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第36話 頭の中にレーティングはない

【MAO‐チェリーVSミミ解説実況会場】

【1,532人がsetsunaを視聴中】



〈チェリー組、ベンジャミン発見〉

〈やっとかよw〉

〈結構遅れたなあ〉

〈運悪すぎて草〉


「恋愛運にステ振りすぎだからね、あの二人は」


〈確かに〉

〈確かに〉

〈確かに〉

〈セツナはもうちょっと恋愛運に振ってもええんやで?〉


「ほっといてよ!」


 イケメンのセツナだが、それ故にか、濃いストーカーに悩まされたり、見ず知らずの女性リスナーに抱かれました宣言されて身に覚えのない炎上をしたり、恋愛方面には何かと恵まれていなかった。


〈セツナはイケメンなのに魂が童貞だから〉

〈処女でもある〉

〈童貞と処女のダブルクラスだからな〉

〈草〉

〈ダブルクラスLUL〉


「別に僕は気にしないけどさ、人のそういう部分イジるのはあんまりよくないから気をつけてね。ひどすぎるとBANするから」


〈越えちゃいけないライン考えような〉

〈ごめんなさい〉


「いや、謝るほどじゃないけどね」


 別に隠していることではないので、セツナとしては気を遣われるほうが処理に困る。

 かと言って、あまり無神経にネタにされるのも腹が立つが。


「――あ。来た」


 視界の彼方に、待ち人の姿が現れた。

 雑談タイムは終了だ。


 バレンタイン仕様の街を走ってくるのは、4人の女の子だった。

 見慣れた黒髪ロングの少女が先頭を走っている。

 ろねりあである。


「遅れて申し訳ありません、セツナさん」


 折り目正しく頭を下げるろねりあに、セツナは「いやいや!」と手を振った。


「自分でクエストを進めてなかった僕が悪いんです! 急にお願いしてすみません」


「わたしも審判役ですから。当然のことですよ」


 ろねりあは人当たりのいい微笑を浮かべた。

 礼儀の正しさといい、彼女にはやはり育ちの良さを感じる。

 まるでどこぞのお嬢様か、あるいはお姫様のような。

 GamersGardenでのフォロワー数ではずっと勝っているのにも拘わらず、セツナは彼女に漠然とした尊敬を抱いていた。


〈ろねりあとかいいんじゃね〉

〈趣味同じだしな〉

〈確かにお似合い感ある〉


 視界の端に入ったコメントは黙殺した。


「じゃあ追いかけましょう。パーティ登録いいですか?」


「はい。いま招待を送りました」


「セツナさん、よろしくお願いしまーっす!」

「しまーす!」

「し、します……」


「うん、よろしくお願いします」


 ろねりあの後ろにいる3人に挨拶をして、セツナはパーティ招待を受諾した。

 これでセツナも、ろねりあたちが進めているクエストに途中参加できた形になる。

 つまり――


 セツナたちが待ち合わせをしていたのは、とある教会の前だった。

 普段なら死に戻り用のセーブポイントでしかない施設。

 だが、チェリーとミミがRTA対決をしているクエストを進めていると、別の意味合いを持つようになる。


 すなわち。

 地下ダンジョンの入口だ。


「ミミさんが入って10分くらい経ってるけど……追いつけるかな?」


「わたしたちは5人です。なんとかなりますよ」


「行っくよーっ!!」

「おーっ!!」

「お、おーっ……」


 ダンジョンに入る権利を得たセツナは、ろねりあたちと共に、教会の扉を通り抜けた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




