第41話 最速突破ボスラッシュ!
三つ連続するらしいボス部屋のうち、第一の部屋では、アンネを助けるときにも戦った、あの聖騎士が待ち受けていた。
「進ませるものか。聖なる浄化を妨げんとする者は、誰一人! 我らが精霊の怒りを知るがいい!」
といった意気込みを表明したのち、聖騎士は全身から謎のオーラを立ち上らせた。
精霊の加護だかなんだかを受けてパワーアップしているらしい。
ボス部屋はだだっ広いドーム状の空間で、ボスである聖騎士は人型だ。
ということは、機敏に動き回ることが予想される。
普通なら、防御力に長けるタンクが前に出てボスを釘付けにして、火力の出るアタッカーが横から袋叩き、とするところだろう。
だが、チェリーは完全なるウィザードだ。
防御力なんか無きに等しいし、前に出てボスと斬り結ぶなんてできやしない。
こいつは上手くやらないと負けるまであるぞ……。
などと思いながら、俺はセツナの配信ページを開いた。
向こうは5人もいるから、セオリー通りに戦っているようだ。
セツナともう一人、ポニーテールの女子がボスの聖騎士に当たっていって、他の面子が攻撃魔法でダメージを稼いでいる。
これなら問題なく突破できるだろう。
さて、チェリーはどうする……?
「《ファラゾーガ》!!」
右手に《聖杖エンマ》、左手にスペルブックを携えたチェリーは、いきなり攻撃魔法をぶっ放した。
やられる前にやる作戦か?
MAO屈指の火力を持つチェリーなら、確かにやってやれないことはない。
だが、やはり曲がりなりにもボスだ。
聖騎士は特大の火球をモロに受けながら、まったく仰け反ることなく間合いを詰めてくる。
前に瞬殺されたのが嘘みたいだ。
チェリーはバックステップで距離を取る。
しかし、チェリーのAGIはあまり高くない。
すぐに追いつかれるはずだ――
と、思っていたんだが。
「むおおっ!?」
唐突に聖騎士の足元から紫電が迸り、その動きを止めた。
今の電撃は――直前までチェリーがいた場所の床から出た!
《パラライズ・トラップ》!
威力こそ無に等しいものの、仕掛けた場所を踏むとかなりの確率で麻痺してしまう設置型魔法だ。
「《ギガデンダー》!!」
聖騎士が動きを止めたところに、追撃の雷撃魔法が突き刺さる。
そこから先は、完全にハマった。
聖騎士が《パラライズ・トラップ》の高い麻痺確率に抵抗できるほどの耐性を持っていなかったのが運の尽きだ。
チェリーは聖騎士の動き、麻痺が持続する時間、消費するMP、各魔法のクールタイムを正確に把握して立ち回り、一方的にダメージを与え続けた。
結果としては、3分もかからなかった。
オーラを纏った聖騎士のHPは、1ドットも残さず消滅する。
「わ……我が死せども、我が信仰は死なず……!」
そんな末期の言葉を遺し、聖騎士がどうっと倒れ伏す。
かと思うと、その身体を覆っていたオーラだけが空中に浮き上がり、風に吹かれたように奥の扉の向こうへと飛び去った。
なんだあれ。
なんか乗り移ってたのか?
「次です!」
奥の扉が開いて、俺たちは再び走る。
扉を通り抜けると、また廊下に出た。
これが準備用のスペースか。
そして、前方10メートルほどの位置を、UO姫が走っていた。
その手にはオモチャみたいな小さい弓が握られている。
あの武器で聖騎士を撃破したのか。
「もうちょっと……ッ!!」
UO姫がちらっとこちらを振り返って、かすかに表情を歪ませた。
縮んでいる。
UO姫との距離は、確かに縮んでいる!
後ろから扉の開く音が聞こえた。
「うわっ! はやっ!」
今のは、ろねりあの仲間の一人か。
マジで5人相手に1人で勝っている。
さっきは俺が変な奴扱いされたけど、絶対チェリーのほうがおかしいだろ!
廊下の先には、再び大きな観音開き。
先を行くUO姫に続いて、俺たちもまたその中に飛び込んだ。
部屋の構造自体はさっきと同じだ。
だだっ広いドーム状の空間。
その中心に、さっき飛び去っていったオーラの塊が、ガスみたいにふよふよ浮いていた。
異様なのは、その周囲だ。
顔まですっぽり覆った怪しいローブの集団が、ガス状のオーラを囲むようにして集まっている。
6人ほどのローブ集団は、お経のような呪文を低い声でぶつぶつ呟いていた。
かと思えば、不意にそれをやめて。
袖の中から一斉にナイフを取りだして、自らの喉に突き立てた。
「うげえーっ」
そういう描写はVRだと結構コワイ!
