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第47話 真の姫は目で殺す


「「「大勝利おめでと――――っ!!!」」」


 クラッカーの音が、冒険者会館京都支部の中に響き渡った。

 それと同時に、喫茶エリアに集まったパーティ参加者たちが、拍手と口笛を飛ばしてくる。


 ログイン前に約束していたバレンタインパーティーは、気付いたら結構大規模なものになっていた。

 近くに住んでいる奴らが噂を聞いて集まってきたらしい。

 周辺のMAOプレイヤーは、この冒険者会館のおかげで大体みんな顔見知りなので、速攻で情報が出回るのだ。


 喫茶エリアがほとんど貸し切り状態になっているが、マスターを勤めるNANO社員・タマさんからは、閉店時間までなら自由に使っていいとのお達しが出ていた。


「ありがとうございます。皆さんのおかげです」


 チェリーが社交的な調子でそう言うと、ろねりあの仲間の一人、ツインテールの女子高生が「がははは!!」と胸を張る。


「そうであろう、そうであろう!」


「何もしてないでしょ、アンタは」


「いでっ! ……あ~ん、ろねりあ~! 《ポニータ》が殴ったあ~!」


「もう、いけませんよ、ポニータさん。いくら《くらげ》さんでも、虚勢を張る権利くらいはあるんです」


「やんわりとひどくない!?」


 JK4人組のリーダーはろねりあだが、一番目立つのは、やっぱりあのツインテールの《双剣くらげ》だった。

 その変なHNの通り、MAOでは双剣使いの女戦士だ。

 今は高校の制服だが。

 なんかお嬢様っぽい制服だな。


「なあ。あの制服、どこのか知ってるか?」


 隣の席に座る真理峰にこっそり訊くと、なぜかジト目が返ってくる。


「……制服マニアですか?」


「違うわ」


「あれは近くの女子校の制服じゃありませんでしたっけ」


「女子校か……」


 確かに、あの4人の仲の良さはそれっぽいっていうか……。


「あたしたちはねー!」


 うおっ!?

 いつの間にか双剣くらげがすぐ傍にいた。


「学校に部活を作ったのさ! 《VR部》っての!」


「VR部?」


「……VRMMOで遊ぶ部活だとか言わねえよな」


「ぴんぽーん!」


 マジかよ。

 作れんの、そんなの?


「ま、ちゃんと建前はあるけどねん。今時、学校にストリーム部とか配信部とかがあるのは大して珍しくないし、そんなに難しくなかったよ?」


「なんでそんなの作ったんですか? 面倒が増えるだけじゃありません?」


「漫画とかアニメでさ、学校に変な部活作ってお茶したりお菓子食べたり、みたいなのあるじゃん?」


「……あるんですか?」


「20年くらい前の流行りだな」


「ああいうのがやりたかったんだけどさー。結局ここを溜まり場にしちゃってるんだよねー!」


 まあ、ここならお金さえ払えばお茶もお菓子も出てくるし、奥のブースに行けばMAOにログインできるわけだから、部活も部室も必要ないわな。


「だから今度は、MAOの中に家を建てて、理想の溜まり場を作ろう! ってみんなと話してるの。ねー!?」


 双剣くらげがろねりあに同意を求めると、彼女は柔らかに微笑みながら頷いた。


「MAOで同棲されているお二人を見ていて、羨ましくなってしまったんです」


「そうそう! それ!」


「同棲じゃありませんから!」


 ……《写真立てのレシピ》を手に入れて以来、二人で撮った写真が徐々に増えていて、さらに同棲感が増していたりするが、ミンナニハナイショダヨ。


 ろねりあは口に手を当ててくすくすと笑った。

 同じ笑い声でも、ろねりあだと上品に聞こえるのはなんでだろう。


「新婚といえばさ」


 と言いながら、ジュース片手に俺の対面に座ったのは、セツナだった。

 MAOのアバターとさほど変わらない雰囲気の爽やかイケメンである。


「といえばじゃねえよ。誰も言ってねえよ新婚なんて」


「あ、そう? この前の温泉旅行は新婚旅行だったのかなーって」


 イケメンをにやつかせるセツナ。

 こいつら、揃いも揃って俺らのこと玩具だと思ってない?


