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第77話 闘神殺しのプロローグ


 チェリーの言うとおり、のんびりまったり狩りをしながら呪竜領域へ向かった。

 途中、湖の古城を覗いてみたところ、たった一晩ですっかり様変わりしていて驚いた。


 昨日までは影も形もなかった大きな橋が湖に架かっているし、古城内に入れば所狭しと露店が並んでいる。

 前線キャンプどころの騒ぎじゃない。


「こりゃあ、あの王様の幽霊も浮かばれるだろうな」


「そうですかね……?」


 昨日に比べれば人も格段に多い。

 間違いなくあの公式アナウンスの影響だろう。

 中には見覚えのある身なりの奴もいた。


「……あの赤い鎧の人たち、《傭兵団》じゃないですか?」


「だな……。どこに雇われたんだ……?」


 やたら目立つ真っ赤な鎧で統一した奴が、古城のあちこちに見受けられた。

 奴らは《ムラームデウス傭兵団》という、MAOバージョン2で台頭したクランだ。

 バージョン3になってからは、どこかの国の戦争に荷担して報酬をもらう形で活動している。

 奴らがクロニクル・クエストの攻略に参加するときは、大抵どこかの国に雇われたときだった。


「思った以上にきな臭いことになってそうだなあ……」


 嫌な予感を覚えつつも、俺たちは古城を後にした。

 洞窟、地下神殿を抜け、長い螺旋階段を上りきる。


 呪竜遺跡の入口――ドーム状の空間には、前線キャンプが設置されていた。

 露店が置かれている他、壁際には掲示板が用意されている。

 最前線の情報を速やかに共有するためだろう。

 ネットを使うとノイズが多いからな。


 掲示板の前に屯しているプレイヤーの中に見知った顔を見つけ、俺たちは声をかけた。


「よお」


「こんにちはー」


「あ、二人とも」


 セツナは俺たちに気付いて振り向く。


「そこの掲示板に昨晩の挑戦報告があるよ。まあ、結論から言うと、ダ・モラドガイアまでたどり着けもせずに全員討ち死にしたみたいだけど」


「やっぱり夜は無理そうか」


「無理だね。呪竜が眠るなんてこともないし、むしろ索敵能力も戦闘能力も上がる。夜にこの遺跡に来るのは自殺行為だと思う」


「ってことは、勝負はこの土日ですね……」


 セツナは頷いた。

 夜の攻略が難しいとなると、平日はほぼ攻略がストップすることになる。

 俺たち学生ですら夕方のほんの短い時間しかできないし、社会人に至ってはド深夜までログインできないなんてのはザラだ。

 例外はニートと自営業、あとは不真面目な大学生くらいである。


「そういえば、ストルキンさんと一緒に、各クランの動向を調べていたらしいですけど……」


「ああ、それね……」


 セツナは少し声をひそめた。


「(どこも想像以上に動いてるよ)」


「(想像以上に?)」


「(って、具体的には?)」


「(確認しただけで3つの攻略系クランが自国で公共クエストを発布した。資源の暴力でごり押しするつもり満々だ)」


 公共クエスト。

 プレイヤー国家の領主が、自分自身をクライアントとして発布するクエストだ。


 内容はいろいろあるが、主なのは、まず建築系クエスト。

『ここにこういう建物を建ててくれ』っていう、まあ公共事業だな。


 他には採集系クエストも多い。

『この素材を集めてきてくれ、金なら出す』というタイプのクエストで、大規模な攻略をするとき、装備の製造やメンテナンスに必要な分を迅速に集めるために発布されることが多い。

 今回、セツナが言っているのはこれだろう。


 少し変化球なところでは、特定エリアのMobの湧出(ポップ)を枯らせることを目的として、大量討伐系クエストを出すなんてこともある。

 狩場を別クランから奪い取るためである。

 当然ながら、あまり歓迎されるタイプの使い方じゃない。


 要するに、単一クランだけでは時間がかかりすぎることを、金を大量にばらまいて手っとり早く達成するのが公共クエストだ。

 攻略系クランが本腰を入れて動き出すときには、大抵、そのクランが領する国で公共クエストが出る。


「(たぶん明日にはここに来るね……。まあ、ダ・モラドガイアにごり押しが通じるかは疑問だけどさ)」


「(……ちなみに、その3つのクランとやらの中には、《聖ミミ騎士団》が混ざっていたりするか?)」


 セツナは苦笑いした。


「(当然、入ってる。昨日も何度か会ったけど、彼らは他のクランより動きが早い。今日の午後には姿を現しそうだよ)」


「(そうか……)」


 トップであるUO姫はあんな調子なんだが、参謀が動いているんだろうか?


