第40話 配信的には迷う余地なし
「ふー……」
【YOU ARE WIN!】というメッセージが目の前に現れると、俺は安堵の息をついて、《魔剣フレードリク》を背中の鞘に納めた。
あっぶなかったぁー……!
思いっきりメタられてたじゃん。
UO姫の差し金だな。
ここで俺と火紹がデュエルするのも計算尽くってわけかよ……。
「せーんーぱいっ!!」
「うおわっ!?」
ギリギリの戦いを回想していると、背後からチェリーが飛びついてきた。
思わず倒れそうになって、慌てて踏みとどまる。
「完勝! 完勝です! パーフェクト!」
「どこがだよ……。一発でも喰らったら終わりだったからパーフェクトだっただけで、かなりギリギリだったっつーの」
「そうですか? 私には先輩が最初から読み勝ってたように見えましたけど」
「んなことできるか。その場その場の行きあたりばったりで何とかなっただけだ。……っていうか、いつまでくっついてんの……?」
「えっ? あっ!」
俺の首に抱きついていたチェリーは、慌てて俺から飛び離れた。
「す、すいません……つい……」
「いや、まあ、いいけど……。あ、そうだ。やっぱり5秒じゃなくて10秒かかったわ。ごめん」
「本気にしてたんですね、それ……。単に発破をかけただけのつもりだったんですけど」
「えっ、そうなの?」
じゃあ頭の端でずっと秒数を数えてた俺はいったい……。
「…………どう、やって…………」
呻くようなか細い声が聞こえた。
振り向くと、敗北した火紹が身を起こし、俺の顔を見ていた。
デュエルの処理を完全に終わらせるまでは、負けた側もセーブポイントには戻されない。
「……最後……どう、やって……」
「えーと」
解説したいのは山々なんだが、時間が……。
「いいですよ、先輩。私もちょっと気になりますし」
「そうか?」
「はい。30秒あげます」
対戦時間の3倍かよ。
出血大サービスだな。
じゃあ、お言葉に甘えまして。
「お前、叫び声をショートカットのキーワードにしてるだろ?」
「……………………」
常に身体を激しく動かす前衛職は、動作をショートカット発動のキーにすると何かと不便だ。
体勢とかの問題で使いたいときに使えなかったり、使うつもりがなかったのに誤作動させてしまったり。
だから大抵、キーワードを発声することでショートカットが発動するように設定している。
「寡黙な武将を演じるために言葉を喋りたくなかっただけなのか、対人戦のときに敵にショートカットを覚えられないようにするためか――まあたぶん両方なんだろうが、とにかく俺は、お前が叫び声を微妙に変えることで、複数の魔法を使い分けてることに気付いたんだ」
「……………………」
「具体的には『ア』を入れるタイミングだな。『オオオアオ』とか『オオアオオ』とか。
で、最後の攻撃んとき、『アオオオオ』っていう、初めてのパターンが来たから、『おっ、これはなんか重要なやつだな』と思った。
最初が『ア』だったし、間違えにくそうだから、万が一にも間違えたらマズい魔法かスキルか――って考えたら、まあ《硬身》だろうと当たりが付いたんだ。
防御系はいざというとき出し損なったら即死だから、言い間違えにくいキーワードにするよな、やっぱ」
「……………………」
「ってことに《緋剣》で時間を止めた瞬間に思い至ったから、怪しまれないように一応何回か斬ってから、お前の後ろに移動して《朱砲》を撃った。時間差で、ちょうど《硬身》が切れてから当たるように。
……あっ、そうだ。もしかしたら知らんかもしれんが、《緋剣》って瞬間移動はできないんだよ。
どんなに離れた場所に移動しても、時間停止が終わったら元の場所に戻ってくるんだ。
要するに帰りの時間が必要ないから、心おきなく思いっきり離れてから《朱砲》を撃てたってわけだ―――
……あれ?」
一通り解説し終わってから、俺は妙な雰囲気になっているのに気付いた。
チェリーも、セツナも、ろねりあたちも、『なんだこいつ……』みたいな目を俺に向けている。
「な、なに……? なんか変なこと言った……?」
めちゃくちゃ不安になって尋ねると、チェリーが小さく手を挙げて逆に質問してきた。
「あのー……そんな細かいことを、あの一瞬の間に考えたんですか?」
「は? そんなわけないだろ。『思い返してみれば、たぶん俺はそういうことを考えてたんだろうな』っていう推測であって、その瞬間は、なんていうか……」
「……『なんとなく』ですか?」
「そう! それ! なんとなく!」
「……………………」
なぜかチェリーは、じとーっとした目で俺を睨んだ。
「……天才肌、腹立ちます。先輩のくせに」
「天才肌ってほどのもんじゃないだろ。対人戦に慣れてる奴はみんなこんなもんだと思うけど」
「謙遜とかじゃなくて、単なる事実なのが怖いね、それ」
「対人戦強い人たちは皆さん化け物揃いですよね……」
セツナとろねりあが苦笑混じりに言った。
えー?
