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第4話 †カケラを集めし者†


「「いや、名を名乗れ」」


「……《ブランク》です」


 自称《カケラを集めし者フラグメント・マイスター》ことブランクさんは、しゅんとして素直に名乗った。

 チェリーが首を傾げる。


空白(ブランク)? それがキャラネームですか?」


「わたしに名はない……否、必要ない。ゆえに匿名(アノニマス)ではなく空白(ブランク)なのさ」


「名前が空白って……なんかのアニメで見た覚えあるんだけど――」


 そこまで言ったところで、カッコつけた不敵な笑みにだらだら脂汗が流れ始めた。

 パクリかよ。


「『凡人は真似る。天才は盗む』――byパブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・シプリアノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ」


「いや完全に真似てるだろ」


「ピカソのフルネーム暗記アピールが心底ウザいですね」


 喋れば喋るほど残念度が上がっていく。

 比例して俺たちの遠慮も消えていった。


「ぐっ、ぐああっ!! 男女で仲良くネトゲしてるリア充に面と向かってディスられた……!!」


「やっ、やめたげてくださいっ! 先生は幸せそうなカップルが弱点属性なんです!!」


「「カップルじゃない!!」」


 しまった、ハモった。

 俺たちの痛恨のハモりを無視して、小学生並みの体格の女の子は、胸を押さえて苦しむ白黒の髪の少女ブランクの背中をさすった。


「大丈夫ですか先生っ」


「もうダメだ……棺にはわたしのパソコンのSSDと机の引き出しに入っているノートを一つ残らず入れてくれ……」


「先生っ! それだとクラウドのデータは残っちゃいますっ!」


「ああっしまった!」


 あれっ、この茶番飛ばせないやつ?


「……あのー、病院紹介しましょうか? 無料でカウンセリングしてくれるとこ」


「いや……それには及ばん。君たちから受けたダメージはある場所に行けばたちどころに直る……」


「ある場所?」


「何を隠そう、わたしたちはそこを目指していたのだ……。金を払って護衛まで雇ったというのに、奴らはあっさり全滅してしまった。

 ああ、どうしたら良いのか。わたしたちだけではとても辿り着けないというのに!

 あーっ誰か連れてってくれないかなーっ! 発作で苦しむか弱いわたしをその場所に! 誰か~! 誰か氏~! あっ苦しい! スッあーッ苦しいあースーッ!」


「「……………………」」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「いやあ助かったよ。本当に困っていてね。まったくあの連中、あんな高額な前金を受け取っておいてわたし一人守れんとは不甲斐ない」


 あの見え透いた演技のほうが不甲斐ねえよ。

 と言いたかったが、するとまた「スーッあーッスッ」とやり始めかねないので黙っておいた。


 ナイン山脈入口の峡谷を抜け、所は緑がある台地に変わっていった。

 人類圏外とはいえ、本当の最前線はまだ遠い。

 かなりの熟練度に達している俺とチェリーの《魔物払い》スキルがあれば、雑魚に襲われる心配はほとんどなかった。


「先生を守るのはウェルダのお役目ですのに……もうしわけございませんです……」


 色素の薄い髪の女の子――《ウェルダ》というらしい――がシュンとする。

 彼女は身体を軽鎧で覆い、腰には長剣を提げている。

 小さな騎士……というか騎士見習いといった風情で、なるほど、防御力などあるとは思えない白衣のブランクに比べれば戦えそうだった。


 とはいえ体格の問題がある。

 長剣は体格比から大剣のように見えるし、そもそも鞘から引き抜けるんだろうか。

 まあ、その辺のこともステータス次第でどうにかなってしまうのがVRのいいところではあるんだが……。


「ええと……ウェルダちゃん、歳はいくつ?」


 チェリーが少し腰を落として訊いた。

 リアルのことを訊ねるのはマナー違反だが、訊かずにはいられなかったんだろう。

 何せ、見た目だけじゃなく振る舞いまで完全に小学生なんだから。


「えっとですね、ウェルダは中学二年生です!」


 と言いながら、彼女は丸っこい手をピースにして突き出してくる。

 ……中学二年?


