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第48話 コートのポケットの中で手をつなぐアレ


 地下の冒険者会館から地上に出てくると、真冬の寒気が頬を刺した。


「さっぶ」


「もうすっかり暗いですねー」


 見上げれば真っ暗。

 夜9時を過ぎているのだから当たり前だ。

 だけど、冒険者会館がある三条寺町は繁華街。

 人通りはまだまだ多い。

 むしろこれからが本番といったところか。


 まあ、俺たちは下手したら補導されるからとっとと帰るけど。

 コートで制服を隠せる時期でよかったな。


 地下への入口からすぐのところで、セツナやろねりあ、パーティに参加していた連中がたむろしていた。


「よお、ご両人! これから二次会行くけど来るかー?」

「ぶはは! 未成年誘うなよ!」

「気ぃ遣えって。バレンタインの夜はこれからだろー?」

「はぁーっ! ちくしょう! いいなあカップル! いいなあ高校生!!」


 まだ酒は入ってないはずだが、大学生や社会人の連中は妙にテンション高く、木屋町通のほうへと去っていった。

 俺たちとセツナ、ろねりあ組だけが残って、夜のアーケード街を歩いていく。


「このままカラオケとか行っちゃう? 行っちゃう!?」


「ダメです。親御さんが心配しますよ」


「えー。ろねりあケチー。じゃあファミレスは?」


「『じゃあ』も何もありません!」


 ろねりあが母親みたいにピシャリと言うと、明るい笑い声が弾けた。

 ほんと仲いいな、この4人。


「じゃあ、僕はこの辺で」


 アーケード街から逸れた辺りで、セツナが言った。


「遠征のことはまた連絡するから、ちゃんと確認してね」


「よろしくお願いします」


「お疲れさまでしたー」


「うん。じゃあまた!」


 セツナは手を振って、一人で去っていく。

 それを見送りつつ、ろねりあもまた言った。


「わたしたちもこの辺りで……」


「そだね。二人とも、ばいばーい!」


「それじゃあね」


「……お疲れさま……でした」


 ぶんぶん手を振る双剣くらげに続いて、ポニーテールのスポーティな女子《ポニータ》と、ショートボブの小柄で大人しそうな女子《ショーコ》も、軽く頭を下げる。


「今日は楽しかったです。ありがとうございました」


 最後にろねりあが折り目正しくお辞儀をして、騒がしいJK4人組は、背を向けて歩いていった。

 そのまま夜の街に消えてい――


「あ! ケージくーん!」


 ――くと思ったら、双剣くらげがくるりと振り返る。

 彼女は手でメガホンを作り、大声で言う。


「ちゃーんと送り狼しなよー! また今度会ったときに報告――いだっ!?」


 ろねりあに頭をシバかれて、ずるずる引きずられていくツインテ女。


「……ま、街中でなんてことを……」


 真理峰はそう呟くと、チラッとこっちを見て、すぐに逸らした。

 俺も顔を背ける。

 なんとなく。


「……帰りましょうか」


 これに他意はなく礼儀として当然っていうか他意はない何の他意もないけど当たり前のことだしごく一般的な行動として、


「……送ってく」


 少しの間を空けて、その一言を絞り出した。

 真理峰はまた、俺の顔をちらっと見上げて、すぐに逸らす。


「は……はい」


 そうして、俺たちは並んで歩き出した。

 真理峰の家の場所は、大体だが知っている。

 俺の家がある場所とそう離れているわけじゃないが、まったく同じ方向ってわけでもなかった。


 肩と肩の距離は、おおよそ半歩分。

 その間合いを維持しながら、無言で歩いていく。

 住宅街に入っていくにつれ、ひと気は消えていった。


 家々から漏れる光。

 生活音。

 声。


 そんな、壁を隔てた向こう側の情報が、真理峰の呼吸と足音の中に混じる。


