の二人はそれぞれの仕草でOKと返した。


「それじゃ……」


「突入部隊を編成する」


 進行役がストルキンに代わった。


「まだ最初だ。何らかの失敗があるのは織り込み済みで動く。そのため、機動力を重視して人数を絞り――」


 論理的な説明を加えながら、ストルキンは突入部隊を選んでいった。

 隊長はストルキン。

 俺とチェリーも第一陣に選ばれた。

 他はあまり交流のないメンバーで、今朝から巨乳に変貌したショーコを含むろねりあ組は、今回は留守番のようだ。


「ショーコさんは隠密作戦の要だ。陽動作戦が失敗した場合、死んだメンバーの復活を待つ間に隠密作戦を試行する」


「は、はい」


 ショーコは緊張した面持ちだったが、彼女も歴戦の最前線組、いざとなったらきっちり役目を果たしてくれるだろう。


「陽動はどこでやればいいですか?」


「そうだな……」


 ジャックさんの質問に、ストルキンは呪竜遺跡を見渡しながら考えた。


「西のほうで別のプレイヤーが戦闘してるみたいだ。そっちは避けたほうがいいね」


「では東か。中央を薄くして突破する形だな」


 セツナの助言を受けて決まったが、それってミスったら取り囲まれるってことだよな。

 まあ、多少のデスペナルティは覚悟の上だ。


「作戦を開始する。各自配置についてくれ」


 ストルキンの号令で、俺たちは動き出した。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「先輩。もし呪竜と戦う羽目になったらどうします?」


「あん? 逃げる」


「戦う羽目になったら、って言ったじゃないですか」


「そうだな……」


 俺は集めた情報を思い出して考えた。


「昨日挑戦した連中によると、防御力はかなり高いって話だったよな」


「夜のことですから、昼と同じとは限りませんけど。1匹倒すのに余裕で1時間はかかりそうだったらしいですね」


「さすがにそこまで硬いとは思えねえんだよな。言ってもレベル110そこそこなわけだし。たぶんどこかに弱点があるんだと思う」


「弱点?」


「竜だからな。逆鱗とか」


「ははあ。なるほど。でもそれをどうやって見つけるかが問題ですね」


「フェンコールのときみたいな方法がありそうだが……」


 ナインサウス・エリアのボス、神造炭成獣フェンコールとの決戦の最終盤。

 俺たちは、弱点である黒曜石の肌を、フェンコールの真っ黒な全身から探し出すため、その身体を燃やした。

 弱点部分以外は炭でできているから、燃えない場所があればそこが弱点だと判断できるわけだ。


 同じような方法が、呪竜にもあるんじゃないか。

 あるいは、ダ・モラドガイアにも……。


「先輩の弱点ならすぐにわかるんですけどね」


「は? どこだよ」


「えい」


「ひあん!?」


 いきなり脇腹をつつくな!!


「あはははは! ――んにゃっ!?」


「お前は耳の穴だろ」


「ちょっ……んゃっ! ほじくらないでっ……ダメですったらっ」


 耳が弱いとか、触覚まで猫っぽい奴め。


「――陽動が出ます! 準備してください! 特にそこの二人!」


 戦場を見渡して突入の合図を送るため、高台に上っているセツナが俺たちを指弾した。


「もうっ! 先輩のせいで怒られちゃったじゃないですか!」


「お前のせいだろ!」


「先輩のせいですよっ!」


「ああもううん。とにかく合図するから聞き逃さないでね!!」


 なんだかセツナの声がヤケになったような気がしたが、どうかしたんだろうか。


 少し遠くから、呪竜の咆哮が聞こえた。

 ゼタニートとジャックによる陽動が始まったのだ。

 咆哮と足音はだんだんと東のほうへ遠ざかっていく。


 高台のセツナは、注意深く俺たちの行く手を観察していた。

 咆哮と足音が、かすかにしか聞こえなくなった頃――


「――前方に敵影なし! OK!」


「進め!!」


 隊長のストルキンの号令に合わせ、俺たちは走り始めた。

 半ば雑草に覆われた石畳を全力で駆け抜けていく。


 中央をまっすぐに進むルートは、確かに陽動をミスすれば取り囲まれることになる。

 だが、目的地である最深部――岸壁に彫られた巨大ドラゴン像までの距離は最も短い。

 だからむしろ、最も安全なルートとも言えるかもしれなかった。


「呪竜の気配がしません……。行けますよ!」


 階段を駆け上り、棚田状になっている遺跡を突き進む。

 呪竜の気配は遙か遠い。

 やはり、咆哮で仲間を呼ぶあの性質が、逆に陽動の効果を高める結果になっているのだ。

 陽動を担当している二人は今頃地獄だろうが、犠牲は無駄にすまい!


