第39話 開戦600フレーム
【MAOーチェリーVSミミ解説実況会場】
【2,132人がsetsunaを視聴中】
「いきなり《魔剣再演》!?」
デュエル開始と同時に発声されたケージのキーワードに、セツナたちは一斉にどよめいた。
〈いきなり!?〉
〈いきなりwwwwwwwww〉
〈いきなりwwwww〉
〈いきなり!???〉
〈いきなりwwwwwwwwwwww〉
ユニークウエポン《魔剣フレードリク》の所持者だけが使える体技魔法《魔剣再演》。
その効果は、ほんの短い間、超強力な5種類の専用魔法を使い放題になるというものだ。
その『公式チート』とさえ呼ばれる強力な効果と引き替えに、《魔剣再演》には二つの重いデメリットがある。
一つが、86400秒――すなわち丸1日にも渡るクールタイム。
現実時間で1日に1度しか使用できないのである。
そしてもう一つが、消費MP。
《魔剣再演》は、その時点で残存しているMPを根こそぎ消費してしまうのだ。
2つ目のデメリットに関しては、《マナポーション》に余裕さえあるなら取り戻すことは可能である。
だが、それは普段ならば、の話。
このデュエルにおいては、《ノーアイテム》がレギュレーションとして定められている。
失ったMPを回復する手段が存在しないのだ。
つまり今、ケージは、丸々残っていたはずのMPをすべて、ドブに捨ててしまったのである。
「先輩、まさか、本気で5秒で!?」
緋色に輝く魔剣を鞘から抜き放ちながら、ケージは高らかに詠唱した。
「《第五魔剣・赤槌》!!」
剣身から迸った真紅のオーラが、破城槌の形を取る。
フレードリク流突進剣技《赤槌》。
城門すらぶち破る一撃が、正面から巨人騎士に襲いかかった。
2メートル半もの身長を持つ彼にとって、決闘場となったこの廊下はあまりに狭すぎる。
この不意打ちにも等しい先制必殺攻撃を避けることは、敏捷性の観点から言っても不可能だった。
ゆえに。
彼は、《赤槌》を正面から受け止める。
「………………ッッッッッ!!!!!!!」
ズガガガガッ!!!
と。
足裏で地面を削りながら、火紹は廊下の奥へと押し込まれていく。
これが相撲であれば敗北は免れなかったが、しかし、この勝負の行く末はHPだけが決めるのだ。
4分の1を越え――
半分を越え――
――ゲージが黄色に変わる。
火紹がHPを散らすごとに、《赤槌》の威力もまた衰えた。
真紅のオーラによって形作られた破城槌は、10メートルもの距離、巨体を押し込んで―――
止まる。
《赤槌》が花びらのように散った。
赤い鎧を纏った火紹だけが、その場に残った。
しかし――
彼は、倒れない。
そのHPは、未だ3分の1ほど残っていた。
「耐えたっ!?」
〈耐えた!!!!〉
〈たえたあああああああああああああ〉
〈耐えた!〉
〈耐えたああああああああああああああああああああああ〉
赤い兜の奥から、巨人の眼光が輝く。
離された距離を取り戻すべく、大きな足を上げたその瞬間、
「《第三魔剣・朱砲》!!」
真紅のオーラによる砲弾が襲った。
フレードリク流遠隔剣技《朱砲》。
剣技と言いながら見ての通りの飛び道具だ。
いかに大きいとはいえ、10メートル以上も間合いを離されては、火紹のメイスも届かない。
この間合いを保てば、ケージが一方的に攻撃し続けられるのだ。
「先輩、大人げなっ!」
〈言いにくいことをwww〉
〈戦術だから仕方がない〉
〈ガチだ・・・〉
「うん。ガチだね……」
本気で勝ちに行っているからこそ、手段は選ばない。
これは敬意なのだ。
最前線組としてそこそこ名も知られているケージが、ただ珍しいクラスを持っているだけの火紹に、心から敬意を払って戦っている証なのだ。
襲い来る真紅の砲弾を、やはり火紹は避けられない。
胸に直撃を受け、HPが10%まで減った。
ケージは続けざまに《朱砲》を放つ。
フレードリク流の剣技魔法は、消費MPゼロの上に、そのほとんどがわずかなクールタイムしか持たない。
飛び道具としては異常な威力を持つ《朱砲》でさえ連発が可能なのだ。
追撃の真紅の砲弾が火紹に迫る。
一発耐えたことがすでに奇跡だ。
フレードリク流剣技が、剣技であるがゆえに、ダメージ計算にVITを参照することが原因だろう。
普通なら最初の《赤槌》で3回は死んでいる。
《巨人》クラスの恐るべき補正値が推して測れようというものだった。
