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第72話 恋バナ突発大会(BO3・ダブルイリミネーション方式)


「ど、ど、ど、どこまで、してって……ええええええーっ!?」


 どこまでって、あの。

 せ、性的な行為をってこと?

 だよね?

 私が?

 先輩と?


「いやー、だってさあ。あたしらが見てるところですらあの有様でしょー? ってことは、二人きりのときはさぞすごいことしてるんだろうなーって。ね、みんなもそう思うっしょ?」


「それは……まあ、はい」

「……ぅん」

「超思うね」


「いや、いやいやいや! そんな、普通ですよ!」


「普通にイチャイチャしてる?」


「してませんっ!!」


 そりゃ、まあ、世間一般の男友達女友達よりは仲いいっていうのは、認める。

 認めますよ?

 でも、みんなが言うように、イチャついているつもりは本当にないのだ。

 少なくとも人前では。


「というか……前から聞きたかったんですけど。私と先輩って……そんなに付き合ってるように見えますか?」


「「「「見える」」」」


「即答……」


 ショーコさんまで……。


「付き合ってない男女はおでこコツンッとかしないわけ! おでこコツンッ」


「二人で喋ってるとき、完全にハート出てるよ。視覚化されんばかり」


「ちょっと恥ずかしくなるくらいのときもありますね……」


「…………ちょっと羨ましい……かも」


「おっとショーコ! 聞き捨てならん発言ですな!」


「あっ、わっ!? ち、ちが……!」


 ショーコさんはぶるんぶるんと首を振る。


「具体的にどういうところが羨ましい? 言ってみ? 言ってみ?」


「う……う~……」


 ショーコさんは枕で顔を半分隠す。


「あの……ケージさんが、戦闘中に……」


「戦闘中に?」


「チェリーさんの肩を……ぐって、抱き寄せるの、とか……」


「「「あ~!!」」」


 私以外の3人が揃って納得の声を出した。


「あれね! やってるやってる! 敵の攻撃避けるときね!」


「確かにあれはちょっと憧れます!」


「普段は頼りない感じだけど、戦闘中はちょっと違うよね、ケージ君て」


 う……。

 確かにあれは、私も毎回ちょっとビックリする。


「あれ、してもらいたいの? ショーコ?」


「し、してもらいたいっていうか……ど、どんな感じなのかな、って……」


「へい、質問が来たぜチェリーさん。どんな感じなの?」


「ど、どんな感じって……」


 私は自分の肩に触れながら目を泳がせる。


「それは、私も、ドキッとはしますよ?」


「ほう。ときめいている、と!」


「違います! ……だって、先輩的には、そういうつもりはこれっぽっちもないんですから。自分のほうがAGIが高いからそうしたほうが効率的だってだけなんですよ」


「いえ、それはどうでしょうね?」


 くすりと笑いながら、ろねりあさんが言った。


「本当にそういうつもりまったくなしに、女の子の肩を抱き寄せたりするんでしょうか? ケージさんって、ただでさえ女の子が苦手そうなのに」


「えっ……」


「だよねー! AGIがどうこうとか正直言い訳っぽいし!」


「ええっ……?」


「私が思うに」


 ポニータさんがにやりと笑う。


「アレは、チェリーちゃんのことを捕まえておきたいっていう気持ちが、心理的に余裕のない戦闘中につい出ちゃうんだと思うね。ケージ君はチェリーちゃんのことが、可愛くて可愛くて仕方がないんだよ」


「それだっ!!」


「それだじゃありませんよ……。ポニータさん、それはさすがに牽強付会ではないですか? チェリーさんも呆れて――呆れて?」


 わ……私を?

 捕まえて?


 ――俺が永遠に捕まえておくだけだ。


 バレンタインの夜、先輩が媚び媚び姫相手に切った啖呵が不意にリフレインして、かーっと顔が熱くなった。

 ばふっと布団に倒れ込む。


「う~……う~!」


「か、可愛すぎか! なんだこの生き物!」


「……ごめん。ちょっと私、ムラムラしてきたんだけど」


「抑えてくださいポニータさん!」


 うう、先輩。

 そうなんですか?

 私のことが可愛くて可愛くて仕方がないんですか?


 いや、まあ、知ってたけど?

 先輩が私にメロメロだっていうのはね?

