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第42話 ああ! チョコに、チョコに!


 旧支配者。

 ……っていうのはもちろん通称なんだが、明らかに他のモンスターの体系から完全に外れている、まさに名状し難き連中なので、そう呼ばれている。


 特徴は、まずレベル表記が一律『???』。

 そんでキャラネームが『TYPE:なんとか』で固定。

 どこか生息場所が設定されているわけではなく、何でもないクエストでいきなり出てきたり、別にクエストじゃなくてもいきなり出てきたりする。


 会おうと思って会えるような奴らじゃないが、例外として比較的出会いやすいのが《月の影獣(ルナ・スペクター)》だ。

 夜の人類圏外を徘徊しているこいつらも、『TYPE:なんとか』で『Lv???』なので、旧支配者の一種だろうと言われている。


 旧支配者に関する説明はゲーム内にはほとんど存在しない。

月の影獣(ルナ・スペクター)》については、子月として夜空に放逐された《魔神》の手先だとする話が方々で聞けるが、他の旧支配者の情報は本当にゼロだ。


 これから先のシナリオに関わってくるのか、あるいはただ意味深なだけなのか。

 とにかく謎だらけで不気味なので、遭遇したプレイヤーからは『めっちゃ怖い』と評判である。


 それがこんな目立つクエストで出てくるなんてな……。

 チョコゴーレム――に扮した《TYPE:VIRUS》を見上げながら、俺は思った。


 バージョン3もそろそろ前半が終わる。

 こいつらの謎が解かれる日も近いんだろうか?


「うーむ……謎だ」


「人が必死に戦ってるのにのんきな!!」


 チェリーが《ファラゾーガ》をぶっ放しながらクレームをつけてきた。


「集中しろー! 死んだら負け確定だぞー!!」


「わかってます……うわっ!?」


 ずんぐりむっくりしたチョコの腕が床に突き刺さる。

 チェリーはそれをギリギリでかわした。


「このっ……《オール・キャスト》!」


 4つの攻撃魔法が同時に発動し、《TYPE:VIRUS》のチョコ装甲に次々と炸裂する。

 チョコの巨人は痛そうに悲鳴を上げて、肌をばらばらと剥がれさせるのだが、すぐにそれらを拾い上げて元の場所にはめ直してしまった。


 旧支配者と呼ばれる謎モンスター群に共通する特徴として、あとひとつ、厄介なものがある。

 HPが見えないのだ。


 存在はする。

 HPはきちんとあって、攻撃し続ければいつかは倒せる。

 だが、その『いつか』がいつなのかはわからないのだ。


 もう幾度となく魔法による攻撃を試み、チェリーはマナポーションを何本も飲み干している。

 しかし、チョコゴーレムはまだ倒れない。

 チョコ装甲を剥がれさせ、はめ直すたびに、ひび割れが増えていくだけだ。


 魔法中心の戦闘は、消費MPのペース配分も重要になる。

 ウィザード系のプレイヤーは大抵、MPを自然回復させるスキル《瞑想》を着けているから、本当に何もできなくなるということはない。

 ないが、リジェネだけで確保できるMPなんて、ボスの膨大なHPの前では焼け石に水だ。

 限りあるマナポーションをどういうペースで使っていくか、常に計算する必要がある。


 なのに、敵のHPが見えない。

 何キロ走ればいいかわからないマラソンみたいなものだ。

 どこまで温存すればいいのか、どこでスパートをかければいいのか、計算が何も成り立たないのだ。


 唯一、手がかりとなりそうなのは、全身に残った亀裂……。

 剥がれ落ちたチョコ装甲ははめ直しているだけで、決して再生しているわけじゃない。

 だから亀裂が残ってしまうのだ。

 それがそろそろ、チョコゴーレムの全身を覆おうとしていた……。


「いいっ、加減っ……!!」


 大振りな攻撃を避けながら間合いを取ったチェリーが、白い袖を翻した。

 そうして、舞い踊る。

 優美な神楽に誘われて、チェリーの周囲に鬼火めいた火球が灯った。


「落ちろおおおおお―――っ!!」


《ファラ》のマシンガンが始まる。

 秒間5発もの速度で、小さな火球がチョコゴーレムに殺到する。


 ――ドドドドドッ、ドドドドドッ、ドドドドドッ!!


 連なる爆発音は、祭り囃子の太鼓のようだ。

 身体の中に心地よく響く――が、目に映る光景は、正直地獄めいていた。


 紅蓮の花がチョコゴーレムを覆っている。

 チョコ装甲がボロボロと割れ砕け、そこら中に飛び散っていた。


「ンゴゴ/ンゴゴ/ンゴ/ンゴ/ンゴ/ン/ン/ン/ン/ン/ン/!!」


 と、被ダメージ用のボイスが、言い切れずに最初の部分だけループしていた。

 まるでいじめだが、チェリーにとっては勝負手である。

《瞑想》スキルによるMP自然回復(リジェネ)の量は、《ファラ》の消費MPには若干届かない。

 MPの収支がマイナスなのだ。


 それをああも連発すれば、当然ながら凄まじいMP消費量になる。

 高熟練度の《ファラ》マシンガンは極めて強力な技だが、強さというものはゲームでは必ず何かと引き替えなのだ。

 MPであれ、手間であれ、知恵であれ、時間であれ、お金であれ。

 強さを得るのに代償を必要としないゲームはクソゲーである。


 だから、これでチョコゴーレムが倒れなければ、チェリーはただでさえキツくなりつつあるMPをむやみに消費してしまっただけの結果となる。

 MPの底がついた魔法使いの末路は、どんなゲームでだって大体同じだ。


 火球に包まれるチョコゴーレムの周囲に、割れ砕けたチョコ装甲が積み上がっていく。

 次々と炸裂する爆発の隙間に、大量のおぞましい目玉が垣間見えた。


 こえーよ。

 旧支配者がボスだってちゃんと言っとけよ先にやった連中!

