第23話 ボスをダウンさせたときだけ流れるBGM
一番底に近い足場から、俺たちは冷えた溶岩の中心に座るフェンコールを見据えていた。
「作戦は?」
「さあ。戦いながら考えようぜ」
「てっきとうですね。別にいいですけど」
円状の崖の各所から、20人ほどに数を減らしたプレイヤーが、同じようにフェンコールを見据えていた。
彼らは一様に、自分の武器を握っていた。
あるいは剣。
あるいは斧。
あるいは槍。
あるいは杖。
あるいはスペルブック。
準備を万端に整えて、開戦のときを待っているのだ。
『……カウントダウンを任されたセツナです。皆さん、聞こえていますか?』
セツナ配信から声がすると、プレイヤーたちは手を挙げたり腕で丸を作ったり、めいめいの方法で返事をした。
『忘れないようにバフをかけてください』
チェリーが《オール・キャスト》と唱えて身体が光り、バフがかかる。
崖の各所で同じような光が連続した。
『では、5秒後に突入します。
5。
4。
3。
2。
1――』
ゼロ、と聞こえた瞬間。
「第二ショートカット発動!」
俺は《縮地》を発動した。
飛躍的に強化されたAGIにより、崖からロケットのように飛び出す。
20メートルはあったフェンコールまでの距離を、わずか着地一回で詰めた。
そして背から魔剣フレードリクを抜き放ちざま、
「第五ショートカット発動!」
事前に新しくショートカットに入れておいた魔法を起動する。
炎属性高位剣技魔法。
《龍焔業破》。
フレードリクの刃から迸った炎が、龍のような形になってフェンコールに食らいつく。
俺のMPの三分の一を一気に持っていく大威力。
言わずもがなの弱点属性。
さらに《居合い》によるダメージ補正が乗った。
「――グォオオォオオオオオオンッ!!!」
体表と共に悲鳴が弾ける。
1本だけのHPバーが、5%ほど削れた。
「ああっ!? ずるい!!」
「リア充野郎に先を越させるなあーっ!!」
数秒遅れて、冷えた溶岩の地面に飛び降りた他のプレイヤーたちが、全方位から押し寄せてくる。
お前らが遅いんだよ!
だが、ファーストアタックにも代償はある。
フェンコールのダイヤモンドの目が、間近にいる俺に向いた。
「――ガゥオオオウッ!!」
トラックほどもある巨体が猛然と飛びかかってくる。
俺は迷う間もなく横に転がって避けた。
防いだりいなしたりは不可能だ、あんなもん。
サイズもそうだが、スピードが速すぎる!
前足攻撃を弾いたアレは、フェンコールの図体が大きくてノロかったからできたことだ。
攻撃直後のフェンコールに、《ファラゾーガ》が数発放たれる。
最初の2発は当たったが、残りは俊敏な横っ飛びで避けられた。
あまり仰け反らない。
しかも賢い。
攻撃をきちんと識別して避けている。
こいつは……まともにやるとどれだけかかるかわかんねえぞ?
「先輩! ダウンさせますよ!」
追いついてきたチェリーが開口一番言った。
「わかってる。いろいろ試すから頼む!」
「はい!」
俺が走り出してから少しだけ待ち、チェリーは《ファラゾーガ》を放った。
それを察知したフェンコールが地面を蹴って避ける。
だが、その方向にはちょうど俺がいた。
ナイス誘導――!
「第三ショートカット発動!」
《焔昇斬》で顎を叩き上げる。
――ボウンッ!
爆発が起こり、「ガウッ!」とフェンコールが小さく悲鳴を上げた。
が。
一歩分バックステップしたのち、フェンコールは間髪入れずに反撃してくる。
「うげっ」
襲い来る鋭い爪が、《受け流し》でスローになった。
だが、俺はまだ《焔昇斬》の技後硬直中。
《風鳴撃》で硬直をキャンセルすることもできるが――
――いや、ここは受ける!
フェンコールの巨大な爪に薙ぎ払われる。
ほんの少し身をよじって傷を浅くするが、悪足掻きみたいなものだ。
俺は吹っ飛ばされ、地面に跳ねて転がされる。
転がりながら半秒だけ目を閉じて、簡易メニューでHPを確認した。
4割持っていかれたか……!
