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第71話 深夜のカーニバル、開幕だ


 風呂にも(リアルで)入って、あとは寝るだけかと思いきや、まだミッションが残っていた。

 バレンタインのときに約束した勉強会である。


「うえーん! ゲームの中で勉強なんかしたくないようー!」


「約束でしょう! ほら、教科書開いて」


 オレとセツナも女子の部屋に召喚され、双剣くらげの勉強を見てやる運びになった。

 一応、相部屋の男たちにも声をかけたのだが、


「申し訳ありませんが、暇ではありません」


 ストルキンには暗に『お前ら高校生は暇そうだがな』と言われ、


「ごめん……。女子の部屋に入ると、彼女と妹が怒るんだよ……」


 ジャックさんにはリア充そのものの理由で断られ、


「おう! 勉強会かあ! ようし、わしの豊富な人生経験を、」


 ゼタニートはそもそも誘ってない。


 女子部屋にいたのは、オレとセツナの他には、チェリー、ろねりあ、双剣くらげ、ショーコ、ポニータ、そしてしれっと一緒に泊まっているレナ。

 匿名フードを被ったUO姫の姿はない。


「…………(そわそわ)」


「ん? どうしたの、ケージ君? なんだかそわそわして」


「い、いや……その……男女比率が……」


 女子の部屋だから当たり前っちゃあ当たり前だが、部屋に占める女子率が高すぎる。

 心なしかいい匂いがする気がした。


「おかしいかな? こんなもんじゃない? オフ会のときもこのくらい女の子いるけどなあ」


 人気イケメン実況者が何か言っておられる。


「どうしました、先輩? 顔が強ばってますけど」


 チェリーが畳の上を四つん這いで移動してくる。

 浴衣姿なので、胸元が若干際どい。

 とはいえ、


「おお……チェリー。お前は何だか落ち着くな……」


「……なぜか馬鹿にされてる気分なんですが」


「してない。褒めてる褒めてる」


「あっ、ちょ! 頭撫でないでくださいっ! 髪乱れる!」


 わしわし頭を撫でていると、遅まきながら気づいた。


「お前、髪下ろしてるのか」


 いつもはツーサイドアップにしている髪が、ストレートになっている。


「そうですよー? ふふん。ときめきました? 仕方がないですねえ先輩は。ほんとチョロいんですから」


「ふむ……」


「……あ、あのー。あんまり毛先をいじらないでくれると……」


「いやー。ピンク色の髪って、改めて見ると不思議だなあ、と。なんでコスプレっぽくならないんだろうな?」


「ひっああ……っ! ちかいちかいちかい!」


「仕方ないなあチェリーちゃんはー!」

「ケージさんにだけ本当にチョロいんですから」

「お兄ちゃんちょっとそのまま! スクショ撮るから!」


 もともといい時間だったのもあって、初日の勉強会は1時間と経たずに終了した。

 騒ぎ疲れてレナが寝入ったのをきっかけに、俺とセツナは退散することにする。


「んじゃ、レナのこと頼む」


「ふふっ。いいお兄さんですね、ケージさん」


「二人ともばいばーい!」


「あ、あの! ……おやすみ、なさい」


「うん。おやすみ。みんな」


「先輩」


 チェリーが少し笑って、小さく手を振った。


「また、明日」


「……ん」


 俺も軽く手を振り返して、セツナと一緒に女子の部屋を出た。

 自分たちの部屋を目指して廊下を歩く。


「ケージ君……」


「あ? なに?」


「今の、なんかエロかったよ」


「は!?」


 どこがだよ!?




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 先輩とセツナさんが部屋を出ていったあと。

 布団の支度もして、明日に備えて寝ようと思っていたのだけど、気付けば私は皆さんに取り囲まれていた。


「さて、ここからは女子の時間だぜ」


 双剣くらげさんが、ハードボイルドな声(を作ろうとして失敗した声)で言う。


「レナちゃんも寝ちゃったことだし、ここからは誤魔化しなしのぶっちゃけトーク。深夜の下ネタ大解放スペシャルといこうではないかね! んん!?」


「え、えーと……なんで私に詰め寄るんですか?」


「そりゃもちろん、この中で恋バナの持ち合わせがあるのがチェリーちゃんだけだからだね!」


 それは一方的な搾取というやつでは。


「ろねりあもショーコもポニータも気になるっしょ!? いつも冗談っぽく誤魔化されちゃうけどさあ。たまにはシリアスにストレートに、チェリーちゃんからケージ君との話、聞いてみたくない!?」


「そ……それは、まあ」


「…………ぅぅ」


「聞きたい聞きたーい」


 控えめか積極的かという違いはあれど、皆さん一様に『聞きたい』という顔をしていた。

 え、ええー……?