 ……と思ってさっき確認したら、今はきっちり書いてあった。

 前に俺が見たときには情報をまとめきってなかっただけらしい。


 そのついでに俺は、一足先にネタバレを見てしまうことになった。

 もちろん戦闘に手いっぱいのチェリーは知らないことだが……。

 このボス、実は――


「ンンンンンンゴオ――――ッ!!!!」


 チョコゴーレムが、今まで聞いたことのない叫び声を発した。

 それからほんの少し遅れて、チェリーの《ファラ》が途切れる。

 MPが切れたのか、すぐにマナポーションの小瓶を取りだして呷った。


 それと同時に、イベントは進行していた。

 全身ほとんどのチョコ装甲を剥がされたチョコゴーレムが、ベチャッと粘土のようにその場に崩れる。


 いや、その姿はもはやチョコゴーレムじゃない。

 チョコが入り交じった、大量の目玉を持つコールタール。

 そんなとても生物とは思えない姿だ。


 タイプ・ウイルス。


 これがあのガス状オーラの正体か。

 あるいは、大量のチョコを依り代にしたことでこんな姿に変わったのか。

 後者だとしたら、バレンタインチョコって邪悪な存在すぎない?

 あの非モテ白衣作家ブランクなら『チョコなんて絶滅させなくては……』とでも呟いていたところだろう。


「うっげえ……なんですかこれ。もしかして第二形態ですか?」


 マナポーションを飲み終えたチェリーが、超イヤそうな顔をした。


「おう。第二形態で終わりだから安心しろー!」


「どうやって倒すんですかこんなの……」


 大量の目を持つコールタールのような化け物は、うぞうぞと蠢いた。

 そして、無数の目を一斉に細める。

 まるで笑っているかのように。


『――シシシシシ! シシシシシシシシ!』


 かのようにじゃなかった。

 笑ってやがる。


『バレンタイン! バレンタイン! タノシイ! バレンタイン、タノシイ!』


 肉声と合成音声の中間みたいな、人間的にも機械的にも聞こえる不気味な声が、どこからともなく聞こえてくる。


「なーにがタノシイですか。チョコに乗り移ったりしておいて。『タイプ・ウイルス』でしょう、こいつ? 食中毒じゃないですか。事件ですよ。会社いくつか倒れますよ?」


『バレンタイン! コワス! タノシイ! カップル! コロス! タノシイ! タノシイ!』


「……………………」


 邪悪の権化だった。

 でも、なんでだろう……。

 ネットで同じような奴いっぱい見たことあるんだよなあ……。

 本当の邪悪は人間だった……?


『タノシイ! タノシイ! カップル、コロス! オマエラ、コロス! タノシイ!』


「あれっ。旧支配者にまでカップル扱いされてませんかこれ」


「俺は関係ありませーん!」


『キシシシシシシシシシシシシシシッ!』


 ひときわ甲高い笑い声が響いた直後――

 タイプ・ウイルスのコールタールのような身体が、ぐにゃーっと大きく伸び上がった。

 覆い被さるように俺たちを見下ろす、無数の目、目、目。


 それらを見上げて、チェリーはわずかに後ずさった。

 顔も少し青ざめている。

 ネタバレで展開を知っていた俺でも結構怖い。

 何も知らないチェリーは尚更だろう。

 温泉旅行での初VRホラーがまだ効いているのかもしれない。


「落ち着け! ただのイベントだ!」


「こっ、怖がってませんし!!」


 悲しいほどわかりやすい強がりだったが、強がれる余裕があるなら大丈夫だろう。


『キシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシ――――――!!!』


 生声と電子音の中間みたいな声で笑いながら、無数の目玉が付いた化け物は、津波みたいに迫ってくる―――


『―――させないっ!!』


 ピカッと、輝きが迸った。

 眩しく、どこか暖かいその光は、天井のほうから射していた。


 俺は不思議と目が眩むことはなかったが、タイプ・ウイルスの無数の目は一斉に閉じる。

 同時に、光を恐れるようにして、萎れるように縮んでいった。


『セカイに仇なすウジ虫め! あたしが来たからには、もう悪さなんてさせないわ!』


 舌っ足らずな女の子の声がした。

 光の源。

 ドーム状の天井に、いつの間にか女の子が浮かんでいる。


 それは……。

 なんというか……。


 魔法少女だった。


 赤と黒を基調としたロリータ風の服。

 宝石のようなものがはまったステッキ。

 妖精のような半透明の羽根。

 大きくくりっとした赤い瞳で、厳しい視線をタイプ・ウイルスに送っている。


『今日は年にたった一度! ニンゲンたちが争いを忘れて互いを尊ぶ日! それをおまえみたいなウジ虫が食い物にしていいわけないっ!』


 赤と黒、バレンタインカラーの魔法少女は、チェリーのすぐ頭上にまで降りてくると、右手に握ったステッキをコールタールのような化け物に向けた。


『あたしこそがバレンタイン! 幸せと愛を司る精霊!

 さあ、そこのニンゲンたち! あたしといっしょに、あのウジ虫をやっつけるのよっ!』


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