第67話 はい、あ~ん〈名・自動サ変〉恋愛関係にある男女がその関係性を周囲に誇示する行為。威嚇行動の一種。
「お前か黒幕は!」
俺に続いて団子屋を出てきたそいつの腕を掴むと、俺は店と店の間の路地まで連れ込んで、壁際に追いつめた。
「わっ。壁ドンだぁ~! 初めてされちゃった! ケージ君、またミミの初めて、奪っちゃったね……?」
「うぐっ……!?」
「どしたの、ケージ君? もしかして、ドキッとしてくれた……?」
上目遣いで甘ったるい声を出すそいつは、人呼んでUO姫ことミミ。
アルティメット・オタサー・プリンセスと呼ばれる女。
チェリーの天敵でもある。
そんな奴が、わざわざ一人きりで団子屋にいて、俺たちの様子をこっそり観察していた。
無関係なわけがない!
上目遣いと甘ったるい声と思わせぶりな言動によるシステム外魅了スキルを、俺は頭を振って振り払う。
「……お前だろ。あの画像を隠し撮りしたのは……!」
「え~? 隠し撮りって何のこと~? ミミ、知らな~い♪」
「昼間は姿を見せないと思ったら……!」
危うく存在を忘れかけていた。
まさか裏で俺の妹にアプローチをかけていたとは……!
「ミミはね~、なんとな~く風景のスクショを撮っただけだよ? そこにたまたま人目はばからずイチャついてる非常識な人たちがいただけで~」
「で、ネットに放流したと?」
「放流はしてないよぉ。ケージ君の妹ちゃんへの直通ルートを使ったから」
「直通ルート?」
「あの子、実はすっごく顔広いんだよ? その人脈がミミのとこにも繋がってたから、それを使っただ・け♪」
俺の妹、何者なの……?
「とにかく、どういうつもりだよ……! 俺とチェリーのことをレナに誤解させて何がしたい!?」
「誤解かなぁ?」
「誤解だろ!」
「まあとりあえずいっか。目的は言わずもがなって感じかなぁ」
「……チェリーへの嫌がらせか?」
「んーん。面白そうだから☆」
このクソアマ……!!
「なーんちゃって。あともうひとつあるよ、目的。ちょっとネタバレになっちゃうけどね」
「なに?」
「そのうち、レナちゃん、チェリーちゃんとリアルでも会ってみたいって言い出すと思うんだよね~」
「…………だろうな」
「バカ正直に会わせるわけにはいかないよね?」
「そりゃ、まあ……」
リアルのチェリー――真理峰サクラとレナとは友達同士なのだ。
自分の友達と兄が付き合ってるなんて風に、あのレナが認識したら……。
めんどくさい。
死ぬほどめんどくさい。
「ってことはぁ~」
にまーっと、UO姫は満面の笑みを浮かべた。
「そのときは、別の人をチェリーちゃんってことにして会わせるしかないよね~?」
「……………………まさか」
「ふふふふ。ご想像にお任せします、先輩?」
「やめろ真似すんな!!」
そんなことをしたら……。
……リアルではこいつが俺の彼女ってことになるじゃねえか。
「兄を射んと欲すれば妹を射よ、ってね。外堀から埋めちゃえばいいかなって♪」
「恐ろしいことを考える奴だな……!」
チェリーといい周りの女が孔明みたいな奴ばっかで震え上がるばかりだよ!
