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第35話 無心で回せ、回転数が全てだ

【MAO‐チェリーVSミミ解説実況会場】

【1,338人がsetsunaを視聴中】



〈ベンジャミンガチャ登場!!!!〉

〈13連ガチャでSRベンジャミンが1枚もらえる!!〉

〈様々なベンジャミンを集めて、君だけのチームを作ろう!!!〉


「ぶはっ! ははははははっ!!」


 リスナーたちが次々と繰り出してくるベンジャミンガチャ大喜利で、セツナはげらげら笑っていた。

 実際、気楽なものだ。

 セツナは単なる審判役であって、運不運に一喜一憂するのは当事者である彼女たちなのだから。


 アベニウス家を出たあと、UO姫はアンネを助けに行くという手順を踏むことなく、ネットから聖伐軍秘密拠点の位置がポイントされたマップを手に入れた。


 13ヶ所にある秘密拠点のうち、どこにベンジャミンがいるのかはランダムだが、秘密拠点の位置自体はランダムではない。

 ピース神殿からケージとチェリーが飛び出してきたのが確認されてから、5分と経たずに出回った情報だった。


 結果から言えば、UO姫が告げた通り、彼らは本当に無駄足だったわけだ。

 彼らが神殿で得た情報は、こうしてすぐに共有されてしまったのだから。


「インターネットを賢く使うのが現代のゲーマーだよね~♪」


 赤い鎧の巨人騎士・火紹が担いだ神輿の上で、UO姫は機嫌よく鼻歌を歌っていた。

 と言っても、彼女が圧倒的優勢というわけでもない。

 状況としては並んだだけだ。

 何せ、すでに二つもの秘密拠点を攻略していながら、未だにベンジャミンを見つけられていないのだから。


「あ……慌てない、慌てない。ガチャは慌てたら負け」


「慌てようが慌てまいが確率は変わらないと思うけど」


「己を制した者がガチャを制するのっ!!」


〈結構ガチで焦ってて草〉

〈こんなUO姫初めて見たwww〉

〈ちょっと素が出てるくらいが可愛い〉


 ここまで余裕を貫いてきたUO姫だが、さすがにここまで完全な運ゲーが来るとは予想していなかったらしい。


 秘密拠点は民家などに偽装されていて、中には数人から十数人の騎士や僧兵が詰めている。

 それを全滅させれば牢獄への扉が解放されて、生贄たちを助けられるという仕組みだ。

 助けた生贄の中にベンジャミンがいなければ、次の秘密拠点へ走ることになる。


 騎士や僧兵を倒せば経験値が入るし、生贄たちを助ければアイテムがもらえるので、稼ぎとして考えれば、むしろベンジャミンがいない場所を引いたほうが美味しい。


 だが、これはRTAだ。

 ハズレを引けば引くほどタイムロスになってしまうのである。


 UO姫たちと、チェリーたち。

 どちらが先にベンジャミンが捕まっている『当たり』を引けるか。

 それがこのRTA勝負の趨勢を決めることは、疑いようがなかった。


「……神様仏様マリーアントワネット様。いい子にします。甘いもの我慢します。だからミミに少しだけ運をください……!」


「マリーアントワネットを信仰してるんだ……」


 筋金入りだなあ、と思うセツナの前で、祈り終えたUO姫が巨人騎士に指令を下した。


「行って! 火紹君!」


「――ォォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」


 巨人が獣めいた雄叫びを上げ、3ヶ所目の秘密拠点の扉を蹴り破る。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




【ケージ&チェリー】


「UO姫3ヶ所目――ハズレだってよ!!」


「よおおおしっ!! 引きますよ! 今度こそ!!」


「よせ、物欲センサーが働く! 無になるんだ……心を無にしろ……!!」


 スウウウウウゥゥゥゥゥゥゥ……。

 と。

 俺たちは二人して、細く長く息を吐いた。


「……行きましょう。4ヶ所目!」


「1引く13分の12掛ける12分の11掛ける11分の10掛ける10分の9で、確率約30パーセント!」


 ぜったいれいど当てるのとおんなじだろ?

 いけるいける!