しかし、それでも、2発目は耐えられない。
残り10%のHPは、この《朱砲》をもって消滅する。
そして――
ちょうどその瞬間が、ケージが事前に宣言した、5秒だった。
《朱砲》が火紹に迫る。
わずか5秒の攻防。
否。
ケージの一方的な蹂躙だった。
この瞬間までは。
「――オォオアオッ!!!!」
短く。
獣のような咆哮が轟いた。
瞬間。
ピキン。
と音が鳴り。
火紹の巨躯が光を放つ。
それは、体技魔法に特有のエフェクトだった。
巨大なメイスが炎を纏う。
花火がごとく火の粉を散らせ、×字に交差した軌跡のそれは――
――棍系体技魔法《潰焔牙》。
さながら盾だった。
完璧なタイミングで繰り出された《潰焔牙》が、×字に閃いて《朱砲》を叩き落とす。
《相殺》だ。
威力において互角、あるいは勝っているときに限り、魔法を魔法で打ち消すことが可能となる。
「防いだあああ―――ッ!!?」
とはいえ、狙ってできるものではない。
相殺は普通、攻防の最中に偶然起こるものでしかない。
動きを完全にシステムに支配されてしまう体技魔法で、器用に飛び道具を叩き落とすなんて、狙ってできるものではない。
しかし、もし、可能だとすれば。
それは、一部の隙もない研究と、途方もない練習によるものでしか有り得なかった。
すなわち、対策だ。
誰にでも通用する汎用的な技術ではなく。
想定した敵にしか発揮されることのない、専門的な技術――!
「――オオアォオッ!!」
再び、短い咆哮が轟いた。
と同時。
ズゥンッッ!!!
地面が震撼した。
それは2メートル半もの巨人が、渾身の力で地面を踏みつけた衝撃。
普通の人間の倍近くある巨体が――
――凄まじいスピードで走り出した、その号砲である。
「しゅっ――」
「《縮地》だ!!」
AGIステータスを飛躍的に上昇させるスキル《縮地》。
ウォーリア系と称される魔法流派であればほとんどの場合装備できるそれを、見るからに前衛職である火紹が使ったとしても、何もおかしくはない。
ただの先入観だ。
火紹は今の今まで、《縮地》を使わなかった。
ケージのほうは街の中を移動するのに使い倒していたのにも拘らず。
それが《巨人》は《縮地》を使わないという先入観に繋がっていた。
明らかに計算。
初めから確信的に、伏線は積み上げられていた。
そして、己を含めた何もかもを計算で組み上げている少女を、この戦いを見る誰もが知っていた。
《縮地》によって加速した火紹の突進は、あたかも暴走するトラックだ。
その走行自体がすでに暴力的で、本能的に逃げてしまいたくなる圧力があった。
しかし。
ケージは退かない。
宣言した5秒が過ぎてしまっても、彼は最短距離で勝利を目指す。
「―――《第二魔剣・紅槍》―――!!」
魔剣の剣身から迸った真紅のオーラが、長く伸びて槍の形を取る。
フレードリク流中距離剣技《紅槍》。
「拒絶する気だ!」
間合いの長い技による牽制。
『お前の接近は受け入れない』という無慈悲なまでの宣言だ。
ケージは近接戦を徹底的に拒絶し、火紹に何もさせないままHPを削りきる構えだった。
鋭く尖った真紅の穂先が、稲妻めいて空気を貫く。
それは急所である首元を正確に狙い定めていた。
躱すか防ぐか選ばなければ即刻死亡。
だが、そのどちらを選んだ場合でも、彼の突進は終了してしまう。
そして、それと同時に、《縮地》によるAGI強化も潰えてしまうのだ。
一手一手が致命。
まるで詰め将棋のように、ケージは王手を繰り返す。
連打される必殺は、彼が火紹に感じている脅威の大きさを物語っていた。
近づかれたらやられる。
圧倒しているように見えて、危機は彼の鼻先にも突きつけられているのだ。
間合いの奪い合い。
言葉にすれば簡単だが、それは今回に限っては、勝利の奪い合いに等しい。
それが故に、彼らは死力を尽くすのだ。
近づく。
近づかせない。
たったそれだけのことに、知謀策謀を注ぎ込む。
コンマ1秒にも満たない攻防の刹那に、己のすべてを叩き込む。
一歩でも近く。
一歩でも遠く。
相手に近づく。
相手を遠ざける。
相反する思惑が、しかし完全に合致して、二者の間で見えない火花を散らした。
迫る真紅の槍。
躱すか、防ぐか。
二つに一つ。
受ければ必死。
躱せば失速。
防いだところで先はない。
ならばどうする。
決まっている。
火紹は三度、咆哮を放った。
