第59話 VS.呪転霧棲竜ダ・ミストラーク
《呪転霧棲竜ダ・ミストラーク》。
長大な体躯を湖の上に持ち上げ、サファイア色の瞳で俺たちを睥睨するそいつは、鼻の下から伸びる2本の長い髭をぶるるっと震わせた。
「―――オオオオォォォォォォォォォォオオオオ―――ッ!!」
湖の底から湧き起こるような唸り声。
身構えた俺たちをよそに、ダ・ミストラークは湖の中へと潜っていく。
そして、サメみたいに背びれだけを水面に出しながら、俺たちのほうに……!!
「せっ、先輩っ!! 回避、回避!!」
「わかってるよっ!!」
俺は必死の形相でオールを漕ぎ、迫ってくるダ・ミストラークの巨影から逃れようとした。
湖面が大きく波打つ。
舟が激しく上下に揺れる。
水中にいるヤツの体積分だけ、水が押し上げられているのだ……!!
ザバアッと水竜が顔を出した。
鋭い牙が生え揃ったアギトが、大量の水を呑み込みながらすぐ後ろを通り過ぎる……!!
「あっっっっっぶねえっっ!!!」
いくらVRとはいえ、あんなのに一呑みにされるとか悪夢だ……!
冷や汗の錯覚が全身を覆っていた。
「うぎゃあーっ!!」
「こっち来んなマジで!!」
「回避回避回避! あ、バカっ、そっちじゃない!!」
他の連中からも次々と悲鳴が上がる。
湖面を波縫いするようにうねりながらダ・ミストラークが襲いかかり、プレイヤーたちの小舟が散り散りに逃げ回っていた。
「今のうちに上陸できないんですか!?」
湖の中央にある小島。
古城が聳え立つそことの間には、今、ダ・ミストラークはいない。
行けそうに思えたが―――
「おい、待て……また霧が出てきてないか?」
気付けば、白い霧が再び視界を塞ごうとしていた。
俺は出所を探し、すぐに見つける。
ダ・ミストラークの長大な身体の側面。
そこが波打っているように見えた。
エラだ。
あのドラゴンの側面にある無数のエラが、霧を吐き出している……!
「あいつを放っておいたらまた霧に追い返されるってことかよ……!!」
「先に倒すしかないみたいですね……!」
チェリーがスペルブックを召喚し、ページを繰った。
《聖杖エンマ》の先端の青い宝石を、暴れ回るダ・ミストラークに向ける。
「《ギガデンダー》ッ!!」
バチバチと火花を放つ雷球が勢いよく射出され、ダ・ミストラークの長大な背中の一部に当たった。
雷球は、バヂンッ!! と弾け散りながら、電撃を周囲に拡散させる。
近くに仲間がいたら危なかったかもしれんが、幸いにも被害はなかった。
ダ・ミストラークのHPゲージは2段。
その下の段が、ほんの1%ほどではあるが、確かに減少する。
「効いてる!」
「近付いてください、先輩!」
「よし来た!」
俺はオールを漕いで、ダ・ミストラークへと近付けていった。
その間も、チェリーは立て続けに魔法を放つ。
他の舟からも、色とりどりの攻撃魔法が花火のように迸り、長大な竜の背中に次々突き刺さっていった。
「―――オオオオォオオオオオォォォォォォ―――」
トーンの低い咆哮が、水面を震わせる。
ダ・ミストラークの背中が湖の中に沈んだ。
どれだけ深く潜ったのか、影さえも消えてしまう。
濃くなりつつあった霧も、発生源が消えたことで再び散った。
追い払ったのか……?
いや、違う。
この程度で終わるはずがない……!
