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第65話 追及~妹にバレて~


【トップ>お知らせ>次回アップデートのお知らせ】


 Magick Age Online運営局より、次回アップデートについてお知らせ致します。

 次回アップデートによる主な変更点は、以下の通りとなります。


・キャラクターレベル上限の引き上げ(130→150)

・ナイン山脈エリアのモンスターから得られる経験値の増量


 アップデート日時は、ナイン山脈エリアのボス《呪転磨崖竜ダ・モラドガイア》が討伐され次第となります。

 今後とも「Magick Age Online」のご愛顧をお願い申し上げます。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 無事に遺跡入口の建物に退避できた俺たちは、ブラウザでMAOの公式ページを開いて、そのお知らせを見た。


「……つまり、まずは今のまんまであいつを倒せってことかよ……」


《呪転磨崖竜ダ・モラドガイア》……。

 岩壁に直接彫られた、全長何十メートルものドラゴンの巨像。

 恐ろしく広範囲かつ高威力なブレスでゼタニートを瞬殺したそいつのレベルは、なんと『150』とあった。


 今のプレイヤーレベルの上限が130。

 今の雑魚敵の平均レベルは100代の後半。

 フェンコールのとき以上の馬鹿げたレベルインフレだ。


「挑発されてますね」


 チェリーがアップデート予告を見ながら言う。


「私たちがここに辿り着くのを今か今かと待ってたって感じです。そして即座に『そのボスを倒さない限りアップデートはしません』宣言……倒せるもんなら倒してみろって言ってるんですよ。もし倒せたらご褒美をやるぞって」


「NANOらしいね……。たまにこうやって、僕らを試すようなことをする」


 セツナが淡く笑った。

 俺は嘆息する。


「これを見た連中が大急ぎで集まってくるだろうな。……でも、今日は出直そう。本番は明日からだ」


「そうですね……。仕方ありません」


「うん? もう帰ってしまうのかね? そんな悠長なことでは他のプレイヤーに先を越されてしまいそうなものだが」


 首を傾げたブランクに、俺は遺跡エリアに繋がる扉を指で示した。


「もう日が暮れつつある。夜のモンスターは強くなるだけじゃなくて、索敵範囲も広がるんだ。

 ……越えられるもんなら越えてみてほしいな。あの呪竜だらけの地獄を」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 と、いうわけで。

 拠点である恋狐亭に帰ることになったので、各自いったんログアウトした。


「ふー……」


 俺は息をつきながら、バーチャルギアのアタッチメントを外して眼鏡に戻す。

 ベッドの上で上体を起こし、ぐぐっと伸びをした。


「さて、どうすっかな……」


 レベル150のボス、《呪転磨崖竜ダ・モラドガイア》……。

 あれが吐くブレスを喰らえば、一瞬にして消し炭になる。

 どうにかそれを躱して、足元にある扉に入れればいいんだが……。


 ヤツが動き出してブレスを吐くまで、大体どのくらいだっただろう?