 再び階段を上る。

 棚田状の遺跡の、これが三段目か。

 ダ・モラドガイアの元に到達するのには、もう一段上る必要がある。


 の。

 だが。




 生温かい風が吹いた。




「……?」


 突然、横ざまに吹いてきたそれを変に思って、俺は横を見る。

 と。


 わずか1メートル先に呪竜がいた。


「ぶべらばばばぎゅろおッ!?!?」


 変な悲鳴が出た。

 俺に続いて他のメンバーも呪竜に気付き、似たり寄ったりの悲鳴をあげる。


 建物の陰に隠れてやがった!

 索敵スキルにも引っかからなかったぞ!?


「落ち着け!」


 隊長ストルキンが鋭く告げた。


「よく見ろ。……寝ている」


 言われてみると、そいつは瞼を閉じていた。

 背中を穏やかに規則正しく上下させている。

 さっきの生温かい風は、こいつの寝息だったようだ。


「起こさないように通り抜けよう」


 俺たちは抜き足差し足でそいつの正面を通り抜ける。

 と同時に、俺は眠る呪竜を観察していた。


 確か、呪竜は夜も普通に起きてるんじゃなかったか?

 それが、どうしてこんな真っ昼間に?

 夜行性なんだろうか……。


「……ん……?」


 俺は気付いた。

 眠っている呪竜……そのHPが、わずかだが減っている。

 だが、それは徐々に回復していた。

 呪竜の寝息に合わせるようなペースで。


「…………んー」


 一応、頭の端に留めておこう。


 昼寝中の呪竜をやり過ごした俺たちは、再び呪竜遺跡を走る。

 階段を上った。

 四段目だ。

 緩やかな上り坂の先に、高い祭壇が見える。

 あそこがゴールだ!


 だが。

 やはり、簡単には行かせてくれないらしかった。


 咆哮があった。


 大気を翼が力強く叩く音が、いくつもいくつも聞こえてくる。

 振り返るまでもなかった。

 集まってきている。

 俺たちのところに、呪竜たちが!


「チッ……! やはり対策されているか……!」


 俺たちは足を速めたが、間に合わなかった。

 ズンッ! と地面を揺らし、行く手を阻むように一体の呪竜が着地する。


「どうせ無事には帰れん!!」


 ストルキンが杖を構えた。


「強行突破する!!」


「「「おおッ!!!」」」


 威勢良く応えが返り、各々が武器を構えた。

 俺も《魔剣フレードリク》を、チェリーも《聖杖エンマ》を手に取る。


《魔剣再演》は使えない。

 前に使ったのが湖でのダ・ミストラーク戦――つまり昨日の夕方だ。

 クールタイムがあと5時間ほど残っていた。


 一斉に放たれた魔法が、呪竜の全身に突き刺さる。

 しかし、呪竜の体力は驚くほど減らなかった。

 MDFが高い!

 物理ならどうだ……!?


「バフ頼む!」


「はい! 《オール・キャスト》!!」


 チェリーのバフを受けて、俺は猛然と呪竜との距離を詰める。

 背中側は鱗がビッシリとあり、見るからに硬そうだ。

 ならお腹側……!


 呪竜は前足を薙ぎ払った。

 俺はそれをスライディングでくぐり抜ける。

 腹の下に潜り込み、


「うおらっ!」


 斬りつける。

 無理な体勢だったので大した威力ではなかった――

 が。


「減った!」


 わずかだが、確かに減った。

 聞いていたように、1時間かかるというほどじゃない。

 やはり昼のほうが弱いのだ。


 このまま腹の下に張りついて斬りまくってやろうと思ったが、そうは問屋がおろさなかった。


 呪竜が強く地面を蹴り、空へと飛び上がる。


 そして、口から火炎の息を吐き出した。


「それズルっ……!!」


 文句を言っている暇もない。

 俺は近くの遺構に飛び込んで、火炎の息をやり過ごした。


 こんなもん、戦闘ヘリに上から撃たれてんのと同じじゃねえか!!

 地上で戦え、地上で!!


「……いや、待てよ?」


 空から炎を吐き散らかす呪竜を見上げながら、俺ははたと思った。

 空にいる間は、防御力の低いお腹側が丸見えじゃん。


 だが高さ的に、剣を届かせるにはかなり無理をする必要がある。

 かと言って、魔法で攻撃しても大したダメージには……。


 つまり?


