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第70話 会議のときは多少真面目になる

前半は冒険パートのおさらいです。

もう何があったか忘れたわって人や、

そもそも読んでないって人はどうぞ。

もちろん読み飛ばしてもOKです。


「えー、いろいろと落ち着いたところで――というか、オチがついたところで」


 恋狐亭1階。

 宴会場に集まったプレイヤーたちの前に出て、セツナがうまいこと言った風に言った。


「今日の攻略ミーティングを開始します。今日進められたことの報告と、明日どう進めていくかの相談だね」


「……なあ。その前に一ついいか?」


「うん。なんだいケージ君」


「あそこの壁際にいる連中は……」


 俺が指さした先。

 宴会場の壁際に、3人の人間が座り込んでいた。


「やっぱり、同類か対極かの2パターンだと思うんですよー」


「ほう……。なかなかわかっているな!」


「表面上対極だけど奥底では同類っていうのと、表面上同類だけど奥底では対極っていうパターン! このどちらかだったら大体尊い!」


「そうだ。人格や口調などしょせん構成要素! 真のキャラクターは関係性に宿る!」


「わかります先生! 弟子にしてください!」


「いいともいいとも! ガハハ!」


「せ、先生!? ウェルダは? ウェルダはっ!?」


 ……白衣を着た白黒髪の女と、小学生と、我が妹がぎゃあぎゃあと騒いでいる。

 全員、旅館備え付けの浴衣姿だ。


「あの3人は見学だよ」


 セツナが言った。


「ミーティングは非公開のつもりだったけど、まああの3人ならいいかなって」


「ああ、そう……」


 下手に触れるとめんどくさくなりそうだからスルーしよう……。


「それじゃあ、まずはざっと、今日進められた分のおさらいをしようか」


 セツナが地図を畳の上に広げた。

 俺たちはその周囲に集まる。


 地図の一番南には、《フェンコール・ホール》と書かれた大きな穴がある。

 そこから壁を北に越え、高原を進むと、緑生い茂る森だ。


「この《限りの森》までは今日の時点で攻略済みだった。

 間違った道に進むと入口に戻される、いわゆる迷いの森だったんだけど、今となっては立て看板が正しい道を教えてくれるようになったから、ただの通り道だ」


 セツナが地図の真ん中――《限りの森》を指さした。


「限りの森北部のスペースに補給用の前線キャンプ。未攻略だったのは、そこから二筋に伸びた道の先にある《湖畔》と《洞窟》だね」


 西に伸びた道の先に《湖畔》。

 北に伸びた道の先に《洞窟》。


「西の湖には濃い霧がかかっていて、舟を出しても中央に進むことができなかった。

 北の洞窟のほうも、まだ出口が見つかってない状態だった……。

 ちょうどここで詰まっていたんだけど、ケージ君とチェリーさんが、洞窟の出口を見つけたんだ。

 ここは二人に説明してもらおうかな」


「じゃあ私が」


 浴衣姿のチェリーが、地図に膝をにじり寄せた。

 ……何度見ても浴衣似合うな、こいつ。

 なんて考えてる場合じゃない。


 チェリーの細い指が、《限りの森》の北にある《洞窟》を指さした。


「洞窟の中にあった、湖と言いますか、池と言いますか……大きな水たまりを見て、先輩が不自然だと言い出したんです。

 そこで、二人でいろいろと辺りを調べて見ると、どうもその水たまりが――というか、結果的に水たまりになった大きく深い窪みが、人工物っぽいことがわかりました」


「よく気付きましたね、そんなの……」


 ろねりあが感嘆した調子で言った。

 ふふん。

 俺は鼻を高くする。

 崇めろ。

 特にピンク髪の後輩。


「はいはい。えらいえらい」


 チェリーは雑に俺を褒めて、話を進めた。


「水たまりに潜ってみると、案の定通路が見つかりました」


 地図の洞窟からは、地下通路を意味する点線が、北へ向かって伸びている。


「それを進んだ結果たどり着いたのが、巨大なドラゴン像が祭られた《地下神殿》です。