傷を受け流すことができなければ、確定2発で落ちるだろう。
バフがしっかり付いていてこれなんだから、半端な攻撃力じゃあない。
「もう! 何やってるんですか先輩! 避けられたでしょう今の!」
「《風鳴撃》をクールタイムにしたくなかったんだよ! いざというときのために残しておきたいだろ!」
言い返しながら、腰のポーチから小瓶を引っ張り出して一気に呷る。
そういや、せっかく買い込んだのに、今日これが1本目だ。
「ぷはっ! ……やっぱりダメだ。ただの攻撃じゃダウンしそうにない。顎にかましたのに速攻反撃してきやがった」
別のプレイヤーにヘイトを映し、俊敏に動きながら爪や牙を振るうフェンコールを見やる。
チェリーも同じようにしながら、
「たぶん弱点がありますね。身体のどこかに」
「目星は付いてる。十中八九アレだろ、ゴブリン・リーダーが最初にカチ割った黒曜石」
配信越しに見た光景。
ナイン坑道の奥に追い詰めたマウンテンゴブリン・リーダーが、斧で黒曜石を叩き割り――
それによって、この神造兵器は目覚めた。
あの演出にも、きっと意味があるはずだ。
「石炭の身体に黒曜石の弱点? ……黒に黒で見えづらすぎですね」
「だったらどうする?」
「炙り出します」
「考えることは同じだな」
俺はにやりと笑う。
チェリーも同じように笑う。
こういうとき、説明の手間がなくて助かる。
「任せてください。挙動は大体掴みました」
「わかった。トドメは任せろ」
軽く拳をぶつけ合い、俺たちは散開した。
フェンコールはリーチの長い槍使いたちに取り囲まれ、穂先をガンガンとぶつけられている。
《エンチャント》によるものだろう、穂先からは火花が走り、小爆発がフェンコールの石炭の身体を覆っているが、ダメージは大したものじゃない。
「――ガァアアッ!!」
フェンコールが鬱陶しげに吠えながらグルンッと回転し、まとわりついた槍使いたちを吹き飛ばす。
そのうちの一人が、すぐ背後で濠のように流れている溶岩の川に落ちた。
ジュワアッと音がしたかと思うと、HPを消滅させて人魂になる。
ちゃんと後ろ確認しとけよ……!
だが、好都合だった。
フェンコールが、外周を流れる溶岩のすぐ傍にいたのだ。
今だ。
そう思ったのと同じタイミングで、無数の火球が怒涛の如くフェンコールを襲った。
まるでマシンガン。
あるいはガトリングか。
下級炎属性攻撃魔法《ファラ》の連射、連射、連射。
チェリーが舞っていた。
白い袖を翼のように踊らせて。
その周囲に火球が現れては、次々とフェンコールに殺到していく。
ジェスチャー・ショートカットによる連射だ。
下級魔法は熟練度が上がるとクールタイムがほとんど無きに等しくなる。
だから、発動のキーとなるジェスチャーを続けている限り、MPがゼロになるまで放ち続けることができるのだ。
一発一発の威力は弱い。
しかし、無数に放たれる火球は、そのすべてがフェンコールの体表で爆発を起こす。
俺が《焔昇斬》で前足攻撃を弾いたときのようなことが、間断なく起こり続けているのだ。
自らの小爆発に押されて、フェンコールはじりじりと後ろに押されていく。
もうしばらく時間があれば、フェンコールはノックバックの連鎖から逃れることができただろう。
大体の敵は、いわゆる無限ハメのようなことができなくなっているのだ。
しかし、フェンコールにその時間は与えられなかった。
なぜなら、その後ろ足が――
――ずるり、と。
すぐ後ろにある溶岩の川に、滑り落ちたからだ。
「ッッッ!!!!」
ぼちゃんっ、と溶岩に沈んだのは、左の後ろ足1本きり。
だが、それが致命傷だ。
石炭でできたフェンコールの身体は、たったそれだけで一気に炎上する……!
