<< 前へ次へ >>  更新
28/262

第27話 童貞を殺す女


 人呼んで《アルティメット・オタサー・プリンセス》。

 略して《UO姫》。

 正式ハンドルネーム《ミミ》。


 その名はMAOの外にもいろんな風に知られている。


 例えば、『有史以来最大のオタサーを統治する姫の中の姫』として。

 例えば、『VRMMO史上最萌のアバターを作り上げた女』として。


 ……後者のほうは、アイツの信者が勝手に触れ回っているだけ感もあるが。

 しかし実際、掲示板やSNSで『VRMMOの可愛い女性キャラ選手権』みたいなのが突発的に始まると、必ずアイツの画像が出てくるほど、そのアバターはよくできている。

『MAOは知らないけどUO姫は知ってる』という奴が大量に存在するほどだ。


 画像は大量に出回っている一方で、MAO内で、じかに、間近からUO姫の姿を見たことがある奴は数えるほどしかいない。

 その事実が、より一層ヤツのアイドル性を強めていた。


 さて。

 UO姫が統治する街《プリンセスランド》は、フロンティアシティの西方にある。

 領土が接しているので、隣同士だ。


 街並みは一面ピンク色。

 お菓子を模した飾りがそこかしこにある、極めてメルヘンな空間である。

 そんな妖精か魔法少女くらいしか住んでいなさそうな街に、実際にはむくつけき男しか住んでいないのだから、異様の一言だ。


 チェリーに限らず、UO姫はほとんどの女性プレイヤーに蛇蠍のごとく嫌われている。

 それをUO姫信者の男が嫉妬とか僻みとか散々に煽りまくるもんだから、ますます嫌われている。

 信者とアンチを合わせた数なら、紛れもなくMAOでトップだろう。


 フロンティアシティの砦ロビーにあるワープポータルから、俺たちはプリンセスランドに移動した。

 各国の首都同士は、基本的にはワープで移動できるのだ。


 光を放つ床――ワープポータルから出ると、そこは吹き抜けの空間だった。

 頭上を見上げると、4階分ほどの高さに天井がある。

《サント・ミミ城》のロビーだ。

 ……何度考えてもすげえ名前。


「さあ行きましょう。ノックがてら城を半壊させましょう」


「やめろ。戦争になるわ」


「――お待ち申し上げておりました」


 歩きだそうとした俺たちの足を、声が止めた。

 白とピンクのチェック柄の床。

 それを横断するようにして、白銀の甲冑をまとった騎士たちが整然と並んでいた。


《聖ミミ騎士団》。

 UO姫がマスターを務めるクランのメンバーたちだ。

 真ん中にいた騎士が一歩前に出て、うやうやしく一礼した。


「ケージ様。チェリー様。我らが主は謁見の間にてお待ちです。これを」


 高価な宝石でも扱うような手つきで、騎士は青い輝きを放つ石を1個、俺たちに差し出してくる。

《往還の魔石》。

 通称《ブクマ石》である。


「はいはい。わかりましたよ。何が謁見ですか。ったく」


 ぶつくさ言いながら、チェリーはそれをひったくった。


 ブクマ石は、事前に記憶した場所にワープすることができるアイテムだ。

 ここはサント・ミミ城のロビーだが、UO姫のいる場所とは繋がっていない。

 というか、そもそも入口自体が存在しない。

 ヤツの真の居城へ入るには、結構な高級品であるこの石をいちいち使ってワープしなければならないのだ。


「さっさとあの女をシバいて帰りますよ、先輩!」


「お前、騎士団(こいつら)の前でよく言えるな……」


「はッ。なんですか、レベル100オーバーの10人や20人。全員首だけにしてあの女の前に晒し上げてやります」


 思考が戦国時代だよ!


 幸い、重武装の騎士たちは黙したままだった。

 こいつら、チェリーには結構甘いよな。

 俺が同じことを言ったら即座に袋叩きにされそうなんだが。

 ……たぶん、俺がUO姫のやることに少し甘めなのと同じ理由だろう。


 チェリーがブクマ石を口に近づけて言う。


「――《転移》!」


 それと同時に、俺たちの身体が青い光に包まれた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 光が消えると、そこは廊下だった。

 トランプのダイヤを思わせるチェック柄の床が、まっすぐ前に伸びている。

 前方には大きな扉があり、背後には壁しかない。

 左右両方の壁には、窓が等間隔で並んでいた。


「チッ」


「なんで舌打ちした!?」


「もったいぶってる感じが気に喰いません」


 言って、ずかずかと歩き始めるチェリー。

 相当頭に来てるな……。

 苦労して集めた素材で作ったチョコがそんなに惜しいのか?


