第２２話　遊ぶときだけ団結する

　男戦士を復活させてやったあと、俺たちは六衣に乗って、再び大穴の上まで戻ってきた。

「フェンコールの足元にはもう石炭の塊は見当たりません。あるとすれば上です」

「六衣が運べる手頃な大きさの塊が必要だな。崖に突き刺さったのはどれも大きすぎた」

　そういうわけだ。

　今度は上から下へと運ぶ番なのだ。

　大穴の周囲には、黒い狼がうじゃうじゃとひしめいている。

　フェンコールの身体の一部が変形した姿――フェンコール・ピースだ。

「……レベルはちょっと低めですよ。あれなら落ち着きさえすれば大した脅威じゃありません」

「邪魔なのには変わりないけどな――っと！」

　六衣が「きゃあっ！」と叫びながら、高空へと退避した。

　フェンコールが炎を吐いたのだ。

　それ自体は、これまでにもあった攻撃パターン。

　セツナやろねりあたちプレイヤーも慣れたもので、余裕をもってそれをかわした。

　だが。

　――ドウンッ！

　――ドウンッ、ドウンッ、ドウウンッ！！

　炎のブレスに巻き込まれたフェンコール・ピースが、爆発する。

　その爆発に近くの仲間が巻き込まれ、そいつがまた爆発して近くの仲間を爆発させ――

　爆発が連鎖した。

　唖然とするほどの速度で広がるそれは、まるで絨毯爆撃だ。

　炎のブレスの攻撃範囲が、実質的に広がってしまっている……！

「うっげええええ……！！」

「ガソリンをばらまかれたようなものじゃないですか、これ……！　こっちも迂闊に炎を使えません！」

　連鎖爆発に巻き込まれたプレイヤーが、何人も宙を舞っている。

　フェンコールのブレス本体に比べれば、ピースの連鎖爆発は威力が落ちるみたいだ。

　だが、それでも、足並みは乱れる。

　爆弾代わりの石炭を運ぶ間、うまくヘイトを稼ぎ続けられるか……！？

「……っ。先に雑魚のほうだ。奴らの出現(ポップ)を止めるか……せめて数を減らさないと話になんねえ！」

「賛成です！　六衣さん、あの地面に突き刺さった黒い塊に飛んでください！」

「わかったっ！」

　フェンコール・ピースを生み出しているのは、大穴の周囲の各所に突き刺さった、フェンコールの身体の欠片だ。

　一戸建ての家くらいある大きさのそれから、黒い狼がひっきりなしに湧きだしているのだ。

　上空を駆け、それに近付くと、ロックオンがかかってキャラネームがポップアップする。

　――《フェンコール・エッグ　Ｌｖ１１０》。

　そして、その下にはＨＰバー。

「ＨＰが出た！　壊せるぞ、あれ！」

「とりあえず一発入れます！　《ファラゾーガ》！！」

　放たれた火球が、《エッグ》の側面に突き刺さる。

　本体に撃ったときと同じような大爆発が起こった。

　ダメージは――ＨＰの２割ってとこか。

　結構減った！

「クールタイムが煩わしいですね……！」

「俺も手伝う！　これを繰り返せば……！」

　俺が珍しくスペルブックを出した瞬間だった。

　どこからともなく別の《ファラゾーガ》が何発も飛び出してきて、エッグに次々と突き刺さった。

　エッグのＨＰが見る見る削られていき、あっという間にゼロになる。

　塔のように屹立していた黒い塊が、紫の炎(エフェクト)に包まれて消滅した。

「っしゃあああああっ！！！」

「見たかオイコラっ！！！」

「おいしいとこばっか持っていかせるかあっ！！！！」

　歓声だか怒声だかを迸らせたのは、地上でフェンコール・ピースと戦っているプレイヤーたちだった。

　チェリーがエッグに《ファラゾーガ》をぶっ放したのを見て、やるべきことを瞬時に悟ったんだ。

　さすが、数十万人に上るＭＡＯのアクティブプレイヤーの中で最前線を張るだけのことはある……！

　黒い狼の湧出が止まる。

　近辺での狼の密度が、明らかに薄くなった。

　だが、まだだ。

　ざっと見回した限り、エッグはあと４つある……！

『向こうで狼の出現元が破壊された！　こっちでも壊すんだ！！』

『ウォーリアの方、雑魚を引きつけてください！　ウィザードの方を中心にエッグに攻撃を！！』

　各所でエッグ破壊に向けて動き始めた。

　見ている間に、エッグの一つに《ファラゾーガ》が何発も突き刺さって消滅した。

　破壊した連中が、狼(ピース)の残党を処理しながら別のエッグへと走っていくのが見える。

「エッグの破壊は任せましょう！」

「ああ。俺たちはフェンコールの欠片を！」

　上空から戦場を見渡して、すぐに目的のものを見つけた。

　エッグがあった場所だ。

