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第61話 フラグメントマイスター・リターンズ


「フッ……よくぞ来たな。待っていたぞ、君たちが訪れる日を」


「嘘つけ」


 ブランクは俺たちを部屋に招き入れるなり、手で顔を半分隠して何事かほざき始めた。

 ブランクが潜んでいた部屋は、カーテンもタンスもテーブルもベッドも半ば以上朽ち果てた相変わらずのザ・廃墟。

 しかし、他の場所に比べれば若干だが生活感があった。

 主にベッドとテーブル周りに。


「なんでここにいるんですか、ブランクさん?」


 チェリーが単刀直入に切り込んだ。


「ここはついさっき、私たちが解放したばかりの場所なんですけど。あの霧をどうやって突破したんですか?」


「やはり気になるか? どうしようかなぁ~。話せば長くなってしまうんだがなぁ~」


「そういうんのいいんでさっさと」


「バグで通り抜けた」


 1行じゃねえか。


「バグで?」


「うむ。バレンタインイベントでテンションが上がってしまってな、『よ~し、パパ圏外出ちゃうぞ~』とほいほい出てきてみたのだ。

 するといかにも怪しい湖があったから、ウェルダと一緒にそれいけと突っ込んでみたところ、なぜだか通り抜けられてしまった」


「ええ!? 開発側のミスってことですか?」


「強制送還判定の隙間をちょうどすり抜けてしまったようだ。まあわたしも『あれ~? このへん不自然に霧が途切れてるな~?』と思って確信犯で通り抜けてしまったんだが」


 旅館の混浴モードといい、こいつそういうの見つけ出すのうますぎない?


「無論、すぐに運営に連絡したから、すぐに直ったんだがな。ま、そのおかげで我々はこの城に閉じ込められてしまったんだが。ガハハ!」


 ガハハじゃねえ。


「ログアウトすればよかっただろ。そしたら恋狐亭に戻れたはずだろ? 六衣の奴が心配してたぞ」


「むう。それは悪いことをした。NPCにはメッセージを送れんのでなあ。

 いや、この古城が存外いい雰囲気だったのでな。しばらくここを書斎にするのもいいかと思ったのだ。モンスターもいないし」


「物好きですね……こんな廃墟で……」


「作家の中には、作品やシーンごとにBGMを変えて執筆する者もいる。一種のルーティーンだ。わたしの場合は場所を変えるのだよ。VRならタダでいろんな場所に行けるからな!」


 ほんとかあ?

 なんかそれっぽいことを言っているだけのような気もする。


「あ……あの……」


 後ろから服をちょいちょいと引っ張られた。

 振り返ると、でっかい魔女帽子が目に入る。

 角度的に顔が見えないが、その帽子と小柄さからしてショーコだ。


「その方が……もしかして……さっき、言ってた……」


「ああ、おう」


 基本、慣れてない人間とはまともに喋れない俺だったが、人見知り(どうるい)相手は例外だった。

 あと変人な。

 この白黒髪の変な女みたいな。


「なあ、ブランク先生」


「あん? なんだね、いきなり先生などと。それよりは『お姉ちゃん』と呼んでもらったほうがわたしは喜ぶぞ」


 絶対呼ばねえ。


「『デバッグルームに辿り着いたNPC』ってお前の――」


「ぶあっ!?」


 ブランクは表情を変えて大げさに仰け反った。

 白衣の裾がばさっとなびく。


「な……なぜそのタイトルを……? わたし、君たちにペンネーム名乗ったか……?」


「いや、お前のネタノートに書いてあった。それでさ――」


「あ、あのっ!」


 俺の紹介を待たずして、ショーコが前に飛び出した。

 彼女は聞いたこともないような大きな声で、


「かっ……■■■■さんですよね!?」


 何か名前のようなものを叫ぶ。

 滑舌の問題か俺は上手く聞き取れなかったが……。


「うぎゃあ!?」


 ブランクはなぜか悲鳴をあげると、ずざざっとショーコから距離を取った。

 そして、


「(……集合! エビバディ集合!)」


 こっちにちょいちょいと手招きをする。

『エビバディ』とは俺とチェリーのことらしい。

 俺たちは首を傾げながら近寄った。


「(あ、あの娘は……)」


 ちらちらとショーコを見ながら、ブランクは囁く。


「(もしや……わたしの読者か?)」


「みたいですね。結構なファンに見えましたけど」


「(え……え~?)」


 ブランクは少し顔を赤くして、困ったように照れた。

 初めて会ってから今までで一番可愛らしい反応してるぞ。


「(いや……それは、ちょっと……困るんだが)」


「は? なんで?」


「(な、なんでって……は、恥ずかしいから……)」


「私たちの前では恥晒しまくってたじゃないですか」


「(だからだよ! 作者がこんなんだと知られてみろ! 夢を壊すだろうが!)」


「おお」

「なるほど……」


 一理どころか千理くらいあった。


「(あんまり納得されるのも腹立つんだが!?)」


 どっちだよ。


「(とにかくマズい! 危険だ! 喋れないならともかく、わたしは調子に乗って喋りすぎてしまう! ともすればまだ書いていない小説のネタバレまでしてしまう! だからネット越しに来る感想の返信さえできない始末!)」