「ゥゥゥ……ッ!!!」
今度は、燃えた体表を撒き散らすことはなかった。
HPにも変化はない。
しかし――
「――あった……! 背中の左側!」
一部分だけ、燃えていない箇所があった。
そう。
石炭は黒く、黒曜石も黒い。
ただし。
石炭は燃えるが、黒曜石は燃えない!
俺は素早くフェンコールの左側に回り込む。
どの程度のダメージが必要なのかはわからない。
なら、大は小を兼ねるッ!
「第四ショートカット発動!」
《風鳴撃》。
風刃と共に身体が急速に押し出される。
フェンコールの背中の左側。
炎の中にぽっかりと空いた、ブラックホールのような空白。
そこに、魔剣フレードリクの先端を、正確に叩き込む。
――パキン。
音が鳴った。
「―――ガアァアアアゥウウゥゥッ!!!!」
フェンコールが痛そうに吠えて、黒い地面に横倒しになる。
それと同時に、全身を覆っていた炎が鎮まった。
あとに残ったのは、無防備に横たわった怪物が一匹。
「チャンスだあああああああああッッ!!!」
あらん限りに叫び、
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!!」」」」」
あらん限りの鬨が返った。
魔導士たちの詠唱が重なり、大量の《ファラゾーガ》が殺到する。
遅れて群がった戦士たちが、それぞれの得物から炎を迸らせる。
ありったけの炎がフェンコールに叩き込まれ、紅蓮の爆発が聴覚を麻痺させるほど連続した。
「ガァアアアアアアァアアアアアァウウッ!!!!」
爆発音を引き裂くように、咆哮が耳をつんざく。
悲鳴が重なり、群がっていたプレイヤーたちがまとめて吹っ飛ばされた。
黒い巨狼が、立ち上がっている。
HPはもう半分もない。
もう一回同じことを繰り返せばおしまいだ。
だが、その立ち姿は、今まで以上の覇気を感じさせた。
「――――アォオォオオオオオオオオオオオンン――――」
澄み切った遠吠えを、空へと響かせる。
かつてコイツを生み出した魔神は、夜空に放逐されて月になったと言う。
ならばその遠吠えは、主へ向けたメッセージなのか。
自分の忠誠は、まだ些かも衰えてはいない、と。
そう宣言しているのか。
――ジャギン!!
唐突に響いた鋭利な音は、フェンコールの身体が変形したことによるものだった。
爪が伸び。
牙が伸び。
そして、体毛が逆立つようにして、全身が刺々しくなる。
あの輝きは――まさか、黒曜石?
「先輩っ! 黒曜石は刃物としてよく使われるんです!」
「そういうことか……!」
単純な攻撃力の増強だ。
あの巨体のどこに当たっても、鋭利な黒曜石が無差別に傷付ける……!
「弱点の黒曜石は別にあるはずだ! やることは変わらねえ!」
「わかってます!」
フェンコールが動き出した。
こっちに向かって、一直線に。
俺たちは左右に散開する。
すぐ傍をフェンコールの巨体が疾風と共に駆け抜け、
「いッ……!?」
片腕からダメージエフェクトの赤い光が舞った。
当たったわけじゃない。
掠ったわけでもない。
突進が生み出し、刃が斬り裂いた風。
それに少し触れただけで、HPが削られる……!
フェンコールがプレイヤーたちの間を駆け巡る。
プレイヤーたちの身体から次々にダメージエフェクトが瞬いた。
まるで戦車。
歩兵を蹴散らすチャリオットだ。
もはや、わざわざ立ち止まって爪や牙を振るうまでもない。
ただ通り過ぎるだけ。
それだけのことが攻撃になる……!
一人、また一人とHPを失い、戦場に人魂が増えていく。
それを復活させようと走ったプレイヤーもまた、背後から来た漆黒の巨体に一瞬で轢き殺され、白い人魂へと変わる。
フェンコールは止まらなかった。
止め処なく走り続けた。
チェリーがさっきと同じように《ファラ》を連射したが、当たるのは1発や2発がせいぜいだ。
あんなに動き回られちゃ、溶岩になんか落とせやしない!
