第21話 攻略法は大抵ステージに隠されている
「ガァアアアアアアアアアァァァァ――――――――ッッ!!!!」
漆黒の巨大狼――フェンコールが、咆哮しながら炎を吐いた。
30人弱のプレイヤーたちは散り散りに回避しながら、それぞれスペルブックのページを繰る。
「《ファラゾーガ》!!」
「《ファラゾーガ》ぁ!!」
「《ファラゾーガ》ッ!」
「《ファラ》! 《ゾー》! 《ガ》ァァアッ!!!」
大きな火球が花火のように無数に飛んだ。
フェンコールの顔面が紅蓮の爆発に覆われる。
だが、俺には見えていた。
3本もあるフェンコールのHPバー。
そのうち1本目の、ほんの2%ほど。
それが、今の一斉攻撃で入ったダメージのすべてだった。
「硬ってえええッ!!」
「夜が明けちゃうよお!!」
「火力が足んねえよ火力がぁ!!」
二つに分かれた一団の片方に目を付けて、フェンコールは再び炎を吐きかける。
散発的に反撃が飛ぶが、どれも有効打にはなり得ない。
プレイヤーたちが悲鳴と文句を飛ばしまくるのを、俺たちは遙か上空、六衣の背中の上から見下ろしていた。
「やっぱり何かする必要があるんだ。フェンコールを弱体化させたり、弱点を浮き彫りにしたりする何かを」
「炎が関係するのは確かですよ。あの大爆発エフェクトに意味がないとは思えません」
「でも《ファラゾーガ》じゃ擦り傷くらいにしかならない。火力……火力だ。もっと大きな火力。炎……熱……」
「熱ですか……熱?」
呟いて、チェリーは唐突に辺りを見回し始めた。
どれだけ首を振っても、あるのは半壊した山脈だけだ。
「どうした? 何か思いついたのか?」
「確信はないんですけど……温泉、あったじゃないですか?」
「おう。あったけど?」
「温泉があるってことは、たぶん、近くにあるはずなんですよ――火山が」
火山!
「そうか、なるほど、そうか! もし、その火山の溶岩を―――」
『え? なに?』
開きっぱなしにしてあるセツナ配信が、唐突にそんな声を発した。
俺たちに向けたものじゃなさそうだったが、反射的に見てしまう。
画面右側のコメント欄が、あるコメントを読むように配信主のセツナに催促していた。
『えーっと……? 崖の途中に横穴発見?』
「横穴?」
「そんなのありました?」
崖登りで脱落して下に取り残された奴の報告だろう。
上にいるセツナたちに合流しようとする途中で見つけたのか。
「確認してみよう。六衣! 高度を下げてくれ!」
「うん!」
俺たちが乗る六尾の狐、六衣が急降下する。
高さにはだんだん慣れてきた。
麻痺しているとも言えたが。
「……ありますね、横穴。あそこと、あそこ……あっ、あそこにも!」
フェンコールの巨体を周回するように飛ぶと、絶壁を登るキャットウォークのような通路の途中途中に、確かに横穴があった。
「新しく出現したのか、見落としてただけか……」
「どちらにせよ無意味ではないはずです。確認してみましょう!」
六衣を近場の横穴に突っ込ませる。
暗い洞窟を少し走ると、すぐに行き止まりに突き当たった。
そこには、何もなかった。
ただ、ヒビの入った壁があるだけだった。
「ヒビ……! 壊せる壁だ!」
「先輩、よく見てください! ヒビから赤いのが漏れてます!」
亀裂の向こうからは、赤いどろどろした液体が漏れてきていた。
溶岩だ……!
「大当たりだ! これを壊せば――」
「《ファラゾーガ》!」
チェリーがぶっ放した火球が、亀裂の入った壁に炸裂する。
だが、壁はビクともしなかった。
「ダメですね……何か爆弾になるものがないと……」
「爆弾か……。仕方ねえ、いったん戻ろう。それと他の面子に報告だ。配信にコメントで――」
「皆さん長文を読む余裕はありませんよ。直接行きましょう!」
来た道を駆け戻り、そのまま空中に飛び出した。
崖と平行に上昇し、大穴の上まで戻ってくる。
攻撃から逃げ惑った結果か、30人弱のプレイヤーたちは散り散りになっていた。
大穴の縁の各所から、フェンコールに散発的な攻撃を繰り返している。
話を伝えるなら情報発信力のある奴だ。
つまり、セツナやろねりあたち配信者……!