【ケージ&チェリー】


「地下ダンジョン?」


「ですね。教会の地下にあるみたいです」


 ようやくベンジャミンを発見した俺たちだったが、彼から詳しく話を聞き出す必要はもはやなかった。

 俺たちがベンジャミンガチャに苦戦しているうちに、先行した他のプレイヤーから情報が出回っていたからだ。


 聖伐軍の精霊臨界計画――

 精霊バレンタインのエネルギーを過剰に活性化して、教都エムルをぶっ飛ばす計画に必要なのは、供物と生贄。

 そのうち生贄は俺たちによって奪われた。

 だが聖伐軍の連中は、自分たちを代わりの生贄として、計画を強行するつもりらしかった。

 だから今度は供物を奪わなければならないのだ。


「どうか……どうかお願いします! 父親を喪った彼女に……故郷まで失ってほしくないんです……」


「そんな殊勝なことを言っても一人で逃げた事実はなくなりませんからね」


「もう許してやれよ……」


 今日のチェリーは触れるものみなすべて傷つけるジャックナイフだった。


 それから、ベンジャミンとアンネに感動の再会を――


「あっ! 抱き締めて誤魔化してる! 同じです、同じ!」


 ――再会をさせたのち、俺たちは聖伐軍が儀式を行うという地下アジトの入口へと向かった。

 道中、SNSからアジトに関する情報を拾う。


「こっちのステータスを参照して敵のレベルが変わるみたいですよ」


「参照タイミングは? 入ったときだったら、入るときだけ装備とクラス外してステータス下げればかなり楽になる」


「そこまで検証した人はまだいないみたいですけど、試してみる価値はありますね」


「だけど、それが可能だったら厄介だよな……。《巨人》クラスのステータス補正、めちゃくちゃヤバそうじゃね?」


「私たちより楽な状態で攻略できてしまう可能性はありますね……」


 UO姫たちの情報はあまり入ってこない。

 アジト内はボス部屋を除いてはインスタンスマップじゃないみたいだが、アジトに入っている人間自体が少ないのだ。

 セツナがろねりあたちと合流して追いかけているようだが……。


 そうこうしているうちに、地下アジトの入口である教会にたどり着いた。

 俺は瞼を閉じ、簡易メニューの時計を確認する。


「だいたい20分遅れってとこか。ガチのRTAなら絶望的な差だが――」


「ありがとうございます、先輩」


「は? 何いきなり」


「見せ場を作っていただいて」


 そう言ってチェリーは、何の憂いもないかのように、不敵な笑みを口元に刻んだ。


「……いや、ガチャが長引いたの俺のせいじゃねえから」


「どーおですかねえ~」


 俺は運悪くないの!

 ないったらない!


 声高に己の豪運を主張しながら、教会へと入る。

 整然と並んだ横長の椅子を抜けた先に、説教台がある。

 SNSの情報では、入口はあの説教台の下だ。


『!』アイコンが出ていたのでそれに触れると、説教台がひとりでに動き、階段が現れた。


「よし。装備外そう」


「教会で裸になるのはちょっと背徳的すぎるっていうか……」


「なんか適当なやつ代わりに装備しろよ!」


「冗談ですよ冗談。……想像しました?」


「……するまでもねえし」


「私の裸なんか興味ないってことですか? またまた強がりを――」


「見たし。温泉のとき」


「なっ……何を思い出してるんですかあっ!!」


「お前が余計な冗談言うからだろ!!」


「っていうか、あのときは規制ありましたし! 裸じゃありませんし!!」


「俺の頭の中のやつは円盤バージョンなの!」


「え? 円盤ってなんですか?」


「あっ。……うるさいやかましい口を塞げ!」


「『あっ』ってなんですか『あっ』って! 今なにか誤魔化しましたね!?」


 あっぶねええ!!