「……っつーか、そんなもん、他の奴に頼めばいいだけだろ」
「いるの? ミミとチェリーちゃんの他に、恋人のフリしてくれる人」
「……………………」
「だよね~♪」
「い、いやでも、お前が京都住みなのは知ってるけど、会ったことないぞ俺。そんなんで恋人の振りとか無理だろ」
「あれ? チェリーちゃんから聞いてないの?」
「何が?」
「……まーいいや。じゃ、今のうちに考えといてね~♪」
俺の壁ドンからするりと抜け出ると、UO姫はひらひらと手を振りながら去っていこうとした。
「ちょっ……ちょっと待て! 考えるって何を!?」
「そんなの……決まってるでしょ?」
くるりと振り返り。
嫣然と微笑んだ唇に、UO姫は人差し指を添えた。
「恋人のフリをするんだから……恋人とシてみたいこと、考えておいてねって」
「…………!?」
「チェリーちゃんと違って、わたしがフリをするのはリアルのほう。だ・か・ら―――」
すっと近付いてきたかと思うと、UO姫は俺の手を取り――
自分の大きな胸に押し当てた。
「ッ!?」
「―――これも、ちゃんと柔らかいよ?」
俺の指は、UO姫の服の布地に、半分以上埋まっている。
だが、何の感触もない。
ここでは。
UO姫は俺の手を自分の胸から離すと、大きな瞳で顔を覗き込んできた。
「いっぱいいっぱい考えておいてね? 自分で言うのもなんだけど、リアルのわたしも結構すごいと思うよ―――」
そんな囁きを残し、UO姫は表通りに去る。
路地に残された俺は、今は何にも触れていない右手を見つめた。
MAOは一般向けゲームだ。
見ることもできなければ触ることもできない。
それをするためのデータが、そもそも入っていない。
けど、リアルなら――
「…………うがああああ~~~~~っっ!!!」
べちん! と右手で額を叩く。
とんでもねえ奴に目を付けられたもんだと、改めて思った。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「あっ、お兄ちゃん! 遅いよ~! お団子もう来ちゃったよ」
「おう。悪い」
深呼吸を15回くらい繰り返して落ち着いたのち、俺はチェリーとレナのところに戻った。
チェリーの隣に座りながらこっそりと囁く。
「(一人で大丈夫だったか?)」
「(な、なんとか……)」
割とギリギリだったっぽい。
いつもリアルで友達として喋ってる分、そのときの癖を隠すのが大変だろうな。
……リアル。
リアルか。
もしレナがリアルでもチェリーに会いたいと言い始め、それを断りきれなくなった場合。
確かに、リアルでのチェリー役はUO姫に頼るしかない。
あいつならチェリーのことをよく知ってるし、チェリー以上の猫かぶりだから演技もうまいだろう。
だが―――
『―――これも、ちゃんと柔らかいよ?』
あいつ、本気なのかな……。
もし本気だったとして、俺はそれをかわしきれるのか……。
いや、別に俺は誰とも付き合っていないのだから、もしそういうことをあいつとしたとしても、不道徳ではあるまい。
でも……。
「(……先輩? どうしました?)」
「(ん?)」
「(ちょっと、なんというか……物憂げな顔をしてましたけど)」
「(いや……なんでもない)」
「(それならいいですけど……)」
……こいつの悲しそうな顔が脳裏に浮かぶのは、考えすぎなのか……?
「うんうん」
対面に座るレナが、なぜだか腕を組んでうなずいた。
「カップルとはそうやって秘密の会話を交わすもの……。よきかなよきかな」
「いっ、いえ! 今のは別に内緒話ってわけじゃ……!」
「そんなに照れなくっても――いや、もっと照れて! そのほうがそそる!」
「欲望を少しは隠せ!!」
レナは実に楽しそうに笑いながら自分の団子を頬張った。
「ところで……」
もきゅもきゅと団子を噛んで呑み込むと、レナは俺たちと俺たちの前にある団子を見る。
「『あ~ん』しないの?」
「「は?」」
何を当たり前のように言ってんだ?
「カップルは『あ~ん』するものだよね? 食べさせ合いっこするものだよね? カップルなら当たり前だよね?」
「は、はあ? そんなの一部の……」
「いやいやいや。するよ? みんなしてるよ? あたしが何組のカップルを見てきたと思ってんのさ、お兄ちゃん」
そ、そうなの?
世のカップルはみんな『あ~ん』するの?
そういうものなの?
……そう言われると、そういう気もしてきた。
「……し、しますよ! 当然じゃないですか!」
チェリーが宣言してしまった。
レナはにこにこ笑ってうなずく。
「だ・よ・ね~♪ カップルだもんね~♪」
「当然です! 付き合ってますから、私たち!」
そうして、チェリーはキッと俺に挑むような視線を向ける。
串に刺さったみたらし団子を手に取り、
「……い、いきますよ……」
な、なんか緊張するぞこれ。
「お、おう……! いつでも来い!」
あえて大きな声を出し、緊張を誤魔化した。
チェリーが手に取ったみたらし団子を、ゆっくり俺の口に近づけてくる。
「は……はい。あ~~~ん…………」
「あ~ん…………もご」
大振りな団子が口を塞ぐ。
「もご……もぐ、もぐ…………もご、もごごご!?」
突っ込み過ぎ!
そんなに一度に食えるか!!
