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第69話 恋人のフリ


「あっちに行ったぞ!」

「適当言ってませんか?」

「へへー。一度言ってみたかったんだよねー」


「手分けして探しましょー!! そしてお兄ちゃんとチェリーさんから、恥ずかしい話――ゴホン、真実を聞き出すのです!!」


「おー!!(何だかよく知らないけど)」

「お、おー!!(なんとなく流されちゃった……)」

「おー!!(リア充滅せよ)」


 攻略のときより一致団結した声が、遠くから聞こえてきた。

 MAOの名だたるトッププレイヤーを、なぜか俺の妹が統率している。

 なんなんだ、あの妹は……。


「……しばらく、ここに隠れてよう」


「はい……」


 俺とチェリーは、土産物屋を裏口から入ったところに隠れていた。

 ごみごみした倉庫のような場所だ。

 思いっきり不法侵入だが、どうせ店員NPCに任せっきりで店主はいないだろうから問題ない。


 二人並んで地べたに座る。

 ログアウトするという手もあるにはあったが、レナに気付かれたら、逃げ場のないリアルで問いつめられることになるだろう。

 それでも他の連中も見ている前で羞恥プレイを食らうよりはマシと言えたが、最終手段には違いなかった。


「はあああ~……。死ぬかと思いました……」


 一時は涙目にまでなっていたチェリーも、今は落ち着いている。

 ふとその顔を思い出してしまい、ぷぷっと噴いてしまった。


「あっ!? わっ、笑いましたね!?」


「いや、だって、あんな顔、滅多に見ねえから……ぷふっ」


「誰のせいだと思ってるんですかっ!」


「俺のせいか?」


「せ……先輩が……あ、あんなスクショ撮るから……」


 あー。

 それ触れるのやめない?


「あのときはお前も許したじゃん。誰にも見せないならいいって」


「そうですけどっ!」


「UO姫対策にも役立ったし――」


 何気なくその名前を口にした瞬間、脳にさっきの出来事が蘇った。

 UO姫の胸に俺の手が押し当てられて――


「……先輩」


 チェリーが、膝を抱えるようにしながら、ぽつりと呟いた。


「あのとき……もし、VRじゃなかったら……どうしてました?」


 VRじゃなかったら?

 つまり……。

 あれやそれやができる状態だったら……?