「足を……足を止めるんだ! ダメージを恐れるなっ!!」
これは誰の声だ、おそらくセツナか。
その声に背中を押され、5人ほどの男たちが雄叫びを上げて突っ込んでいく。
足並みがわずかに乱れていた。
先頭の一人が弾き飛ばされる。
二人目が薙ぎ払われて溶岩に沈む。
残り三人は、いずれも大柄なアバターだった。
大槌と大斧、そして大剣を手にした、重量級の戦士たち。
彼らが、一斉に、それぞれの得物をフェンコールの顔面に叩きつける。
フェンコールは止まらなかった。
しかし、男たちも屈さなかった。
得物ごとフェンコールの顔を押さえ込み、そのまま、ずるずると後ろに押されていく。
だが――その速度は、確かに緩まり。
10メートルほども押された辺りで、ついに止まった。
合図はなかった。
号令はなかった。
誰からともなく、《ファラ》による集中砲火が始まる。
まさしく弾幕だった。
隙間のない火球の嵐。
あまりの火球の量にバーチャルギアの処理能力が軋みを上げ、アバターの動作がほんの少し鈍くなったほどだ。
爆発音が連鎖して、耳の中が飽和する。
フェンコールの黒い巨体は、もはや炎に包まれて見えやしない。
だが――
少しずつ。
少しずつ。
外周を流れる溶岩に近付いていることは、間違いがなかった。
これだけの砲火。
抵抗なんてできやしない。
ただ一つの懸念は、ハメ技防止の仕様が発動して、フェンコールのノックバックが強制解除されてしまうことだったが――
それよりも、黒い巨体が溶岩に落ちるほうが早かった。
今度は片足だけではなく、全身丸ごと溶岩に落下したフェンコールは、再び全身を燃え上がらせる。
弱点である黒曜石の位置を確かめようと目を凝らした瞬間。
「――ガァアオォオウッ!!!」
炎上したままのフェンコールが、溶岩の中を走った。
そして、粘ついた溶岩を激しく押しのけながら走った、その勢いのまま。
崖を斜めに駆け上る。
「かっ……壁走った!?」
驚いている暇はなかった。
フェンコールは壁を走ってぐるりと一周したのち、強く跳躍した。
中心へ。
戦場である冷え固まった溶岩の、上空へ。
そこから。
「ガァアアアアアアアアアァァァァ――――――――ッッ!!!!」
真下へ向かって、火炎を吐き出した。
最初に外縁を襲ったそれは、ぐるぐると渦を描くようにしてッ……!
「ぐうっ……!」
俺は咄嗟に判断した。
外側から渦を描く炎を避けるため、内側にではなく外側に逃げた。
単純に炎が来る方向から逃げて内側に行くと、必ず最後に追いつめられる。
それに、真ん中に集まったら……!
渦を描いた炎のブレスに、何人ものプレイヤーが巻き込まれた。
中心に逃げてしまった連中も、最後には炎に巻かれた。
でも、即死するほどじゃない。
ポーションで回復すればいい。
炎に関して言うならば。
「上だ! 逃げろッ!!」
中心に集まってしまった奴らのうち、俺の声に反応して逃げられたのは、たった二人だった。
――残りの連中は、直後に落ちてきたフェンコールに踏み潰される。
当然だ。
わかっていたことだ。
フェンコールは中心の真上にいた。
ならば、その真下に落ちてくる。
きっと誰もがわかっていたこと。
それでも、炎の回避という他事に気を取られた瞬間、頭の中から抜け落ちてしまう……!
