第49話 待ち合わせに少し遅れただけで邪推される宿命
「せんぱーい! 準備できましたー?」
玄関のほうからチェリーの声がする。
俺はソファーに座り、目の前に開いた倉庫の中身を上から順番に指さし確認していた。
「これは……やっぱり持っていくか。これは……向こうでも補充できるな。これはどうする? いや~これは……」
「あっ。また確認してる」
チェリーが後ろから覗き込んできた。
「何か足りなければ戻ってくればいいじゃないですか。前と違って、今は向こうにもワープポータルがあるんですよ?」
「そうだけど、長く拠点を移すのは久しぶりだから、不安になるんだよ!」
マイホームのキャビネットの中身を、別の宿のキャビネットから直接利用することはできない。
要するに、キャビネットの中身が共有されていない。
使いたいアイテムは手持ちに入れて運ばないといけないのだ。
MAOには、宿がモンスター襲撃イベントで壊されると、キャビネットに預けていたアイテムがランダムロストするというおっそろしい仕様がある。
なので、大事なレアアイテムは防衛力が高い街の宿に預けて、さらにロストの確率を限界まで下げるためにゴミアイテムでいっぱいにしたりする。
いわゆるフルポケットガード法である。
今回向かうのは最前線中の最前線。
防衛力もまだ万全とは言えないだろう。
だから大事なものは残していくんだが、最前線のモンスターと戦うのに必要なものもあるわけで……。
「うーん……やっぱりこれも」
「はい終了! しゅ~~~りょ~~~!!」
「揺ぅらぁすぅなぁあぁあぁあぁあぁ」
後ろから肩を掴まれて、がくがくと激しく前後に揺らされる。
おかげでウインドウを操作できない。
「皆さんとの待ち合わせに遅れちゃいますよ!」
「あーもうわかったよ!」
俺はキャビネットウインドウを消し、ソファーから立ち上がった。
アイテムストレージの容量を増やす効果がある鞄を肩に掛けて、チェリーと一緒に玄関に向かう。
慣れ親しんだソファーとも、しばらくお別れだ。
フロンティアシティにあるこのマイホームには、しばらく戻ってこない。
今日から、セツナ主催のナイン山脈攻略遠征である。
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「あっ、来た来た! おーい! こっちこっち!」
フロンティアシティの中心にある《中央砦》(いちおう正式名称が別にあるらしいが、あんまり浸透していない)。
マイホームのある丘を降りてきた俺たちは、壕に架かった丸太の橋を渡り、城壁の内側に入ったところで、大きく手を振るセツナを見つけた。
花の金曜とあって人通りは多いが、喧噪の中でもセツナの声はよく通る。
近くにはろねりあたちJK4人組や、割と顔を見る最前線組のメンバーが、合わせて20人近くも集まっていた。
「多いな……無所属の連中が基本って言ってなかったっけ?」
「割といたんですね。クラン入ってない人」
いわゆる最前線組と言われるトッププレイヤーの中には、大規模クランに所属している人間が多い。
クラン内で簡単にパーティの頭数を揃えられたり、情報を共有できたりすることがその理由だ。
けど、そうしたアドバンテージの一方で、大規模な攻略クランにはしがらみってものも生まれてくる。
ゲームのために学校やめろとか、仕事やめろとか……まあそれらは噂話だとしても、近いような空気は実際にあるらしい。
そういうのを嫌って、クランの過度な巨大化を避けたり、無所属を貫く奴もいた。
ろねりあたちが前者で、俺たちが後者だ。
セツナは配信のリスナーをメンバーとした巨大クランのマスターだったりするのだが、結構緩い感じでやっているようなので、本人もクランメンバーも自由なもんだった。
「すみません! 私たちが最後ですか?」
駆け寄ってチェリーが言うと、セツナは爽やかに笑って答える。
「うん。無事に全員揃ったよ」
おお……。
嘘をつくことなく、言外に遅れたことを許している。
溢れ出るイケメンパワーにひれ伏しそうだ。
が、セツナのイケメンな配慮をぶち壊しにする奴がいた。
「ヒッヒッヒ! ずいぶん遅いご到着でしたなぁ~。今日はどっちが離してくれなかったのかにゃ~?」
ろねりあの仲間の一人、ツインテール少女の双剣くらげだ。
いくら性能が高くても恥ずかしくて着られないと評判のビキニアーマーを平然と着こなして、両腰に短めの剣を一本ずつぶら下げている。
「……な、なんですか。離してくれなかったって……」
チェリーが『嫌な予感』と顔に大書しながら訊くと、双剣くらげはによによと唇を歪めた。
「そりゃもちろん……『ね、もう少しだけいいでしょ?』『しょうがない奴だな』ぶちゅ~っ! みたいな?」
「しませんよそんな馬鹿みたいなことっ! 先輩がいつまでも未練がましくアイテム確認してただけですっ!」
「え~? ほんとかなぁ~?」
「もーっ!!」
「うきゃきゃきゃ!!」
邪悪な笑い声をあげる双剣くらげを、チェリーが追いかけていく。
はあ~、やれやれ……。
俺はクールに肩を竦めておいた。
「クールに決めてるとこ悪いけど、ケージ君、ちょっと顔赤いよ」
「にゃにをばかにゃことを」
「噛んでる噛んでる」
噛んでない。
もともと滑舌が悪いだけ!
ははは、とセツナは笑った。
「慣れないよね、からかわれるの、二人とも。いつまで経っても反応が新鮮だからみんな面白がるんだよ?」
「……慣れてるつもりなんだが」
「慣れてない慣れてない。まあ、本当に慣れちゃって面白味がなくなったら、『なんだこいつら公然とイチャつきやがってうぜえな』ってことになると思うけど」
イチャついてるつもりもないんだが。
俺が無言の抗議をしたところで、セツナは雑談を切り上げた。
パンパン! と手を叩いて注目を集める。
「全員集まったので、《ナインサウス》へ移動します! 各自ワープポータルへ!」
セツナが先頭を切って中央砦へ入っていき、他の連中がぞろぞろとそれについていく。
俺は最後尾におまけのようにくっついた。
チェリーがいつの間にかろねりあたちのグループに混ざってしまったので、ぼっちである。
まあ別にいいんだけど……。
「……………………」
ん?
てこてこっと、俺の隣に並んだ奴がいた。
なんだ、俺の他にもぼっちがいたのか?
横に視線をやれば、そこには死神みたいなフードで頭まですっぽり隠した、怪しい奴がいた。
なんだこいつ?
頭の上に浮かぶキャラネームは《****》になっている。
被っているフードの効果だ。
うっかり《クロニクル》に出演して有名になってしまったからとか、単に自分の名前が常に他人に見えてるのが不安だからとか、そんな理由で使われる《匿名フード》。
まあ、芸能人がサングラスをするようなものだ。
最前線組の中には《クロニクル》の読者に人気になって、サインまで求められる奴すらいるから、そこまで変ってわけでもない。
だけど、なんとなく気になった。
なんか……見覚えがあるような?
特にこの、俺より30センチくらい低い背丈……。
俺が無遠慮に観察していると、ふとそいつの顔が上がって、フードの奥の目が見えた。
瞬間、俺はそいつの正体を知る。
「おまっ――!?」
俺が叫びかけたとき、そいつは小振りな唇の前に人差し指を立てた。
「(ヒ・ミ・ツ♪)」
「……………………」
UO姫ことミミの甘ったるい囁き声に、俺は口をつぐむしかなかった。