「えっ……私とそんなに変わらないんですけど……」


「中二って……マジで?」


「はい! 人間はみんな『ちゅーに』だって先生が言ってましたっ!」


 俺たちは非難する目で白衣の不審人物を見る。

 彼女は手を額に添え、物憂げに顔を半分隠した。


「ふっ……人はみな、心に中学二年生を飼っているものなのだよ……」


「勝手に飼うな! 元の場所に捨ててきなさい!」


「うわーん! ちゃんと世話するからー!!」


「世話できてねえよ! 野放しだろうが!!」


「子供にいい加減なこと吹き込まないでください!!」


 チェリーがウェルダを抱き寄せて教育上不適切な女から距離を離す。

 保護だ保護。


「うぎゃあ! なんてことだ! カップルがわたしの弟子を奪って自分たちの子供にしようとしている!」


「カップルじゃありません!」


「子供にしようともしてねえ!!」


「そんなに欲しけりゃ自分らで作れー!!」


「不適切っ!」


 チェリーが顔を赤くしながらウェルダの耳を塞いだ。

 無垢なる子供ウェルダは「???」と不思議そうに首を傾げている。


「大体、弟子ってなんですか。先生とか呼ばせてるし。ブランクさん、結局、あなた何者なんですか?」


「むう……。だから言ったじゃないか。《フラグメント・マイスター》だよ。ウェルダは弟子兼助手兼護衛」


 小学生にどんだけ兼ねさせてんだ。

 しかし……フラグメント・マイスター?

 そんなクラスは聞いたこともないが……。


 このゲームにおける《クラス》は、装備スキルや習得魔法の組み合わせに応じて自動決定される。

 例えば俺のクラスは《魔剣継承者》。

《魔剣術》スキルと体技魔法《魔剣再演》の組み合わせで決定するクラスで、筋力(STR)魔法攻撃力(MAT)に補正が掛かる。

 何せ組み合わせパターンが膨大だから、今でもたまに新クラスが発見されたりはするものの……。


 いや、でもそういえば。

《フラグメント》という単語には心当たりがあるな。


「フラグメントって……もしかして、《MAOフラグメント》のことか?」


「いかにも」


 自称《フラグメント・マイスター》ブランクは偉そうに頷いた。


「《MAOフラグメント》って確か、MAOをモデルにした小説の総称ですよね」


「ああ。MAOはゲーム内であったことを小説にしてもいいことになってる。もちろん当事者の許可さえ取れればの話だけど」


 そもそも、MAOでの出来事を小説化する、というプロジェクトは公式が始めたことだ。

 メインストーリーが終わり、バージョンが変わるたびに、実際にゲーム内で起こった出来事が小説に編纂されて出版されている。


 それが《年代記(クロニクル)》――

 正式名称《マギックエイジ・オンライン・クロニクル》。


 クロニクルにはメインストーリーで活躍したプレイヤーも実名キャラネームでしっかり登場する。

 なので、クロニクルに登場することが、MAOプレイヤーの中では一種のステータスになっていた。


 実は俺とチェリーもクロニクルに出たことがある。

 オープンベータのときに二人揃って二つと存在しないユニークウエポンを入手してしまったので、仕方ないっちゃ仕方ない。

 当然、出演を拒否することもできるのだが、特に理由もなかったので許可した。


 で、公式の《クロニクル》に対して、いわば二次創作みたいな立ち位置にあるのが《フラグメント》。

 通称では《欠片小説》とも呼ばれる。

 プレイヤーなら誰でも、MAOを舞台にした物語を自由に創作、あるいはゲームで実際にあったことをモデルにノベライズ/コミカライズし、各種投稿サイトで公開することができるのだ。


 人気が出れば、公式から書籍化の打診が来ることもあると言う。

 実際、すでに書籍化が決定した欠片小説がいくつかあったはずだ。


 そんなもんMAOプレイヤー以外には受けないだろと最初は思ったのだが、MAOをやったことのない読者も『本当に存在する世界での物語』に独特の魅力を感じるらしく、これがなかなか馬鹿にならない人気と宣伝効果を生んでいるらしかった。


