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第2話 ゲームの車窓から


 MAOの舞台であるムラームデウス島。

 その広大な範囲を一瞬にして移動できるワープポータルは、各国の中央に一つずつしかない。

 各国領土内の移動には鉄道を利用するのが最も効率的な手段である。


 プレイヤー国家システムが実装されたMAOバージョン3は、MMORPGにサンドボックスゲームや都市開発系シミュレーションゲームを組み合わせたような、凄まじいボリュームと自由度を持つゲームだ。


 ムラームデウス島は数十万人のプレイヤーたちにより日々発展を遂げていて、その速度は産業革命の如し。

 各地に敷設された鉄道も、《鉄オタギルド連合》略して《鉄連》という連中が、趣味で作って趣味で運営しているものである。


 フロンティア・シティの駅にも、ちょうど列車が停まっていた。

 黒光りする武骨な巨体が印象的な蒸気機関車だ。

 現実でも実際に走っていた何とかという汽車らしいが、正式名称は覚えていない。

 架線を張るのが難しいのか、それともただの趣味なのか、MAOで走っている列車は汽車ばかりである。


「相変わらずの人出ですね。まるで通勤みたいです」


「最前線へ向かう路線だしな。まだ《ナイン坑道》で手こずってるんだろ?」


「案の定、めちゃくちゃ広いらしいですね。この人数でマッピングして何日もかかるって、《NANO》も容赦ないっていうか」


《NANO》ってのは、MAOを運営しているゲーム会社だ。

 他の大企業の出資を受けて起こされたベンチャー企業で、今んとこMAO関係の事業しか展開していない。


 MAOバージョン3《ムラームデウスの息吹》。

 そのメインストーリーにおいて、俺たちプレイヤーが目指すべき目的は、遥か北の果てにある《精霊郷》に辿り着くことだ。

 そのために未開の地を開拓しては街を作り、北へ北へと進み続けている。

 バージョン3の開始から数ヶ月が経ったが、進捗はまだようやく半分ってところで、その難易度は推して知るべし。


 このまま攻略を進め、精霊郷に到達してメインストーリークリアとなれば、バージョン4にアップグレードされ、新たなストーリーと新たなシステムが実装されることになっている。

 MAOはこのように、プレイヤーの攻略状態に応じてゲームが進化していくシステムなのだ。


 キャッチコピーは、《あなたが時代を作るRPG》。


 その通り、俺たちプレイヤーの行動、その一つ一つが、MAOという世界に影響を与えている。

 例えばバージョン2では、俺たちによる戦争(RvR)の結果が、国家の行く末を決定することとなった。

 その他にも、メインストーリー攻略において目立った活躍をした奴は、そのキャラクターネームがこの世界の《年代記(クロニクル)》に刻まれることになる。


 この仮想世界の真の住人となり、歴史という大きな流れに関わることができる――

 それがMAOというVRMMOの独自性(オリジナリティ)だった。


 ……まあ、これからやるクエストは、歴史になんか全然関わらねえと思うけどな。


 現在の最前線《ナイン坑道》に向かう人混みに乗って、黒い煙を吐き出す汽車に乗り込む。

 ホームの人混みに比して、中は空いていた。


 汽車などの乗り物系には、一定以上の乗車があるごとに一時的(インスタンス)マップを生成する機能がある。

 満員になる前に、新たな乗客を即席で用意したもう一つの『車内』に飛ばして、ぎゅうぎゅう詰めになるのを防ぐわけだ。

 もちろん、パーティ登録をしておけば連れと離れ離れになることもない。

 都会のサラリーマン垂涎の機能だと思う。


 客車内には、四人掛けのボックス席が通路を挟んで並んでいる。

 俺たちは誰も座っていない席を見つけ、向かい合う形で座った。


「いつも思うんですけど、ちょっとクッション硬くありません?」


「フッ……硬いのはクッションとお前の尻、果たしてどちらかな……」


「触ってみますか?」


「…………!?」


「クッションのほうを」


「うがっ……!」


 引っかかった……!

