第45話 ぼくは今日、祭りできみとデートする
「めでたく勝利に終わったことですし、イベントを見て回りませんか、先輩? ろねりあさんたちとの約束まで時間ありますし」
というわけだった。
バレンタインイベント中の街を見て回ることにゲームとしての旨味はないが、そういうのもたまにはいいだろう。
石畳の敷かれた目抜き通りには、無数の出店が立ち並んでいた。
ほとんどはMAO側に元々あるNPCレストランのものだ。
その中に、MAOのスポンサーとなって仮想店舗を出しているファストフード店やレストランのものがいくつか混じる。
内容はといえば、たこ焼きに射的、福引きなど、お馴染みの店もあるが――
「チョコバナナ、チョコバナナ……あっ、あっちにもチョコバナナ。チョコバナナ多くありません?」
「バレンタインだしな。どこも考えることは同じか」
「あっ! チョコファウンテンありますよ。うわー、噴水みたいですね」
「でかっ!」
俺の身長より高く噴き上がるチョコレートファウンテンを見上げて、観光気分になる俺たち。
こんなもん、リアルで再現しようと思ったらいくらかかるんだろうな。
仮に再現したとしても、リアルだと埃とか入り放題だろうし。
仮想現実ならではだ。
「こういうの、プリンセスランドにもなかったっけ?」
「アレはゼリーの泉です。極彩色の。趣味悪い」
「ディスるタイミングを逃さねえな……」
せっかくなので、ちょっと食べてみることにした。
噴き上がるチョコファウンテンの傍で、マシュマロやらイチゴやら具材を売っている。
1個500セルク(日本円で50円相当)らしい。
「餃子ありますよ、餃子。先輩はこれにします?」
「ナチュラルに地獄に誘うのやめろ!」
どうトチ狂ったら餃子にチョコ付けて食おうと思えるんだよ!
俺の決死の抵抗が功を奏し、イチゴやクッキーといった無難なものをいくつか見繕う。
幸い、ゲーム内での懐は潤沢だった。
MAOでの財政が厳しくなったのなんて、初期に起こった《練兵所恐慌》のときくらいだ。
巨大チョコファウンテンには、まるで何かのアトラクションみたいに人が集まっている。
その中に混ざり、チェリーが串に刺したイチゴにチョコを絡めた。
……イチゴという果物がこの上なく似合う奴だな、こいつは。
チェリーは、イチゴから糸のように滴るチョコを、くるくると回すことで巻き取って――
「はい、先輩。あ~ん」
当たり前みたいに、俺の口に差し出してきた。
「おわっ!?」
俺がびっくりして仰け反ると、チェリーはくすくす笑ってイチゴを引っ込める。
「しっつれいですねー。私の『あ~ん』から逃げるなんて。バチが当たりますよ?」
「いや、喉を突き刺されるのかと思って」
「本当に失礼ですね! 喰らえ!」
「もがっ!」
いったん引っ込めたイチゴを、今度は無理やり口の中に突っ込んできた。
危険行為!
よい子はマネしないでね!
「もがもが……」
チョコの甘さとイチゴの酸味が一緒に口の中に広がる。
「どうですか? ありがたいでしょう、私のイチゴは」
「もごもご……ごくん。いや、お前のじゃないし。『ありがたい』じゃなくて『おいしい』だし」
あと『私のイチゴ』って言い方はちょっとエロいし。
「イチゴなくなっちゃいましたし、代わりに先輩のバナナくださいよ」
「お前わざと言ってない!?」
「??? 何がですか?」
きょとんと首を傾げておられる。
俺は視線を逸らして「……いや」と誤魔化した。
串に刺したバナナをチョコに絡めて、チェリーに差し出す。
「ほれ」
「あむっ」
俺が差し出したチョコバナナを小さな口であむあむぺろぺろがじがじとするチェリーの姿は、なんだかリスを彷彿とさせた。
「おい、見ろよあそこ」
「ん? あっ! ケージがチェリーにバナナを……!」
「なんだって!? ケージがチェリーに自分のバナナを!?」
「ケージがチェリーに自分のバナナをくわえさせてると聞いて」
俺はチェリーの口からバナナを引っこ抜いた。
「あうっ。何するんですか! まだ食べてる途中なのに!」
「やかましい! もう終わり!」
半分ほど残ったチョコバナナを口の中に放り込む。
もぐもぐする俺の口を、なぜかチェリーが驚くような目で見ていた。
「……か、かんせつ……」
細い指で、自分の唇にそっと触れる。
なに?
そんなに好きなの、バナナ?