「知ってるかな? あの温泉旅館の周りさ、今、温泉街みたいになってるよ」


「マジで?」


「そうなんですか?」


「プレイヤー鍛冶屋なんかも出来始めててさ、拠点にちょうどいい感じなんだよね。ワープポータルからも結構近いし」


 何もなかった場所でも、人が集まれば見る見る建物が建って、あっという間に街になるのがMAOバージョン3の特徴だ。

 でもあの辺、マジで崖と森しかなかったんだけどな……。


「だから今度、恋狐亭……だっけ? あの旅館にみんなで泊まってさ、ナイン山脈の残りを一気に攻略しようかって話が持ち上がってるんだよ。遠征計画っていうのかな」


「えー!? 楽しそー!」


 双剣くらげがツインテを揺らしてばたばた跳ねた。

 落ち着け。


「でしょ? だからみんなもどうかなって。来週くらいから始まると思うんだけど」


「いいぞ。面白そうじゃん」


「ぜひ参加させてください。そろそろクロニクル・クエストに戻ろうかなって思ってたところですし」


 二つ返事で承諾しつつ、真理峰は小首を傾げる。


「ですけど、皆さんは大丈夫なんですか? 期末テストの準備とか……」


「うぎゃーっ!!」


 双剣くらげがテーブルに突っ伏して耳を塞いだ。

 聞きたくない単語を聞いてしまったらしい。

 セツナが苦笑いする。


「僕はまあ、ゲームしながらテスト勉強なんていつものことだし、大丈夫だけど……ケージ君とチェリーさんは?」


「2回くらい教科書読めば充分だろ」


「授業をちゃんと聞いてさえいれば、わざわざテスト勉強なんてする必要ないです」


「うーっ。勉強強者だよぉ……。勉強強者の集まりだぁ……」


 涙目をツインテールで覆う双剣くらげ。

 聞くまでもなさそう。


「で、でも行くっ! みんなで温泉旅館、ぜったいたのしーもん! 卓球とかトランプとか恋バナとかしたいっ!」


「ろねりあさーん!」


 真理峰が他のJK仲間と話していたろねりあを呼んだ。


「なんですか?」


 彼女にあれやこれやと事情を話すと、笑顔で一言。


「ダメです」


「えーっ!?」


 双剣くらげが抗議の声をあげた。


「なんでー!? なんでー!? いいじゃーん! 行きたい、温泉! 行きたい行きたい行きたーい!」


「ダメです。いつも赤点ギリギリじゃないですか。中間テストのときも、わたしが面倒見てあげましたよね?」


「う、うう……」


 有無を言わさぬ鉄壁の笑顔。

 傍目に見ていても圧倒されるそれに、さしもの双剣くらげも押し黙る他なかった。


「というわけで、すみません。せっかくのお話ですが……」


「勉強会やろうか?」


 断る流れになりかけた瞬間、セツナがさらりと言った。


「夕方までは攻略で、夜になったら旅館に集まって勉強会。それならどうかな? 僕らでも教えられることはあるかもしれないし……それに、参加者の中には大学生も多いから――というか休みに入って暇を持て余した大学生がほとんどだから、ちょうどいいと思うよ」


 双剣くらげがガバッと顔を上げて、伺いを立てるようにろねりあのほうを見た。

 ろねりあは悩ましげに眉をハの字にする。


「うーん……ご迷惑になりませんか?」


「別に? どっちにしろ夜は攻略の効率悪いし、旅館で情報をまとめる時間にする予定だったから」


 これが普通の男だったら、旅行に女の子を誘いたいという下心が透けて見えていたのかもしれないが、セツナが言うと裏表がない感じがする。

 これがイケメンパワーのなせる技か。

 単にセツナの人徳って気もするが。


「……それじゃあ……」


 と、ろねりあが言った瞬間、双剣くらげの顔がぱあっと輝いた。


「ありがとーっ! ろねりあ好きーっ!」


「きゃっ!?」


 ろねりあに飛びつくや、双剣くらげはその頬にぶちゅーっと吸いついた。

 女子校スキンシップ!?