「(それと、動きはもう一つあってね。これが結構ヤバそうなんだけど)」


 セツナの真面目な表情に、俺とチェリーは息を呑んだ。


「(……アグナポットが動いてる)」


 俺は一瞬、当惑した。


「(アグナポット? アグナポットって、あの? 対人戦の聖地?)」


「(そう。そのアグナポットだ)」


「(どうしてですか? あの街は、対人戦にしか興味ないはずですよね?)」


「(そのはずだったんだけど……どうもイベントの一環みたいだね)」


 イベント?


「(ダ・モラドガイアとの戦いは否応なく注目される。そこに、アグナポットが誇る精鋭を送り込み、活躍させれば、プロモーション効果は絶大――みたいな)」


「(おい待て! アグナポットの精鋭って言ったら……!)」


 セツナは頷いた。




「(――――《闘神》が来るよ)」




《闘神》。

 それはMAOのみならず、VR対戦ゲーム界において、最強クラスと称される6人の称号だ。

 全員が例外なくプロゲーマー(・・・・・・)

 仕事としてゲームをやっている連中である。

 単にやりこみ度で言えば、趣味でやっている俺たちとは比較にならない。


「(誰が来るのかはまだわからないけどね。でも、闘神が人類圏外に出てきたりなんてしたら、間違いなく荒れる(・・・)よ。好戦的なPKクランまで集まってきかねない)」


「んむむ……」


「ん? どうしたの、ケージ君?」


「ぷすすっ。ビビってるんですよ、先輩は。

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 MAOにおける、数少ない敗戦の記憶。

 それも完敗(・・)となると、あいつ(・・・)との試合を置いては、他にないかもしれない。


 それは事実なのだが、ビビっているとは心外である。


「……あのときは、大会のルールでメイン武器使えなかったし。レベルも50に固定されてたし」


「はいはい。人類圏外(ここ)でなら負けませんよねー?」


「馬鹿にしてんだろ!」


 チェリーはにやりと不敵に笑って、俺の顔を見上げた。


「まさか、後れを取るわけがありませんよ。ルールの整備された闘技場と、何が起こるかわからない人類圏外(ここ)とでは、同じ戦うのでもわけが違うんだってことを、神とやらに教えてあげましょう」


 その目と声が、完全に本気なのを見て取って、俺は苦笑する。


「お前……あの大会で俺が負けたの、そんなに悔しかったの?」


「なっ……! ち、違いますよっ! 私はフロンティアプレイヤーの端くれとして、部外者に縄張りを荒らされるのがいけ好かないだけで―――」


「わかった」


 俺はさっきのチェリーを真似て不敵に笑ってみせた。


「あのときの負けは、ここで取り返そう。あいつ(・・・)が来るならの話だけどな―――」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 フォンランド地方中央部。

 現在の人類圏内において、中心に程近い場所に、その街はある。


 闘技都市アグナポット。


 東西南北および中心に、ローマのコロッセオを模した《アリーナ》を合計5つ構えるこの街こそ、MAOにおける対人戦の聖地である。

 この街に全世界から数千、数万というプレイヤーが集まり、最強という頂に向けて切磋琢磨しているのだ。


 その北東部。

 商店通りから少し外れた場所に、その一軒家は存在する。


 プロゲーミングチーム《ExPlayerS(エクスプレイヤーズ)》が所有する、VRゲーミングハウスである。


「――ってわけで、ナイン山脈まで行ってさ、このダ・モラドガイアってボスをちゃちゃっと倒してきてくれ、っていうのが、ウチの社長のお達しなんだよね」


 そのリビングのソファーに座って、少年は渡された資料を読んでいた。


「もちろん、イベント出演料って形でボーナスは出るよ。どうかな、《ジンケ》君?」


 ジンケと呼ばれた少年は、資料のデータをいったん閉じて、同僚の少女を見上げた。


「なんでオレなんだ、《コノメタ》? 《闘神》にボスを倒させるって企画なら、オレ以外の――例えば《ミナハ》でもいいわけだろ? オレみたいな野郎が行くより、あいつのほうが華があっていいだろ」