 神子と魔神の戦いを描いたものらしき壁画も、その神殿にはありました」


「でも、その先には進めなかったんだね?」


「はい。1階の扉に鍵がかかっていて……。仕方なく私と先輩は、神殿の上層階に上がって、中ボスを倒しました。

 そうして、宝物庫で《白い笛》を手に入れたんです。

 それが湖の濃霧を抜けるためのアイテムでした」


 チェリーの指が、地下神殿から前線キャンプ西の湖に戻る。


「そこからは、皆さんご存じですよね。

 湖の霧の原因だった《呪転霧棲竜ダ・ミストラーク》を倒して、濃霧の中に隠されていた古城にたどり着いたんです」


 湖の中央には、小さな島と、その中に建つ古城が描かれていた。


「うん。ありがとう」


 セツナが言って、湖の古城を指さした。


「この古城を探索の中で、僕たちはブランクさんとウェルダちゃんに出会った……。バグでたまたま入り込んじゃって、そのまま居着いてたんだってさ」


「――ん? わたしを噂する声が聞こえる……」


「だ、大丈夫ですよ先生っ! 誰も馬鹿にしてませんから!」


「ほ、本当に? 『文章へたくそ』とか『国語やり直せ』とか言われてない……?」


 あのときはビビった……。

 薄暗い古城に潜む髪の長い女なんて、幽霊にしか見えねえだろ、普通。


「で、二人の案内で古城を巡って、玉座の間で鍵を手に入れたんだ。地下神殿の奥の扉を開く鍵をね」


「あのとき、幽霊が出てきましたよね……。古城の、玉座に……」


「うん。それはあとで話そう。これからのストーリーに関わることみたいだからね……」


 セツナの指が、再び洞窟の先の地下神殿へ。


「地下神殿の扉を開いて、ぼくたちは長い長い螺旋階段を上った」


 そしてついに、地図の北端――

《呪竜遺跡》と記されたエリアに、指がたどり着く。


「階段を上りきった先にあったのは、《呪竜》――巨大なドラゴンが大量に闊歩する遺跡だった。

 ドラゴンに襲われた僕たちは逃げようとしたんだけど、その混乱の中、ゼタニートさんが――」


「がはははははは!!!」


 巨漢の男、ゼタニートが豪快に笑う。


「どうせなら前に進んで死んでやろうと思うてのう!! 一番奥まで行ってやったわ!!」


「うん。一番奥――あの《磨崖竜(まがいりゅう)》のところまでね」


 磨崖竜。

 岸壁を直接彫って作られた、高さ何十メートルもの巨大ドラゴン像。


「この遺跡エリア――仮に《呪竜遺跡》と名付けてあるけど、このエリアの出口は、その磨崖竜の足元にある。そうだよね、ゼタニートさん」


「応とも! あのドデカい竜像の足の間に、確かに扉があったわ。そこまではたどり着けなんだがのう!!」


「動き……ましたよね、あの像」


 チェリーの呟きに、俺は頷いた。


「動いた。動いて、炎を吐きやがった。避ける暇もない、とんでもない速度と範囲だった……」


「一瞬で消し炭と化してくれたわ! かっかっか!」


 何が楽しいのか、ゼタニートが呵々大笑する。

 確かに、速度や範囲だけじゃない、威力も圧倒的なファイアブレスだった。


「《呪転磨崖竜ダ・モラドガイア》……あの巨像が、次に倒さなきゃならないボスってわけさ。

 レベルは実に150。僕たちプレイヤーの現時点での上限キャラクターレベルを20も超えるバケモノだね」


「あのでっかいのを倒せば、あたしたちのキャラレベ上限も150まで上がるんだよねー。ま、そんなの一部の廃人以外には関係ないけどさー」


「ありがたい話じゃのう! ずいぶん前からずっと130で止まっていてなあ!!」


 マジかよ、こいつ、ゼタニート……。

 オープンベータからずーっとやってる俺とチェリーですらレベル110に届いてないんだぞ?

 さすがはニート。


「この辺り――ナイン山脈エリアのモンスターの経験値も上がるっていうんだから、さほど無関係ってわけでもないさ。

 今も続々と、各地からプレイヤーが集まっているところだよ。ダ・モラドガイアを倒すためにね……」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「さて、おさらいはこんなところでいいだろう」