「セツナさんも好きーっ!」


「えっ!?」


 と思いきや、セツナにも飛びついて頬にぶちゅっ。

 ただのキス魔だった。


「ちょっ、ちょっと! 海月(ミヅキ)さん!?」


 ろねりあが本名らしきものを呼びながら、慌てて双剣くらげをセツナから引き剥がす。

 ろねりあには珍しい動転ぶりで、顔は真っ赤になっていた。


「なっ、何してるんですかっ!」


「親愛の証だよおー。ほらあたし、帰国子女だから」


「日本では男の人にいきなりキスしたらダメなんですっ! すみません、セツナさん!」


「い、いや……」


 セツナもセツナで、頬を押さえながら真っ赤になっていた。

 うぶじゃのう、イケメンのくせに。


「(先輩、先輩)」


「(なに?)」


 真理峰が身を寄せながら囁きかけてきたので、俺も囁き返した。


「(あの二人、お似合いだと思いません?)」


「(あの二人って……)」


 どの二人?


「(もう、ニブいですね! セツナさんとろねりあさんですよ!)」


「(んー? あー……。まあ確かに、雰囲気は近いかもな。高校生っぽくないっていうか……)」


「(ですよね、ですよね! 配信者同士ですし、映えると思いません?)」


 映える、か……。

 美男美女ではあるし、言われてみればそうかもしれんが。


「(お前……)」


 俺は真理峰を見た。


「(レナに毒されてない?)」


「(別にレナさんじゃなくても、世の女子高生は大体こういう話が好きなんですよ?)」


 そうだったのか。

 レナみたいなのが何百人もいる魔境に毎日通っていたのか、俺は。


「(でも、もしマジであの二人が付き合ったら、お互いのファンが黙ってなさそうだよな)」


「(言わせておけばいいんですよ、言わせておけば! 恋は障害が大きいほど盛り上がるって言いますし!)」


「(それどこ情報?)」


「(えっ……と。……レナさん情報ですね)」


 やっぱり毒されてんじゃん。


 そんな感じで高校生勢がてんやわんやしているのを眺めながらオレンジジュースを飲んでいると、いつの間にか空になっていた。


「ジュース取ってくるわ」


「いってらっしゃーい」


「おおーっ。『いってらっしゃい』が堂に入ってる!」


「くすくす。さすが同棲されていると違いますね」


「普通ですから! 普通!」


 弁解は真理峰に任せつつ席を立つ。

 カウンターの中にいるマスター――着物をだらしなく着崩して口にチョコ菓子をくわえた女性・タマさんは、配膳なんてやろうともしないので、ドリンク類は自ら取りに行く形式である。


 好き勝手騒ぐ各テーブルの間を縫ってカウンターに向かっていると、入口の扉が開き、カランコロン、とベルが鳴った。

 誰か来たな。

 騒ぎを聞きつけてきたのか?


 地味な印象の女性だった。

 眼鏡を掛けている。

 見たことのない顔だ。

 ……まあいいか。


 それ以上は気にすることなく、俺はカウンターに空のコップを置く。


「オレンジジュース」


 注文すると、タマさんはチョコ菓子をタバコみたいに上下に揺らしながら、


「コーヒーと混ぜてみない?」


「……冒険はゲームの中で充分です」


「気の利いた返しね。ウチのシナリオライターに教えておくわ」


「NANOのシナリオライターはAIだって噂ですけど」


「ある人間がAIかどうかなんて、本人を含めて誰にもわかりはしないわ。この世界が仮想現実じゃないって、あなたには断言できるのかしら? 今この瞬間にもサービス終了するかもしれないわよ」


「……怖いこと言わないでください」


「未来ある高校生を怖がらせるのって楽しいわ」


 タマさんは無表情・無抑揚でそう言った。

 ゲーム会社の社員ってみんなこんなんなの?