血こそ出ないものの、自ら喉を掻き切った6人のローブたちは、力なくその場に倒れ伏す。
その身体から、管のように細い光が延びていた。
管状の光は、真ん中のガス状オーラに繋がっていて――
よく見ると、どくどくと脈打っているような気がする。
何かを吸い取っているようにも、何かを注入しているようにも見えたが、いずれにしろまがまがしかった。
さっきの聖騎士は、精霊の加護がどうこう言ってたけど……。
あれ、絶対、邪悪なやつじゃない……?
ガス状のオーラが、ぴかーっと虹色の輝きを放つ。
と同時、その周囲に倒れ伏したローブの中が、もぞもぞと蠢いた。
「きもっ!」
「キモい!」
俺たちが感想を一致させた直後に、ローブが内側から破かれる。
正体を現したのは、全身に火傷を負った鬼のような、おどろおどろしい怪物だった。
「これ本当にバレンタインイベントなんですか!?」
「バイオハザードに出てくるやつだろアレ!」
運営ーっ!
お前らバレンタインに何か恨みでもあんのか!?
6体の鬼だけを残して、ガス状のオーラは奥の扉へと飛び去った。
こいつらが2戦目ってことか……!
よく見ると肌の色はチョコっぽい。
俺はヘイトを集めないよう後ろに下がる。
複数体いる以上、さっきみたいなパターン化は難しい。
うまく捌かなければ、ジリ貧になって時間がかかりまくってしまう可能性もある。
全部で6体、効率的に倒しきれるか……!?
「《ハイ・マギライズ》!!」
まずは下準備ということか、チェリーは自分に魔法攻撃力上昇のバフをかけた。
その間に、鬼たちがバレンタインにふさわしからぬ雄叫びを上げて、獰猛に突っ込んでくる。
鬼っていうかゴリラだ。
範囲攻撃でまとめて潰すのか。
それとも確固撃破を試みるのか。
結論から言えば、チェリーが選んだのは後者だった。
「《ハイ・アジリア》!!」
猛然と迫る鬼たちにも動揺せず、チェリーは続けてAGIにバフをかける。
……AGI?
疑問に思った瞬間、先頭の鬼が筋骨隆々の拳を振り抜いた。
「……っ」
それを。
チェリーは、身を低くして避ける。
そして――
鬼の顎に、《聖杖エンマ》を向けた。
「――《ファラゾーガ》」
鬼の頭部が、紅蓮の炎に呑まれた。
「うおおおお!?」
かっ……かっけーっ!!
なにそれ!?
ゼロ距離射撃!?
俺もやりたいんだけど!
顔面を燃やされた鬼は苦鳴をあげて倒れるが、後続に5体も残っている。
チェリーは地を蹴って後ろに下がりながら、
「《エアギオン》!」
風属性範囲攻撃魔法《エアギオン》を放った。
吹き荒れた爆弾的な暴風が、チェリーと鬼たちを強引に引き離す。
範囲攻撃魔法はフレンドリーファイア有りだ。
チェリー自身、そこそこのダメージを受けたはずだが、それよりも距離を取ることを優先したのか。
さて、ここからどうする?
俺が注視する中――
パタン。
と。
チェリーは、スペルブックを閉じた。
それによって、スペルブックは消滅する。
もう必要ないってことか?
5枠のショートカットで充分だと?
いや、それにしたって、一応開いておくのがウィザードの嗜みだろう。
わざわざ仕舞う理由は、近接戦をするのに邪魔だってことくらい――
俺の脳裏に、さっきのゼロ距離射撃が蘇った。
「マジかあいつ」
マジだった。
チェリーは自ら上げたAGIをフルに使用し、縦横無尽に動き回りながら鬼たちを叩き潰していった。
反射神経頼りの気合い戦法に見えたが、よく見ると違う。
囲まれそうになるや即座に距離を取り、追いかけようと突出した鬼だけを攻撃すると、囲まれる前にまた距離を取る。
基本はそれの繰り返しだ。
普通、そんな戦法を取れば、冗談のように時間がかかってしまう。
そうならないのは、あまりにスムーズだから。
無駄が一切ないからだ。
それは、あるいはダンスのようだった。
紅白の衣を翻し、チェリーは規定通りのステップを踏む。
それは、あるいは詰め将棋のようだった。
たった一通りの正解を、チェリーは滑らかに再現する。
いずれにせよ、チェリーは開戦からほんの数秒で、鬼たちの動きを把握し終えたのだ。
そしてその時点で、あいつの中で戦闘は終わった。
詰みが見えたのだ。
あとはその手順を実演するだけの作業に過ぎない。
光のような速度で閃いたあいつの思考に、何分もかけてようやく、現実が追いついているだけでしかない。
そうして、6体の鬼は沈黙した。
《エアギオン》による強制離脱を何度か使ったことで、チェリーのHPもだいぶ減っていた。
あと、ちょうど1回。
《エアギオン》を受けても、ギリギリ残る程度に。
「保険に1回分多めに計算しておきましたけど、運が良かったです」
最後の鬼の死体が消えている間に、チェリーはポーションを飲み干した。
「想定より早めに終わりました。いけますよ……!」
「お、おう」
こいつの頭ん中どうなってんだ。
つくづく思ったが、詳しく聞いている時間はなかった。
奥の扉から再び廊下に出る。
UO姫は――
「近い……!」
前方3メートル!
