第38話 おい、デュエルしろよ
【MAOーチェリーVSミミ解説実況会場】
【2,057人がsetsunaを視聴中】
〈すげえ。2000人超えてる〉
〈なんでこんなに人多いの?〉
〈普段の倍くらいおる〉
〈初見〉
〈MAO内で話題になってるらしい〉
〈あんだけ方々で騒いでたらな〉
〈ガチャ対決のとき見に行ったけどめっちゃ目立ってたw〉
〈やっぱ持ってるな〉
〈あの二人が絡むとすーぐトレンド沙汰〉
〈配信やればいいのに〉
〈配信やればめっちゃ稼げそう〉
〈いや、いいよ、あの二人は。勝手にやってるのが一番面白い〉
〈わかる〉
〈わかる〉
〈どっちかというと配信向きなのはUO姫だよな〉
〈UO姫にリアルお布施可能になったらやばそうwww〉
〈コメント欄が信者とアンチの戦争になりそう〉
〈女のアンチは怖いぞ・・・〉
〈UO姫の女アンチはマジで闇〉
〈ここは平和だからな〉
〈セツナ配信の平和さ、すこ〉
〈その点セツナ配信の落ち着きぶりよ〉
〈訓練されてるからな〉
〈確かに視聴者2000人の配信とは思えない雰囲気だわ〉
〈MAO配信は結構平和なのが多い〉
〈MAOの民度の高さは一体なんなんだろ〉
〈ぶりっこ姫しね〉
〈ぶりっこ姫しね〉
〈ぶりっこ姫しね〉
〈ぶりっこ姫しね〉
〈ぶりっこ姫しね〉
〈ぶりっこ姫しね〉
〈ぶりっこ姫しね〉
〈BAN〉
〈ban〉
〈BAN〉
〈こっわ〉
〈ヒエッ〉
〈民度がどうとか言ってるそばからw〉
〈これはガチアンチじゃないな。ガチ勢は見えないところで陰口を叩く〉
〈マジでUO姫のガチアンチだけは敵に回したくない。信者の男は本気で尊敬する〉
〈前に住所晒された信者いたよな〉
〈マジ?〉
〈マジ〉
〈しかもポストに大量の手紙突っ込まれたりしたらしい。本人だけじゃなくて近所の家とかにも〉
〈えええええ〉
〈犯罪じゃん〉
〈そんでUO姫がマジ切れして、その晒したアンチをガチ訴訟したんだよな〉
〈すげえ〉
〈つっよ〉
〈あったあったwマジでざまあって思ったわw〉
〈あのときは見直したなあ〉
〈UO姫、正直見た目以外はそんな好きじゃないけど、そういうとこは好き〉
〈数百人規模のクランのマスターやってるのは伊達じゃないってことよ〉
〈それも好感度稼ぎだったんじゃないかって邪推したくなるけどw〉
〈好感度稼ぎでしょ〉
〈やらない善よりやる偽善なんだよなあ〉
〈気に喰わないのはわかるけど、越えちゃいけないライン意識していけ〉
〈一応言っておくけど、女性プレイヤーってそういう人ばっかりじゃないから!!!!〉
〈安心しろ。この配信、実は9割女だから〉
〈女でーす♪〉
〈JKだょ☆〉
〈ふぇぇ・・・〉
〈と、おっさんが申しております〉
〈性別のライン踏み越えていけ〉
〈実際、本当に多いけどね、女性リスナーw〉
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
【ケージ&チェリー】
途中途中に出てくる僧兵をガン無視、あるいは瞬殺して突き進み、やがて見覚えのある扉が見えてきた。
第十の謎解き部屋。
ボス部屋の前に立ちはだかる最後の障害だ。
その手前の廊下に――
赤い鎧の巨人の背中と、神輿に座る少女が見えた。
「おーいーつーいーたあああああああああああああっ!!!」
チェリーがまるっきり女を捨てた叫び声を上げると、神輿の上のUO姫が振り向いて、ギョッとした顔をする。
「……あ、あ~! チェリーちゃんだ~☆ そんなに急いでどうしたのぉ~? おトイレ?」
「あんたをそこから蹴り落としに来たんですよッ!!」
「きゃ~! こわ~い!」
「あっ出た! 出ました、『きゃ~こわ~い』! あの類の女はああ言えば周りの男が勝手に守ってくれると思ってるんですよ!! 軟弱者が!!」
「えっ。お前もたまに言ってない……?」
「言ってません!!」
おかしいなあ。
自分の言うことは記憶されないのかなあ。
人類という種の構造的欠陥だなあ。
「追いつける! 追いつけるよこれ!」
「最後の謎解き部屋で並びます!」
妖精型カメラ《ジュゲム》をそれぞれ引き連れてついてくるセツナとろねりあが、配信のリスナーに向かってか、興奮気味に叫んだ。
クエストはクライマックスだ。
あと一つ謎解き部屋を越えて、その先のボスを倒せばクリアになる。
それでこのRTA対決の勝敗が決するのだ。
たぶん、俺たちとUO姫たちとの間に、戦闘力の隔たりはさほどない。
ボス戦のタイムは双方同じようなものだろう。
だから勝負の趨勢は、最後の謎解き部屋をどちらが早く突破するかで決まる……!!