得意不得意こそあれ、ちゃんと経験積めば誰でもこのくらいできると思うけどなあ……。
それこそ、対人戦の聖地にでも行けば、俺より遙かにヤバい奴がごろごろいるんだが……。
実際、前の《RISE》では本戦のベストエイトで負けたし。
「……ふ……ふふっ……」
俺たちがぐだぐだやってる横で、そんな笑い声がこぼれた。
「っふふ……はははははははっ……ははははははははははははははははははっ!!」
火紹がどうっと仰向けに倒れながら、大口を開けて笑っていた。
兜の奥に覗く精悍な顔は、しかし無邪気な少年めいた純粋な笑顔で――
「……キャラ崩れてるけど、いいのか?」
「ははははは――あっ」
おずおずと指摘すると、火紹は『しまった』という顔をして口元を隠した。
なんかかわいいなこいつ。
どう考えても二十歳は超えてると思うんだが。
火紹は『寡黙な武将』っぽい無骨な顔つきを取り繕うと、不意に正座をして、俺に向かって頭を垂れた。
「えーと……?」
さっぱり意味がわからなくて戸惑っていると、重苦しい声で火紹が呟く。
「……介錯を」
「かいしゃく……? あっ、セーブポイントに飛ばせってことか」
デュエルで負けてもデスペナルティは課されない。
一方で、勝った側の裁量で、負けた側をセーブポイントまで『死に戻り』させることもできる。
たまに移動時間を省くために――いわゆるデスルーラだ――利用することがある仕様だ。
俺はウインドウを呼び出す。
【敗者をセーブポイントまで戻しますか? Yes/No】
【Yes】のほうに指を向けて、俺は正座した火紹に言った。
「いいゲームだった」
「……………………」
火紹は、お辞儀をするように、さらに深く頭を垂れる。
それを挨拶と見なして、俺は【Yes】に触れた。
人外めいた巨体が、紫色の炎に包まれた。
そうして、赤い鎧の騎士は、人魂さえも残すことなく――
紫の炎と共に、このダンジョンから消え去った。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
もはや障害はない。
俺たちは廊下を走りきり、第十の謎解き部屋へと突入する。
火紹に稼がれた時間は、そう長いものじゃない。
せいぜい5分あるかどうかだ。
UO姫に追いつける可能性は充分ある。
はずだったが――
「いない……!」
突入した謎解き部屋に、UO姫の姿はなかった。
仕掛けらしきものも、おそらくは何も解かれていない状態になっている。
「速攻で解いていきやがったのか。ここに来て冴えてるな、あいつ……!」
「まだそこまで先行されてないはずです。先輩!」
「わかってる!」
俺は部屋全体を見回した。
ヒントらしきものを一つ一つ記憶して、パズルのように組み合わせる。
完成形は、パッと見でわかっていた。
だから、そこから逆算するようにして、開発者が意図した手順を推測する。
「――わかった」
おおよそ40秒くらいだったと思う。
解き方を見つけ出すのと、それを実行する時間、合わせて40秒。
思ったより時間を喰ったが、UO姫に追いつくのには充分だ!