向こうも2戦目を終えたばかりだ!
セツナたちは俺たちの直後に姿を現す。
横に出した配信ページで、コメント欄が急速にスクロールしているのが見えた。
「次がラストだ……!」
最後のボス部屋。
巨大な観音開きに、互いにAGIバフをかけた全力疾走でたどり着く。
扉タッチのタイム差は、たぶん1秒にも満たなかった。
三度、ドーム状の空間に出て――
最後のボス戦が始まる。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
部屋の中央に、ラッピングされた箱が山と積まれていた。
あれは……チョコか?
交換会と偽って、俺たちから集めたチョコ。
精霊臨界計画に使用するという供物だ。
山積みになったチョコの頂点に、あのガス状のオーラがふよふよと浮いていた。
……怪しい。
なんなんだ、あれ。
不意に、ガス状のオーラにさざ波が立った。
小刻みに、不規則に。
笑うように。
「なんか不気味ですね、あれ……」
「邪悪さをビンビンに感じるんだが」
精霊の加護、という聖騎士の言葉を信じれば、精霊ということになるが。
今日、この街を訪れる精霊バレンタインを暴走させるのが精霊臨界計画。
だとすれば、あれがバレンタイン?
いや……他のイベントで見た精霊は、あんなガス状じゃなかった。
あれはどちらかというと、残滓みたいな……。
ガス状のオーラが、風呂敷のように広がった。
そして、やはり風呂敷のように、山積みになったチョコを覆う。
スライムの捕食シーンみたいで、なんとなくグロい。
実際、ガス状のオーラに覆われたチョコは、その包装だけを溶解させていった。
女性キャラの服だけを溶かす都合のいいエロモンスターみたいだ。
露わになったチョコの山が、オーラの内側でもぞもぞと動く。
それは徐々に、積み木のように組み合わさって、人の形になり始めた。
巨人だ。
チョコでできた巨人。
キャラネームには《チョコゴーレム Lv92》とある。
手足と頭だけを申し訳程度に成形した、のっぺらぼうのチョコ人形が、俺たちを見下ろしていた。
「ンンー! ゴゴゴーッ!!」
と、どこか気の抜ける鳴き声をあげるチョコゴーレム。
一戦目が聖騎士で、二戦目がバイオめいた化け物で、三戦目がこいつ?
「ここに来て思い出したようにポップになったな」
「ポップだろうがグロテスクだろうが知ったことじゃありませんよ。最短最速で叩き潰すのみです!」
チェリーはスペルブックを呼び出す。
チョコゴーレムもまた、ずんぐりむっくりした拳を振り上げる。
「《ファラゾーガ》!」
それが振り下ろされる前に、チェリーが顔面に特大火球を叩き込んだ。
チョコゴーレムは「ンゴゴゴ!!」と鳴きながら顔を押さえる。
あれ?
この程度で仰け反るのか?
だったらこれ、二戦目の鬼軍団より楽勝――
ぼろっ。
《ファラゾーガ》が当たった箇所のチョコが、剥がれて地面に落ちた。
溶けた?
弱点なのか?
そう思って、チョコが剥がれた顔に目を向ける。
そうして――俺は見た。
割れたチョコの、奥だった。
真っ暗な闇の中を――
血走った目玉が。
大量に。
びっしりと。
――埋め尽くしていたのだ。
「……………………」
「……………………」
俺たちが唖然としている間に、チョコゴーレムはいそいそと、剥がれ落ちたチョコを拾って顔にはめる。
「ンーゴゴーッ!!」
ふっかーつ! みたいなノリで気の抜ける鳴き声を放つが、俺はもう二度とそいつを『ポップ』と表現することはできなかった。
――あなたが深淵を覗くとき、深淵もまたあなたを覗くだろう。
「「き……旧支配者だあーっ!!!」」
甘いチョコの内側で、静かに蠢くおぞましき何か。
名状しがたき眼を見たその瞬間、チョコゴーレムのキャラネームが、一瞬モザイクになってから、別のものへと切り変わった――
――《TYPE:VIRUS Lv???》。