 セツナは地図から顔を上げた。


「今日の議題は、もちろん、ダ・モラドガイアを倒す方法についてだ。

 あのボスがエリアボスなのかどうかは定かじゃないけど、クロニクル・クエストの貢献度に深く関わってくるのは間違いない。

 クエストの上位報酬が欲しければ、他の大規模攻略クランが体勢を整えきっていない今がチャンスだよ」


 俺たちは最前線組――フロンティア・プレイヤーと呼ばれる一団の中でも、でかいギルドに入っていない寄せ集め集団だ。

 大クランに攻略の主導権を握られてしまうと、貢献度ランキング上位に食い込むのは難しくなる。


「まずは問題を整理しよう」


 セツナは手慣れた調子で議事を進めた。


「あのダ・モラドガイアを倒すに当たって、具体的に何が障害なのか……。それを一つずつ列挙するべきだと思うんだけど、どうかな」


「賛成です」

「わたしも賛成します」

「賛成」

「さんせー!」

「賛成ですね」


「よし」


 セツナはメニューを開いて、テキストエディタを起動した。

 空中にホワイトボードのような白い画面が表示される。

 セツナはその手前に立った。


「書いていくから、どんどん言ってって」


「一番厄介なのは、あの《呪竜》ですかね」


 チェリーが手を挙げて言う。


「今日はゼタニートさんが特攻して一番奥まで行けましたけど、それは一人だったからで……大人数をダ・モラドガイアのところまで送り込むのは、難しいと思います」


「そうだね」


 白い画面にセツナの指が走り、『・遺跡の呪竜』と書き込まれる。


「他には?」


「はいはーい! あのファイアブレス!」


 双剣くらげが手をぶんぶん振った。


「ニートのおじさんが焼かれるとこ見てたけどー、ボスが動き出してから炎吐くまで、めっちゃ速くなかった? 避けらんないよあんなのー」


「それに、攻撃範囲も相当です」


 言い添えたのはろねりあだ。


「ダ・モラドガイアの手前にある、舞台のような場所――地形上、あそこで戦わざるを得ないと思いますが、その全域が炎に覆われていました。避けようにも逃げ場がありません」


 続けてショーコが控えめに、


「威力もすごい……し。魔法で防げるの、かな……。呪竜のブレスには、《マギミラー》、効いたけど……」


「その辺りは要検証ってところだろうね」


 エディタに『・ボスのブレス』と書き込まれる。


「他には何かあるかな?」


「発言構いませんか」


「あ、はい。ストルキンさん」


 眼鏡をかけた細身の男、ストルキンが初めて口を開いた。


「解決すべき問題、と言うのであれば、やはり攻撃手段だ。あの岸壁の肌を剣で切りつけたところで、果たしてダメージが通るのか、オレには甚だ疑問でね」


「うん。確かに……。これは印象だけど、弱点を突かないと何も効きそうにない見た目だよね」


『・攻撃手段』と書かれた。


「こんなところかな? じゃあ次は――」


「あ! そのー……」


 俺が思わず大きめの声を出すと、セツナがエディタから振り返った。


「ん? 何かな? ケージ君」


「いや……もう一つ、いいか?」


「もう一つ?」


 セツナが首を傾げる。

 ストルキンが眼鏡の奥の両目を俺に向けた。


「解決すべき問題が、まだ他に何かあるのか? オレにはもう思いつかんが」


「えーっと……必ずしも問題ってわけじゃ、ないんだが……」


 ちょっとこえーんだよな、ストルキンって。

 本人的にはそういうつもりじゃなくても、責められている気分になってしまう。


「いいよ、ケージ君。とりあえず言ってみてほしい」


「じゃあ―――ダ・モラドガイアの足元にある扉が、開くかどうか。俺は、これも問題だと思う……」


「扉が?」


 だから、そんな鋭い目つきでこっち見るなよストルキン。


「ええっとだな……みんな、あの扉が先に進む出口だって、そう思ってるだろ? ボスを倒せばあの先に進めるんだって……。

 俺も、まあ、そう思ってるんだけどさ……。もしあの扉が、ボスを倒さなくても開くとしたら……」


「…………。ふむ」


 ストルキンが細い顎に手を添えた。


「もしボスを倒さなくとも開くとしたら……あの扉の先には、ダ・モラドガイアを倒すためのヒントがあるかもしれない。そういうことか?」


「そ、そうだ。とにかく、あの扉はボスを倒さなきゃ開かないもんなんだって思いこむのは、危ない。ゲームで詰まるときって、大体、そうやって思い込んだときだろ?」


「一理ある」


 ストルキンが納得深げに頷くと、俺はほっと息をついてしまった。

 なんなんだろうな、この圧迫感。


「あの扉が開くかどうか。それを確かめる方法。確かに、これも今のうちに検討しておくべきだろう」


「じゃあ書くね」


 白いエディタ画面に、『・扉が開くかどうか確かめる方法』と記された。


「これで全部かな。じゃあ、上から順番に解決方法を探っていこう。

 ブレスト方式で行くよ。思いついたことは遠慮せず自由に言ってみてほしい。

 じゃあ一つ目、遺跡にいる呪竜を突破する手段について」


「やっぱ、1匹ずつ片づければいいんじゃないのー? 呪竜はあのでっかいのほどヤバいレベルじゃないじゃーん」



『1匹ずつ倒す』



「《潜伏》スキルがあれば、気付かれずに通り抜けることもできるのではないでしょうか……。

 事実、遺跡に入ったばかりの時点では、どなたも呪竜には見つかっていませんでしたし……」



『こっそり通り抜ける』



「誰かが陽動すれば、他の人は無傷で抜けられるんじゃないですか? 咆哮で仲間を呼ぶのを利用すれば、少ない人数にほとんどの呪竜を引きつけることもできそうだと思います」