 とん、とん、とん……。

 隣に感じる足音のリズムに、自分の足音を合わせた。

 歩くスピードが、いつもよりずっと遅くなる。

 偶然、結果的に。


「……はーっ……」


 隣を見ると、真理峰がコートの袖からちょこんと出た指先に息をかけ、すりすりと擦り合わせていた。


「……お前、手袋してないの?」


「端末イジるときに邪魔なので、つい面倒くさくなっちゃうんですよね……。今日はついに家に忘れてきちゃいました」


「あー」


 俺もまさに、面倒くさいという理由で手袋をしていなかった。

 ポケットに手突っ込んでればいいか、って思って。


「こんな時間になるとも思ってなかったしな」


「ですよねー」


 真理峰は夜空を見上げて、白い息を吐いた。

 それが夜気に溶けるのを見つめながら、指先をすり合わせる。


「……………………」


 俺はコートのポケットに突っ込んだ自分の手を意識した。

 ……あったかいんだよな、結構。


 んー。

 えー。

 そのー。


 ……先に言っておこう。

 他意はない。

 寒くてちょっと可哀想だと思っただけで、解決手段があるならそれをやればいいと思っただけで、それ以外の気持ちはこれっぽっちもない。


 だから。

 そう。

 俺がこう言うのは、何の変哲もないただの親切であって、決してそれ以外の何かではないのだ。


「……ん!」


 強めに言いながら、俺はポケットから出した左手を、真理峰に差し出した。


「……え? ……っと……」


 顔は見れない。

 だけど、差し出した左手に視線を感じた。

 俺は何か言われる前に、説明を添える。


「手袋代わり」


「あっ……な、なるほど」


「緊急措置」


「で、ですよね。緊急措置」


 ああ、笑いそうになる。

 俺たちはなんて面倒くさいんだろう。

 しっかり予防線を張らないと、この程度のこともできないなんて。

 UO姫が見たら、きっと鼻で笑うだろう。


 でも、その予防線が。

 俺たちにとっては大事なことなんだと――

 なんとなく、そう信じていた。


「それじゃあ、その……」


「おう」


「……お邪魔、します」


 そうっと。

 ひんやりとした指先が、俺の手に触れた。

 俺はそれを、できる限り優しく握って、コートのポケットに導いた。


 半歩分だった距離が、4分の1歩分になる。

 肩が一瞬ぶつかって、すぐに離れた。


 誰にも見えないポケットの中で。

 感触だけがすべてのポケットの中で。

 俺たちは互いに、指の置きどころを探る。


「はあ~。あったか~」


「だろ?」


「でも、もう片方の手はどうすればいいんですか?」


「脇にでも挟んどけ」


「なるほど!」


「ひあっ!? ……わ、脇って言っただろ! 俺の首筋で暖を取るな!」


「『ひあっ!?』って! あはは!」


 人差し指を擦り合い。

 親指で手のひらをなぞり。

 結局、指の間を埋め合うようにして、手を絡め合った。


 すべては、ポケットの中でのこと。

 俺たち以外の誰も、それを知ることはない。


「脇借りますね。よいしょ」


「俺の脇かよ」


 真理峰がもう片方の手を俺の脇に挟む。

 左腕に抱きつかれたような格好になり、身体の左半分が暖かくなった。


 苦笑が滲みそうになる。

 永遠に捕まえておくだけ――なんて言っておいて。

 これじゃあ、捕まってんの、俺のほうじゃん。


 一定のリズムで、住宅街を歩いた。

 夜道をまばらに照らす街灯の明かりを、一つ、また一つと通り過ぎていく。


 静かだった。

 でも、無言だったわけじゃない。

 足音と、息と、鼓動のリズムとで、会話しているような気がした。


 まあ、錯覚かもしれねえけど。

 それならそれで、別にいい。

 今が楽しいんだから。

 そうだろ?