冷え固まった黒い地面の中央に、全身を燃え上がらせたフェンコールが君臨する。
気付けば、味方はもう10人もいなかった。
他の20人以上は、全員が人魂となってそこかしこに浮かんでいる。
復活させることは可能だ。
だが、そんな隙を見せれば、あっという間に轢き殺されることだろう。
もう、このまま最後まで行くしかない。
チェリーは当然生き残っている。
さすがというべきかセツナも生きている。
ろねりあも生き残っていたが、仲間の女子は1人だけになっていた。
前衛職と後衛職の割合は半々といったところか。
弱点の黒曜石は、額にあった。
そこだけが炎に包まれていない。
さっきのように動き回られても、あそこに一撃当てるくらいなら――
「……ふう―――」
仮想の息を、細く長く吐く。
使おう。
そう決めた。
「第一ショートカット発動」
まだ半分以上残っていた俺のMPが、一瞬にしてゼロになった。
ピキン、と音が鳴って、俺の身体が一瞬輝く。
そして。
右手に握る魔剣フレードリクの刀身が。
血のような。
炎のような。
眩しいばかりの真紅に――
――染まり上がった。
ライブビューイングを映した配信から、わっと歓声が上がる。
これが、俺の切り札。
実に86400秒ものクールタイムを設定された、規格外の魔法。
オープンβテスト限定ユニークウエポン《魔剣フレードリク》の所有者だけが使える力。
―――《魔剣再演》。
俺の《魔法流派》が切り替わる。
《我流》から、かつてとある冒険者が名乗った流派――
――《フレードリク流》へと。
「来いよワン公」
真紅に染まった魔剣を突きつけ、俺はフレードリクに告げる。
「魔神サマの代わりに、お前を寝かしつけてやる」
グルル、とフェンコールは低く唸った。
そして――
俺とは見当違いの方向に駆け出す。
「おおい!?」
紅蓮に燃え上がった巨狼が向かう先には、魔法職が何人か集まっていた。
さっき《ファラ》の集中砲火を浴びせた彼らに、ヘイトが向いているのか!
そしてその中には当然、チェリーがいる。
「チッ……」
別に、ここでは見捨てて、あとで復活させたっていい。
でも、そうしたら、あいつ不機嫌になるんだよ。
そっちのほうが、お前よりずっと面倒臭いんでな、フェンコール――!
フォン、と風が鳴った。
飽くまで、静か。
真のスピードとは、そういうものだ。
無様に衝撃を残したりはしない。
なぜなら、それすらも置き去りにするからだ―――!!
《魔剣再演》発動中は、AGIが実に3倍もの補正を受ける。
赤くなって通常の3倍って、重要なアイテムにパロディとか入れんなよなという話だが。
今はそのおかげで、フェンコールより遥かに早く、チェリーの傍に辿り着くことができた。
「先輩――!」
「余波で死ぬなよッ!」
炎をまとったフェンコールが猛然と迫る。
背中にチェリーを庇い。
俺は、その威容を正面から待ち構えた。
いつまでも気持ちよく走ってんじゃねえぞ。
《魔剣再演》の発動により、俺の《流派》が切り替わった。
それにより、ショートカットの中身もすべて入れ替わっている。
《魔剣再演》発動中にのみ使える、専用の剣技魔法に。
「―――《第五魔剣・赤槌》」
刀身がさらに眩く輝き、俺の背後に陽炎が揺らめいた。
その陽炎は、おぼろげながらも、男の形をしていた。
《魔剣》とは即ち、剣に刻まれた技の記憶。
《魔剣再演》とは即ち、その技の時を越えた復活。
前の時代から、次の時代へ。
魔法によって受け継がれてきた歴史そのもの。
《マギックエイジ・オンライン》。
《魔法時代》を名に冠したこのゲームの、その開幕。
《冒険者たちの聖戦》において、俺たちプレイヤーを導き、送り出してくれた、とある気高き冒険者。
その人生を凝縮したもの。
これこそが―――
緋色の刀身を、真紅のオーラが覆った。
それは、巨大な破城槌の形を取る。
『アイツ』は、剣を型に嵌めなかった。
時に剣で料理をし、時に剣で城を破ってみせた。
万夫不当にして自由奔放。
天下無双の千変万化。
それが万能剣術《フレードリク流》―――!!
「おぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」
俺は気勢を上げながら、真紅のオーラが模った破城槌でフェンコールを迎え撃った。
衝撃が轟然と撒き散る。
冷え固まった黒い地面が揺れる。
柄を握った両手がビリビリと震えたが、俺の足は決して、後ろに滑ることはなかった。
「――ガァウッ!!」
後退ったのはフェンコールのほう。
巨体の突進に宿った衝撃力、そのすべてを正面から受け止めて、なおもこちらの《赤槌》が勝ったのだ。
だが、弱点にはまだ届いていない。
額の黒曜石は健在だ。
逃がさない。
一気に仕留める!