 チェリーがアニメ系のスラングに明るくなくて助かった……。


 俺は装備とスキルを外してできる限りステータスを下げると、とっとと階段を下りていく。

 代わりに着けたのは飾りっけのない銀の鎧だ。


 チェリーも装いを野暮ったいローブに変えて、俺についてくる。


「……円盤……円盤……UFO……? いや、ディスク……ディスク……?」


 何やらぶつぶつ呟いたかと思えば、


「そういえば、アニメって未だに物理メディアで売ってるって――あっ!」


 背筋に嫌な汗が流れ始めた。

 怖いもの見たさが発揮されて、ちらっと後ろを伺うと――


「~~~~~~~~~っ!!」


 そこには、薄暗い地下でもわかるくらい顔を真っ赤にしたチェリーがいた。


「……こんなところで推理力発揮すんなよ……」


 諦めの口調で言うと、後ろから背中をバシバシ叩かれた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 結局、アジト内の敵レベルはそんなに下がらなかった。

 多少楽になったような気もするが、もともとこのくらいの難易度だった可能性もあるから、突入時にステータスを下げたことに意味があったのかはよくわからない。


 敵、敵、と言ってモンスターと呼ばないのは、出てくるのが僧兵ばかりだったからだ。

 剣や槍、盾、弓など、装備にはバリエーションがあるが、格好は一様に白と青を貴重とした神父服のようなもの。

 レベルも大体、70の後半くらいでまとまっていた。

 出現頻度も散発的で、レベル110に近い俺たちの相手にはならないが、《魔物払い》が効かないことだけは厄介だ。


「わざわざ相手する必要ありません。できる限り無視していきますよ!」


「おう!」


 全滅させないと先に進めない部屋を除いて、俺たちは出現する僧兵たちを無視して突っ切った。

 無論、その結果、背後にぞろぞろと大量の敵を引き連れることになるわけだが、この際仕方がない。

 うっかり他のプレイヤーを巻き込んでMPKになってしまわないようにだけ気をつけていた。


 そういうわけで、敵に関してはさほどの障害じゃない。

 だが、このダンジョンの真の敵は僧兵たちじゃあなかった。


「――っと」


「またですね……」


 奇妙な部屋に出る。

 部屋の真ん中に浅く窪んだエリアがあって、その中のバラバラな位置に像が二つ置いてある。

 二つの像の台座は四角いブロック状になっていて、どうやら押して動かせるみたいだ。


「謎解き部屋ですか……。あの像をどうにかするみたいですけど……えーと……」


 俺は天井を見た。


「あーはいはい。わかったわかった」


「え?」


「天井見ろ。像と同じデザインの絵が二つ描いてあるから。その真下に像を動かす」


「あ、ほんとだ。……気付くの早くありません?」


「俺が一体何年ゼルダやってると思ってんだ? この手の謎解きは見たら大体わかる。勘で」


「……昔ちょっとだけ読んだ小説に『手がかりが揃った瞬間に真相を悟ってしまう探偵』っていうのがいたんですけど」


「まさに俺のことだな」


「そのキャラは超美形設定だったので先輩とは似ても似つきませんね」


「珍しく頭脳方面で負けたからって何とかしてディスろうとすんのやめろ!」


 この負けず嫌いが!


 天井の絵を見ながら像を動かすと、奥の扉がひとりでに開く。

 それを走り抜けると、扉はすぐに閉まった。

 プレイヤーが通り抜けるたびに仕掛けも元に戻ってるんだろうな。

 果たして、先を行ったUO姫たちが、今の謎解きにどれほど時間をかけたかは定かじゃないが……。


「謎解き重視のダンジョンだったのは好都合だ。速攻で解き続ければ10分差くらいすぐに詰まるぞ!」


「はい。先輩をパートナーにしたメリットを初めて感じました!」


「人にあんだけ走り回らせといてよく言えるなお前!」


 ベンジャミンガチャのとき、ずっとお前背負って走ってたのに!


「ちょっとでも謎解きに詰まったら容赦なく煽りますからね! 『え~? 見たらすぐにわかるんじゃなかったんですかぁ~? ぷぷーっ』って!」


「やめろ! プレッシャーかけんな!」


 そんな風に喋りながら走る俺たちの遙か背後から――


「えっ!? もういない!?」


 ――そんな声が聞こえたような気がしたが、直後に出現した僧兵の声にかき消されてしまった。


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