「――いました! あそこ! ろねりあさんたちです!」
「よし!」
六衣は文句も言わず駆ける。
折よく、ろねりあたち4人組は、フェンコールに狙われていない。
今なら情報を伝える余裕があるはずだ。
「ろねりあさん!」
「お二人とも! どうしました!?」
六衣を立ち止まらせると、ろねりあたちが駆け寄ってくる。
「配信を通じて情報を流してほしくて! 下の絶壁の途中に横穴があります! その奥にヒビの入った壁があるんです! ヒビからは溶岩が漏れてました!!」
「溶岩ですか!? それって……!」
「壊せば溶岩が溢れだして、フェンコールへのダメージになると思います!」
きゃあっ! と後ろの3人が歓声を上げた。
「すごいじゃないですか! だったらすぐに――」
「いや、すみません、まだ壁を壊す方法がわからないんです。何か爆弾になるものが必要だと思うんですけど……」
「爆弾……なるほど。セツナさん、聞こえましたか!?」
『うん! 横穴だね!?』
こいつら、他の配信も開いてるのか。
これなら疑似的な無線機になる。
『爆弾に心当たりはないけど、とりあえず何人か下に――』
〈コメント!!!!!〉
〈コメ見て!!!〉
〈コメント見ろおおおおおおおおおお〉
あん?
視界の端にあるセツナ配信のコメント欄が、気付けばそんな文字で溢れていた。
「セツナ! コメント見ろ! またなんか催促されてる!!」
『えっ!? なに? どれ!? ……ちょっちょっストップストップ! 流れちゃうから!!』
配信画面を直接見ている俺より、専用のコメントビューアーを使っているはずのセツナのほうが、コメント欄を遡るのはたやすいはずだ。
『えっと、これ? 「一番下に取り残されてるんだけど、フェンコールの体の一部がすげー降ってくる。これ何かに使える?」――』
体の一部?
フェンコールの……。
ってことは、つまり。
デカい石炭の塊?
「「爆弾だっ!!」」
俺とチェリーは声を揃えた。
やっぱり、あの大爆発エフェクトは無意味じゃなかった。
剥落したフェンコールの一部が爆弾として使えることの伏線だ!
「それをどうにかして横穴まで運べませんか!? 訊いてみてください!」
『わかった! えっと、それ、運べそうかい!?』
コメント欄を見ていると、少しして返事が来た。
〈一人じゃ無理。ステータス開いたら人間6人分の重さって書いてあった〉
「人間……」
「……6人分?」
心当たりのある数字すぎた。
俺たちは同時に、今まさに跨っている狐の頭を見る。
六衣は背中の俺たちに振り返ると、戸惑った声を出した。
「え? わたし?」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
大穴の上下を行き来するのは、俺たちが一番早い。
またしても六衣の力を借りて、絶壁に囲まれた大穴を急降下していくと、底の端のほうで一人の男戦士が両手を振っていた。
その傍に六衣を着地させる。
「おおー……間近で見るとでけえ」
男戦士は六衣を見上げて感嘆の声を漏らした。
対し、六衣のエコーのかかった声が心外そうに言う。
「デカいだなんて失礼するわ。人化したら溜め息が漏れるような美人なんだから」
「マジで?」
「狐耳巨乳美少女女将になるぞ」
「マジでっ!?」
親切に教えてやったら、思った以上に食いつかれた。
六衣は男戦士の視線から逃れるようにして顔を逸らす。
「……褒められてるはずなのに、なんか不快」
「婚活するんだろお前。本望だろ」
「ヤだ。タイプじゃないもん」
「厳しい……ッ。だがそれがいい!」
「やだほんとちょっと近寄らないでよっ!」
迫る男戦士から逃げる六衣。
……なんかこいつ、本当に薄い本いっぱい出そう。
ちなみに、エロ同人に限らずR18の画像データはMAO内に持ち込めないので、ネタにされてる本人に読ませて遊ぶといったことはできません。
悪しからず。
「遊んでる場合じゃないですよ。ほら降りる!」
「ちょっ、押すな押すな落ちるーっ!」
べちょっ、と地面に落とされる。
なんでちょっと不機嫌になってるのチェリーさん。
起き上がった俺の隣にすたっと着地すると、チェリーはすぐそこにある大きな黒い塊を見た。
「それですか? フェンコールの身体の一部って」
「あっ。は、はい。そうです、はい」
チェリーに話しかけられた途端、男戦士が挙動不審になる。
慣れてないと、チェリーと喋った男は高確率でこうなるのだ。