 でも、でも――


「えへへへへへへへへへへ」


「何やら怪音を発し始めましたよ?」


「うーむ。この状態でも普通に可愛いのが、女としてちょっとムカつく」


「くらげが同じ状態になったら警察に通報するかもね」


「なにおう!? あたしだって恋したら可愛いんだぞー! たぶん!」


 じたばたしたい欲求を懸命に堪える。

 けど、顔の緩みが抑えきれないから、枕で顔を隠した。


「何があったらこんなに人を好きになれるのかねえ? 人類の七不思議だよ」


「その辺りも聞いてみたいですね」


「おっ。ろねりあもノッてきたじゃん」


「せっかくの機会ですから」


「おーい、二人とも。ショーコが何か言いたそうな顔してるよ」


「えっ……! ちょ、ちょっと、ポニータちゃん……!」


「えー!? なになに!?」


「なんですか、ショーコさん?」


「わ、わたしは……別に……何も……」


「そんなことないじゃん。チェリーちゃんのこと、羨ましそうに見てさ」


「ほう?」


「へえ?」


「うう~……! うううう~!!」


「おお、ショーコが強く唸った。これは図星のときだ! はは~ん。なるほどね~!」


「ち……違うよぉ……!」


「まだ何も言ってませんよ、ショーコさん」


「要するに、あれっしょ? チェリーちゃんの前じゃちょっと言いにくいけどさあ……。ショーコって、ケージ君のこと、ちょっといいなーって思ってない?」


「……………………」


「あっ。枕で顔隠した」


「大丈夫ですよ、ショーコさん。チェリーさんはその程度で怒るような人じゃありません」


 この辺りで私は起きあがった。


「そうです。それ。そのことなんですけど」


「おー、チェリーちゃん! 妄想ベッドシーンは終わったの?」


「べっ……!? な、なんですかそれ!」


「ありゃ? てっきり一人で盛り上がって脳内でエロいことしてたのかと」


「そんなこと! し、……しませんよ」


「ほんとに~? 一度もしたことない~?」


「な、ないです! ないですったら!」


 ごほんごほんと咳払いをして、私は話を戻す。


「それより、ショーコさんのことです」


「おっと。修羅場かな?」


「違います! ……その、気を付けたほうがいいと思うんです」


「と言うと?」


「ショーコさんは……先輩に引っかかりやすいタイプだと思うんですよ」


「ほほう。詳しく聞こうッ!」


 ビシッと指差してくるくらげさん。


「……まずですね。先輩は、自分の同類だと思った相手には、あんまり人見知りしません。異性同性かかわらず」


「ああ。そうですね。ショーコさんには普通に接していた気がします。わたしたち相手のときは少しぎこちないですが」


「それで、人見知りする人のつらさを、先輩自身わかっているので、すごく適切に、すごく優しくします。もっと喋れとか、積極的になれとか……強者の論理とでも言いますか……そういうのを、絶対に振りかざさないんです」


「あー。確かに、あたしとか、ついぐいぐい行っちゃうもんなー!」


「自分と似た雰囲気を持っている人が、気安く接してくれて、こっちの気持ちをおもんぱかってくれて――元より異性との接触が少ない人見知りな子がそんな風にされたら、どうなると思います?」


「「「……あー……」」」


 ろねりあさんとくらげさんとポニータさんは、納得の声を漏らしてショーコさんを見た。


「そりゃあ好きになっちゃいますよねって話ですよ。先輩は一見頼りなさげで、警戒も緩んじゃいますし」


「チェリーちゃんもそうやってオトされたの?」


「ちっ、違います! 私のときは、先輩、めちゃくちゃ警戒してましたもん!」


 始まったばかりのネトゲの中で、自分のリアルを知っている見知らぬ女に話しかけられたら、そりゃあ誰だって警戒するだろうと思うけれど。


「……近いのは、私より媚び媚び姫のほうですよ、どっちかと言うと」


「え? UO姫?」


「そういえばミミさんも、何かと言えばケージさんに拘りがちですよね」


「あの女がどこまで本気かは知りませんけど……あの女も大概なはぐれものですから。『この人だけは自分のことをわかってくれる』って……そう思ったら、もう、おしまいですよ、おしまい」


 言ってみれば、内側に孤独を抱えた女の子が、先輩に引っかかりがちなのだ。

 誰も認めてくれない。

 誰もわかってくれない。

 そんな風に抱え込んだストレスを、優しく寄り添って癒すのが、先輩は天然でうまい。


 妹がいるからなのかなあ、なんて考察したこともあるけれど、レナさんがああいうタイプだからなあ……。

 実はああ見えてレナさんにも、内側に抱えているものがあるのだろうか。


「ふーん……。要するに、先輩は私のだからうっかり好きになるんじゃねーぞ小娘、ってこと?」


「誰がそんなこと言ったんですか!」


「気を付けるべきだって言ったじゃん、さっき」


「そうじゃないです。……問題はここからで」


 私はショーコさんのほうを見ながら言った。


「……先輩って……基本、ゲームのことしか考えてないので、釣った魚にエサを与えないんです」


「「「……あー」」」


 またしても納得の声をあげる3人。


「そもそも、あの人、自分が女の子に好かれるかもしれないって可能性を、ハナっから無視してますからね! はっきり言葉にしても、騙されてるかからかわれてるかどっちかだと考えちゃうんですから! 先輩に誤解なく気持ちを伝えきったのなんて、あの子(・・・)くらい……」