「お、お前……いきなり何を……」


「――あっ!?」


 チェリーはハッとした顔になった。


「うっ、嘘です! 冗談です、今のは! 忘れてください!」


「お、おう……」


 なんとなく気まずい空気になってしまった。

 あのとき……。

 朝、目覚めて、チェリーを抱きしめている状態になっていたあのとき。

 もし仮想現実じゃなかったら……。

 もし規制コードがなかったら……。


「……ひっぱたかれてたかもな」


 ただの独り言だ。

 質問に答えたつもりじゃなかった。

 というか、その質問に、正面から答える勇気なんてなかった。


 しかし、と言えばいいのか。

 だから、と言えばいいのか。


 チェリーもまた、ぽつりと、独り言を呟く。


「ひっぱたいたり……しませんよ」


 心臓が跳ねた。


「少し触られるのも嫌な人と、一緒の布団で寝るほど……私、ガード緩くないです」


 独り言だ。

 これは独り言だ。

 お互い、虚空に向かって呟いた。

 それがたまたま、聞こえてしまっただけ。


 だから、肩が触れ合ってしまったのは、ただの偶然だ。

 たまたま、身体の揺れが噛み合っただけで――

 直前の独り言とは、何の因果関係もない。


「先輩」


「ん?」


「……いえ、なんでもないです」


 と言いながら。

 チェリーはそっと、床に置いた手の小指を、俺の小指に触れさせた。


「…………まあ」


 俺も少し手を近づけて、チェリーの細いそれに小指を絡ませる。


「……えっと」


「フリ、だろ」


「あ……」


「フリしてるから。今は」


「……はい」


 薬指。

 中指。

 人差し指。

 親指。


 一本一本、順番に指を絡めていく。


 ただのゲーム仲間は、こんなことをしないだろう。

 ただの先輩後輩は、こんなことをしないだろう。

 ましてや、ただの妹の友達と、ただの友達の兄が、こんなことをするはずもない。


 だけど、今は恋人のフリをしてるから。

 恋人だったら、このくらい、当たり前のことだ。


「先輩」


「ん?」


「演技、してもいいですか?」


 俺の肩にもたれかかりながら、チェリーは囁いた。


「演技?」


「演技です」


「……しょうがないな」


「必要なことですからね」


 チェリーは俺の耳元に口を近づける。


「好き……です」


「……おう」


「リアクションが薄いです」


「ダメ出しすんなよ……」


「じゃ、次は先輩」


 チェリーはこっちに耳を向ける。

 うん。

 演技か。

 そうだな。

 恋人っぽくするには、きっと、ちゃんと口に出すのも大切なことだ――


 俺はチェリーの可愛らしい耳に、口を近づけてそっと言う。


「好きだ」


「どんなところが?」


「……アドリブやめろや」


「ふふふ。まだまだですね」


 何がだよ。

 俺はなぜだか「ふう」と息をついて、暗い天井を見上げた。


「今、何時だ?」


「えーっと……うわ、もう10時前ですよ」


「あれ? おい、10時からミーティングじゃなかったっけ」


「あっ。そうですよね。レナさんのせいですっかり忘れてました」


 俺は外の様子に耳をそばだてる。


「……まだ探してやがるな、あいつら……」


「…………仕方ないですね」


「ん?」


「私も腹を決めました。さっさとケリをつけちゃいましょう」


 チェリーは絡めていた指をすっと放すと、すっくと立ち上がった。

 俺も釣られて立ち上がる。


「ケリをつけるって、どうやってだ?」


「それは、まあ……本番のお楽しみです」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「あーっ!! いたあーっ!!」


 隠れていた土産物屋を出て、恋狐亭方面に歩いていくと、すぐにレナの奴に見つかった。

 夜の温泉街の各所から、わらわらと捜索隊が湧いて出てくる。


「納得のいく説明をせよーっ!!」

「寝顔スクショってなんですかーっ!?」

「ひゅーひゅーっ!!」


 聞いて驚け。

 この極めて暇そうな連中が、MAOの頂点に君臨するトッププレイヤー集団だ!!


「ふふふふ。お兄ちゃんにチェリーさん……もう逃げられないよ。あたしは二人が何をしたのか、根掘り葉掘り聞き出して漫画にしてツイッターに投下するまで、絶対に諦めないからね!!」


 拡散しようとしてんじゃねえ!!

『偶然見かけたカップル』みたいなキャプションの1ページ漫画として3000RTくらいされてるのが容易に目に浮かぶのが恐ろしい……!!


 チェリー……ケリをつけるって言ってたが。

 あの行動力と根性を無駄に合わせ持つカプ厨を、どうやって納得させるんだ?


 そう思った瞬間。

 ぐいっと腕を下に引かれた。


「ちゅっ」


 肩が下がると同時、頬に柔らかい感覚。

 ……ん?

 んんんんん??????


「どっ……どうですかっ!!! これで満足ですかっ!!!! 満足ですよねっ!!? ハイ解散っ!!!!!」


 横を見ると、チェリーが俺の腕を掴んだまま、真っ赤な顔で叫んでいた。

 ……あの。

 あのあのあの。

 今、俺の頬に、何が起こりました?


「ぷっ……あはははははっ!! ナーイス、チェリーちゃん!! よく頑張ったあーっ!!」

「ピィイイイイッ!!!(指笛)」

「グワーッ! リア充・リアリティ・ショックが……!!」


 どっと大騒ぎするアホどもの中で、唯一、レナだけが凍ったように停止していた。

 あいつ……どうしたんだ?

 そう思った直後、


「……ぶふぉっ」


 レナの鼻から赤いキラキラが吹き出した。


「れっ、レナさん!?」


「なんだそれ!? ダメージエフェクト!?」


 初めて見たんだが!?


「ほ、頬って……ちゅ、中学生みたい……それで顔真っ赤……ふ、ふひひひひひ」


 鼻からだくだくと真紅の光を垂れ流しながら、不気味に笑う妹。

 俺の妹がこんなにおぞましいわけがない。


「だ、だいじょぶだから……ちょっと、興奮しすぎ―――」


 言葉の途中で、レナはばたーんと仰向けに倒れた。

 前代未聞の現象に直面し、歴戦のMAOプレイヤーたちは、我が不肖の妹を心配する者と、今の怪現象を考察検証する者とに分かれた。


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