 俺たちは民家に偽装された聖伐軍の秘密拠点に押し入る。

 居間にたむろしていた僧兵たちが、俺たちを見るや慌てて立ち上がった。


「1階4人!」


「任せた!」


 俺は4人の僧兵を無視して階段を駆け上がった。

 2階に出る。

 ここは仮眠室か。

 3つ並んだベッドの上で、3人の僧兵が起き上がるところだった。


 ベンジャミンを見つけられるかどうかは運ゲーだが、運ゲーにも運ゲーなりの立ち回り方というものがある。


 より速く。

 より多く。


 拠点を潰して回ることができれば、ベンジャミン発見までの時間は短くなるのが道理。

 最短最速。

 結局、やることは変わらない――!


第四ショート(キャスト)カット発動(・フォー)!」


《風鳴撃》で、3台のベッドごと僧兵たちを壁に叩きつけた。

 そして続けざまに、僧兵たちの急所を突き刺していく。

 3人の僧兵は床にくずおれ、動かなくなった。

 HPは1ドットだけ残っているが、これで倒した扱いになる。


「よし、やっぱこのパターンで行けそうだな……!」


 4回目にしてようやく整ってきた瞬殺戦術に手応えを感じながら、階段を駆け下って1階に戻った。


「チェリー!」


「先輩!? 2階はどうしたんですか!?」


「は? 終わったぞ?」


「まだ鍵出てきませんよ!?」


 拠点内の敵を全滅させれば地下の牢獄への鍵が手に入る仕組みだ。

 ってことは……?


「――チェリー! 後ろ!」


「えっ」


 物陰から飛び出した僧兵が、チェリーの背後で剣を振り上げていた。

 チェリーも振り返るが、防御は間に合いそうにない。


第五ショート(キャスト)カット発動(・ファイブ)!」 


 早口でキーワードを発声した。

《ファラミラ》。

 バレーボールほどの火球が、剣を振り上げた僧兵の胸に当たる。


「きゃっ!?」


 無駄に可愛い悲鳴を上げて、チェリーが目の前で起こった爆発から距離を取った。

 攻撃によって一瞬遅れた剣は、チェリーまで届かない。


 僧兵がチェリーを追いかけようとした隙に、俺が接近して斬撃した。

 袈裟掛け。

 斬り上げ。

 唐竹割り。

 間髪入れずの3連コンボで、僧兵は沈黙する。


「おっ」


 倒れた僧兵の腰辺りに『!』アイコンが浮かんだ。

 その辺りを探って鍵を手に入れる。


「まさか5人目がいたとは思いませんでした……」


「お前、もっと周りに注意しろよ」


「先輩に気を取られたんでしょー!?」


 ともあれ、居間の奥にあった扉で鍵を使って、地下に降りていく。


「牢獄に行く前に武器を仕舞おう……! 怯えてベンジャミンが出てこなくなるかも……」


「なるほど!」


 何の疑問もなくオカルトを実行する俺たち。

 果たしてたどり着いた牢獄では、そんな努力の甲斐あって――


「助けていただきありがとうございます! これはほんのお礼の品で……ベンジャミンさん、ですか? ここにはおりませんが」


「……………………」

「……………………」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「5ヶ所目です!」


「ちょっと郊外にあるじゃねえかちくしょう!!」


「ところで気付いたんですが、この家、木造ですね」


「うん? おう」


「周りに他の民家もありませんね」


「ん? ……ま、まさか、おま――」


「《チョウホウカ》!!」


「あーッ!!」


 チェリーが迸らせた炎により、小屋に偽装された拠点は盛大に炎上した。


「あっはははは!! 燃えろ燃えろーっ!!」


「お前なんちゅーことを!!」


「これなら不意打ちを受けることもありません!!」


 さっきのこと根に持ってる!


「なんだっ!?」

「うわーっ!!」

「火事!?」

「消せっ!! 早くっ!!」

「息がっ……ゴホッゴホッ!!」


 燃え盛る小屋の中から悲鳴が聞こえる……。

 誰か逃げ延びてくるかと警戒したが、結局、その前に屋根が崩れ落ちた。

 小屋が完全にペシャンコになると共に、炎も消える。


 瓦礫の中から、僧兵のものらしき手足が何本か飛び出していた。

 HPバーを見るに、一応生きてはいるらしい。


「ひどい……」


「さっさと地下への入口探しますよ!」


 瓦礫を掘り起こして地下へ降りる。


「助けていただきありがとうございます! これはほんのお礼の品で……ベンジャミンさん、ですか? ここには」


「次です次!!」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「6ヶ所目!」


「もうほぼ半分じゃねえか!」


「そろそろ出てもいいですよね!?」


「ダメだ。そういうこと言ってるときは出ない! 『あーもうダメだわ無理無理』ってなってるときに出る!」


「じゃあいったん諦めましょう!」


「……はあ~。こんなにやっても出ないとか、そもそも入ってないんじゃねえの?」


「どうせ出ないから~。出たとか言ってる奴は運営のステマ」


「よし突入!!」


 地下。


「助けていただきありがとうございます! これはほんのお礼の」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