『陽動』



「男は黙って特攻じゃあ!! 一番奥まで行けばタゲは外れるんじゃからのう!!」



『特攻』



「このくらいかな? じゃあ、それぞれの案について反対意見――」


「「「「「最後のはナシ」」」」」



『特攻 ×』



「なぜじゃあ!?」


「命がいくつあっても足りませんよ!」


「どれだけデスペナルティを受ければいいんですか!」


「あたしらにはあんたほど時間の余裕も資産の余裕もないぞニートぉーっ!!」


「ぐおおっ……!!」


 女子軍団に真っ向から否定されまくり、さすがの廃人ニートもダメージを受けた。

 普段の豪放磊落が嘘のように大人しくなる。


「それじゃ、他の案はどうかな? 双剣くらげさんの『1匹ずつ倒す』とか」


 セツナが苦笑しながら言うと、ストルキンが手を挙げた。


「彼女にしては堅実な案だが、現実的ではないと思う」


「あたしにしてはってなんだー!! そんでなんで現実的じゃないんじゃー!!」


「あの呪竜は一体一体が中ボス級の強さだ。大勢のプレイヤーを導入できる大クランならいざ知らず、少数の寄せ集めであるオレたちがあれだけの呪竜を倒すのに、一体どれだけの時間がかかるかわかったものじゃない。手こずっている間に大クランの介入を受けるのがオチだろう。

 特に、あの姫気取りの信者たちは、すでに動き出しているようだしな」


 俺はさっと宴会場を見回した。

 匿名フードを被ったUO姫の姿はない。


「尤も、呪竜を安定的かつ迅速に倒す攻略法を開発できたなら話は別だ。が、現時点でそれをアテにするのは、捕らぬ狸の皮算用といったところだろう」


「とら……? たぬ……?」


「………………。セツナさん、次に進んでください」


「あはは……。わかったよ。じゃあ次。ろねりあさんの『こっそり通り抜ける』案」


「これはアリだと思います」


 早速そう言ったのはチェリーだった。


「大人数は難しいにしろ、何人かをダ・モラドガイアのところまで届けることはできるはずです。実際、ショーコさんの《ステルサイド》は、呪竜に対して強い効力を発揮しました」


「《ステルサイド》? 隠密結界魔法が呪竜相手に?」


 ストルキンが意外そうな顔をして、ショーコのほうを見る。

 ショーコは元より小柄な身体をさらに小さくした。

 浴衣に着替えていて、いつもの魔女帽子がないから、顔を隠すことができない。


「完全に私たちをタゲっていた呪竜が、結界に入った途端、どこかに行っちゃったほどです。

 ショーコさんに《ステルサイド》を使ってもらえば、たとえ途中で見つかってしまっても、群がった呪竜をやり過ごすことができます」


「にわかには信じられないな……。ドラゴンのような強力Mobは、大抵、強力な索敵能力を持っているものだが」


「わ……わたし……ビビり、だから……」


「恐縮することはありませんよ、ショーコさん」


「ろねりあちゃん……」


「胸を張ってください」


「む、胸……」


 ショーコはなだらかな胸を両腕で覆うようにする。

 ……隠すことでむしろ意識してしまうんだが。

 アバターはあえて貧乳にしてるって、そういや双剣くらげが言ってたな……。


 不意に、チェリーが俺の足の裏を指でなぞった。


「ひょおおわっ!? 何をする!」


「……恋人のフリ、してるんですからね。忘れないでくださいよ」


 ジトッと見つめてくるチェリー。


「わかってるって……」


「ほ……他の女の子に目移りなんてしたら、レナさんに怪しまれちゃうんですからね?」


「だからわかってる――」


「はいそこー。悪いけど会議中はイチャつかないでねー」


「「イチャついて――!!」」


 ない、と言いかけながら、俺たちは壁際にいるレナを見た。


「「――ます……」」


「なんだか面白いなあ」


 セツナは爽やかに笑った。

 あいつも結構な愉快犯じゃねえか?