チェリーの腕をタップし、喉を串で貫かれる前に何とか事なきを得た。
「す、すいません。ちょっと奥まで入れすぎました」
「団子屋で人魂なんかになったら末代までの恥だぞ……!」
匿名掲示板のテンプレになってしまう。
「よ~し! じゃあ次、逆行ってみよー!」
「「は?」」
レナが元気よく勝手なことを言った。
「『食べさせ合いっこ』なんだから、もちろんお兄ちゃんからもね? するよねー♪ カップルだから!」
「……お、おう。当然だな……」
俺はみたらし団子の串を手に取る。
「え、ええ~……? い、いいですよぉ……」
「俺ばっかやられっぱなしなのは不公平だ」
なぜか恥ずかしがるチェリーだったが、逃げ場はない。
通路側に俺が座っているから、どれだけ離れようとしても壁に阻まれるばかりだ。
「口、開けろ……」
「ふ、ふぁい……」
チェリーは小さな口をできる限り開ける。
ピンク色の舌が、白い歯の奥に見えた。
唾液でてらてらと光っている。
「あ~ん……」
すでに口を開けているのにこれを言う必要あったのか疑問だったが、とりあえず言っておきながら、俺はみたらし団子をチェリーの口に挿入した。
「んんっ……」
俺より口が小さいからか、ちょっと窮屈だったが、チェリーはしっかりとそれを咥え込む。
ずぶ、ずぶ……と、ゆっくり奥へ……。
「んっ……! んんぅっ……」
チェリーの口の端から、少し粘ついた雫が垂れた。
俺はそれを、思わず左手の指で掬い取る。
「んんーっ!?」
チェリーが何やら目の色を変えたので、俺は団子をその口から抜いた。
「もごもごもご……ごくん。ちょ、ちょっと、今!」
「な、なんだ?」
「わ、私のよだれ……指で……」
「あ、ああ……服に落ちそうだったから、つい……」
「そのまま舐めようと!?」
「それはしてない!」
謂れなき中傷はやめてもらおう!
「……もう……。それにしたって、せ――ケージさん。奥まで入れすぎですよ。苦しいじゃないですか」
「お前だってしただろ。仕返しだ」
「女の子には優しくしないとダメって習いませんでした?」
「身近な例がこんなんなもんでな! ―――ん?」
気付くと、対面に座るレナが、鼻と口を手で覆ってぷるぷる震えていた。
「ど、どうした?」
「何か変なことありました……?」
「う、ううん……ちょっと……は、鼻血出そうになっただけ……」
はあ?
出るわけないだろ、VR空間で。
「はー……はー……!」
レナはテーブルに突っ伏すようにして、深呼吸を繰り返した。
不審な奴だな。
女に生まれてなかったら今ごろ獄中だぞ。
「……いやー……」
レナは顔を上げた。
「やっぱり、花より団子なんて嘘だね。どっちもあったほうがいいに決まってるよね」
うんうん、と頷くレナ。
なんだかよくわからんが、納得していただけたらしい。
しかし、やはりこいつは危険だ。
今度は何をさせられるかわかったものじゃない。
早く帰ってくれないかなあという意図を込めて、俺は言った。
「ところでお前、いつ帰るの?」
「あー、ひどいなー。せっかくハードまで買ったんだからさ、もうちょっと観光させてよ」
「観光って……まあ、リアルで旅行するよりは安いか」
「なんならあたしも本格的に始めちゃおっかな? いろいろ教えてよ、お兄ちゃん」
「ええー……。ゲームの中でまで妹の相手したくない……」
「ひっどー!」
けらけら笑いながら、レナはぱくぱく団子を食べていく。
「本格的にMAOを始めるつもりなら、私が教えましょうか?」
えっ?
隣のチェリーがなんか言った。
「ほんと? チェリーさん!」
「うん。月ごとの接続料もあるし、どうせなら――」
「(ちょちょストップストップ! なに言ってんのお前!?)」
「(……あ。つい学校と同じノリで……)」
自分からレナと接する時間を増やしてどうすんだ!
バレやすくなるだろうが!
途中から敬語抜けてたし!
「え……え~と……」
チェリーは愛想笑いをしながら目を泳がせる。
「ま、まあ、私に限らず? ちょうど他にも詳しい人が集まってますし、その人たちに教えてもらうっていうのも……」
「お、おう。そうだな! 超贅沢だぞ! トッププレイヤーばっかだからな!」
「へえ~。そうなんだ。お兄ちゃんとチェリーさんの友達?」
「まあそんなようなものです、はい」
「その人たちはどこにいるの?」
「さっきの旅館に俺たちと一緒に泊まって――」
「その人たちにも会ってみたいなー!」
「はあ。別に大丈夫だと――」
「二人が普段どんな様子なのか聞いてみたい!」
「………………」
「………………」
あれ?
大丈夫かな、これ?