「いや待て。謎解き部屋はインスタンスマップじゃないぞ!? あいつが謎解きしてる間に追いつけさえすれば、一緒に先に進めるはずだ!」
まさについさっき、俺たちとセツナたちがそういう風に進んできたばかりだ。
謎を解いて少し経つと仕掛けは元に戻る。
ただそれだけで、謎解きしていないプレイヤーを弾くような仕様はない。
だから、先に進めるようになった瞬間にその場に居合わせれば、労なく便乗することができるのだ。
「遅れさえしなければいい! 焦るなチェリー!」
「いいえ……!」
チェリーは、首を振った。
先を行くUO姫の姿を睨み据えて、そして――
「あの女は、そんな守りに入った思考で勝てるほど、甘くはありません!」
直後だった。
最後の謎解き部屋まであと少しというところで、UO姫が神輿から飛び降りた。
同時に、今まで彼女を運んでいた巨人騎士・火紹がその場に立ち止まる。
彼を残して、UO姫が一人きりで、たたたっと扉へ走っていった。
これは……。
まさか……!?
「……………………」
無言で、火紹がこちらに振り返る。
2メートル半にもなるだろう巨体が、決して広くはない地下ダンジョンの廊下を塞いだ。
仁王立ち。
まるで三国志のワンシーンのようだった。
可憐な姫を逃がすため、屈強な武将が一人残って敵を迎え撃つ。
俺たちのほうが悪者みたいな状況だ。
無手だった火紹の両手に、武器が実体化した。
彼の巨体にそぐうほどの、巨大なメイス。
まるで大樹をへし折ってそのまま担いでいるような、無骨で雑な武器だ。
基本的に、武器は装備者の体格に合わせて大きさが変わる。
しかし、それによる性能の上下はないはずだ。
本来なら。
あれほどのサイズ。
本当に基本通りのスペックなのか?
デザインのシンプルさを見るに、強力なレア武器の類ではない。
きっと十把一絡げの量産型だろう。
それでも――
大きさ、というたった一つの特徴に、俺は気圧されずにはいられなかった。
「――ッ行きます!」
足を緩ませかけた俺の背中をひっぱたくように、チェリーがそう宣言した。
加速する。
火紹の脇を抜けて、UO姫に追いつくために。
そうだ、神聖コーラムはPK禁止エリア。
あれだけの巨体をもってしても、俺たちを食い止めることはできやしない。
あの馬鹿デカいメイスだって、見せかけでしかないのだ……!!
サンエリス広場での競争から、あの巨人がさほど機敏ではないのはわかっている。
このまま脇を走り抜けるくらいなら簡単なこと―――!!
俺たちがより一層加速した――
そのとき。
咆哮があった。
「――――オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オッッッ!!!!」
ビリッ!