美少女アバターなんて珍しくないのに。
不思議だよなあ……。
オーラの違いなのかなあ……。
あと、チェリー相手には喋りにくいからって、俺のほうにばっか罵倒飛ばしてくるのはやめてほしいなあ……。
真っ黒な塊は、結構大きかった。
一人で運ぶどころか、そもそも腕が回らない。
大気圏突入時の摩擦で焦げた隕石みたいだ。
実際、焦げたような匂いがするが、これは石炭の匂いだろう。
「六衣さん、運べそうですか?」
「うーん、たぶん」
「でもこれ、背中に乗せてもすぐ落ちそうだぞ。ごろっと」
「それは大丈夫。よいしょっと」
狐の両目が光った。
かと思うと、黒い石炭の塊が浮き上がった。
「念動力じゃん!」
「それ使えば6人以上運べたじゃないですか!」
「そんな便利なものじゃないの! わたしが本来持てる以上の重さは動かせないの!」
おのれ……それっぽい理由じゃねえか。
「あと、ごめん。これ使ってる間は空飛べない」
「楽すんなってことか……」
「上等ですよ。上の皆さんがヘイトを稼いでくれてます。行きましょう!」
俺たちは六衣と一緒に、絶壁の肌にできたキャットウォークみたいな道を駆け登る。
一番低い位置にある横穴はそれほど遠くない。
30秒とかからずたどり着ける――
と、思っていたが、
前方に、黒い塊が落ちてきた。
それはもぞもぞと動いたかと思うと、狼の形になる。
普通の狼サイズまでミニチュアライズされたフェンコールが、4匹。
俺たちの前に、立ち塞がった。
――《フェンコール・ピース Lv86》。
「簡単には行かせねえってわけかよ……!」
「瞬殺してください! 《オール・キャスト》!」
バフがかかるのと同時に、俺は弾かれたように駆け出した。
シャリン! と音を立てて背中の鞘から魔剣フレードリクを抜き、
「第四ショートカット発動!」
《風鳴撃》を発動する。
突進しながら刺突を放ち、先頭のフェンコール・ピースの額を貫いた。
伴って吹き抜けた風刃が、その後ろにいた3匹ともども、漆黒の体躯を吹っ飛ばす。
HPがそれぞれ、額を貫いた奴は4割、風刃を浴びた3匹は2割ほど減った。
チッ、ちょっと火力が足りねえか……!
「《チョウホウカ》ッ!」
後ろから詠唱が聞こえた瞬間、俺は飛びずさる。
入れ替わるようにして炎の波が走り、4匹の黒狼を呑み込んだ。
ボボンッ、ボンッ!
小爆発が連続し、HPがさらに減る。
1匹はHPゼロになって消滅したが、3匹がHPを1割ほど残した。
体勢を立て直す暇は与えない。
粉塵が風に散るよりも早く、俺は立ち上がろうとする狼たちに躍りかかる。
首元に一太刀。
――一匹目。
喉奥に刺突。
――二匹目。
引き抜きながら背後に一閃。
――三匹目。
5秒とかからず、フェンコール・ピースは全滅した。
「時間喰った! 行くぞ!」
「先輩の詰めが甘いからですよ!」
「いや、めっちゃ速いでしょ……」
男戦士が唖然としたように呟いた気がしたが、取り合っている暇がない。
再び細い道を駆け上りながら、俺はスキルカスタマイズ画面を開く。
また奴らが出るとしたら、今のままじゃ効率が悪い。
ウインドウに指先を滑らせ、いま不要なスキルを外した。
代わりに入れるのは、まず《居合い》。
まだ熟練度上げの途中だが、実戦には堪えるだろう。
あと……これだ。
《エンチャント(炎)》。
通常攻撃に炎属性を付加する。
奴らの弱点属性が炎なのは、もはや間違いのない事実だ。
できればショートカットも弄りたかったが、こっちはキーワードの設定までし直さないといけない。
さすがに走りながらじゃ無理だ。
「横穴! あそこです!」
チェリーが指差した先に、目指す横穴があった。
だが、その前に。
ごろごろと石炭が落ちてきて、狼の姿を形作る。
1、2、3……今度は5匹。
チェリーの表情がかすかに歪んだ。
さっきの戦闘から十数秒しか経っていない。
炎属性範囲攻撃魔法のクールタイムがまだ終わっていないのだ。
だが、俺は言う。
「いい! 撃てッ!」
「っはい! 《ダイホウカ》ッ!」
《チョウホウカ》に比べればひと回り小さい炎の波が奔った。
狙いは正確で、5匹すべてを範囲に収め、小爆発を起こして吹っ飛ばす。
だが、さすがに威力はさっきより控えめだ。
減ったHPはせいぜい5割。
俺はぐんと加速して突っ込んでいきながら、左手側にウインドウを出した。
装備画面だ。
前から考えてた戦法を試させてもらう……!