　そこに、真っ黒な塊がいくつか転がっている。

　さっき六衣に運ばせたのと同じくらいのサイズだ。

　エッグを破壊すると出現するってことか！

　六衣をエッグの跡地に降下させる。

　そして、さっきと同じように、念動力で持ち上げさせた。

「人使い……じゃなくて、狐使いが荒いんだから！　あとで……ちゃっ、ちゃんとお礼、してよね！？」

「わかったわかった」

「やったっ」

「なんで戦闘中にデレ度上げてるんですか、この淫獣！」

「インジュウってなに！？」

　六衣のチョロさに関しては別の機会に議論の場を持とう。

　目指すは崖の横穴。

　その奥にあるひび割れた壁を破壊して、溶岩をフェンコールの足元に流し込むことだ。

　俺たちは崖を目指して走る。

　フェンコール・ピースの数は疎らで、数えられるほどしかいない。

　崖で邪魔された奴に比べればレベルも低く、突破するのは容易だった。

　が。

　大穴に差し掛かり、キャットウォークのような道を下り始めたところで、問題に気付く。

「……おい、道変わってないか……！？」

「あっ、しまった……！　フェンコールがまき散らした、あの火山弾ですよ！　あれが通路を塞いだり壊したりして、道が全然変わっちゃってます！」

　それに、下から見上げるのに比べて、上から覗き込むのでは、道を確認するのが難しい。

　向かい側の崖の道はフェンコールの巨体で遮られて見えず、こっち側の道は単純に角度の問題で見えにくい。

「えーっと……こっちは、あそこで行き止まりか。じゃああっちは……ああもうわからんっ！！」

「スムーズに運ぶにはナビが必要ですよ。でも、それができるのは――」

「……空を飛べる六衣だけか。じゃあ、この欠片は誰かに人力で運ばせて――いや待て、だったらいっそ人海戦術でごり押したほうが早くね？」

「またいい加減な……と言いたいところですけど、一理ありますね」

　幸い、欠片はいくつも転がっていた。

　何個かが行き止まりで足止めを喰っても、誰かが正解のルートに辿り着けば問題ない。

「とりあえず俺たちは勘で動こう！」

「その間に、セツナさんとろねりあさんに方針を提案します！」

　二人がコメントに気付くまでには少し時間がかかるかもしれないが、直接言いに行くよりは早いはずだ。

　他のリスナーが全力でコメ読み催促してくれることを信じる！

　キャットウォークのような細い道を駆け下る。

　さっきと同じく、フェンコール・ピースが行く手を塞いできた。

　レベルは９３。

　さっきより上がってるじゃねえか！

　欠片運びに４～５人として、護衛も最低で３人は必要だろう。

　７人１チームとすれば、作れて最大４チーム？

　そこに俺たちを加えれば５チーム――

　……ちょうどエッグと同じ数だ。

　だが、実際には上に残ってヘイト稼ぎを担当するチームが必要になる。

　なら、同時に運べる欠片は４個ということになるか。

　それだけあれば、１個くらい横穴に辿り着けると思うが……！

『わかった！　急いで役割を分担する！』

『了解しました。エッグから出た黒いのを運べばいいんですね！？』

　ピースの群れを片付けた頃に、配信から返事が来た。

　この混乱した状況で正しく役割を分担し、実行に移すのは凄まじく難しいことだ。

　俺たちが一発で正解ルートを引ければいいんだが――

「あ゛あ゛っ！！　くそっ！！」

「行き止まり……！」

　見事にハズレを引いた。

　道の先が真っ黒な塊に塞がれているのを見た俺たちは、急いで取って返す。

　そのとき、

『みんな！　今リスナーから提案がありました！　横穴の前に先に何人か待機させておいて、欠片は上から落とせばいいんじゃないかって！』

「「――あっ！！」」

　なーぜーそーれーをーおーもーいーつかなかったあああああっ！！！！

　痛恨の至りだ。

　先に下から持って上がるのを経験していたから、思考が硬直していた……！！

　俺もチェリーも悔しさで悶絶したが、足を止めている暇はない。

　急いで上まで駆け戻る。

　と、頂上で何人かのプレイヤーが待っていた。

「さっき、あそこの横穴に４人行きました！　上から落としてほしいそうです！」

「わかりました……！」

　指さされた横穴の真上まで移動する。

　死ぬほど簡単だった。

「おーい！」

「こっち！」

「こっちでーす！！」

　１０メートルくらい下。

　横穴の前に４人のプレイヤーが現れて、大きく手を振った。

　六衣に言って、そこに欠片を落としてもらう。