俺の直感は正しかった。
膨大な水飛沫が、古城が建つ小島の手前で巻き起こる。
ダ・ミストラークが、再び長大な蛇身を持ち上げ、俺たちを睥睨した。
あんなにも身体を晒してくれるなら、むしろ泳いでいたときよりも攻撃しやすい。
俺もスペルブックを召喚しようとしたが、その前に予想外の現象が起こった。
水の壁が、ダ・ミストラークを覆うようにして現れたのだ。
まるでバリア。
いや、バリアそのものだ……!!
続いて、竜を守るバリアの周囲に、水の塊がいくつも浮き上がってくる。
それがどう使われるかなど、議論する余地もない。
俺はオールを掴んだ。
「バランス崩すなよ!」
「はいっ!!」
猛然とオールを操り、舟をダ・ミストラークに対して横向きに走らせる。
直後、バリアの周囲に浮いた水塊が弾丸のように飛んできて、湖の表面を吹き飛ばした。
撒き散った膨大な水飛沫を頭から被りながら、俺は新たな水塊が浮き上がるのを睨み上げる。
「できるだけ避ける!! それでも当たりそうなやつは迎撃してくれ!!」
「了解です……っ!」
降り注ぐ水の弾雨を、俺は縫うようにして躱した。
ドチャンッ!!! という水とは思えないような弾着音が四方八方から聞こえてきて、耳がぶっ壊れそうになる。
水弾の速度は決して速くはないが、いかんせん小舟では限界があった。
何度か直撃コースに入ってしまい、そのたびにチェリーが魔法で迎撃する。
同じようにして逃げ惑う他の舟から、何発か反撃の魔法が放たれた。
しかし、それらはいずれも水のバリアに弾かれ、ダ・ミストラークには届かない。
「いつまでもは続けられませんよ! どうするんですか!?」
水弾を迎撃しながらチェリーが叫んだ。
俺はバリアに守られた竜を睨み、
「バリア……水のバリア……そうだ、あれは水なんだ!」
「えっ!?」
「接近するぞ! 気を抜くなよ!!」
「ええっ!?」
俺は舟の舳先をダ・ミストラークのほうへ転進させる。
近付けば近付くほどに、水弾が着弾するまでの時間は短くなり、避けるのも難しくなった。
チェリーの出番が多くなり、撃ち漏らしも出てきて、幾度となく舟が転覆しかける。
それでも、それでも……!!
湖の上を全力で疾走し、俺たちは水のバリアのすぐ近くまで辿り着いた。
俺はスペルブックを召喚しながら叫ぶ。
「《バブマリン》だっ!!」
「あっ!」
さすがというべきか、チェリーはその一言だけで俺の考えを理解してくれた。
スペルブックのページを繰り、同時に詠唱する。
「「《バブマリン》!!」」
まずチェリーが《聖杖エンマ》の先端を水バリアに突っ込んだ。
本来なら弾かれたはずだろうそれは、しかし、何の抵抗もなく突き抜ける。
《バブマリン》の効力だ。
周囲の『水』を押しのけ、身体を泡で包み込む魔法。
このバリアもまた水なんだから、《バブマリン》で押しのけられない道理はない……!!
「《ギガデンダー》……ッ!!」
水バリアの内側に入った聖杖の先端から雷球が射出され、ダ・ミストラークの喉元に炸裂した。
悲鳴じみた咆哮が弾けて、2段目のHPゲージが微減する。
次は俺の番だ!
俺は《縮地》のスイッチを入れてAGIを上げながら、舳先を蹴ってジャンプした。
発動済みの《バブマリン》により、全身が水バリアを通り抜ける。
宙を泳ぎながら、背中から《魔剣フレードリク+9》を音高く抜剣した。
抜剣直後のわずかな時間だけ攻撃力を上げるスキル《居合い》。
それに加えて……!
「第四ショートカット発動ッ!」
風属性突進剣技魔法《風鳴撃》。
強烈な風が俺の背中を押し、ダ・ミストラークのお腹に鋭い刺突を見舞う。
目の前で、血飛沫にも似た赤いダメージエフェクトが散った。
手応えあり……!
もう一丁!