と。
全身に。
痺れが――
走る。
それは、音という名の衝撃だった。
身体を通り抜け、魂に直接叩きつけられる、防御不能の一撃だった。
これは――
広場での競争のときの――
俺たちは、足を止める。
止めざるを得なかった。
もしこれ以上進めば――
やられる。
――そう本能が叫んでいた。
「なんですか、これ……」
チェリーが愕然と、咆哮を放った巨人を見上げている。
――威嚇。
そうとしか呼べないモノだ。
敵意が、殺意が、理屈なしで直接伝わってきた。
俺たちの足を止めたのは、果たしてシステムによる瞬間的な麻痺なのか、それとも――
「……………………」
火紹はわずかに腰を落とし、メイスを構えた。
PK不可能なこの場所では、その巨大なメイスをどれだけ振るったところで、俺たちには1ダメージも与えられない。
だが。
その目が、その巨体が、声高に叫んでいた。
ここは、通さない。
誰も、一人たりとも、通さない。
「……なあ」
俺は思わず、その巨人に話しかけていた。
「お前、UO姫のどこが好きなの?」
チェリーが怪訝な顔でこっちを見る。
「なんでいきなり恋バナおっぱじめてるんですか?」
「いや、なんとなく」
なんとなくだ。
確たる理由なんかない。
でも、気になった。
言うなれば、ただの好奇心だ。
答えてもらえるなんて思っちゃいなかった。
……それでも。
寡黙な武将のロールプレイをしているという巨人は――
――初めて、俺たちの前で人語を喋った。
「…………ミミ様、だけ、だった…………」
巨体とは対照的なか細い声に、俺は耳をそばだてた。
「…………ミミ様、だけ……俺の味方、してくれた…………誰に何を言われようと……好きなら胸を張れ、って…………気持ち悪くなんかない、って…………あなたは、間違ってない……って…………」
「……お前……」
理由はない。
理屈はない。
でも、か細くも切実なその声を聞いて。
俺は、真実を察した。
「お前……あの家の?」
赤い鎧の巨人は――
かすかにだが、首を縦に振った。
かつて。
UO姫の過激派アンチが、とあるUO姫ファンの住所をSNSの書き込みなどから割り出して、ネットに晒し上げたことがあった。
UO姫アンチは厄介なことに徒党を組んでいるケースが多く、しかも悪ノリをする傾向にある。
そのファンの家には連日、誹謗中傷が記された手紙が大量に放り込まれるなどといった嫌がらせが繰り返されたという。
ファン当人も最初はSNSで自らネタにして煽り返していたが、日に日にエスカレートしていく嫌がらせに憔悴した様子を見せるようになり、ついにSNSに姿を見せることもなくなった。
これにキレたのがUO姫である。
いつものあざといキャラをこのときばかりは脱ぎ捨てて、嫌がらせを行ったアンチたちを徹底的に批判――法的措置さえもチラつかせた。
だがアンチたちはどうせ脅しだと言って、嫌がらせをやめなかった。
アンチたちはナメていたのだ。
UO姫はただのゲーマーじゃない。
『人脈』というリアルでも充分に通じる武器を、クランという形で大量に携えている。
MAOには社会人も大勢いるし、その中にはもちろん、法律関係者だって存在するのだ。
かくして、やりすぎたアンチたちは、UO姫による報復を受けた。
MAO界隈じゃ《落とし前》なんて風に呼ばれたが、実際に行われたのは正規の法的手続きだ。
最終的には不起訴になったらしいが、アンチたちはファンの男に向かって泣いて土下座をさせられた、とまことしやかに噂されている。
実際、ゲームがらみのくだらない悪戯なんかで法廷沙汰にまでなったんだから、そりゃ泣きもするだろう。
事の最初の頃は、まさかこんなことになるなんて、アンチたちも、部外者の俺たちも、誰も思ってはいなかった。
この件に絡んでUO姫が発した一言は、今も畏怖と共に語り継がれている。
曰く――
『姫、なめんなよ』
確か、この件の後くらいだったか。
あいつが、《アルティメット・オタサー・プリンセス》なんて異名を付けられたのは。
この事件のあと、嫌がらせを受けたUO姫ファンの男は、MAOに姿を見せなくなった。
さすがに引退してしまったんだろうと言われていたが――
そうか。
こいつが……。
「なあ――もう一つ訊いていいか?」
寡黙な巨人に、俺はさらに問いかけた。
「お前、今、楽しいか?」
火紹は、驚いたように、少しだけ目を見開いた。
それから――
ほのかに微笑んで。
顔を縦に、しっかりと振ってみせる。
「そうか。だったらよかった」
あんなくだらないことで引退なんて……そんな悔しいこと、ないもんな。
「よし!」
俺はアイテムウインドウを開いた。
そこからあるアイテムをタップして、手の中に実体化させる。
それは、白い布だった。
いや、手袋だ。
真っ白な、絹製の手袋だった。
名前は――《決闘の手袋》。
「先輩? ちょっと――」
チェリーが何か言おうとしたが、俺はその前に行動した。
握った白い手袋を、火紹に向かって投げたのだ。
手袋は火紹のお腹辺りにぺしっと当たり、地面に落ちた。
と同時に、俺の目の前にウインドウが現れる。
【《火紹》に対戦を挑みました】
対人戦――いわゆるデュエルを挑むときの、通過儀礼。
手袋を拾えば受諾と見なされ、PK禁止エリアでも剣を交わすことが可能となる。
当然、傷つけても犯罪者にはならないし、負けてもデスペナルティは課されない。
しかし――
この場から、セーブポイントに《死に戻り》させることは可能だ。
「拾えよ――俺たちをさっさと片付ければ、お前もUO姫のボス戦に加勢できるだろ? 悪い選択肢じゃないはずだ」
「……………………」
火紹は足下に落ちた白い手袋を見つめている。
決定権は向こうにある。
俺はあいつの選択に諾々と従う他ない。
戦うか、戦わないか。
その決断を、俺はただ待った――
「なっ……何してるんですか、先輩っ!」
肩を怒らせて詰め寄ってきたチェリーに、俺は苦笑を返す。
「何って……こうするしかないだろ。あいつはここを通すつもりがない。俺たちはここを通るしかない。なら、デュエルであいつを負かすしか方法はない。違うか?」
「ちがっ……い、ませんけどっ……!!」
何やら納得いかないご様子だ。
否定したいけど理由が思いつかない、という顔をしている。
「い、1対1……そうです、1対1ですよ!? 《巨人》なんて聞いたこともなかったクラス相手に―――」
「おいおい」
俺は呆れたように笑って。
気負いなく、何気なく、チェリーに言った。
「俺がサシで負けるとでも?」
チェリーは押し黙る。
歯を噛みしめて、俯いて、「う~っ」と唸って。
横に視線を逃がしたかと思うと……小さな声で、言った。
「…………思いません」
「だろ? ならここは任せとけ」
「うるさいです先輩のくせにカッコつけないでください気持ち悪い!」
「ひどくない!?」
普通にひどい罵倒が飛んできたんだけど!?
