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第68話 ノロケと羞恥プレイは紙一重


 レナを連れて恋狐亭に入ると、談話スペースに屯していた顔見知りがすぐにこっちに気付いた。


「やあやあやあ! 初めまして妹さん! あたしは双剣くらげ! くらげって呼んでね!」


 一番厄介な奴が真っ先に飛んできた!

 俺が間に入る暇もなく、レナはにこやかに握手に応じる。


「初めまして……くらげさん? どこかで会ったことありましたっけ?」


「えー? ないから初めましてって言ったんだけどー?」


「なんか他人って気がしなくて!」


「あっ! わかる! あたしも!」


「今期何見てますか!? 誰推しですか!?」


「あたしはねー!」


 打ち解けるのが早い!!

 神速の踏み込みかよ。

 なんだこいつら。

 こわっ。


「先輩に備わらなかったコミュ力が全部レナさんのほうに行っちゃったんですかねえ」


「それでも賄えねえよ」


「確かに」


 ふふっとチェリーは笑う。

 そこに、ろねりあがこっそりと近付いてきた。


「どういうことになりましたか?」


「あー……えっと……」


「まあ、それはですね……」


 二人揃ってレナにコミュ力をドレインされている。


「一応、まだバレてはいないので……口裏合わせをお願いしたいと……」


「くすくす。わかりました。と言っても、正直に言うだけで大丈夫だと思いますけれどね」


「ろねりあさんまでそういうこと……」


 チェリーはちょっと拗ねたように呟いた。


「あー……それとさ」


 俺はおずおずと口を挟む。


「はい? なんでしょう?」


「レナが、もしかしたら、本格的にMAOやるかもって言ってるから……よかったら、相談に乗ってやってくれ。俺らが教えると、ほら……ボロが出るから」


「ああ……。はい、いいですよ。お安い御用です。女性プレイヤー特有の注意点というのもありますしね」


「頼む」


 ろねりあに頼めば安心だ。

 他のトッププレイヤーどもは若干信用できないが。


「おにーちゃーん! チェリーさーん!」


 双剣くらげのところから、レナがびゅーんと飛んできた。

 ちょうどいい。


「おい、レナ。今ろねりあに――」


「二人が前にこの旅館に泊まったときのこと教えて?」


「「ごふぉっ!?」」


 俺とチェリーは一斉に咳き込む。

 そして向こうにいる双剣くらげを睨みつけた。


「~♪」


 これ見よがしに口笛吹いてやがる!

 あいつ……なんつー口の軽さだ。


「ね、ね! 泊まったんでしょ!? 二人で! 混浴したって聞いたけど!?」


 おぞましいほどキラキラした目で詰め寄られ、俺とチェリーは仰け反る。


「え~~~~~~と…………」


 脳裏に様々な記憶が蘇った。

 …………うん、無理。


「か、勘違いだ、勘違い。混浴なんかしてない」


「そ、そうですよ~! つ、付き合ってるとは言っても、混浴なんてさすがに、ねえ?」


「っていうか……そうだ、っていうか! 混浴とかできないしな! 男湯と女湯に分かれてるから!」


「そうです! 混浴モードなんてないんですよ、この旅館!」


 おい馬鹿、混浴モードとか言うな!


「ふうううう~~~ん?」


 思いっきり疑っている『ふ~ん』を出しながら、レナは何かを感じたかのように視線を横に滑らせた。


「あっ! あれって女将さん!? ネットニュースで見たことある! ほんとに狐耳だ~!」


 あたかも遊園地の着ぐるみに群がる子供のごとく、レナは通りかかった六衣に突撃していく。

 ふう、と俺とチェリーは息をついた。


「な、なんとか誤魔化しましたね……」


「おう。あのときのことは門外不出だ……」


「……あれほど隠すってことは……(ひそひそ)」

「……やっぱり、一線を……?(ひそひそ)」


 ろねりあと双剣くらげが何やらひそひそしているが、奴らには後で言い含めておけばいいだろう。

 やれやれ。

 レナが六衣に興味を惹かれているうちは休めそ―――


「ねえ、女将さん。この旅館の温泉って混浴できるの?」


 レナが六衣に言った。


「「あっ……!?」」


 しまった!

 そのルートがあったか!


「え? 混浴?」


「うん!」


 六衣がこっちに視線を向けた拍子に、俺たちは必死に「「し~!!」」と喋るなアピールをした。

 六衣は小首を傾げる。

 伝わってない!?


「混浴……? 温泉はどの時間も男湯と女湯に分かれてるけど……」


 ん?

 もしかして、あいつ……混浴モードのこと知らないのか?