「第三ショートカット発動ッ!!」
続けざまの《焔昇斬》。
湖に落下するばかりだったはずの身体が、重力に逆らって浮き上がる。
紅蓮の炎をまとった刃が、下から上にまっすぐ立ち昇った。
炎に混じって、赤い効果光の花が咲く。
視界の端で、ダ・ミストラークのHPゲージが何%も減ったのが見えた。
「―――オオオオォオオオオオォォォォォォ―――!!!」
ドラゴンの悲鳴を聞きながら、俺はそのお腹を蹴って飛び離れる。
どうにかうまいこと舟に着地すると同時に、俺は『あれ?』と思った。
舟に戻ってきたのに、バリアを通り抜けてない。
「バリアが……」
「消えてる!?」
ダ・ミストラークは、すでに水のバリアに覆われてはいなかった。
本体への一定ダメージで消滅するのか!?
これは……!
「チャンスだあああああああああああああああっっっ!!!!!」
俺たちが呼びかけるまでもなかった。
歴戦の最前線プレイヤーたちは、バリアが消えたのに気付くやすぐさま攻勢に転じる。
火球が。
風刃が。
氷柱が。
雷撃が。
次々と湧き起こっては、正確にダ・ミストラークの全身に突き刺さった。
2段目のHPゲージがどんどん減っていく。
ついにはそれが4分の1ほどにまでなると、ようやく水竜が動いた。
「―――オオオオォオオオオオォオオオオォォ―――!!!」
これまでで一番力強く咆哮しながら、側面のエラから大量の霧を噴き出したのだ。
白い闇が長大な巨体をあっという間に包み込み、おぼろげな影にする。
そして――それが。
濃い霧と、その中に映る影、それ自体が。
――上へ。
「なっ……!」
「まさか……!?」
昇り竜、という伝説がある。
滝を泳いで登った鯉が竜となり、そのまま空へと飛び去っていく、という伝説。
目の前の光景は、まさにそれだった。
霧に包まれて影になった竜が、水面を完全に脱し、空へと昇っていく……!
「と、飛んだあっ!?」
「いや、違います……! 泳いでいるんです! 自分で生み出した霧の中を!」
ダ・ミストラークはそのまま飛び去っていくことなく、俺たちにはとても手を出せない高空を、霧に包まれたまま遊弋した。
そして――
白い霧の周囲に、無数の水の塊が出現する。
「うげっ……!?」
俺が慌ててオールを握るのと、攻撃が始まったのはほぼ同時だった。
まさに砲弾の雨。
いや、雨の砲弾。
文字通りの弾雨だ。
水でできた爆弾が、次から次へと俺たちに降り注ぐ!
俺は必死にその弾道を読み、安全地帯を瞬時に見つけ出して逃げ込み続けた。
どうしても無理なときはチェリーが迎撃してくれるが――
でも、くそっ!
数、勢い、それに速度!
どれもこれも、さっきの比じゃない!!
人数に余裕のある舟から反撃が何発も飛ぶが、遠く離れている上、霧の中に雲隠れしたダ・ミストラークには当たりそうにもなかった。
ロックオンが効かないんだ。
魔法の照準方式には、ロックオンした対象に自動的に向かっていくというものがある。
だが、ロックオンは相手が明確に見えていないとできないのだ。
あの霧が、俺たちのロックオンを阻害している……!
完全に手動で狙いを付けなきゃいけないのに、距離もあるし輪郭も曖昧――当たるはずがない!
「どうにか……どうにか、あの霧を剥がすか、地上まで引きずり下ろすかしないと……!」
「くっ……! 悪い! 俺は考えてる余裕ない!」
操船を担当する俺が少しでも気を逸らせば、舟が水の砲弾にぶっ飛ばされる。
チェリーに頑張ってもらうしかない……!