 こいつ、人としてどころか作家としても問題だらけじゃん……。


「(あ、間に誰か立てなければ……。すまないが君たち――)」


「――せんせーっ! ただいま探検から戻りましたー! ……あれー? 知らない人がたくさんいますー?」


 部屋の外から幼い声が聞こえてきた。

 入口に立っていたのは、鎧をまとって騎士の姿をした小学生くらいの女の子だ。


「あっ! ウェルダ! いいところに! 読者が! 読者がいるのだ!」


「えーっ!? はい、ただいまー!」


 腰にはいた長剣をカチャカチャ鳴らしながら駆け込んでくると、ウェルダは部屋に居並んだ俺たちをきょろきょろと見回した。


「あー! ケージさんとチェリーさんですー! おひさしぶりですー!」


「久しぶり、ウェルダちゃん」


 相変わらず俺には一度として使ったことのない優しい声音で言うチェリー。


「おふたりが読者さんですかー?」


「そうじゃなくて、あの子」


 チェリーがショーコを指さすと、ウェルダはパッと笑顔になる。


「あなたですかー! えっとですねー、ウェルダは先生の、弟子で、助手で、護衛で……えーっと、せっしょーやく? もツトめておりますー、ウェルダといいます!」


 役職が増えている。

 どんだけ兼ねさせられてるんだこの小学生。


「サインがごしょもーでしたら、色紙などおあずかりしますー! 質問がおありでしたら、ウェルダにください! バッチリきいてきますので!」


「あ、え、はい、えーっと……」


 当惑しつつもぽつぽつ呟き始めたショーコの言葉を、ウェルダはふんふん頷きながら根気強く聞いている。


「小学生のほうがしっかりしている……」


 俺とチェリーは同時にブランクを見た。

 その視線に気付くと、彼女は「ふんっ」とそっぽを向いた。


「後輩の女の子のほうがしっかりしている男に言われたくありませーん!」


「うぐっ……!」


「ぷはははははは!!」


 チェリーが爆笑した。

 返す言葉がない。


 ブランクとショーコの間で、わずか5メートルほどの距離をウェルダが行ったり来たりする。

 こんな近距離で運用される伝令があるとは。


「あ、ありがとうございましたっ……! もうだいじょうぶですっ」


「ふいー。しごとしましたー」


 ショーコが深くお辞儀をすると、ウェルダが額の汗を拭う仕草をした。

 ブランクのおかげ(せい?)でいろいろ鍛えられてそうだな、この子。


 ショーコは顔をあげると、俺たちの顔を見回して、急にあたふたし始める。


「あっ、あっ……! す、すいませんっ……わ、わたしのために、じ、時間を……」


「あはは。大丈夫だよ。別に急いでないからさ」


 セツナが朗らかにフォローするも、ショーコは魔女帽子の鍔を掴んで俯いてしまう。


「そんなに気にすることねえって」


 俺はその小さな背中に言った。


「仮に時間がかかったのがマズかったとしても、それはこの作家がコミュ障なせいだから」


「おいケージ君! 作家だって傷つくんだぞ! わたしはどんな批判も真摯に回避するタイプだからな!」


 受け止めねえのかよ。


「……ふふっ」


 鍔の広い帽子の下から、かすかに笑い声が聞こえた気がした。


「あっ……え、えっと……ありがとう、ございます……」


 帽子の下から、小動物めいた目がちらっと俺を見る。

 うむ。

 気にするなと言ってしないでいられるような性格ではなかろうが、だからこそ周りがきちんと言ってやらんとな。


「……なんだ? やはりケージ君は順調にハーレム主人公への道を驀進しているのか?」


「先輩のくせに生意気」


「ははは! 気を付けろよぅ! ラノベや漫画と違って、リアル人生は『やれやれ……この騒がしい日常は、これからも続くようだ』じゃ終われないからな!!」


「先輩のくせに生意気。先輩のくせに」


 ブランクをぶん殴りたいが、その隣にいるであろう奴が怖くて振り返れない。


「向こうは忙しそうだし、僕らのほうで話を進めようか」


 セツナが微笑んで中腰になり、ウェルダと目線の高さを合わせた。

 その前に助けてください。


「ウェルダちゃんだっけ? さっき『探検』って言ってたよね? このお城の中のことは詳しいの?」


 おお。

 ブランクがいただけで攻略的には完全に無駄足だと思ってたが、そうだ、何日もここで暮らしてたんなら、俺たちよりもブランクとウェルダのほうがずっとこの城に詳しいはずだ。

 ウェルダは嬉しそうにぴょんぴょんカチャカチャ跳ねた。


「詳しいですよー! 隅々まで探検しちゃいましたー!」


「じゃあ、どこかで鍵を見なかったかな? それか、鍵がありそうな場所とか」


 鍵。

 洞窟の先、神殿の1階にあった、先のエリアに繋がっていそうな扉の鍵だろう。

 この城の旗にあるものと同じマークが、その扉には描かれていた。


「鍵ですかー? 見てませんけどー……」


 ウェルダはしばらく視線を上向けると、「あっ」と声を上げて両手を叩く。


「一番上のお部屋にきれーな宝箱がありましたよー! ぎょくざのま? って、先生は言ってました!」


「宝箱? 見つけたのに開けてないの?」


「『ズルして入っちゃったから宝箱は開けちゃダメー』って、先生が」


 へえ。

 俺たちはブランクに視線を集中させた。

 まともなことも言えるんじゃん。


「おっと……ついに気付かれてしまったかな? わたしの美少女ぶりが……」


 普段はこんなんなのに……。


「ま、百聞は一見に如かずだ」


 ブランクがなぜかドヤ顔で言った。


「一通り見て回ったらどうかね? わたしたちが案内しよう」


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