 タマさんは俺が置いたコップを手に取って、サーバーからオレンジジュースを注ぐ。

 幸い、コーヒーは混ぜないでくれるみたいだ。


 それを見ていたときだった。


「――ケージ君」


 不意に、ぼそりと。

 すぐ隣から呼びかけられたのだ。


 え?


 隣には、一人の女性がいた。

 さっき店に入ってきた人だ。

 ……女性?

 いや、近くでよく見ると、同い年くらいの女の子だった。

 背が高いせいか、遠目で見ると大人っぽく感じたのだ。


 地味な印象は変わらない。

 服は黒を基調としたワンピースだし、顔には野暮ったい黒縁メガネを掛けている。

 猫背気味で少し小さく見えるし、メガネ越しの視線はテーブルへと落ちていた。


 だけど、地味に見えたワンピースは、裾に控えめながらフリルが付いている女の子っぽいものだ。

 肩に掛けた鞄も品の良さそうなもので、オシャレに興味がないわけじゃありません、という主張を感じた。

 そして、何より――


 デカい。


 猫背でわかりにくいが……デカい。

 何がとは言わないが……デカい。

 今までリアルで目撃した中では、ぶっちぎりでデカい。

 地味そうな第一印象をぶっ飛ばすレベルでデカかった。

 服の上からでも速攻でわかるレベル。


 いや、でも、えっと。

 見覚えがないんだけど。

 こんな奴に会ってたら、さすがの俺でも覚えてると思うんだけどな……。

 聞き間違いか?


「ケージ君」


 もう一度、一部分がデカい女の子は呼んだ。

 ハンドルネームで。


「あっちでは、近づくなって、言われたけど……」


 低めの声だった。

 そのことに、俺はなぜか驚いた。


「こっちでは、何にも言われてない、から」


 女の子は鞄の中に手を入れると、ラッピングされた箱を取り出した。

 それを、俺に強引に押しつけて――


 ぱっつんにした前髪の奥。

 ずれたメガネの隙間から。

 上目遣いで。

 俺を見る。



「……本命、だからね?」



 わけもわからないまま箱を受け取ると、女の子はさっと背を向けた。

 テーブルの隙間をするすると抜けて、店の外に姿を消す。

 カランコロン、というベルの音だけが、後に残された。


 ……え?

 本命?


 俺は手の中の箱を見る。

 ピンク色のリボンが、ラッピングの上に巻いてあった。


 ガタッ! と音がした。

 見れば、それは真理峰が席を立った音だった。

 真理峰は女の子が消えた入口をジッと見たあと、今度はキッと俺を見る。


 ずん、ずん、ずん、ずん。

 そんな足音が聞こえてきそうな足取りで、真理峰はこっちに近付いてきた。 


「今、来ましたね? あの女が!」


「は?」


 詰め寄られるが、俺には意味がわからない。


「なんだ? 修羅場か!?」

「いいぞー!! やれやれー!!」

「包丁は!? 包丁はご入り用ですか!?」


 テーブルの野次馬どもが無責任に囃し立てる。

 誰だ殺人を教唆してるのは!


「……完全武装してやがりましたね……まさか本気で先輩を……?」


 そんな声は聞こえていないかのようにぶつぶつと呟く真理峰。


「あの……誰なの? さっきの子……」


「え? ……あ、そうか。先輩は会ったことないのか」


「だから誰!?」


「わからないならわからないままでいいですっ!」


 いや、気になるって!


「……でも、まあ……」


 真理峰は複雑な表情で、俺の手の中の箱を見た。


「それは……ちゃんと食べてあげればいいと思います。……結構、勇気出したんだと思いますから。たぶん」


「はあ……」


「――いえ、やっぱりダメです! それは没収します!!」


「どっちだよ!?」


 襲いかかってくる真理峰から、わけもわからないまま箱を守っていると。

 コト、と。

 ジュースが注がれたコップが、カウンターに置かれる。


「当店特製、モテる男よ苦しめドリンク」


 そのオレンジジュースには、明らかにコーヒーが混ざっていた。



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