 チェリーはくすくすと笑う。

 いちいち引っかかる俺も俺だが、こいつの冗談はトーンが変わらないからビックリするのだ。


 俺は頬杖をついて顔を隠しつつ、視線を窓の外に逃がした。


「そんなに拗ねなくても。……少しだけなら本当に――」


 チラッとチェリーに目を戻す。

 にやにや笑ってやがった。


「うがあーっ!!」


「あははは! 学習しませんねー、先輩?」


 そうこうしていると、列車はゆっくりと加速し始めた。

 窓外から街並みが消え、緑の草原が広がった頃、連結部分への扉が開いて、ワゴンが入ってくる。


「お飲み物はいかがですかー」


 ワゴンを押しているのはメイド少女のNPCだ。

 さほど長く乗るわけでもない領土内列車にワゴンサービスが必要なのかは議論の余地があると思うが、まあ趣味だろうな、製作者の。


 他の乗客の注文を取ってから近くまで来たメイドワゴンサービスを、チェリーが呼び止めた。


「すいません、コーヒー一つ。……先輩は?」


「俺もコーヒー。ミルクありで」


「割と舌がおこちゃまですよね」


「やかましい」


 陶器のマグに入ったコーヒーをメイドから受け取る。

 チャリーンと音がして、所持金から代金が自動で減った。

 銀行に預けていない金はデスペナルティで消滅するから、クエストに出るときはできる限り預けていくのがベストだが、こういう出費を見越して幾許かは持ち歩くことにしている。


「VRのコーヒーは胃が荒れないから好きです」


 手を温めるようにマグを持ち、ちびちびと湯気の立つコーヒーに口をつけながら、チェリーが言った。


「俺も、こっちの温かい飲み物は眼鏡が曇らないから好きだ」


「ああ。リアルでは眼鏡っ子ですもんね」


「ニュアンスが違う、ニュアンスが」


「ちぇー。先輩、ツッコミが弱いですよ」


「ボケが弱いからだよ」


「私ぃ~、ボケとかよくわからなくてぇ~」


「イラッとする女子のモノマネとかいいから」


「男の人に笑わせてもらうのが仕事だとか思ってんじゃねえですよ!!」


「自分でやって自分でキレるな!!」


 マッチポンプに付き合う義理はないので、俺は車窓に視線を逃がした。


 緑色のなだらかな丘陵。

 地平線に、いくつかの街の影が見える。

 距離と規模からして、別の国の首都だろう。


 ひときわ目立つのは、メルヘンチックな薄いピンク色の街だった。

 尖塔がいくつも聳える大きな西洋風の城がある他、何やら看板のようなものが見える。

 看板のような、と言っても、そのサイズは城に迫らんほどのものだ。


「目立つなー、あの街……」


「あっ! 先輩、なに見てるんですか! 目が毒されますよ!」


「何スキルだ」


「部屋を明るくして画面から離れて見てください!」


「何ショックだ!」


 彼らは泣いているぞ。


「とにかくあんな存在自体が気に障る街は見てはいけません。ヤツは視線からでも入り込んできます」


「呪いの達人かよ。ほんと《UO姫》のこと嫌いだな。同族嫌悪?」


「誰が同族ですか! 私はあんなに声高くありません!」


 あの一面ピンク色の街は《プリンセスランド》と呼ばれている。

 領主は《アルティメット・オタサー・プリンセス》略して《UO姫》とあだ名される女で、その名の通り、あんなにメルヘンなのに国に常駐しているのは男ばかりだ。


 ちなみに、城と同じくらいあるデカい看板のようなものは、信者の男たちが勝手に作り上げたUO姫のドット絵である。

 UO姫はその巨大ドット絵にいたく感銘し、取り壊すことなくむしろ奉っていた。

 そういう人格の女なのだ。


「大体、VRのアバターなんていくらでも可愛くできるじゃないですか。そりゃヤツのアバターは多少出来がいいかもしれませんけど、アレはどう見ても現実でのコンプレックスの裏返しですよ」


「いやお前もアバターじゃん」


「私のは天然ものです! 現実の見た目からほとんどいじってないんですから!」


 確かにこいつはリアルでも、ゲームのキャラが現実に飛び出してきたような反則級の容姿をお持ちである。

 アバターとの差も、こっちではピンク色の髪が向こうでは黒色ってことくらいで――


 はっきり言って、妹の友達という縁や、あらかじめMAOで知り合っていたのでなければ、まともに受け答えできなかったと思う。

 ゲームの中なら美男美女なんて珍しくもないから、普通に話せるんだが。


 ……なんてことを実際言うと、チェリーは際限なくつけあがるので、絶対に言わない。

 言わないったら言わない。


 ピンク色の都市が地平線に消えると、チェリーはそれ以上、UO姫の話題を出そうとはしなかった。

 本当に折合いが悪いのだ。

 まあ、ちょっと……前に色々とあったから、致し方のないことではあるだろう。


 それからも、コーヒーに口を付けながら取り留めのないことを話していると、汽車は程なく、現在の人類圏最北の拠点――《ナインの村》へとたどり着いた。



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