「おい、誰か!」


 俺は遺構の窓から顔を出して、ブレスを凌いでいるメンバーに叫んだ。


「弓使える奴いないか、弓! あいつ撃ち落とせ!!」


「弓ぃ!?」

「そんなマイナー武器持ってるわけ――」

「あるんだなぁこれが!」


 名前すらろくに知らない奴だったが、一人だけ持ってる奴がいた。

 さすが最前線組!


「落ちろカトンボ!」


 矢が何本も飛翔し、呪竜の喉やお腹に突き刺さった。

 HPが目に見えて減る――

 が、剣で斬りつけたときほどじゃない。

 呪竜も体勢を崩すことはなかった。

 威力が足りないか……!

 せめて弓使いがもう一人いれば、そこそこの火力になりそうなんだが……!


 ないものねだりだ。

 今やれることを考えるしかない!


「威力がないなら……!」


 俺はアイテムストレージを開いた。

 これなら……よし!


 俺がストレージから取りだしたのは、使っていない槍。

 俺は槍を手に遺構から飛び出すと、


「く――」


 助走をつけ、


「ら――」


 大きく振り被り、


「――えっ!!」


 空の呪竜に、槍を投げ放つ。


 まっすぐに飛んだ槍は、呪竜のお腹に深々と突き刺さった。

 呪竜が痛そうに咆哮する。

 体勢がほんの少し乱れた!


 だが、墜落させるには至らない。


「これでもダメか――」


「ナイスです先輩っ!」


 歯噛みしかけたそのとき、チェリーの声が言った。

 え、何がナイス?

 そう思った直後、詠唱が響きわたる。


「《天下に這い出せ 群成す雷》―――!!」


 バリバリッ!!

 大量の電撃が地上で迸った。


「―――《ボルトスォーム》―――ッ!!」


 だぁーっ!!

 だからお前、その無差別攻撃魔法を他に人がいるところで―――!!


「……ん?」


 様子が違った。

 チェリーが放った《ボルトスォーム》は、いつもみたいに周囲にまき散らされることなく――

 まるで蛇が殺到するように、揃って空の呪竜へと向かう!


 いや。

 そうか!


 雷撃の帯が向かっているのは、呪竜じゃない。

 呪竜の腹に突き立った槍だ!


「避雷針……!!」


 奥義級魔法ボルトスォームの威力が余すところなく、空を飛ぶ呪竜に直撃する。

 HPががくんと減った。

 翼の羽ばたきが止まり、呪竜の巨体から力が抜ける。


 墜ちる……!!


 呪竜が墜落すると同時、地面が揺れた。

 横倒しになった呪竜には、バチバチと帯電エフェクトが出ている。


「麻痺ってるぞ!!」


 HPは未だ3分の2も残っていた。

 だが、麻痺でしばらくは動けない……!

 追撃しようと動こうとした最前線組だったが、


「拘泥するな! 別の呪竜が来る! 今のうちに駆け抜けろ!!」


 ストルキンの鋭い指示が飛んだ。

 振り向けば、地上からも空からも、何体もの呪竜が集まってきているのが見えた。

 惜しいが、仕方がない!


 麻痺した呪竜を捨て置いて、俺たちは再びドラゴン像の祭壇に走った。

 追いかけてきた呪竜たちが炎を吐きまくり、最後尾にいた連中が何人か焼かれた。

 それでも、俺たちは祭壇に上がる長い階段にたどり着く。

 獰猛な呪竜も眼光をすぐ後ろに見ながら、必死になって階段を駆け上り――


「やっ……たーっ!!」

「着いたーっ!!」


 祭壇に到着する。

 途端、俺たちを追いかけていた呪竜たちは、興味を失って方々へ散っていった。


「いやー、割と行けるもんだなー!」

「死ぬかと思ったぁー!!」


 何人かのプレイヤーが、階段を上りきった勢いで、祭壇の上を歩いていく。


「あっ! 馬鹿!!」


 ストルキンが制止したが、間に合わなかった。

 前方の巨大ドラゴン像――

《呪転磨崖竜ダ・モラドガイア》の口が、ガパッと開いた。


 降り注ぐ火炎。

 呑み込まれる男たち。

 後に残される人魂。


「……あーあ」


 チェリーが呆れたように呟く。


「はあ……」


 ストルキンが嘆かわしげに溜め息をついた。


 ……ま、まあ、とりあえず目的地にはたどり着けたんだし、いいんじゃないかな?



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