 そういえばあれは、ブランクが見つけ出した隠し機能だった。

 六衣が知らなくても無理はないかもな。


 俺はほっと胸を撫で下ろす。

 混浴のこと以外なら、別に聞き出されても―――


「じゃあさ、あの二人が前に来たとき、部屋っていくつ取ったの?」


「え? ケージとチェリー? だったら、私が間違えて相部屋―――」


「「すとおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっっぷ!!!!!」」


 トッププレイヤーとしてのアジリティを全力で発揮し、俺とチェリーは六衣に駆け寄ってその口を塞いだ。


「え? え? なになに!?」


「(そこまでだ女狐……!!)」


「(それ以上言ったら、私たちに負けた後に晒した醜態を言いふらしますよ……!!)」


「え? 言っちゃダメなの?」


「ダメだろ!!」


「当たり前じゃないですか!!」


「それじゃあ、朝、二人が同じ布団で抱き合って寝てたのも―――」


「「なんで知ってる!?」」


 それは俺たちしか知らないはずだろ!


「え……え~~~っと……」


 六衣はばつ悪そうに顔を逸らす。


「あの日……一応起こしに行ったほうがいいのかな~って思って行ったら……二人が、その…………あ、明らかにお楽しみの後だったから…………」


「おたのっ……!?」


「お前、なんだその表現……」


「わっ、わかんないわよっ!! あのときの二人を見て思い浮かんだのが、なぜかその表現だったのっ!!」


 AIに例の台詞が刻み込まれてんのか?


「大体だな! 俺たちは何もやましいことはしてない! っていうかできないし! あれは、なんか、寝相っていうか……!」


「ええ~っ!? 衣服の乱れた男女が同じ布団の中で抱き合って寝てたら、誰だってそうだと思うわよね!?」


「そ、そうですけど! その通りですけど、あれは違くて―――」


「―――聞~いちゃった、聞いちゃった♪」


 !?

 気付かない間に、レナがすぐそばにいた。

 し、しまった……!

 さっきの六衣の発言、聞かれて……!?


「衣服の乱れた男女が? 同じ布団の中で? 抱き合って? ほう。ほほう。ほっほ~う」


 マリオが三段ジャンプするときみたいなリズムで言いつつ、レナは俺とチェリーの顔を見比べた。


「詳しく聞きたいですなあ~。一体どっちから誘ったんですかねえ~」


「ちがっ……! あ、あれはほんとに違うんです!」


「そうだ! 寝てる間にチェリーが勝手にこっちに来て……!」


「は、はあ!? 違いますよ! そっちが勝手に私を抱き枕にしたんじゃないですか!」


「そんなことするわけねえだろ! この俺が!」


「はあああ~!? 私の寝顔と胸元をスクショしてた人が何を―――」


「あっ、馬鹿!!」


 チェリーの口を手で塞いだが、時すでに遅し。

 レナの目のキラキラが前より眩しくなっている。


「ふふふひひ」


 名状し難い笑い声を実の妹が漏らした。


「れ、レナ……ご、誤解だ。これは誤解だ」


「そんなに否定することないじゃん。だって、付き合ってるんだもんね? そりゃ添い寝くらいするよね? おかしくないよ、全然」


「そ、そう……ですよね。つ、付き合ってますからね」


「そう。なあ~~~んにもおかしくない。だから、どうぞ」


「どうぞ?」


「引き続き、存分にノロケてくださいな」


「い、いや……でも……」


 レナに対しては付き合ってることになってるんだから、確かに多少仲良さげなエピソードを披露したところでおかしくはない。

 ただ――

 レナの後ろ。

 遠巻きにこっちの様子を伺っている連中。


「(……添い寝……)」

「(……抱き枕……)」

「(……夜這い……)」

「(……朝チュン……)」

「(……寝顔スクショ……)」


 ひそひそ喋っている見覚えのある奴ら。

 いつの間にか、ろねりあと双剣くらげだけではなく、ショーコにポニータ、それにセツナやジャックやゼタニートまでいた。

 配信中を意味する妖精型カメラが飛んでいないことだけが救いだ。


「……うっ……うううっ……」


 チェリーの顔がイチゴみたいに真っ赤になっていた。

 しかも涙目だ。

 いかん。

 これ以上はこいつの精神が耐えられない。


「(……逃げるぞ)」


「ふえ?」


 返事は聞かず、俺はチェリーの手を取って走り出した。


「あーっ! 逃げたーっ!!」


「駆け落ちだーっ!! 追えーっ!!」


 完全に悪ノリ以外の何物でもない声がして、どたどたと足音が追いかけてくる。

 なんで曲者みたいな扱いなんだよ!


 俺はチェリーの手を引きながら、恋狐亭を飛び出した。



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