 セツナやろねりあが配信に収めてるだろうから、そのアーカイブで確認しないとだな……。


「……ん?」


 などと考えていると、トットットッと階段を上ってくる音が聞こえた。


「へーい! おかえりー、お兄ちゃーん!」


 何の遠慮もなく俺の部屋のドアをバンッと開けてきやがったのは、妹の礼菜(レナ)だ。

 家族が持ってる携帯端末で俺がフルダイブしてるかどうかわかるようになってるから、それでMAOから帰ってきたのに気付いたんだろう。


「出迎えご苦労、妹よ。お前、俺のこと好きすぎない? ブラコンか?」


「兄と妹の禁断の愛! う~ん、そういうのもいいねー」


 頻りに頷くリアル妹。

 俺はげんなりとした。


「お前……自分すらも妄想の対象なの……?」


「だっ、だめっ……お兄ちゃんっ……あたしたち、兄妹、なんだよ……?」


「やめろっ! ぞわっとするわ!!」


「みゅははは! 実際のとこ、そこらへんは微妙かつ繊細なところなんだよねー。掛け算に自分も使えれば、いろんな新しい境地を開拓できるかもしれないのにねえ」


 俺の妹は、今日も今日とてカップリング道を極めるのに余念がないようだ。


「残念ながら、今回はお兄ちゃんと法を一緒に犯しに来たわけじゃないよ」


「うまいこと言った風に言うな。単なる下ネタだぞ年頃の娘」


「やだなー、お兄ちゃんってば。あたしたち年頃の娘のガールズトークって、8割くらい下ネタだよー?」


「……なに?」


「しかも生々しいやつね! 少女漫画が結構カゲキなのは知ってるでしょ? それとおんなじ」


「ば、ばかな……」


 ファッションの話と他人の陰口しかしてないもんだと……。


「とまあ、お兄ちゃんの幻想を壊すのもそこそこにして……実は本日は、あたしのネットワークに匿名のタレコミがありましてな……」


「ネットワークってなんだ匿名ってなんだタレコミってなんだ」


「これなーんだ♪」


 楽しげな笑顔になって、レナは携帯端末の画面を見せてきた。

 そこには、1枚の写真が映っている。

 写真……?

 いや、これは画像だ。

 それもスクショ画像。

 もしかして……MAOの?


 そのスクショの真ん中には、二人の男女が写されていた。

 赤と白を基調とした装備の女の子が、緑と黒を基調とした装備の男の首に腕を回して、抱きついている。

 なんだこりゃ。

 どこぞのカップルの隠し……撮……り……。


 背景を見てさーっと血の気が引いた。

 この、溶岩が流れる、特徴的な風景は……。

 フェンコール・ホール?

 そこで抱き合う、紅白装備の女と、黒緑装備の男……。




■■■■■回 想 開 始■■■■■


 チェリーは顔を真っ赤にして、俺のレバーに重めのブローをぶち込んだ。

 うん、その、今回は俺が悪い。


 痛みはないものの、衝撃から反射的にくの字になったとき。

 流れるように、チェリーが俺の首に腕を回す。

 そしてそのまま、俺の首筋に顔をうずめてきた。


「くんくん」


「……!? おまっ――」


「くさいです」


■■■■■回 想 終 了■■■■■




「……あっ……!?」


 これ、俺とチェリーじゃん!!!


「ほっほーう。やはり心当たりがありますか~」


 にやにやにやにやにやにや。

 最大級に顔をにやつかせながら、レナはずずいと詰め寄ってくる。


「この男の人、もしかしてお兄ちゃんなんじゃない? ってのが今回のタレコミです。いやー、噂には聞いていたけど、言われてみないとわかんないもんだねー。こんなに顔似てるのに」


「は、ははは……。そ、それはプライバシープロテクトシステムって言って簡単に記憶が紐づかないように、」


「で?」


 誤魔化せなかった。

 にやにやにやにや! という笑顔が間近に迫り、俺は仰け反る。


「だ・れ・か・にゃ~? この女の子は~? あ、もしかしてぇ~。あのバレンタインチョコのぉ~」


「いや、それは違……」


「ほほう! この子以外にももう一人!?」


 墓穴!


「ダメだよ~。ハーレムは許しませんよ~。三角関係は好きだけど!」


「無責任オブ無責任だな!」


「で、だれだれ!? 付き合ってるよね!? 完全に付き合ってるよねこれ! 白昼堂々抱き合ってるんだもん! うあ~、ちょうど顔が見えない!」


 スクショはちょうど俺の顔でチェリーの顔が隠れる角度で撮られている。

 たとえ見えてたとしても、チェリーと真理峰桜がすぐに結びつくということはないはずだが……。


 俺は弁解の言葉を探しに探して、顔を逸らしながら言った。


「と…………友達」


 下手くそ!!!