俺は背中の鞘に納めた魔剣フレードリクの柄を握る。
――シャリン!
鋭く鞘走らせたそれを、そのまま1匹のフェンコール・ピースの額に叩きつけた。
ギュアインッ! という爽快な効果音が鳴る。
チリッと火花が爆ぜて、剣先で爆発が起こった。
《居合い》による0.2秒間だけのダメージ補正。
《エンチャント》による弱点攻撃。
さらにクリティカルで倍率ドン!
結果、ただの通常攻撃ながら、フェンコール・ピースのHPが消し飛んだ。
「――バウアッ!!」
一番近くの黒狼が怒りの声を放ったので、俺はバックステップで距離を取る。
もう一度《居合い》を使うには、剣を鞘に戻さなくちゃいけない。
だが、それはあまりに悠長だ。
もっと手早く済む方法がある……!
追いすがってくるフェンコール・ピースを見据えながら、俺は開いておいた装備画面を左手の指で操った。
――武器装備解除。
右手に握った魔剣フレードリクと背中の鞘が光になって消滅する。
直後、さらに左手を動かした。
空白になった武器の欄をタップし、《魔剣フレードリク+8》を選択。
背中に鞘が戻ってきた。
もちろん、剣が納まった状態で……!
シャリン! と再び魔剣が鞘走る。
袈裟懸けの斬撃が喉元に炸裂して、
――ギュアインッ!
いいぞ、今日は当たる!
すべての攻撃に《居合い》のダメージ補正を乗せる、名付けて無限抜刀戦法。
装備画面を見ずに素早く操作できるかがネックだったが、結構いけそうだ!
続けて襲いかかってきた3匹目も、装備着脱による最速納剣からの《居合い》クリティカルで処理した。
だが、残りの4匹目と5匹目は同時に襲ってきた。
これはさすがに《居合い》じゃ処理しきれない。
「けど――」
俺は魔剣フレードリクを横ざまに振るう。
「――これでっ!」
片方の腹を叩いた瞬間、火花が走って小爆発が起こる。
――これまでの3匹は、即死だったからそのまま消滅した。
だけど、今度は威力が足りない。
HPが残る。
ゆえに、フェンコール・ピースは消滅せず。
爆発の衝撃で横に吹っ飛んで、隣にいた仲間に激突した。
2匹の狼が縺れ合うようにして崖から転がり落ちる。
何もHPを削り切るばかりが道を空ける方法ではないのだ。
「よっしゃ! 片付いた……ぞ?」
振り返ると、チェリーと男戦士がそれぞれ妙な顔で俺を見ていた。
男戦士は、あんぐりと口を開け。
チェリーはなぜか、ジト目で俺を睨んでいる。
「とんでもねえもん見ちまった……」
「どうしてこう、めちゃくちゃなことをやり始めるんでしょう、この人は。アプデで装備の着脱エフェクトが長くなったら先輩のせいですからね」
「なんで責められるんだよ!」
とにかく、横穴への道は開けた。
念動力でフェンコールの欠片を浮かせた六衣を伴い、横穴の中へ入る。
最奥には、やはりヒビの入った壁があった。
赤い溶岩も漏れ出している。
「よし。置いてください」
六衣がひび割れた壁の前にフェンコールの欠片を置いた。
俺たちは少し距離を取る。
チェリーが聖杖エンマの先端をフェンコールの欠片に向けて、
「《ファラ》!」
小さな火球を射出した。
ソフトボールくらいの大きさのそれは、真っ黒な石炭の塊に当たり、
――ドオッウウンッ!!!
予想以上の大爆発を起こした。
ひび割れた壁が一瞬で吹っ飛ぶ。
そして――
その奥から。
眩しいくらいに真っ赤な溶岩が、勢いよく溢れ出した!
「やべっ。逃げろ!」
そりゃそうだわ。
ここは狭い横穴。
溶岩なんか流れてきたら、俺たちも巻き込まれるに決まってる!
溶岩に追いかけられながら、俺たちは必死に走り、横穴から飛び出した。
すぐさま横に退避すると、横穴から勢いよく溶岩が流れ出す。
それは滝のように流れ落ちて、フェンコールの足元を埋め尽くしていった。
あっという間に、フェンコールの足首までが溶岩に沈む。
火力は充分のはずだ。
《ファラゾーガ》の比じゃない!
どうだ……!?