「霧……霧を……―――あっ! 馬鹿か私は!!」
いきなり自分を罵ると、チェリーは笛を取り出した。
《白い笛》。
最初、濃霧の中に現れたあの竜を湖に沈め、霧を晴らしたアイテム!
チェリーは再び、その笛に唇を付けた。
白い指が踊り、優美な調べが辺りに響き渡る。
それは降り注ぐ水弾の爆発音にも掻き消されず、遥か空に遊弋するダ・ミストラークにも届いたはずだった。
俺は水弾を避ける。
避け続ける。
チェリーが笛を吹いている間は、魔法によって水弾を迎撃することはできない。
だから、当たってやるものか、一発たりとも……!!
「―――ォオオオオオォオォォォォォ―――」
10秒ほど続いた旋律の間を、俺が必死に切り抜けたとき、聞き覚えのある唸り声が空高くから降りてきた。
水弾の雨の、密度が薄くなる。
わずかに増した余裕で空を見上げれば、竜の影が浮かんだ白い霧が、湖に向かって一直線に降りてきていた。
この音を嫌がってるのか。
だから、音を聞かなくて済む水の中に逃げ込もうとする……!
だが。
誰も逃がそうとは思わなかった。
霧の中に浮かぶ影に、無数の魔法攻撃が殺到する。
これほど近付いてきてくれたなら、手動照準でも当てるのは容易かった。
濃霧の中で爆発音が重なって轟く。
竜の咆哮が苦しげに響き渡り、白い霧が晴れていく。
黒い影が青い鱗を持つ水竜の姿に変わったとき、唐突に重力が働いた。
薄くなった霧の中から、長大なドラゴンが墜落してきて―――
「やべっ……!!」
俺はオールを漕ぎ、全力で退避した。
背後で凄まじい衝撃が湖面に叩きつけられ、巨大な波が伝播する。
舟がほとんど垂直になった。
これは。
無理。
転覆する――!
俺は咄嗟の判断で、チェリーの手を掴んだ。
直後、荒れ狂う湖に頭から呑み込まれる。
何が何だかわからなかった。
どっちが上なのかも判断できなかった。
ただ、左手に掴んだチェリーの手だけは離さないようにしていた。
洗濯機に放り込まれたような感覚が、体感で30秒ほども続いた頃。
全身を包んでいた冷たい水が、不意に消滅する。
恐る恐る目を開けると、そこは泡だった。
水の中に浮かんだ大きな泡の中に、俺は立っていたのだ。
「大丈夫ですか、先輩?」
すぐ隣、同じ泡の中にチェリーがいる。
手を掴んだままだから当然だ。
その胸の前には、スペルブックが浮かんでいた。
《バブマリン》を使ってくれたらしい。
「お、おう……。さすがに焦ったけどな。それよりダ・ミストラークは?」
「わかりません、泡だらけで……。あ」
水の中を埋め尽くしていた小さな白い泡が、水面へと昇ってようやく消え去る。
明瞭になった水中に――そいつはいた。
《呪転霧棲竜ダ・ミストラーク》。
長大な体躯をのたくらせ、水の中を気持ちよさそうに泳いでいやがる。
しかし、表示されたHPゲージは、いつの間にやらかなり減っていた。
2段目のゲージはとっくに消滅し、1段目も半分を切っている。
さっきの一斉攻撃と湖面に墜落したのが相当効いたらしい。
あと1回。
攻撃のチャンスを作り出せれば……!
「いったん上に戻りますか? 舟を探して―――」
「いや!」
水中に幾条もの泡が飛行機雲のように伸びた。
俺たちと同じく《バブマリン》を使ったプレイヤーたちが、ダ・ミストラークへとまっすぐに突っ込んでいく。
――速い……!
《バブマリン》使用中の移動速度は《熟練度》に比例する。
この状況を想定していたわけでもあるまいに、奴ら、見事に仕上げてきてやがる!