「つまりあんたの言う《フラグメント・マイスター》ってのは、《欠片作家》のことか」


「簡単に言えばね。しかし《フラグメント・マイスター》のほうがカッコいい」


「じゃあ今回も、小説のためのネタ探しってことですか?」


 戯言をスルーしてチェリーが訊く。

 白衣の少女作家ブランクは鷹揚に頷いた。


「然り。《カケラ》はどこに落ちているともしれんからな」


「意味深っぽい言い方をしないと死ぬのか?」


《カケラ》じゃなく普通にネタって言え。


「なるほど……。じゃあさっきのノートはネタ帳だったんですね」


「我が知識の倉だ。パクったら殺すぞ?」


 物理的にパクられてただろ。


「だったらもっとレベルあげたほうがいいんじゃねえの? この辺すらまともに歩けないようじゃ、最前線のことなんて何にもわかんないだろ」


「そうできれば楽なのだが、執筆に時間を取られてレベリングができないのだ。かーッ締め切りさえなければな~! 締め切りさえなければゲームし放題なのにな~っ!」


 アマチュアの人気作家気取りクソうぜえ……。


「先生はですねっ、すごい人なんですよっ!」


 チェリーに抱きすくめられたまま、ウェルダはフンフンと鼻息を荒げた。


「なんてったってク――」


「はい黙ろうねウェルダちゃん」


「もががーっ!!」


 ブランクに口を塞がれ暴れるウェルダ。


「ク……なんです?」


「く、唇が乙女っぽくて可愛いと言おうとしたのさ! な? ウェルダ!」


「――ぷはっ! い、いえ……正直、先生からは乙女要素が欠片も感じられないですっ! もっと女子力上げないと彼氏できないと思いますっ!」


「うるせえ殺すぞこのガキ」


「こ、怖いですせんせぇ……」


 幼女がガチ泣き一歩手前だったので、俺は白衣の(大人げない)女を羽交い締めにした。


「は、はなせー!! ……あっ、ちょっと待って!? VRとはいえ男にこんなに密着したの久しぶり! 首筋に吐息が……ぁんっ。らめぇ、わたしチョロインなのぉ……」


「離れろ変態作家!!」


 いきなりチェリーが跳び蹴りをかましてきたので、俺は羽交い締めを解除して避けるしかなかった。


「あっ……ぶねえ! 犯罪者(オレンジ)になる勢いだったぞ今の!」


「それで変態を一人始末できるなら安いものです。時間経てば元に戻りますし」


 チェリーさん、目が据わっておられる。

 俺に放り出されたブランクはむくりと起きあがった。


「やれやれ。チェリーちゃん、暴力ヒロインは嫌われるよ」


「誰がヒロインですか。そもそも今のはあなたへの暴力です」


「へえ。主人公はケージ君だって疑いもしないんだ?」


「えっ? ……あっ」


 むむっ!

 日頃の逆襲のとき来たれり!


「ほほう? 俺のヒロイン志望とな。なかなか見る目があるではないか」


「なっ……! ちょっ、調子に乗らないでください! 今のはちょっと口が滑っただけですっ!」


「惜しいな~。もうちょっとだけ思いやりがあればな~。最近は献身的なヒロインのほうが人気だしな~」


「あっ……ありますよっ、思いやりくらい……」


「へえ。例えば?」


「…………え、えーと……」


 チェリーは目を逸らした。


「………………料理スキルのこと、とか……」


「んん? 料理スキル? いつも打ち上げのついでに上げてるやつ?

 そういやお前、あれって結局何のために――」


「だーまーれーっ! ぐだぐだ言うと妹さんにいろいろチクりますよ!!」


「やめろ! そういうとこだぞ、そういうとこ!!」


 なんでこいつはすぐ俺を脅しに来るんだ!

 日頃からかわれたりイジられてばかりな分、珍しいチャンスを逃さない俺だったが、またうやむやにされてしまった。

 妹を握られてるの致命的すぎない?


「ぐああっ! しまった、自ら地雷踏んだ! 胸がッあースッ……!」


 なぜかブランクが胸を押さえて苦しんでいたが、もうこの白衣女の奇行はスルーする。

 話が進まん。

 会話の流れをいったんリセットして、実際的な問題に着手することにした。


「……それで、護衛するのは別に構いませんけど、どこまでですか? 場所によっては途中までになりますけど」


「ああ……じゃあもしかしたら途中でお別れになるかもしれんな。《ナイン坑道》には行かないから」


「いや、俺たちも坑道には……。って、この辺りで他に行くところとなると――」


「ウェルダたちはですねっ、『おんせんしゅざい』に行くんですよっ!」


 幼女ウェルダが嬉しそうに、あまり喜ばしくない報告をした。

『おんせんしゅざい』。

『温泉取材』。


「この辺りのNPC村で温泉に関するクエストが見つかったって聞いたんだが、知らないかな?」



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