 チェリーを追いかけて、俺もチェック柄の廊下を歩く。

 両脇の窓からは、ピンクの街並みと緑の草原が一望できた。

 地上30メートルはありそうだ。

 前方――俺たちが歩いていく方向には、丸みを帯びた尖塔の壁。

 この通路は渡り廊下なのだ。

 つまり、この床の下には何もないわけで……。

 そう思うと足が竦んできたので、考えないようにした。


 大きな扉の前にたどり着いた。

 まるで城門みたいな観音開きである。

 俺が開けてやろうと腕を伸ばしたとき、


「オラァ!!」


 聞いたこともないような荒々しい声を発して、チェリーが扉を蹴り飛ばした。

 観音開きの片方がぶっ飛んで、奥へと転がっていく。


 うそお!?

 ……あっ、チェリーこいつ、いつの間にか自分にSTRバフかけてやがる!


 片方だけになった扉をズンズンと抜けていくチェリー。

 俺は若干怯えながら、その後ろについていった。


「――もお~。チェリーちゃんったら乱暴なんだからぁ」


 列柱が並んだ空間だ。

 その間にピンクの絨毯が長く伸びて、最奥にかけられたカーテンに消えていた。

 カーテンには、影が映っている。

 天蓋付きのベッドの影だ。

 その上に、小柄な人影が寝そべっている。


「女の子はお淑やかにしなきゃっ! せっかく可愛いのに、そんなんじゃケージ君に愛想尽かされちゃ――」


 無言だった。

 チェリーが《ファラ》で火の玉を放った。

 それはベッドの影を映すカーテンに当たり、たちまちのうちに燃え上がらせる。


「きゃーっ!?」


 カーテンの向こうの人影が、甘ったるい声で悲鳴を上げた。

 同時、


「ミミ様!?」

「今お助けします!」


 両脇の列柱の向こうにわだかまる暗がりから、甲冑騎士がわらわらと湧いて出てくる。

 彼らは燃えるカーテンを引きずり下ろし、バンバンと踏みつけて鎮火した。


 俺は隣のチェリーを唖然と見る。

 蛮族だ。

 蛮族がいる。


「……ふえええええん……!」


 取り払われたカーテンの向こう。

 露わになったベッドの上で、一人の少女が泣いていた。


「こ、こわかったよぉ……。ど、どうしてこんなひどいことするのぉ……?」


 ペタンと女の子座りをして大粒の涙を流すのは、ロリータファッションに身を包んだ女の子だ。

 フリルに覆われた小柄な体躯は、まるで絵本のお姫様。

 その一方で、小柄さとは対照的な巨乳が、開いた胸元から覗いている。

 その深い谷間に、幼い頬から滴った涙が、一滴、また一滴と吸い込まれて―――


「先輩」


「んえっ!?」


 唐突にチェリーが俺の頬を両手で挟み、自分のほうに向けさせた。

 じっと見つめられる。


「ダメですよ」


「な、なにが……?」


「とにかくダメです」


 意味がわからん!


 視界の端では、ベッドの上で泣く少女――UO姫に、騎士たちが駆け寄っていた。


「ミミ様!」

「ご無事ですか!」


「……ぅん」


 大きな目に溜まった涙を指で拭い。

 涙の跡を残した、そのままの顔で。


「ぇへ。ありがと、庶民(みんな)❤」


 はにかむようにして、UO姫は笑った。


「うっ……!?」

「ぐっ!」


 瞬間、騎士たちは硬直し、


「うぐっ!」


 遠目で見ていた俺ですらも、意思とは関係なく心臓が跳ねる。

 か……かわ……かわい――


「こっち!!」


「ぐげっ!」


 ゴキッ。

 前に向きかけた首が、チェリーによって無理やり戻された。

 ヤバい音しなかったか、今。

 アバターでもこんな音鳴んの?


「貴様あっ!!」

「ミミ様のご友人とはいえ、なんたる狼藉!」

「生きてこの城を出られると思うな!」


 UO姫の笑顔で硬直した騎士たちは、まるで誤魔化すように元気になって、こちらに振り向きながら剣を抜いた。

 チェリーはようやく俺の顔を解放する。


「ふん。ご自慢の顔がゾンビみたいにならなかっただけ感謝してほしいものですね。ま、今のままでも充分化け物ですけど?」


「貴様っ……!」

「言わせておけば!」


「待って、庶民(みんな)! ……ミミが悪いの。チェリーちゃんを呼ぶのにちょっとだけ強引なことしちゃったから……。だから怒らないであげて?」


「おお……」

「むり……」

「尊い……」


 UO姫が上目遣いで制止するなり、騎士たちは感動に打ち震えながらその場にひれ伏した。

 本気でやってる辺り、すごい怖い。


「ん、しょっ」


 UO姫はベッドを降りると、黒こげになったカーテンをぴょんっと飛び越えて、こちらに歩いてくる。

 チェリーが腕を出して俺を後ろに下がらせた。


「改めまして、こんばんは、チェリーちゃんっ♪ 会えて嬉しいよ!」


「よくもまあ心にもないことを平然と言えますね。いいからさっさと私の――」


「ケージ君も! また会えたねっ! こんなに何度も会うなんて、ミミたち、もしかして縁があるのかな……? なんてねっ、じょーだんっ❤」


「ぐうああっ!!」


 心にっ……心に何かが入ってくる……っ!