水中でも使える氷系魔法を中心に、彼らはダ・ミストラークを攻め立てた。
場所こそ水中だが、それは戦闘機の編隊が飛竜を撃墜しようとしているかのような光景だった。
大量の泡を軌跡に残して、いくつもの人影が水竜を取り囲む。
キラキラと輝く氷の弾丸が機関銃めいて連発され、竜は音もなくのたうって苦しむ。
1段目のHPゲージが、残り25%を切った。
しかし、ダ・ミストラークの抵抗も激しさを増す。
高速でとぐろを巻いて水中に渦を起こし、泡に守られたプレイヤーたちを吹き飛ばした。
そうして邪魔者を引き剥がした隙に、ダ・ミストラークは一直線に上を目指した。
「まさか、また空を飛ぶ気か!?」
「ちょっ……まずいですよ先輩! 私、笛を吹く場所が……!」
あっ、そうか……!
水中で笛を吹いても空まで音色は届かない。
水面まで上がって吹こうとしても、両手が塞がってしまうから安定して浮かんでおけない。
《バブマリン》を使えばフリーハンドで浮かんでおけるが、泡の外には音が届かない。
つまり。
どこかで引っ繰り返っている舟を見つけ出さないと、舞い上がったダ・ミストラークを笛の音色で引きずり下ろすことはできないのだ……!
あいつを逃がしちゃいけない!
空に逃げられたら、俺たちにはもう打つ手がなくなってしまう……!
でも、水面を目指して泳ぐダ・ミストラークを追いかける手段を、俺たちは持っていなかった。
せめてもう少し《バブマリン》の熟練度があれば……!!
「あー、くそ! やっぱ育てとけばよかったー!!」
毎回こうだ。
いざ必要になったら熟練度を上げてなかったことを後悔するのに、やっぱり普段は使わないもんだから後回しになってしまう。
「追いつければいいんですよね!?」
頭を抱えていると、不意にチェリーが言った。
俺は首を傾げる。
「は? お前、《バブマリン》育ててないだろ?」
「方法は他にもあります!」
言いながらチェリーは、背後の泡の壁に《聖杖エンマ》をぶすっと突き刺した。
杖の先端だけが、泡の外に出る。
「……あ。おまっ―――」
「《エアガロス》!!」
ぶくぶくぶくっ!!
と、大量の泡が立った。
高位風属性単体攻撃魔法《エアガロス》。
その強烈な反動により、俺たちが入った泡が押し出される……!!
「うげあーっ!!」
こんなことをして、まともにバランスを維持できるわけがなかった。
ぐるぐると何度も天地が入れ替わる。
しかし、ぐちゃぐちゃの視界は、それでも長大な蛇身を捉え続けていた。
水面に――空に逃れようとするダ・ミストラークが、いつの間にか、すぐそこに……!!
「すみません、先輩……! MPがもう切れます!」
チェリーが握っていた手をパッと放した。
そして―――
「あとは、よろしく!」
―――俺の背中を、思いっきり叩く。
同時、ぱちんっと泡が弾けて、全身を水の冷感が覆った。
俺は勢いのままにその中を突っ切って、すぐ目の前に、青い鱗でびっしりと覆われた長躯を見る。
俺は全力で左手を伸ばした。
長い背中の真ん中に走る背びれを―――掴むッ!
―――ぐんっ!
猛然と立ち昇る水竜に、身体が引っ張られた。
水が壁みたいに押し寄せて、俺を背びれから引き離そうとする。
そうは、いくか……!!
俺は歯を食い縛り、背中の鞘から《魔剣フレードリク》を抜いた。
逃がさ……ねええッ!!
渾身の力を込めて、その切っ先をダ・ミストラークの背中に突き立てる。
硬そうな青い鱗を、しかし、鍛え上げた魔剣は易々と貫いた。
きっとダメージは大したものじゃない。
だが、これで……!!