 とん、とん、とん……。


 足音が静かに、時を刻む。

 それが永遠だったとしても、俺は何も驚かない。


 頬を刺す寒気に震え、空を埋め尽くす夜を見上げ、左腕を包む温もりを感じ、俺はしみじみと思った。


 ああ――

 俺の魂は、ちゃんとここにあるんだな。


「……あ……」


 やがて、真理峰が小さく呟いた。


「あそこです」


 品のいい一軒家が、そこには建っていた。

『真理峰』という表札が出ている。


「あそこか」


「はい」


 門の前で立ち止まる。

 沈黙がややあった。

 真理峰はまだ、俺の腕から離れない。


 送り狼――

 なんて、双剣くらげが残した言葉が脳裏をよぎる。


 でも、それはよぎっただけだ。

 右から来て、あっという間に左へ消えた。


「それじゃあ」


「おう」


 あっさりと、真理峰は俺の左腕から離れる。

 門を開けて、その向こう側へ。

 ガシャン、と。

 胸くらいの高さの門が、俺たちの間を隔てた。


「あ、そうだ、先輩」


「ん?」


 そのまま玄関へ行くのかと思ったら、真理峰は門に手をかけて言った。


「明日も学校あるんですから、ちゃんと準備しなきゃダメですよ? 帰ったらすぐに教科書を入れ替えてください」


「なんだ。お前は俺の母親か?」


「先輩、その辺だらしなさそうなんですもん」


 くすっと笑って、真理峰は門から離れる。


「それじゃ、レナさんへの言い訳がんばってくださいねー♪」


「あ゛っ! それがあった……」


「おやすみなさい、先輩!」


「おう、おやすみ」


 真理峰はたたたっと玄関扉に行き、鍵を開けると、俺に小さく手を振りながら、家の中に消えた。

 それを見届けてから、俺は真理峰家を離れる。


 左手を突っ込んだポケットには、ずいぶんと余裕があった。

 それを感じながら、MAOよりも暗い夜空を見上げる。


 あー……どんな言い訳すればいいかな……。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 結局うまい言い訳は思いつかなかったので、ごり押しでレナの追及を突破し、俺は自分の部屋に退避した。


「はぁー……ったく。やれやれ」


 鞄を椅子の上に下ろし、コートを脱ぐ。

 なんかどっと疲れたな。

 今日はもう風呂入って寝るか?


「……っと、そうだ」


 真理峰にきちんと明日の準備をしろと言われたのを思い出す。

 すぐ忘れそうだし、思い出したときにやっとくか。


 椅子に置いたばかりの鞄を開いた。

 明日の授業は……。


「ん?」


 なんか、ある。

 教科書やゲーム機に混じって、綺麗にラッピングされた箱が入っていた。


 あれ?

 あの謎の少女からもらったやつって、鞄に入れたんだっけ。

 いや、確か、コートの右ポケットに入れたような……。

 それに、ラッピングの柄も違うような気がする。


「なんだこれ?」


 俺はそれを手に取ってみた。

 やっぱり、見覚えがない。

 パーティのどさくさとかで、誰かが間違えて入れたとか?


 と思ったが、裏を見てみると、『古霧坂里央様へ』と、メッセージカードが挟まっていた。

 ……んん?

 本名?


「とりあえず開けてみるか?」


 俺宛なら、開けて怒られるということはないだろう。

 リボンを解いて、ラッピングを剥がしていく。


 本当に、いつの間に入ってたんだ、これ?

 パーティの間も、鞄はほとんど肌身離さず持ってたよな?

 MAOにログイン中は、ブースに誰か入ってきたらセキュリティが作動するし……。

 確か学校から出るときには、こんなものはなかった。

 ってことは、学校を出てからログインするまでの間か……?


 ラッピングを剥がしながら、そのときのことを回想する。

 真理峰と合流して、冒険者会館へ行って、ろねりあたちと会って、それからブースへ……。

 真理峰とブースに入ったあとは、荷物を下ろしてひとまとめにして、バーチャルギアを――


「あ」


 思い出した。

 バーチャルギアのアタッチメントを準備するときに、真理峰が俺の分まで鞄から出したんだ。

 他人に鞄の中を触らせたのは、あの瞬間しかない。

 ってことは、これは――


 差出人に思い当たると同時に、俺は蓋を開けた。

 箱の中には、チョコが収まっていた。

 見覚えのあるハート型のチョコが。


 ただ――

 ホワイトチョコで記されたメッセージ。

 その内容だけが。

 違った。




『スキです』




 え。

 あ。

 う?


 心臓が急激に跳ねたせいか、くらっと目眩がする。


 ……ほんもの?

 そこにあるものが信じられなくて、俺は震える手でチョコを手に取る。

 顔に近づけて、メッセージの部分を指でなぞる。


 ……本物だ。

『スキです』。

 本当にそう書いてある。


 え?

 え?

 え?


 ちょっと待て、混乱してる。

 これ、あいつだよな?

 だって、あいつしか有り得ないよな?

 あいつ以外、鞄にこれを入れるタイミングがなかったんだから―――


「―――ん?」


 混乱の最中。

 チョコの裏を触った指が、凹凸を感じた。

 俺は何気なく、『スキです』と書かれたチョコを裏返す。




『なんちゃって byサクラ』




 ……なん。

 ……ちゃ。

 ……って?


「……………………はああああああああああああああああああああああああああああああ~~~~~~~~~~~~~~っ!!!」


 俺は盛大に溜め息をつきながら、その場にへなへなとしゃがみ込んだ。


 あの女ぁああ……!

 マジで……!

 マジでぇえええぇ!!


 抗議の電話を入れたい気持ちでいっぱいだったが、俺は真理峰の電話番号を知らないし、実際やったところで喜ばれるだけな気がする。


 あ~……ちくしょう!!