「あー、あの子(・・・)ねー」


あの子(・・・)はすごかったですもんね」


「好き好き好きーって、まるで隠さなかったからね」


「……あんなの、マネできない……」


「でしょう? だから先輩に引っかかると、苦労しますよってことで……」


「苦労してるんだー!」


「苦労してるんですね」


「ちがっ……あーもう!」


 私はもう苦労し終わったの!

 ……でもなくて!


「それで、結局」


 おだやかな口調でポニータさんが言った。


「チェリーちゃんとケージくんは、どこまでしたことあるの?」


「あっ! あっぶな! 忘れてたそれ!」


「くっ……」


 うまく話題を流せたと思ったのに。


「どこまでしたのー? ねえねえー。ねえねえねえねえねえー!」


 うっ……鬱陶しい……!

 助けを求めてろねりあさんに視線を送るけれど、そこには控えめながらも期待の表情を浮かべた女の子がいるだけだった。

 に……逃げられない……。


「あ、あの……それって、リアルとゲームと、どっちのほうの……?」


「どっちも!」


「う……うう……」


 話すしかないのか。

 別に……実際、やましいことはしてないはずだし……。

 してない、はず。

 うん。


「…………リアルでは、手を繋いだくらい……」


「繋ぎ方は?」


「そこまで話すんですか!?」


「当然じゃーん! 繋ぎ方によって全然違うんだから! だよね、みんな!?」


 こくこくと頷く残り3人。


 繋ぎ方……。

 手の繋ぎ方……。

 バレンタインデーの夜、家まで送ってもらったときのことを思い出す。

 あのときは……。


「…………確か、こう……指と指を噛ませるように――」


「恋人繋ぎだ」

「恋人繋ぎですね」

「恋人繋ぎだねえ」

「……ぅわー……」


「ああもう! そうですよ、恋人繋ぎですよ! 悪いですか!」


 先輩のコートのポケットの中での恋人繋ぎだったことは黙っておこう。


「いいよー。ぜんぜん悪くないよー。そんじゃゲームでは?」


「……知っての通り、MAOの中じゃ大したことできませんよ?」


「えっ、そうなの?」

「そうなんですか?」

「そうなんだ」

「……なんで、そんなの、知って……?」


「あっ」


 しまった。

 語るに落ちた。


「あらやだ奥さん。そんな仕様を知ってるってことは、結構なことやってますわよこの子」


「そうだねくらげ。MAOじゃ一人で裸になることすらそうそうないもんね」


「さっき温泉に入ったとき、身体に規制の光が入っていたのを見て驚いたくらいですもんね」


「た……試した、って、こと……? 『大したこと』が、できるか、どうか……?」


「ちっ、違いますよっ! 私も温泉ですっ! 前に入ったときに知ったんですっ!」


 その誤解はなんとしても解かないと!


「ほほう。噂の混浴ですな」


「思うに、ケージくんとした一番すごいことは、その混浴かな?」


「うう~……」


 い、言うの?

 話しちゃうの?

 あのことを?

 で、でも……話さないと逃がしてくれそうにないし……。

 それに、あれは事故だったわけで……。

 だいじょうぶ。

 のはず。


「…………ふ、二人で温泉に入って」


「「「入って?」」」


「は……裸のまま、押し倒されました……」


「「「「ええーっ!?」」」」


 あれ?

 そんなに驚かれるようなこと?

 だって、あれは、足を滑らせて……。


「……あっ!? 違います、違いますよ!? 故意じゃなくて!」


「いや恋でしょそれは!」

「恋じゃなかったらさすがに押し倒しませんよ、あのケージさんが!」


「そうじゃなくてえーっ!! 事故だったんですよぉーっ!!」


 もはや私とは関係なしに際限なく盛り上がっていく憶測と妄想を、止めることは不可能だった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 その頃の男子部屋。


「さあーって……この刀狩りカードは誰に使おうかな……」


「後生……後生じゃ……俺の一頭地を抜くカードだけは見逃してくれぇ……」


「どうしよっかなー! さっきケージ君にはキングボンビーとだじゃれカードの合わせ技でヒドい目に遭わされたしなー!」


「ははは! これは因果応報ってやつですね、ケージ君」


「今のうちに買い占めじゃあい!!」


「あっ、貴様! そこはオレが狙っていたのに……!!」


 絶賛友情破壊中。


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