第78話 最強カップル敗戦の記憶
数ヶ月前――
俺が《RISE》という大会のMAO部門に出場したときのことを、思い出しておかなければならないだろう。
きっかけは、やはりチェリーだった。
あいつが、やめとけばいいのにエゴサーチして、『ケージってPvEだけじゃね? 対人ならワンパンだから笑』みたいな、イキったとしか表現しようのない書き込みを見つけてしまったのだ。
チェリーは大変憤慨した。
当の俺はと言うと、『うわあ……こんなあからさまな名人様久しぶりに見た……』という気持ちであり、怒りとか悔しさとかはこれっぽっちも湧いてこなかったのだが、そんな俺を見たチェリーはさらに怒った。
『悔しくないんですか、先輩は! モンスターを虐めることしか能のない虐待野郎だと思われてるんですよ!!』
『お前が一番ヒドいこと言ってるからな?』
一人で盛り上がってしまったチェリーは、SNSで『ウチのケージが今度の大会で天下取ります!!』と俺の許可も取らず勝手にぶち上げ、周りもやはり勝手に騒ぎ始め、引くに引けなくなってしまって、仕方なく直近の大会にエントリーしたのだった。
《RISE》は年間を通じて複数タイトルで開催されるeスポーツ大会である。
MAO部門以外にもデジタルカードゲーム部門やMOBA部門などがあり、規模としては国内でもかなりデカいほうと言える。
上位には賞金が出ることもあって、プロゲーマーも多数参戦するので、ここで結果を残せば、俺を侮っている連中も認めざるを得ない。
――というのはチェリーの予想であって、俺は『ああいう連中は自分の言ったこといちいち覚えてないと思うけどな……』と思ったが、口には出せなかった。
最初こそなし崩し的で、俺も大してやる気はなかったのだが、やるからには全力で挑むべきだというのは確かだった。
俺は珍しく練習に勤しんだ。
チェリーにも付き合ってもらって、PvEに慣れた感覚をPvPに合わせていったのだ。
アグナポットの闘技場に足しげく通い、経験を積んだ。
戦法の流行などもチェックし、研究を深めた。
……思えば、俺は、一つのゲームをとことんまで突き詰めるということをしたことがない。
MAOはたまたま長くやっているが、それはどんどん新しい要素が追加されていく形だから保っているだけだ。
例えば格ゲーなんかをやっても、一応上級者と言えるレベルにまで到達はするが、すぐに新しいゲームがやりたくなってそちらに乗り換えてしまう。
スタートダッシュは早いものの、本当にそのゲームをやり込み続ける専門家には、そのうちに追い抜かれてしまうのだ。
子供の頃から、そんなことを続けてきた。
今でも、そのスタイルが間違っているとは思わない。
むしろ、一つのゲームに囚われず、いろんなゲームを深く広く遊ぶ姿勢こそがゲーマーだろう――と、そんなプライドを持っているフシすらある。
だから俺にとって、《RISE》に向けた準備期間は、久しぶりに真剣にゲームに取り組んだ時間と言えた。
そりゃあ、ゲームをやるときはいつだって真剣なのだが、『勝つ』ことを至上目的としたゲームは、本当に久しぶりのことだった。
言ってみれば、あのとき俺がやっていたのは、娯楽ではなく勝負だったのだ。
最初は巻き込まれた気分だったのに、いつしか俺は、他のことがおろそかになるくらいのめり込んでいた。
学校が休みの日は、食べるときと寝るとき以外の時間をすべて、大会に向けた練習と研究に費やしていた。
チェリーも真剣にサポートしてくれた。
そして、来たる大会本番。
何百人も参加するリーグ制の予選を、俺は無敗で勝ち抜いた。
その勢いで、本戦も順調に勝ち進むことができた。
調子はよかったと思う。
自分が持ちうる実力を十全に発揮できていたと思う。
ルールで《魔剣フレードリク》が使えなかったり、普段に比べれば制限は多かったが、珍しく真剣にやった練習と研究が功を奏していた。
やがて、準々決勝。
ベストエイトに残ったところで。
ヤツに当たった。