「―――《第三魔剣・朱砲》!」
緋色の剣先から、真紅のオーラが砲弾となって飛んだ。
それはノックバックでふらつくフェンコールの額に正確に命中し――
パキン、と。
弱点たる黒曜石を、割り砕く。
「―――ガアァアアアゥウウゥゥッ!!!!」
フェンコールの巨体が、黒い地面にもんどりうった。
全身を覆った炎が瞬く間に鎮火する。
号令は必要ない。
誰もが待ち望んだ、自分たちの時間だ!
持てる限りの魔法が突き刺さった。
めいめいの武器が叩きつけられた。
俺もまた距離を詰め、緋色に染まったままの魔剣でフェンコールを叩く。
HPバーが見る見る減っていった。
残り4割……3割……2割……。
1割。
あと少し、というところで。
フェンコールが、もぞりと動き出す。
ここだ。
「―――《第一魔剣・緋剣》……!!」
瞬間、世界のすべてが凍りついた。
否。
凍ったのは世界じゃない。
時間だ。
《受け流し》スキルでも発生する、主観時間感覚の加速。
その最上級。
時間停止。
《フレードリク流》の奥義《緋剣》は、目にも留まらぬ連続斬撃だ。
それをこの魔剣は、時間を停めることで再現する……!
動き始めのフェンコールや、それに気付いて退がろうとしているプレイヤーたち。
彼らが動き出すのは、俺の主観時間で5秒後。
たった5秒、されど5秒。
世界のすべてが俺のものになる。
――さあて。
今日は、何発いけるかな?
幾度となく練習した動きを再現する。
できるだけ速く。
できるだけ強く。
できるだけ無駄なく。
5秒という短い時間に、ありったけの斬撃を詰め込む。
俺のこれまでの最高記録は、56発。
1発につき0.1秒をわずかに上回る速度だ。
まだだ。
まだいける。
俺の限界は、こんなもんじゃない――!
20発。
30発。
40……45……。
50!
51。
52。
53。
5――――
世界が動き出した。
――――ズザザザザザザザザグンッッッ!!!!
というそれは、叩き込まれた斬撃が一挙に炸裂した音。
ダメージエフェクトの赤い光が、まるで花火のように盛大に舞った。
「―――ガアァアアアゥウウゥゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
フェンコールが不意に起き上がり、暴れ出す。
俺は他のプレイヤーと一緒に退避し、その様子を見守った。
これは、攻撃じゃない。
これは、抵抗でもない。
だって。
1割ほど残っていたフェンコールのHPは――
――すでに、完全に消滅している。
じたばたと跳びはね、暴れ回り、誰もいない虚空に向かって爪や牙を振るうそれは、ただの断末魔だった。
「ガアァアアアアアアゥッ!! アァアアアアアアアアアァァ……―――」
駄々っ子みたいな苦悶の咆哮は、徐々に潰え。
伴って動きも鈍くなっていき、最後には、行儀よくその場にお座りをした。
そして。
「――――アォオォオオオオオオオオオオオンン――――」
澄み切った遠吠えが、空高く響き渡る。
主たる子月が浮かぶ夜空に―――
―――黒い巨躯が、燃え上がった。
鮮血のような赤い炎に、全身が包まれる。
フェンコールは黒い影となり、見る見るうちに、その輪郭を崩していった。
黒い煙が夜空に立ち上っていく。
主が待つ空へと還っていく。
紅蓮の炎が消え去ったあと。
黒い溶岩の地面に残ったのは――
巨狼の眼窩に嵌まっていた、2個の白いダイヤだけだった。
「……はあっ……はあっ……」
「はあっ……」
「はあああああっ……!」
アバターに肉体的疲労があるわけがない。
それでも、静寂の中を荒い息だけが満たす。
その沈黙こそ。
その空白こそ。
勝利を噛み締めるために、必要なものだった。
俺は――
ゆっくりと。
右手に握った魔剣フレードリクを、夜空に向かって突き上げる。
刀身を染めていた緋色が――
スウッ……と。
――静かに、抜けていった。
まるでそれを、待ち構えていたかのように。
どこからともなく、声がした。
【エリアボス《神造炭成獣フェンコール》が討伐されました】
【CHRONICLE QUEST CLEAR!】
歓声が爆発した。
生き残ったプレイヤーたちが拳や武器を突き上げ。
ライブビューイングに集った観客が空間を震わせ。
配信画面のコメント欄が壊れそうなほど加速した。
目の前にウインドウが現れる。
フェンコールのドロップ品と、クロニクル・クエストの報酬が、一緒に表示されていた。
フェンコールからは……ラストアタック・ボーナスで『神造黒曜石』ってのがドロップしている。
武器の素材か何かか?