謎の不機嫌に陥ったチェリーを前に俺が戸惑っていると、ろねりあがくすくす笑って横から言い添えてきた。
「仲間外れにされたようで寂しいんですよ、チェリーさんは」
「は? そうなの?」
「違います!!」
チェリーは猛然と否定した。
「私はただ、先輩だけに任せるのがちょっと不安なだけで――」
「安心しろよ」
俺はチェリーの細い肩を軽く叩いた。
「お前の出番は、この後にちゃんとあるだろ」
この対決が、そもそも誰と誰の勝負なのか。
忘れてはいないはずだ。
チェリーは、俺の顔を見上げ、何か言い返そうと口を開け――
だけど結局一言も出てこなくて、顔を俯かせて、数秒沈黙したあと――
そっと。
肩に乗せた俺の手に、自分の両手を添えた。
「……10秒で終わらせてください、先輩」
「5秒で充分だ」
そう返すと、チェリーは「ふふっ」と笑って、再び俺の顔を見上げた。
「…………どう見てもカップルなんだよねえ」
「どう見てもカップルですよね」
「そこらへんのカップルよりカップルだよ!」
「っていうかバカップルだね」
「ひゃあー……!」
外野どもがこそこそと話しているのが聞こえたので、俺たちはパッと手を離した。
やめろよ!
マジでそういうつもりじゃないんだよ、こっちは!
ちょうどそのとき、デーン! という効果音が鳴った。
メッセージウインドウが【対戦申請が受諾されました】に変わっている。
火紹が、白い手袋を拾っていた。
「……いいのか? このまま時間稼ぎに徹することもできたと思うけど」
自分で挑んでおきながら何だが、そっちのほうが賢い選択ではあったと思う。
UO姫に一人きりでボス戦をやらせることにはなってしまうが、デュエルを受けないほうがリスクは低かったはずだ。
しかし火紹は、無言のまま顔を縦に振った。
その口元に、淡い笑みを刻んで。
「そうか」
こいつもアホだなあ、と苦笑いする。
だって、その微笑が言っている。
――そっちのほうが面白そうだから、って。
「レギュレーションはわかってるな。ノーリミット・ノーアイテム。魔法、スキル、クラス、レベルに制限はなし。持ち前のものをそのまま使い、アイテムだけは使用不可だ」
火紹は頷いて、巨大なメイスを構えた。
俺もまた、背中の鞘に納めた《魔剣フレードリク+9》の柄を緩く握る。
【10】
カウントダウンが始まった。
チェリーやセツナ、ろねりあたちが、俺たちから離れていく。
【9】
【8】
【7】
呼吸を意識した。
吸って吐いてのリズムを整えて、全身の感覚に神経を巡らせる。
【6】
【5】
【4】
周囲の気配が凪いでいく感覚があった。
自分と火紹、そして周囲の状況に関して以外の情報が、感覚の外に追い出される。
廊下の横幅はせいぜい3メートル。
一本道。
横移動での回避は難しい。
《巨人》はHPとSTRとVITに補正。
全身が一瞬麻痺する威嚇。
【3】
【2】
【1】
緩く握っていた剣の柄を、強く握り直した。
まあ、宣言したからな。
5秒で決めるって。
だったら――
【0】
俺は告げた。
「第一ショートカット発動」
《魔剣再演》。