「――――オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オッッッ!!!!」
ダンジョンの壁や天井がビリビリと震えた。
それだけではない。
ひときわ痛烈な咆哮は、アバターさえも震わせて麻痺させる。
それはもちろん、ケージすらも。
音と槍。
音のほうが速かった。
ケージが一瞬だけ麻痺させられたことで、槍の照準が狂う。
《紅槍》は火紹の赤い鎧をかするだけに留まり、背後へと抜けた。
千載一遇の、コンマ数秒。
火紹が間合いを詰めるのには、充分すぎる時間だった。
〈近づかれた!!!〉
〈やばい〉
〈行け!!!!!〉
ケージがメイスの間合いに入っている。
彼は《紅槍》の発動後硬直から復帰した直後だ。
今更離れようとしたところで、火紹はそれを許しはしないだろう。
もっと広い場所ならば話は違った。
ケージは敏捷性を活かし、火紹を翻弄して完勝できたはずだ。
しかし、ダンジョンの狭い廊下では、そんな試合展開は望むべくもない。
元より火紹は、自分に有利な場所でケージたちを待ち受けたのだ。
ならば、これが必然の決着。
STRとVITにおいて大きく劣るケージは、正面からの殴り合いでは火紹に勝てない。
レアクラス《巨人》の暴力の前に、膝を屈する他にないのだ。
「――アオォオオッ!!!」
獣のような咆哮を短く放ちながら、火紹がメイスを振り上げる。
それに潰されるまでの、ほんの刹那。
コンマ数秒の間隙。
それだけあれば、ケージには充分だった。
「――《第一魔剣》――」
接近した巨人を睨み上げ、ケージは詠唱する。
「――《緋剣》――!!」
瞬時のことだった。
――ズガガガガガガガガンッ!!!!
と。
轟音が無数に連なった。
一瞬遅れて、火花のようなエフェクトが火紹の赤い鎧に咲き乱れる。
その一つ一つが、斬撃だった。
今の瞬間、ケージが時間と時間の狭間で放った、数十という斬撃だった。
フレードリク流近接剣技《緋剣》。
主観時間で5秒だけ時間を停止させ、その間、好きなだけ攻撃が可能となるフレードリク流の切り札。
余人にとっては一瞬に過ぎない隙も、ケージにとっては5秒もの大きな隙になってしまうのだ。
MAOを対戦ゲームとして考えたときには、紛れもないバランスブレイカー。
いわゆる『壊れ技』である。
しかし、『ノーリミット』ルールを受諾したのは火紹のほうだ。
何が悪いかといえば、技ではなく。
ケージの間合いに踏み入ったこと。
付け入ることのできる隙を見せたこと。
要するに、《緋剣》対策をしなかったことだ。
だから――
火紹は、止まらなかった。
「HPが……!」
「減ってない!?」
ほぼ、無傷。
火紹のHPは、ほんの2%ほど減っただけだった。
二人の攻防を目を皿のようにして見ていたセツナは、瞬時に悟る。
10%ほどしかなかった火紹のHPで、《緋剣》の連続攻撃を耐えるのは不可能だ。
ただし、普段の防御力なら。
メイスを振り上げた瞬間に、火紹は短く咆哮していた。
もしかして、あの瞬間に――
「《硬身》か!!」
体技魔法《硬身》。
効果は、一瞬だけ自分へのダメージを大幅にカットする、というものだ。
主にボス戦で使用されるその魔法を、見事に《緋剣》のタイミングに合わせて使用してみせたのだ。
完全に、読んでいた。
ケージがこのタイミングで《緋剣》を使うことを、火紹は完璧に読み切っていたのだ。
「オォオオオオオオォオオオオオオッ!!!」
獣のような咆哮を迸らせ、火紹はメイスを振り下ろす。
今度こそ、手はなかった。
ケージはSTRとAGIを重視した軽剣士型ビルドだ。
《朱砲》さえねじ伏せたあの巨大メイスを、一発たりとて受け切れはしまい。
これは。
本当に。
「決まっ――」
――た、
と、
言おうとした、寸前だった。
セツナは、ケージがかすかに笑みを浮かべているのを目撃した。
彼は、迫るメイスのことなど一瞥もしていない。
彼の目は、すでにして告げていた。
――俺の、勝ちだ。
直後。
火紹の背中で、何かが爆発した。
それは、真紅のオーラでできた砲弾。
――《朱砲》。
火紹の表情が愕然と歪む。
何が起こったのかわからない。
そんな表情だった。
だが、プログラムに支配されたシステムは止まらない。
彼の乾坤一擲の一撃は、ついぞケージに届くことはなく。
8%だけ残っていたHPは、今度こそ一片残らず消滅した。
二人のデュエルが開始されてから、ちょうど10秒後の出来事である。