後に《第六闘神》と呼ばれることになる男。
ジンケだ。
後から聞いたところによると、俺とジンケの対戦は、大会のベストバウトに選ばれたと言う。
観客は大いに湧き、俺も自分が研ぎ澄まされていくのを感じた。
対峙したジンケも同様だった。
感覚が鋭敏になり、アバターが思ったように動き、勝利への道筋が頭の中に閃いて―――
負けた。
ギリギリの勝負だった。
言い訳じゃなく、どっちが勝ってもおかしくなかったと思う。
だが、結論として、俺は負けた。
俺の戦績は、表彰台にも遠く及ばない、ベストエイトに留まった。
悔しくなかったと言えば、それは嘘だ。
会場の廊下をひとり歩きながら、いろんな後悔が頭の中をよぎった。
ああしていれば、こうしていれば……。
今更のように、試合中は思い浮かばなかった戦法をいくつも思いついた。
全力は尽くした。
それでも清々しい気持ちにはなれない。
だって、負けたのだ。
あれだけ練習して、あれだけ努力して、それでも負けた。
およそゲームにおいて――いや生涯において、こうも力を注いでおきながら結果を出せなかったのは、初めてかもしれなかった……。
たかがゲームだ、と俺は呟いた。
言い訳だった。
その言い訳が、そのときの俺には必要だった。
でも。
『何が「たかが」ですかっ!!!』
その呟きを、折り悪く、迎えに来たチェリーに聞かれていたのだ。
『「たかが」なんて言えるものじゃないのは、先輩が一番知ってるでしょっ!?!?』
チェリーはずんずんと俺に詰め寄った。
『悔しがってくださいよっ! 泣いてくださいよっ!! 頑張って頑張って、それでも報われなかったときは、そうするものなんですよっ!!!』
チェリーの目には、きらきらしたものが溜まっていた。
俺の目には一粒だって浮かんじゃいないのに、チェリーの大きな瞳は、いっぱいの涙で潤んでいた。
『……なんで、お前が泣くんだよ……』
『だって、だって……先輩が……先輩……あんなに、頑張って……』
『見てただろ。相手が強かったんだ。完敗だよ……仕方がない』
『しっ……じがたがっ……な゛……ぅぐっ、ぅ、あぁああああああぁぁぁ……!! あぁあああぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁ……っ!!!』
チェリーは俺の目の前でぐちゃぐちゃに泣き崩れた。
俺はその背中をそっとさすってやった。
『ごめんな、勝てなくて』
『あ゛ぅ゛う゛う゛う゛う゛……ぜんばああいっ……!!』
なぜか、実際に負けた俺が、なぜか、実際には戦っていないチェリーを、しばらくの間、慰め続けた。
いつもの美少女ぶりはどこへやら、ぐっちゃぐちゃに泣きまくるチェリーを見て、頑張った甲斐はあったなあ、と思った。
結局、最後まで俺の目から涙がこぼれることはなかったが、それはきっと、チェリーが俺の分まで泣いてくれたからだろう。
――と、たったそれだけのお話だ。
当初の目的だった俺の評価はと言うと、準々決勝、ジンケとの闘いが方々で話題になったおかげで、『ケージはPvEだけ』なんて言う奴はいなくなったようだった。
目的を達することはできたわけだ。
……けど、心にしこりは残っていた。
試合内容については、負けた直後こそ悔しくてしょうがなかったものの、全力を尽くしたのは確かだったし、何の後悔もない。
ただ、一つ。
せっかくなら、チェリーを喜ばせてやりたかったなあ――なんて、そんな願望を除いては。
その大会の後、俺を破ったジンケは国内のプロゲーミングチームと本契約を結び、プロゲーマーになったと聞いた。
そして瞬く間に活躍を重ね、VR格闘ゲーム界で最強を誇る5人《五闘神》に並ぶ者という意味で、《第六闘神》などという異名を戴くにまで至った。
今のところプロになるつもりのない俺にしてみれば、雲の上の存在になったのだ。
だから、ヤツと関わることはもうないんだろうな、と思っていた。
今日この日まで。
修正(6/30)
×トーナメント制の予選
○リーグ制の予選