「い、いえ、VRですし! 関係ありませんから!」
「お、おう」
よくわからんがなにがしかを否定された。
買った具材を食べ終わると、俺たちはチョコファウンテンを後にする。
なんか来たときより人が増えている気がしたが、気づかなかったことにした。
「東の広場のほうに人が流れていきますけど、何かやってるんでしたっけ?」
「あー、たぶんアレだ。《音宮マオ》のライブ」
「えっ? マオちゃんのライブあるんですか?」
「好きなの?」
「まあ……わりと?」
「なんで疑問系」
「えへへ」
「はにかんで誤魔化しやがった」
初音ミクの出現によって市民権を得た感のあるバーチャル・アイドルという概念は、2020年代になって、衰退するどころか栄華を極めることになった。
言うまでもなく、AI技術と仮想現実の発達によるものだ。
かつてはステージに巨大モニターを置くことで実現されていた彼女たちのライブは、仮想現実を舞台とすることで、人間によるライブと何ら変わりのないものに進化した。
アイドルたちは様々な仮想現実を渡り歩くようになり、それを追いかけるファンも様々な世界を飛び回るのが当たり前になった。
バーチャル・アイドルの人気は現実のアイドルに勝るとも劣らないものになり、VRゲームもそれぞれプロモーション用のアイドルを立てるようになった。
口さがないゲームファンは、『VRMMOが成功するかどうかは可愛いアイドルを生み出せるかどうかで決まる』とまで言うことがある。
非アイドルゲーム発のバーチャル・アイドルと言うと、古くはスプラトゥーンのシオカラーズなどがいるが、今やゲームやその開発会社に専属アイドルがいるのは当たり前のことなのだ。
ってことで、《音宮マオ》というのは、MAOから生まれたバーチャル・アイドルである。
名前の由来はそのまんまMAOのローマ字読みだ。
……ちなみに、元からアイドルになるべくして生まれた音宮マオの他にも、俺たち古参MAOプレイヤーにとってアイドル的存在のNPCがいるのだが、それは割愛。
「んじゃ、せっかくだし行ってみるか。人多そうだけど」
「人少ないライブなんてイヤですよ!」
「確かに……」
なんとなく人の流れに乗って歩いていく。
その間、絶え間なく並ぶ出店の一つ一つに、チェリーがコメントを付け始めた。
「見てくださいよあれ。ガチャショップですって」
「福引きじゃなくてガチャなのか……」
「いっぱい人が集まってる辺り、この国は病気ですね」
「なんも言えねえ」
普段ガチャに踊らされてる身としてはな。
「全自動コンピューター式手相占い?」
「こんなオカルトの欠片も感じられない占い初めて見た」
「やります?」
「別にいいけど……なに占う?」
「えーっと……まあ……恋愛運、とか?」
「……………………」
「……………………」
「…………他のにしとけ」
「……はい、うん、そうします」
なんとなく恋愛運を避けた俺たちは、金運を占って絶望したり調子に乗ったりなどした。
ガチャか!?
ガチャのせいなのか!?
「あ、ポッキー売ってます」
「ポッキーだな」
「グリコじゃないですよね、あのお店。怒られないんですか?」
「いや、まあ……支払いはセルクだけみたいだし……営利目的じゃないからグレー?」
「歩きながら食べやすいですし、合ってるかもですね。ちょっと買ってきます」
チェリーはポッキーの束を手に戻ってきた。
「うーん……ポッキー以外の何物でもないですね(ポリポリ)」
「その見た目でトッポだったらビビるわ」
「先輩も食べます?」
「じゃあ、まあ、1本」
「ん」
当たり前みたいな流れだった。
チェリーはポッキーを口にくわえたまま、その先端を俺に向けてきた。
「……ほう。貴様、俺にゲームと名の付くもので挑もうと言うのか」
チェリーはにやついている。
どうせできやしないだろこの腰抜け、とでも言わんばかりの表情だ。
そうまで挑発されては、俺も引っ込みがつかない。
……正直めちゃくちゃ恥ずかしいが、ゲームを挑まれて尻込みするような俺ではない!
がじっ。
差し出されたポッキーの先端を噛んだ。
「んんーっ!?」
間近にあるチェリーの顔が、あからさまに狼狽える。
ははは!
俺を侮るからこうなるのだ!
己の浅はかさを悔やめぃ!(やけくそ)
ぽりぽりぽり、と食べ進めていく。
徐々に顔が近付いていくが、俺が進軍をやめることはない。
さあ、退くがいい!
自分から口を離せ!
その瞬間、貴様の敗北は決定するのだ!
フハハハハハハハ!
「――――っ!」
「!?」
なっ、なにぃ!?
不意にチェリーの目が据わったかと思えば、俺を迎撃するかのように猛然と食べ進め始めた!
お、おのれぇ……。
飽くまで退く気はないというのか!
ならば仕方あるまい。
武勇をもって雌雄を決するべし!
ポリポリポリ。
ポリポリポリ。
チェリーの鼻息が当たった。
ポリポリポリ。
ポリポリポリ。
鼻の頭同士がぶつかる。
ポリ……ポリ……。
……ポリ、ポリ……。
チェリーの口息を唇に感じ、
ポリ、
ポリ、
唇が。
触れ――
ポキッ。
――る直前に、ポッキーが折れた。
瞬間、俺たちはバッと顔を離して、互いにそっぽを向き合う。
当たった?
今、唇、当たった?
当たってないよな?
「ひ……引き分け、ですね」
唇を手で隠しながら、チェリーが言った。
「お、おう。折れちまったんじゃ仕方ねえよな」
「で、ですよね。……ちなみに、2回戦、やりますか?」
「…………やりたいの?」
「いえ、別に! 私はそんなことないですけど! 一応訊いておこうかなって! あはは……」
チェリーは誤魔化すように笑って、
「……や、めとき、ましょうか。決着は別のゲームでつけましょう」
「お、おう、そうだな」
俺がかくかく頷くと、チェリーはそっと、細い細い声で呟いた。
「(…………もう一度やったら、本当にしちゃいそうですし)」
俺は周囲の喧噪で聞こえなかったことにした。