最後の謎解き部屋を突破して、再び廊下に出る。
UO姫の姿はまだ見えない。
廊下を駆け抜けて部屋らしき空間に出ると、入口と出口が鉄格子に塞がれて、わらわらと僧兵たちが湧いてきた。
「セツナたちは手を出すなよ!」
チェリーの範囲攻撃魔法で大雑把にダメージを与えてから、俺が残敵を掃討する。
その戦術で僧兵を全滅させると、出入口を塞ぐ鉄格子が引っ込んだ。
「UO姫の奴、今のも一人でやったのか……」
「あの女は人に戦わせるのが好きなだけで、自分で戦えないわけじゃないですから」
最悪な性格なんだよなあ……。
同じような部屋が、それからさらに二つ続いた。
謎解きと違って、戦闘では戦力差がものを言う。
さすがに、一人で進めているUO姫より、二人いる俺たちのほうが速いはずだ。
だから、必然だった。
UO姫の小さな背中が、薄暗い廊下の先に見えたのだ。
追いついた!
しかし――
その先。
UO姫の目と鼻の先に。
巨大な扉があった。
豪奢な装飾が施されたそれは、紛れもない――
「ボス部屋だ……!!」
UO姫は脇目も振らず、扉に飛びつく。
観音開きの片方を少し開くと、できた隙間に滑り込んだ。
直後に、扉はぴったりと閉じる。
「確かネット情報だと、ボスは三連戦だったよな?」
「はい。ボス部屋はインスタンスマップで、3つ続いているらしいです。1体倒すごとに先に進めて、合間合間には準備用のスペースがあるとか――そのスペースはインスタンスマップではないみたいですね」
「よし。……じゃあ、こっからはお前一人でやれ」
「えっ?」
当惑した表情で、チェリーは俺の顔を見た。
俺は走る足を緩めず、
「向こうは一人だ。こっちは二人で完全有利。ルール上は何も問題ないし、勝負として見れば、舐めプレイ以外の何でもないだろう。でも――」
俺はちらりと後ろを見た。
それぞれのジュゲムを引き連れた配信者、セツナとろねりあを一瞥した。
「――なあ、どっちのほうがいいと思う!?」
セツナとろねりあは顔を見合わせて、おかしそうに笑った。
「そりゃあ」
「配信的には」
「「一騎打ちしか有り得ない!」」
だよな。
だって、そっちのほうが面白そうだし。
「というわけで、俺は手を出さない。見せ場だぞチェリー。そもそもこれは、お前とあいつの勝負だろ!」
「……はあ~」
チェリーは呆れたように、深く溜め息をついた。
しかしそれは、フリにすぎなかった。
直後に浮かべる不敵な笑みの、前準備にすぎなかった。
「――媚びるしか能のない女の一人くらい、私だけで充分です!」
「よく言った!」
「わっ!? ちょっ、背中叩かないでくださいよ! コケるじゃないですか!」
ボス部屋前にたどり着く。
豪奢な装飾の観音開きに手を触れながら、「あ、そうだ」と俺は後ろの配信者たちに振り返った。
「インスタンスマップらしいから、悪いけどボス戦そのものは映せないぞ」
「あっ。そうじゃないか!」
「忘れてましたね。さっき『配信的には』なんて言ったばかりなのに」
「そちらもそちらでボスを倒せば、途中の準備用スペースで合流できますよ。そのときに私とあの女のどちらがリードしてるかはわかるはずです」
そう言って、チェリーは人の悪い笑みを浮かべた。
「それとも、追いすがる自信がありませんか? 私一人に? 五人掛かりなのに?」
あからさまな挑発に、セツナとろねりあは苦笑いを浮かべる。
「そこまで言われちゃ引きさがれないな」
「わたしたちだって素人じゃありません。やるよ、みんな!」
「「「おー!!」」」
JKたちの声が重なったところで、俺はボス部屋の扉を引き開いた。
扉の奥には、深い闇ばかりがわだかまっている。
「ボス戦の様子は一応俺が録画しとく。それで俺が手伝ってないって証明にはなるだろ。
――ちゃんとついてこいよ。この女はバケモンみたいに手強いぞ」
「『バケモンみたいに』は余計です!」
「いだっ!」
チェリーにシバかれながら、俺は扉の奥の闇へと身を投じていった。