「またまたご冗談を~。ただの女友達とこんな風に抱き合いますか~?」


「…………うぐ……」


 現実にそうなんだから仕方ない。

 俺とチェリーは付き合っていないわけで……。


 …………いや、待てよ?


 逆転だ。

 発想を逆転させろ。


 俺と真理峰は付き合ってなどいない。

 だとすれば、チェリー=真理峰桜だということを隠すためには―――

 ―――むしろ、チェリーは彼女だということにしたほうが正解?


 これだッ!!

 テンテケンテンテンケテンテン(逆転裁判で逆転した時のBGM)。


「…………じ、実はそうなんだよ~」


 目が泳ごうとするのを頑張って堪えながら俺は言った。


「ゲームの中で、その……い、意気投合してさ~」


「やっぱり!!」


 きらきらきらっ! とレナは顔全体を輝かせる。


「ゲームの中に彼女がいるんだってあたしの予想は間違ってなかったんだねっ! こうしちゃいられない! お母さんに連絡だ!!」


「ちょちょちょストップストップストップ!!」


 なんちゅうスピードで広めようとしやがるコイツ!!

 俺が端末を掴むと、レナは不満そうに口を尖らせた。


「む~。放してよお兄ちゃん! この大ニュースをお母さんに伝えなきゃいけないの!」


「ま、待て。落ち着け。その……まず落ち着け」


「お兄ちゃんが落ち着いたら?」


「うぐぐぐ……!」


 母さんに知られるわけにはいかない……!

 レナと同じで超口軽いからな。

 母さんに知られたら明日には親戚中に知られることになる……!

 何らかの理由で口止めしなければ……!


「……そ、そうだ」


「そうだ?」


「いや、じゃなくてだな。ほら、ゲームの中で付き合ってるなんて言っても、母さんにはわかんないだろ?」


「あ~、ん~、そうかもな~」


「そうそう。ネットで出会うことすらおかしいって時代の人間なんだから。心配させたくないっていうか、ぶっちゃけめんどくさいっていうか」


「確かにね~」


「そうそうそう。だからこの件は秘密で!」


「む~ん」


 しかつめらしい顔をして、レナは腕を組んだ。


「……わかった。このことはあたしの胸に留めとくね。お兄ちゃんにせっかく来た春を邪魔されたくないし」


「恩に着る!」


「で・も~~」


 にやっと笑って、レナは流し目で俺を見る。


「妹として、お兄ちゃんの彼女がどんな人なのか、きちんと確認しないとね~。もしかしたら騙されてるかもしれないし~」


「失礼な妹だな!」


「会わせてくれるよね? ね?」


 再びずいと詰め寄られ、俺は目を逸らす。


「……ど、どうだろうな~。い、一応リアルでも会ったことはあるけど~、す、住んでる場所がちょっとな~。会うとしたらVRでしか……」


「こんなこともあろうかと! じゃ~ん!!」


 と言いながら、レナは服の中から何かを取り出した。

 眼鏡ケースみたいなそれは――


「ば、バーチャルギア!? お前、それ、なんで……!」


「さっき買ってきました!」


「買った!?」


「お小遣い叩きました☆」


 謎の横ピースをする妹。

 発売時に比べれば安くなったとはいえ……学生には安くないぞ!?

 俺の彼女に会うためだけに!?

 アホかこいつ!?


「これも匿名のタレコミなんだけど、お兄ちゃん、今、温泉街みたいなところにいるんでしょ? 晩御飯食べたらアカウント作ってそこ行くから! 彼女に話、通しておいてね~!」


 一方的に言い置くと、レナは風のように去っていった。

 自分の部屋に、俺は一人取り残される。


「……………………」


 ……待て。

 冷静に考えよう。


 チェリーのことを俺の彼女だと思ってるレナが。

 今日。

 MAOで会いに来る……?


「………………やばくね?」


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