 私と先輩の話なんて、聞いて面白いようなものじゃないと思うけど……。

 ただゲームしてるだけだし。


「あたしらさあ、女子校だからさー。男っ気ってやつが、ほんとーにないんだよねー。ろねりあが配信でリスナーに囲われてるくらい?」


「囲われてませんよ! そういうタイプじゃありません、わたしは!」


「とにかくさあ、先達の意見を聞いてみたいわけ! どうやったら彼氏ができるのかとか?」


「か……彼氏なんて、私も作ったことないですってば」


「えー? ほんとにぃ? ケージ君を除いても?」


「当たり前です!」


「うわっ。なに怒ってんのさー。そんなに浮気してると思われたくないわけ?」


「………………」


 私は口を尖らせた。

 モテるだろうと言われるのはよくあることだ。

 実際、モテるほうだとは思う。

 世間一般的に見て、自分の容姿が整っているほうらしいという認識は、中学生のときに得た。


 でも、これまでの生涯で、先輩ほど仲良くなった男の人はいない。

 そんなこと、頭の端ですら考えたことがない。

 自分に恋愛という概念が備わっていることを自覚したのすら、つい最近のことなのだ。


 だから、そのことを疑われると、私は少し不機嫌になる。

 容姿が整った女の子は、みんな恋愛に旺盛だなんて、短絡的に思わないでほしい。


「……とにかく! 私だって、皆さんと似たようなものですよ。告白を後腐れなく断る方法ならお教えできますけど」


「わーお! その台詞、1回でいいから言ってみたい!」


「本当におモテになるんですね……」


「ろねりあさんも、共学に通えば私の5倍くらい告白されそうですけど」


 彼女は高嶺の花感がものすごくて、当たって砕けろになりやすそうなタイプだ。


「まあまあ」


 ポニータさんが取りなすように言った。


「似たようなものだって言うんだったら、対等に話し合えるんじゃないかな? お互いに、恋バナってやつをさ」


「……そうですね」


 私は思いついて、長い黒髪と浴衣の取り合わせで色っぽさ5割増しになっているろねりあさんを見る。


「そういえば、私も訊いてみたかったんです。ろねりあさんって、結局のところ、セツナさんのことをどう思ってるのか」


「え? ……ええっ!?」


 お嬢様然とした顔が、瞬時に赤く染まった。

 かわいい。


「あっ! それ、あたしも聞きたーいっ! たまーにいい雰囲気になるの、気になってたんだよねー!」


「えっ。えっ? ろねりあちゃん……そうなの……?」


「ち、違いますよ!? 違いますよ、ショーコさん!」


「ふふふ。じゃあ解き明かしていこうじゃないの。チェリーちゃんとケージくんのことも含めてね?」


 うぐ。

 逃げられたと思ったのに。


 私たちは眠ったレナさんを端っこの布団に入れると、残りの布団の上で車座になった。


「あれ? あのスタイルじゃないのー?」


「あのスタイルって?」


「こう……電気を消して、布団を被って、うつ伏せになって枕に顎乗せて、先生が来たら寝たフリをする――ジャパニーズ修学旅行スタイル!」


「ここに見回りの先生は来ません」


「おおう……。オーマイガー……」


「そんなにショックですか……?」


 くすくすと笑い声がさざめく。

 私も、ちょっと憧れはあるかもしれない。

 こういう話題は、リアルの友達と喋るときは避けていたから。

 まあ、そういうときは、レナさんがずっと喋り通しだから、私が喋ることが何もないってだけでもあるんだけど。


「そんじゃ始めますかぁー。あ、ショーコもちゃんと喋らないとダメだからね」


「えっ……? わ、わたしも……?」


「トーゼンじゃーん! なんなら楽しい女子会がドロドロの修羅場と化すのもやぶさかではないよ、あたしは!」


「ええっ……?」


 困ったように眉を上げて、ぎゅっと枕を抱きしめるショーコさん。

 ……うん。

 修羅場、というのは、たぶん、私と、ってことだと思うけど。


 実際、彼女はちょっと危ないと思う。

 何が危ないって――

 典型的な、先輩に引っかかるタイプだから。

 私やあの媚び媚び姫と、似たようなところがあるってこと。


「始めると言いますけど、何から始めるんですか?」


「んー……そだなぁ。まずは王道?」


「と言うと?」


「チェリーちゃんって、ケージ君とどこまでしたことあるの?」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 その頃の男子部屋。


「魔人拳じゃああああああ!! 男は黙って魔人拳じゃああああああ!!」


「当たるかアホぉ!!」


「あっ! ジャックさん何それ! 地面滑ってる!」


「フッフッフ……喰らえ! 昔無駄に習得したリフコンを!!」


「うるさいな君たち! 深夜だぞ!」


 絶賛スマブラ中。


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