　４人は落ちてくるそれを避けると、「いっせーの！」と声を合わせて持ち上げ、横穴の中へと入っていった。

　少し待つ。

　ドオウンッ！！　という爆発音が聞こえた。

　４人が横穴から飛び出してきた直後、溶岩がドバッと流れ出る。

　フェンコールの足元を、溶岩が浸していった。

　そして。

　再び、巨躯が炎上する。

　２本目のＨＰバーが、見る見るうちに減少していく。

『ストップ！　ストップストップ！　爆破いったんストップ！　今たぶん判定ない！』

『聞こえてますか！？　演出が終わったら合図するので、それから！』

　２本目のＨＰバーが、完全に消滅した。

「――――アォオォオオオオオオオンン――――」

　フェンコールが夜空に向けて吠える。

　同じだ。

　見覚えのある流れだ。

『注意ッ！！』

　セツナ配信から警告が飛んだ直後、フェンコールの身体が破裂した。

　今度は反応してみせる……！

　俺はチェリーの肩を強く抱き寄せた。

「ふぇっ？」

　火山弾のように撒き散らされたフェンコールの身体の一部が、こちらにも降り注いでくる。

　その軌道を瞬時に予測。

　直撃コースだった。

「六衣っ！！」

　六衣に注意を促しつつ、チェリーの身体を腕に抱いたまま、全力で退避する。

　直前までいた場所に、燃え盛る石炭の塊が突き刺さった。

　改めて見るとやっべえ……。

　ダメージとか関係なしに、普通にビビる。

「いや、あの、先輩？」

　胸の辺りから声が聞こえた。

「いつまで抱き締めてるつもりでしょうか……」

「ん？　おう、ごめん」

「軽くありません！？　私、結構ドキッとしちゃったんですけど！」

「え？　そうなの？」

「……あっ、口が滑った……」

　チェリーは目を逸らしながら口を押さえた。

　とりあえずチェリーの身体を離しながら、

「っていうか、俺のほうがＳＴＲもＡＧＩも高いんだから当然だろ？」

「ううっ……わかってますけど、ビックリするので控えてください！　……いやでも、やっぱりたまには……！」

「落ち着け！　テンションの上がりすぎで混乱してるぞ！」

　深夜かつボス戦ともなると、多少変なことも口走ってしまうのだ。

『演出終わった！　――発破！！』

　無駄話をしているうちに、ドオウンッ！！　という衝撃が再び響いた。

　これでトドメだ。

　反撃も許さずに終わらせる！

　まだ粉塵も晴れないうちに、さらなる溶岩が流し込まれた。

　ＨＰバーは残り１本―――

「あ？」

「フェンコールは……？」

　俺たちは一瞬、呆気に取られる。

　粉塵の中に、フェンコールのキャラネームとＨＰバーが見えない。

　見逃しようもない巨体の影も、まるで手品みたいに消えている。

　溶岩が流し込まれて少し経ったが、変化は見られなかった。

　なんだ？

　どこに行った？

　俺たちは崖際に寄って、大穴の底を覗き込んだ。

　円状の底には、横穴から溢れた溶岩が未だに流れ落ち続けている。

　外縁だけが溶岩の川になっていて、中央部は黒く冷えて固まり、島のようになっていた。

　その中心。

　粉塵の中に、影がある。

　狼の形をした、影が――

「小さい―――！？」

　さっき破裂したときも小さくなっていたが、今度は特段だった。

　サイズは、せいぜいトラック程度か。

　山に肩を並べるくらいだった最初に比べれば、あまりにも小さい。

　サイズを縮めたフェンコールは、黒く冷えた溶岩の真ん中でお座りをして、俺たちのほうを見上げていた。

　まるで、誘うように。

　まるで、挑むように。

　横穴の多くは、撒き散ったフェンコールの欠片で塞がっていた。

　残っているのは、すでに爆破し終えて溶岩を吐き出している場所ばかり。

《神造炭成獣フェンコール　Ｌｖ１２７》。

　キャラネームの下に残ったＨＰバーはちょうど１本。

　最終決戦の開幕を、あの神造兵器は告げているのだ。

「行きますか、先輩」

「おう！」

「あ……あの、わたしは？」

「六衣はここで待ってろ。危ないからな」

「う、うん」

　周囲は溶岩の川。

　ひとたび足を踏み入れれば、勝つか死ぬかしかない。

　つまり、最高の戦場だ。

　俺たちは、崖を下る道を駆け下り始める。

　時を同じくして、生き残ったプレイヤーたちが他の道を下り始めた。

　配信のコメント欄の速度は緩やかだ。

　ライブビューイングにも静寂が漂っている。

　だが、これが嵐の前の静けさであることを、きっと誰もが承知していた。