―――ボウッ。
音は、静かだった。
だが、起こったことは劇的。
山にも伍するフェンコールの巨体が、一瞬で燃え上がったのだ。
ゴオオウッ、と熱風が荒れ狂い、俺たちは反射的に顔を守った。
全身に炎をまとう、山のような狼。
まるで神話の化け物だ。
「すっげえ……」
俺は思わず呟いた。
そうしてしまうくらい、それは壮絶な光景だった。
いや、見惚れてばかりいるな。
俺はフェンコールのHPバーを見る。
3本すべて、ほぼ満タンだったそれは――
「……減ってる! 減ってるぞ!」
「成功ですっ!」
チェリーが小さくガッツポーズをした。
フェンコールの1本目のHPバーが見る見る減って――
ゼロになった。
直後に。
「――――アォオォオオオオオオオオオオオンン――――」
フェンコールが夜空に向かって、吠えた。
巨体に似つかわしからぬ透明な響きが、星の彼方に消えていく。
そして。
―――バッゴンッッ!!!
フェンコールの身体が破裂した。
燃え上がったままの身体の一部が、まるで火山弾のように撒き散らされる。
そのうちの一つがこっちにも飛んできて、俺とチェリーは咄嗟に地面に伏せた。
「えっ? ちょっ――」
男戦士の声が、ドゴウンッ!! という衝撃に消える。
顔を上げると、真っ黒な塊が横穴の入口を塞ぐようにしてめり込んでいた。
そのすぐ近くに、ふよふよと浮かぶ人魂のようなものがある。
あの男戦士、巻き込まれて死んだのか。
南無。
――っていうか直撃で一発アウトかよ!
「あっ、そうだ。六衣は!?」
「なんとか生きてるわ……」
崖下から前足がひょっこり出てきたかと思うと、大きな狐が這い上がってきた。
ギリギリで崖下に退避したんだな。
『みんな平気!?』
『ああっくそっ! やられたあーっ!!』
『復活早く!』
配信からの声を聞くに、上でヘイトを引き受けてくれていた連中にも大きな被害が出ているようだ。
あの火山弾みたいな無差別攻撃は、たぶん攻撃が決まるたびに来るだろう。
削ったHPバーは1本分。
残ったHPバーは2本。
つまり、最低でもあと1回は、こうして味方に犠牲が出まくるってわけだ。
オーケー、わかった。
上等じゃねえか……!!
「先輩! フェンコールが!」
チェリーに促されて、フェンコールを見た。
立ち込めた粉塵の中から、ちょうど漆黒の巨狼が姿を現す。
その姿は――
「ちょっと……ちっさくなってる……?」
さっきまでより、ひと回り小さくなっていた。
……そうか。
燃え上がった体表を分離して難を逃れたんだ。
だからそのぶん小さくなった。
でもその割には、高さがあまり変わっていないように見えた。
不審に思って、フェンコールの足元を覗き込む。
「底が近くなってないか……?」
「溶岩が冷えて固まったんですよ!」
なるほど、固まった溶岩で底が上がったのか……!
「……グルルルルルルルル……!!!」
フェンコールが低く唸った。
ダイヤモンドの双眸が怒りに燃えているように見える。
何か来るか?
身構えた直後、
『うわっ!』
『なんか出た!』
配信のほうが騒がしくなった。
見れば、画面の奥に、地面にめり込んだ真っ黒な塊が映っている。
さっき撒き散らされたフェンコールの欠片だろう。
そこから。
大量の狼――フェンコール・ピースが、続々と生み出されていた。
俺たちが処理したのなんて比較にもならない。
数え切れないほどの黒狼が、俊敏に駆け回ってプレイヤーに襲いかかっている。
「……そう簡単にはクリアさせませんってわけかよ」
「燃えますね。やっぱりエリアボスはこうじゃないと!」
「完っ全に同意見だ」
「あなたたち、ちょっとおかしくない?」
狐の六衣が若干引いた声で言ったが、今更動じない。
おかしいのなんてわかってる。
でも、残念ながら。
この世界は、おかしい奴らが集まる場所だ。
『あっはははははは!! 盛り上がってきたね!!』
『できるだけ雑魚を処理しましょう! ここまで来たら絶っ対撤退なんかしないっ!!』
ライブビューイングで観客が湧いている。
コメント欄が壊れそうなくらいスクロールしている。
トレンドから『#MAO』が消え去る気配はない。
好転してんだか悪化してんだかもよくわかんねえこの状況を、誰もが楽しんでいるんだ。
だから。
「乗るしかねえよなあ、このビッグウェーブに!」
「無論ですよ! 六衣さんっ!!」
「ああもうわかったわよっ! 二人とも、性格変わったみたい!」
俺たちは、六衣の背中に飛び乗った。
……あ。
その前に男戦士を復活させてやらないと。