エリアボス、それもクロニクル・クエストに関わるボスのLAボーナスともなれば、それはもう凄まじい貴重品だ。
規約違反だが、もしRMTに出せば数万は下らない。
それで作れる武器となると……。
生唾を呑み込みかけた俺だが、いやいや待て待て。
これはいったん後だ。
俺はクロニクル・クエスト報酬に目をやった。
そこにはこう書いてあった。
【貢献度ランキング:1位】
【MVPおめでとうございます!】
その下には、目を見張るような報酬の数々がずらずら並べ立てられている。
い……1位?
マジ?
後から来たぽっと出なのに?
「――せーんぱいっ! 1位おめでとうございますっ!」
「うわっ!?」
チェリーが後ろから勢いよく肩に飛びついてきた。
コケそうになったのを堪えて、後ろを振り返る。
「お前、何位だったの?」
「9位ですね。フェンコールに与えたダメージは左程でもありませんし」
「俺が1位でいいのかなあ……坑道の攻略にも参加してないのに……」
「弱気にならないでくださいよ。あのときの勢いはどうしたんですか? なんでしたっけ、ほら……『来いよワン公。魔神の代わりに寝かしつけてやるよ』」
「お前バカにしてんだろ!」
「ぶふっ! あ、あんなにカッコつけといて完全スルーされ……ぶふあははははっ!!」
「そこイジるか普通!?」
「見てくださいよこれ。トレンドに『来いよワン公』」
「あああああもう死にたい!!!」
MVP獲ったのになんでこんな辱めを!?
「はーっ……はーっ……あー笑った。じゃ、そろそろ始めましょう先輩。《緋剣》でラスアタ取ったんでしょう?」
「おう。そうだな。忘れないうちに」
クエストクリアと同時に、人魂になっていた死人も全員復活していた。
それぞれウインドウを見て、ドロップ品やクエスト報酬を確認しているところだ。
パンパン! とチェリーが手を叩いて、彼らの注目を集めた。
「えー、皆さんご存知のことと思いますが、こちらのケージさんがまたしても《緋剣》とかいうチート技でラストアタックを取ってしまいましたー」
「チート技言うな」
「つきましては!」
チェリーが無視して進行したので、俺も仕方なくアイテムウインドウから《神造黒曜石》をオブジェクト化させる。
ソフトボールほどもある黒光りする石が、俺の手に現れた。
「この場で今すぐ! 恒例のLAボーナス争奪ジャンケン大会を開催したいと思いまーす! 奮ってご参加くださーい!!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!」」」」」
フェンコールを倒したときに勝るとも劣らない歓声が湧き起こった。
《緋剣》はその性質上、使えばLAボーナスが簡単に取れる。
なもんで、俺たちは波風を立てないため、《緋剣》を使ってラスアタを取ってしまったときは、ジャンケンでその報酬の受取先を決めることにしていた。
無論、俺自身も参加する。
勝てばよかろうなのだ!
「では《ジャンケン王》を起動します! このソフトと一斉に勝負して、負けた人は座ってください! 行きますよー! じゃーんけーん―――」
そうして。
すでにボス亡き戦場で、悲喜交々の熱い闘いが繰り広げられた。
欲望渦巻く闘いは数十分続き――
俺が繰り出した渾身のグーがパーに捻じ伏せられたときには、とっくに日付が変わっていた。