「はっはっは。キミ、自分の人気さに自覚がないね。

 まあぶっちゃけて言うと、暇なのがキミだけだったんだよね。急な企画だったからさ」


「ああ……今、他の連中は海外か……」


 プロアマ拘わらず、優秀な実績を示したプレイヤーは、国外のゲーム大会にも招待されることがある。

 その他、海外企業にスポンサードされたプロの場合は、販促イベント等に出演するため、国外に遠征することもしばしばだ。


 その点、彼――ジンケは、国内では知られた存在であるものの、まだプレイヤーとしての活動歴は浅い。

 そして、彼が所属するExPlayerSは日本のチームであり、そのスポンサーも日本企業がほとんどである。

 必然的に、主な活動範囲はまだ日本国内に留まっていた。


「つまり、オレに拒否権はねえってわけだ」


「ごめんねー。キミに拒否られると、社長にねちねち嫌味言われちゃうんだよねー」


「……わかったよ。仕事だしな。それにPvEなら、人と殴り合うよりずっと気楽だ」


「そう言ってくれると思った! さすが《第六闘神》!」


「そろそろ《第六》を取りたいところなんだけどな」


 と、話がまとまったところで、メイドがお茶を持ってきた。

 不自然に豊満な胸が、お盆に載りそうになっている。

 ボブカットの髪が、きらびやかな銀色に輝いていた。

 NPCではない。

 れっきとしたプレイヤーだ。


「ジンケ。圏外行くの?」


 テーブルにお茶を置きながら、銀髪巨乳メイド少女は、親しげな調子でジンケに尋ねた。


「ああ。仕事。ボス倒してこいってさ」


「わたしも行く」


「……って要望があるみたいだが」


 ジンケが目の前のコノメタという少女を見上げる。


「別にいいけど、ボス戦は配信されるからね。プロが仕事中にメイドコスプレ少女とイチャついてる姿が全世界に生配信、なんてことにならないように」


「えー……」


「不満そうにするな、《リリィ》」


 無表情で不満を表明したメイド少女は、突っ込みなどどこ吹く風で、ジンケの隣に座った。

 そして、彼の腕をぎゅっと抱き締め、自らの胸の中に埋める。


「わかった。イチャつくのは我慢する」


「漫画のコラくらい言葉と行動一致してねえぞ」


「ま、ほどほどにねー」


 コノメタはひらひらと手を振り立ち去ろうとしたが、すぐに足を止めた。


「ああ、そうだ。一応教えとくよ」


「は? 何だ?」


「去る筋からの情報によると――今、いるってさ。件の遺跡ステージに、()が」


 瞬間。

 ジンケの瞳に、炎のような輝きが宿る。


「―――ケージか?」


 コノメタはにやりと笑った。


「直接戦うとPKになっちゃうから、その辺は気を付けて。プロゲーマーがPKとか、シャレにならないスキャンダルだからね」


「……ああ」


 低く答えながらも、ジンケの口元は薄く笑っていた。

 隣のメイド少女が言う。


「ジンケ、やる気出てきた?」


「ああ。ようやく機会が巡ってきたってわけだ……」


 国内VR対戦格闘ゲーマー、最強の一角。

《第六闘神》と呼ばれる少年は。

 北の方角を見やり、人知れず開戦の狼煙を上げる。


「拝みに行こうぜ―――MAO最強の男の、本気の本気ってやつを」




 こうして。


 PvE最強のプレイヤーと。

 PvP最強のプレイヤーは。


 今、世界で最も危険な場所で、相まみえることになった―――



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