 やられた!

 完っ全にしてやられた!!


 凄まじい敗北感だった。

 いっそ清々しい。


 もしかすると、奪われたチョコを取り返すのにこだわったのは、俺に肩透かしさせて警戒を解くためだったのかもしれない。

 つまり、あれだけ大勢巻き込んだRTA勝負は、このチョコの前振りのためだけのものだったってこと……!!


 手のひらの上だったんだ。

 俺も、UO姫も、みんな……!


「あああああああああああああああああああああああああああ……!!!」


 顔を手で覆って、床の上をごろごろ転がった。

 く・や・し・いいいい……!!!


「ちょっとー? お兄ちゃん? ばたばたうるさいよー!」


 はっ!?

 レナ!?

 やばい!

 このチョコ、真理峰の名前が書いてあるぞ!


 近づいてくる足音を聞きながら、俺は大急ぎでチョコを箱に戻し、ラッピングとリボンもかき集めて全部机の引き出しに突っ込んだ。

 引き出しを閉めた直後、ガチャッと扉が開く。


「何してんのお兄ちゃん?」


 妹のレナが顔を出す。

 俺はチョコを隠した引き出しをお尻で押さえるようにしながら、誤魔化し笑いをした。


「ハハハ……別に?」


「ん~?」


 レナは首を傾げると、ずかずかと部屋に入ってきて、俺のベッドの布団をガバッとめくった。


「う~ん。いないかー」


「……お前こそ何してんの?」


「もしかしたら、あたしの目を盗んで女の子連れ込んだのかなーって。そんで布団の中に隠したのかなーって」


「お前ラブコメの読みすぎ」


 そんなことするかよ。


「う~ん。でも~……あれ?」


 レナはすんすんと鼻を鳴らした。


「……チョコの匂いする」


「はっ?」


「うん。間違いない! チョコの匂いだ!」


 どうなってんだ、こいつの五感!


「そ、それは、さっきネトゲ仲間と食ってきたから……」


「いやいやいや。あたしの鼻は誤魔化せないよ~?」


 レナは俺の部屋をぐるりと見回す。

 だ、大丈夫だ。

 俺がこの引き出しの前から離れなければ……!


「ここかな~?」


 探検家めいた表情で、レナはクローゼットのほうへ行った。

 バカめ。

 そっちにはさっき脱いだコートしか――


 ん?

 コート?


「――あ゛っ!! ちょっ、ストッ――」


「えいっ」


 ずぼっと。

 レナは、少し膨らんでいるコートの右ポケットに手を突っ込んだ。


 硬直する俺。

 レナの顔が、にったあ~、と笑う。


「これ、な~んだ~?」


 レナの手が俺のコートから取りだしたのは、綺麗にラッピングされた四角い箱。

 謎のメガネ少女からもらったチョコだった。


 ああああああ……。

 抜かった……。


「ねえねえねえねえねえ! 誰からもらったの誰からもらったの!? どんな子!? 同級生!? 年上!? 年下!? 雰囲気は!? 明るい系!? 大人しい系!? 可愛い!? 芸能人で言うと誰に似てる!? どうやって知り合ったの!? なんて言って渡されたの!? ねえねえねえねえねえねえねえねえ!!!」


「うるせえええええええ――――――っっ!!!」


 俺の悲痛の叫びが、バレンタインの夜に木霊する。

 結局、引き出しに隠したチョコが見つかることはなかった。

 この世でただ二人。

 甘く真っ白なその4文字を、俺たちだけが知っている。






2nd Quest - 最強カップルとバレンタイン・プリンセス

おわり



次回より新章『遠征攻略合宿編』です。

1章は風呂入って帰ってきただけで、

2章は街からほとんど出なかったので、

次はがっつり冒険しようかなー、という考えであります。

セツナやらろねりあやらと温泉旅館に泊まって

修学旅行みたいなノリになりつつ、

ナイン山脈を本格的に攻略します。


最近、もう一つの連載である

『ヤンデレの妹に死ぬほど愛されて無双できない異世界転生』

のほうにも手を付け始めているので、

もしかしたら更新ペースが落ちるかもしれませんが、

できる限り毎日更新したいと思ってはおります。


でも、3月3日から数日は休ませてください!

どうせみんなもゼルダやるんでしょ!?

私だってやるよ!


では、また明日、新章でお会いしましょう。

私はこれから特異点と化した新宿を救いに行きます。

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