「ともあれ、『こっそり通り抜ける』案はアリってことでいいね。実際にやるときは、ショーコさんを軸に計画を立ててみよう」


 それじゃ次、とセツナは進行した。


「チェリーさんの案。『陽動』」


「これは……いい案だとは思うが」


 ストルキンが気難しげに眉間にしわを寄せる。


「うまくすれば、安定して最深部までたどり着けるようになるかもしれない……。そうなれば、ダ・モラドガイアの調査が進めやすくなる。ひいては攻略速度を大きく速められるはずだ。

 だが、誰がやる?」


 眼鏡越しの視線が、宴会場に集まったプレイヤーたちをぐるりと見回した。


「デスペナルティを受けるかもしれない損な役回りだ。クロニクル・クエストの貢献度にも、さほど大きく影響するとは思えん。誰が陽動を担当するんだ?」


 俺たちは黙り込んだ。

 確かに、そこは難しい。

 いったい誰が、あの呪竜たちを引きつけるのか……。


「……能力的なことを言えば、高熟練度の《ウォークライ》は必須だよな」


「それと、陽動した後にきっちり逃げ帰れるAGIもですね……」


「だけど、《ウォークライ》を鍛えている盾役(タンク)は、大概において防御型のステータス・ビルドだ。AGIは決して高くない」


「そうだね……。足には自信ないかなあ」


 ろねりあグループのタンクであるポニータが言った。

 他のタンクたちも渋そうな顔をする。

 例外は一人だ。


「がはは!! わしはかけっこで負けたことはないんじゃがのう!!」


 実際に呪竜を振り切ってダ・モラドガイアまで到達した実績を持つゼタニートだ。

 大柄の体格のそいつも、役割で言えばタンクである。


「……あんたはレベルがカンストしてるからな。AGIも相当だろう。どれだけ時間を費やしたのか知らないが」


「お!? 聞きたいか!?」


「…………いや、遠慮する」


 ストルキンは溜め息をついた。


「ということは、陽動させるならニート殿だな。さっきは特攻しようなんて言っていたんだ、1回や2回のデスペナルティは痛くもかゆくもないだろう?」


「応とも! 任せい!!」


 ……大丈夫か?

 陽動役がミスったら、他の全員も一網打尽なんだが。


「もちろん、ニート殿だけでは不安だ」


 俺たちの空気を気取り、ストルキンは言った。


「お目付け役とバフ役を兼ねて、もう一人つけるべきだと思う。いくらニート殿のステータスが高いと言っても、AGIにバフをかけなければ、呪竜から逃げ回ることは難しいはずだからな」


「おうおう! 心配してくれとるのか、ストルキン! 嬉しいのう!!」


「……そっちは誰がやる? 《ハイ・アジリア》の熟練度と、ある程度のAGIが両方必要になるが」


 それもまた難題だな……。

 支援職のプレイヤーも、AGIにはステータス・ポイントを振らないことが多い。

 素早さで行動順が完全に決定するコマンド式RPGだったら、支援職にこそ速さが必要だろうが、MAOでは別にそんなことはないのだ。


 AGIが必要なのは近接アタッカータイプ。

 敵が見せたわずかな隙に間合いを詰めるため、足の速さが重要になる。

 つまり、俺みたいなタイプだ。


 支援魔法を極めながらアタッカーもやるなんて器用な奴は、そうそういるはずが――


「どうやら、俺がやるべきみたいですね」


 声変わり前の幼い声が言った。

 それは、ショタアバターのジャックさんだった。


「《ハイ・アジリア》ならそこそこ使えますよ。AGIにも結構振ってますね」


 10歳程度の見た目の彼は、長剣とスペルブックの二刀流という、珍しいスタイルのプレイヤーだった。

 そうだ、ジャックさんなら条件に合うじゃないか。

 魔法も使える近接アタッカー――


「えーと……ジャックさん、いいんですか?」


 セツナが遠慮がちに訊くと、ジャックさんは微笑んで頷いた。


「こんな器用貧乏なスタイルの奴が役に立つなら、喜んで使われますよ」


 むう……。

 イケメンだ。

 セツナみたいな外見だけのイケメンとは違う。

 中身もしっかりイケメンだ。


「わかりました。じゃあ陽動案についてはこんなところでいいかな?」


 その後も会議は1時間ほど続いた。

 最終的に、明日は陽動が可能かのチェックと、ボスのところまでスニーキングできるかのテスト、そして俺が言った、一番奥にある扉についての調査が行われる運びとなった。


 結局、ストーリーについて話し合われる機会はなかったんだが……。


「……あ、そういえば」


 会議が終わってから気がついた。

 遺跡の一番奥――ダ・モラドガイアの足元に見た女の子。

 あれについて話しそびれたな。


 あの女の子は、いったい何だったんだろう?

 ……まあ、ゲームを進めればいずれわかることか。



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