 俺の心が浸食されかかったとき、チェリーがつんつんと俺の横腹をつついた。


「先輩。これ見てください」


「え……?」


 手のひらに隠れるように小さくされたウインドウには、見覚えのある画像が映っていた。

 温泉旅行のときのチェリーの寝顔&胸元写真。


「っっっ!?!?」


 チェリーは少し顔を赤くして、画像のウインドウを消す。


「落ち着きました?」


「……とりあえず踏み留まりはした」


 その画像、自分のとこにもコピーしてたのか……。

 UO姫はことりと小首を傾げる。


「どうしたのぉ?」


「対あなた用の特効薬を用意してきたんですよ。もう先輩にあなたの誘惑は効きません」


「……ふう~ん」


 ちらりと流し目でこちらを見るUO姫。

 なんとなく恥ずかしくなって目を逸らした。


「相変わらず仲がいいんだね~。バレンタインイベントも一緒に参加するの?」


「そのつもりですが何か? ね、先輩?」


「は、はい」


「なんで敬語なんですか?」


「へえ~。なるほどね~。だからこのチョコなんだぁ~」


 言いながら、UO姫は手に赤いリボンが巻かれたハート型の箱を出現させた。

 驚異的なスナイプで盗んでいったチェリーのチョコだ。


「あっ! 返してください、それ!」


「だ・め♪」


 有無を言わさずチェリーの手が閃いた。


「きゃーっ」


 楽しそうに悲鳴を上げながら、UO姫は伸びてきた手から逃げる。

 いかにも運動なんてできなさそうな、女の子っぽい動きだったが、反応速度だけは極めて速かった。

 そうじゃなければ、チェリーの手から逃れたりはできないはずだ。


 ……作り物なのだ。

 見た目も、仕草も、言葉も、すべて計算で作られている。

 問題は、そうとわかっていても引きつけられてしまうときがあることなんだが……。


 騎士たちが走ってきて、UO姫を後ろに庇った。

 ぐぬぬ、とチェリーが歯噛みする。

 それを煽るように、ふりふりロリータのUO姫が騎士たちの後ろでチョコを振った。


「背中に守られといてよくも自慢げに……! これだから姫プレイする女は嫌いなんですよ!」


「え~? ミミ、姫じゃないよぉ? ねっ、庶民(みんな)。ミミって姫なのかなぁ?」


「はっ! そんなことはないのであります!」

「はっ! 姫というより天使であります!」

「はっ! むしろ女神であります!」


「あははっ! ちょっとぉ、褒めすぎだよぉ~!」


「いらいらいらいらいら……!」


 ヤバい!

 チェリーがイライラを声に出し始めた!


「け・え・じ・くーんっ!」


 チェリーの様子が見えていないかのように無視して、UO姫は甘ったるい声で俺を呼ぶ。


「このチョコのこと、知らないみたいだから教えてあげるね? 実はぁ――」


「ちょっ、まっ……!」


「――このチョコ、メッセージが書けるんでーすっ!」


 は?

 メッセージ?


「当たり前だけど、MAOの料理って、本当に素材を鍋に入れて煮込んだりするわけじゃないの。完成品がいきなりパッと出てきちゃうんだよ?」


「はあ。まあ、知ってるけど……」


「だからね、見た目に関してアレンジが利かないんだぁ~。でもこのチョコは特別製! 表面を好きなデザインにできちゃうの!」


 なぜかチェリーは両手で顔を覆ってうずくまっていた。

 うん……?

 まだいまいちピンと来てないんだが?


「たったそれだけ! たったそれだけで、別に特別おいしいわけでもなければ、イベントで有利になるわけでもないの。その割には素材もレアで、作るのにも時間がかかっちゃうんだよね~。……な・の・にぃ」


 ハート型の箱を顔の前に掲げ持って、UO姫は笑う。


「どうしてこれにしたのかな~? どうしてわざわざこれを作ったんだろうね、チェリーちゃん?」


「……み、見たんですか……?」


 チェリーは顔を上げてUO姫を睨んだ。


「見たんですか!? それ!」


「見てないけどぉ~、想像はついちゃうかな? 作ってる途中でテンション上がっちゃって、つい普段は言えないようなこと書いちゃうとか、あるあるだよね~」


「~~~~~~~っ!!!」


 チェリーはまた顔を伏せた。

 な、なに?

 まだついてけてないんだけど!?


「二度は作れないよね、これ? その場のノリと勢いってものが必要だもんね~? だから取り返しに来たんでしょ?」


「な、何をしろって言うんですか……。どうせ何か条件があるんでしょう!?」


「人聞きが悪いなぁ。ミミはただ、チェリーちゃんと勝負したいだけだよ?」


「勝負……?」


「うん。チェリーちゃんが勝ったら、このチョコは返してあげる。でも、ミミが勝ったら――」


 チェリーのチョコで口元を隠しながら。

 すべてを計算で形作った姫は言う。


「――ケージ君、ミミにちょーだい❤」



<< 前へ次へ >>目次  更新