俺は剣の柄を全霊を込めて握る。
背びれよりもずっと掴みやすいそれで、竜の身体に取りつき続ける。
時間はさほどかからなかった。
水中を抜ける。
ダ・ミストラークは俺を背中に張りつかせたまま、空へと舞い上がっていく。
側面のエラが霧を吐いて、ドラゴンはその中を泳いだ。
外から見れば、きっと大きな影にしか見えないだろう。
湖面から見れば、きっと手出しのできない高空なんだろう。
でも、その背中に直接へばりついている俺には関係ない。
俺は背びれを掴んで身体を支えながら、突き刺していた剣を引き抜いた。
そして、もう一度刺す。
刺す、刺す、刺す!
刺して刺して刺しまくるッ!!
見てくれで言えば、決してカッコいい攻撃じゃあない。
野蛮とすら言えるだろう。
だが、効くはずだ。
効いてるはずだ……!!
わかってるぞ、ダ・ミストラークッ!!
「―――オオオォオオオオォォォォオオッ―――!!!」
咆哮が轟いた。
ぐんっと、俺の身体を急激な慣性が襲う。
あっと思ったときには、空中に放り出されていた。
遥か下に、巨影が映った濃霧が見える。
急激に上下に動き、俺を上空に吹っ飛ばしたのだ。
濃霧の周囲には、水弾が浮かんでいた。
狙われているのは、間違いなく俺。
あれほどめちゃくちゃにぶっ刺したんだ、ヘイトが集まっていないわけもない……!!
あともう少し。
霧に隠れているせいでダ・ミストラークのHPは視認できないが、あともう少しのはずなんだ!
ここで仕留める。
その方法は―――ある。
今日はまだ、使ってないぞ!!
「第一ショートカット発動―――!!」
―――《魔剣再演》!!
魔剣の刀身が真紅に染まり上がる。
炎のようなオーラを棚引かせるそれを天高く掲げ、俺は続けざまに詠唱する!
「―――《第四魔剣・赫翼》―――!!!」
刀身から迸る真紅色のオーラが、大きく広がって翼になった。
それに支えられて、俺の身体が一瞬、宙に縫い止められる。
瞬間、大量の水弾が射出された。
ミサイルめいて迫るそれらを、しかし、俺はもう避けようとは思わない。
《魔剣フレードリク》の刀身から広がった翼が、一斉に崩れ落ちた。
真紅のオーラは翼から無数の羽根に変わり、水弾を真っ向から迎え撃つ。
フレードリク流空中範囲剣技《赫翼》。
赫い羽根の雨が、水弾を散り散りに引き裂いた。
それらはまるで威力を落とすことなく、その下にわだかまる白い濃霧に降り注ぐ。
《赫翼》は範囲技だ。
眼下にあるものすべてを平等に貫く、無慈悲な絨毯爆撃。
霧に隠れてロックオンを阻んだところで、何の意味もない―――!!
「――――ォオォオオオオオォォォォオオオオオオオオォォォオオオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!!!」
ひときわ大きな咆哮が空間を震わせた。
霧の中の影が苦しげにのたうつ。
その姿を隠す霧も徐々に切れ切れになっていき、青い鱗に覆われたダ・ミストラークが露わになった。
それでも、側面のエラから絶え絶えに霧を吐く。
綿菓子の切れ端のような霧の中を必死に泳いで、竜は天を目指そうとした。
まるでそこに、故郷でもあるかのように。
しかし、結局は届かない。
霧は潰え、巨体は重力に捕まる。
長躯が水面へとしたたかに打ちつけられ、膨大な水飛沫と波とが周囲に激しく広がった。
湖面に浮かんだ長大な蛇身が、紫色の炎に覆われて朽ちてゆく。
最後の最後。
頭部の中から現れた黒く丸いものが、一瞬だけ長く残って、しかし、結局は朽ち果てた。
そんなダ・ミストラークの死に様を、俺は遥か高空から自由落下しつつ見届ける。
……さて。
俺はどうやって着地すればいいのかな?