「も゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「ついに7ヶ所目……半分超えました……」


「強運なんかじゃなくてもいいっ……! 平運っ……! 起こってくれっ! ごく普通の現象……確率っ……!」


「――あっ!!」


 俺がカイジごっこをしていたら、チェリーが道の向こうを見て声を上げた。

 見れば、神輿を担いだ巨人が、人混みを割るようにして走ってきていた。

 神輿の上には当然、チョコ色のロリロリした服を着たUO姫。


「あいつも、次はここってわけか……!」


「行きますよ先輩! 遅れられません!」


 7ヶ所目の秘密拠点は、4ヶ所目と同じく民家に偽装されていた。

 内部の構造も同じだ。

 たぶん使い回しだな。


 制圧も慣れたものだった。

 1分前後ほどのスピードで片付けた俺たちは、一気呵成に地下へと突入する。


「助けていただ」


 ぐにゃああ~~。


「なんでですかもう!! 先輩呪われてるんじゃないですか!?」


「お前の可能性もあるだろうが!」


「いや先輩ですよ絶対!」


「何を根拠に! マインスイーパーで二択になったら絶対爆弾踏むけど俺は運悪くないぞ!!」


「先輩じゃないですか!!」


 醜い責任の押しつけ合いをしながら外に出ると、セツナがいた。

 その後ろには、十何人かのプレイヤーが立ち止まって、拠点の様子を見守っている。

 野次馬のようだ。


 セツナは俺らの対決の実況解説でもしてるんだろう。

 爽やかなツラして、配信ネタは逃さない奴だからな。


「あ、もう出てきた。早いね」


「このペースでないとやってられるか」


「セツナさん、いま向こうは何ヶ所目ですか!?」


「6ヶ所目だよ。そろそろ出てくるはずだと思うけど……」


 あの反則みたいな巨人を連れているのだ。

 屋内だと動きは著しく制限されるだろうが、それでも僧兵たちでは相手になるまい。


「1ヶ所分リードしてますね」


「おう。順当に行けば――」


「あっ!」


 秘密拠点となっている民家の、扉が開いた。

 中から出てきたのは、UO姫。

 戸口を出ると、フリルまみれの日傘を差す。

 それに隠されて、表情は見えなかった。


 続いて、赤い鎧の巨人騎士・火紹が、窮屈そうに戸口を抜けてきた。

 ……ん……?

 そのさらに後ろに……もう一人、いる?


 何の変哲もない青年だった。

 だが……見覚えがある。

 そうだ。

 まだこの街を拠点にしていた頃――!


「――ご紹介しまーっす!」


 甲高い声を響き渡らせながら、UO姫は日傘を傾けて満面の笑みを見せた。


「こ・ち・ら・が! ベンジャミンさんだよーっ☆」


「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!」」」」」


 野次馬たちが一斉に歓声をあげた。

 俺とチェリーは、愕然とする。

 そう、そうだ。

 あいつがベンジャミンだ。

 この街を拠点にして、NPC鍛冶屋を使っていた頃、店の中で何度も見た……!!


 UO姫は歓声に手を振って応える。

 その目が俺たちのほうに留まり――

 一瞬。

 本当に一瞬だけ。

 ふっと、勝ち誇った笑みを浮かべた。


 ……これは、チェリーとUO姫の戦いだ。

 俺はただの補佐に過ぎない。


 だが。

 だが、だ。


 敵に勝ち誇られて悔しいと思えない奴は、ゲーマーになんかなりはしない――!!


「行きますよ……!!」


「おう!!」


 いつも以上の気合いを入れて、俺たちは歓声に包まれるUO姫に背を向けた。


 俺たちがベンジャミンを見つけたのは、それから秘密拠点を2つ潰したときのことだった。




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